13話
いやあ、『エリュシオン』って名前、どうかと思うよ。
なんか呼びづらい、凄く。舌噛んでしまいそう。
とは言え、人様の名前を正式に呼ばないというのは失礼というものではないだろうか?
そう思い、私も努力して「エリュシオン」って呼ぼうとしてみたのだけどやはり噛んでしまうというか。
「エリュリュオン」とか「エリシオン」とかなんかもうね……人様の名前を間違えるとか本当に失礼すぎてね。なので正直にいいましたとも。
「ごめんなさい、上手く呼べないから『エリュ』って呼んでもいい?」ってね!
「好きに呼べばいい。勝手につけられた名前に愛着なんてない。どうでもいい」
エリュは無表情でそう呟いた。
「私、ヒィ。こっちの名前が気に入ってるの。『フェリシア』やだ。ヒィって呼んでほしい」
「俺も『フェリシア』なんて呼びづらくてやだ。ヒィって呼ぶ」
二人でコクリと頷いた。
そんな会話をしたのは私の体がやっと動くようになってきた頃。
ベッドの端に座ってぼんやりしてるエリュに私から声をかけたのがきっかけ。
最初の第一声は「エリュリュオン?」
違うなーと思い、第二声「エリシオン?」
やっぱり違うなーと思い、先程の会話に。
さて。私はエリュがかけた毛布を体に巻き付けたけど、彼もまた裸だった。
ここの主人……ハゲワシさんはペットに洋服を着せる趣味はないらしい。
ん? 前みた魚人さんとかちゃんときらびやかな衣装を纏っていたような気がするけど。
そしてこの部屋にはこのベッドだけしかない。
つまり、服がない。
部屋の温度は暑くもなく寒くもなく。人間にとって心地よい室温にしてくれているようだ。
なので裸でも全く問題ないといえば問題ないわけだが服がないというのはどうにも落ち着かない。
あると言えば……
私は窓に近寄ると窓を飾るレースのカーテンに全体重をかけてしがみついた。
レースのカーテンしかないのは残念だけど、これ、巻き付けたら多少服っぽくなるかもしれない。
そう思ったのだが……レースのカーテンにしがみついたところで何も起きない。
むぅ。
「エリュ、手伝って」
私の様子をみていたエリュに声をかけてみた。
彼は私が何をしているのか全くわかってない様子。
「カーテンはずしたいの」
理解したようにコクリと頷くと、私と同じようにカーテンにしがみついた。
メキメキメキ。パキッ。
カーテンのレールがメキメキと音を立てて垂れ下がったかと思うといきなりパキッと壁から外れてしまった。これは都合がいい。
カーテンをレールから外すとエリュにカーテンを渡す。
「巻き付けるといいよ」
エリュはレースのカーテンを受け取るとジッとそれを見つめ、そして下半身にぐるぐると巻き始めた。
レースとはいえ、ぐるぐるに巻き付けてあるので普通の布を巻いてるかのようになった。
雌雄の違いぐらい私だって知ってる。
目のやり場に困ってたので助かった。
さて問題は山積み。
窓を見る。大きく頑丈な窓はすんなりと開く事ができたが、ここから外に出る事は不可能。
そっとため息をつく。つかずにはいられない。
窓には頑丈な鉄格子がかかっていてた。
「外に出たい。ね、エリュも一緒に行こ?」
私の様子をじーっと見ていたらしいエリュと目が合い、咄嗟に誘ってみたのだけど。
反応は意外な物だった。
大きく目を見開いて驚愕の表情を浮かべたエリュ。
「……は? ハァ? なんで? 外に出たら俺達なんて喰われるか、運が良くて金持ちのペットにおさまるかだ! 今と何が違う!? いや、喰われる心配がないだけ今の方がマシだ!」
「エリュは帰りたくないの!?」
私は帰りたい。
艶やかな緑色の鱗を纏う、あの優しい人の元へ……リューイ……。
エリュがため息をついた。
「帰る場所なんかない……」
ああ、そうだ……売られてきたなら帰る場所なんてある訳がない。
私は無理やりここに連れられてきたけど、普通に考えるなら「売られた」からここに居るのだと考えるべきだった。
自分の浅はかさを恨めしく思いつつ、ベッドの端に座っているエリュの隣に腰掛ける。
何か話しかけたいけど言葉がでてこない。
そもそも、人間は考えるのは得意だけど言葉にするのは苦手なんだからしょうがない。
誰とも話す機会のない環境下で育てられればそうなるのが道理というものだろう。
そういえば。
私、他の人間と話しするの、初めてだ。
チラリとエリュの方を見るとエリュと目が合う。
というか、さっきからエリュの方を見る度にエリュと目が合うって事は彼がずっと私を見ているという事ではないだろうか?
そう思うと何だか妙に気恥しい。
なんだか不思議と息苦しくなってきてしまい、いたたまれなくなった私は早口で彼に話しかけていた。
「あ、あのね? 私、他の人間と話すの初めて。だってね、人間同士ってあんまり会う機会ないよね? ペットショップにいた頃は他にも人間いたけど別のケージで飼われてたし」
「うん。俺も初めて人間と話しした。他にも色々な人間は見たけど」
「うんうん、私もペットショップでは色々な人間は見たよ」
「でも俺……ヒィみたいな綺麗な人間は初めて見た」
真っすぐに見つめられそんな言葉をかけられると照れてしまう。
小さな声で「有難う」と呟いて目をそらしたけど聞こえたかどうか。
でもね、そーいうエリュだってかなり綺麗な人間だと思う。
私こそ彼のように綺麗な人間は見た事がない。
色素が薄いのか肌が透けるように白い。
金色の細い髪、目は大きく長いまつ毛。鼻は高く、唇は薄い。
全体的にスラリとした印象で見惚れる程に美しい。
エリュの指が私の指に絡む。
――って。ん~?
エリュの方を見ようと顔を上げた瞬間、エリュの顔が私の目前に。
「え? なに!?」
咄嗟に私は片手で自分の顔をガードした。
私の手の甲にエリュの唇が当たる。
「子供……つくらないと……」
エリュが独り言のようにそう呟くと私はベッドの上に押し倒された。
ハゲワシさんが言ってた言葉を思い出す。
エリュが私の『夫』だといっていた。『子供』が楽しみだと。
片手はエリュの手が絡みついてるのでもう片方の手でエリュの体を押しのけようとするも彼の体はびくともしない。
なんだかよくわからないけど、このまま彼と一緒に子供を作るのは嫌だなと思う。
うん、凄く嫌だ。エリュの事は嫌いじゃないけど、嫌。こんな風に触れられたくない。
体をねじったりしてどうにかエリュの下から抜け出そうとしても上手く行かない。
近づいてくる彼を見たくなくて顔をそむけた。
ぽとり。
冷たいものが私の頬を伝う。
もう一滴ぽとり。
それは雨のように私の頬を伝い始めた。
「……エリュ?」
エリュの顔を見る。
私に降り注ぐ滴はエリュの涙。
「俺だって無理やりこんな事したいわけじゃない。でも、子供作らないと処分されてしまう……」
エリュの体を軽く押すと今度はアッサリと押し返すことができたので、急いでエリュの下から抜け出した。
……私もきっと一緒だ。
繁殖用として買われたのなら、子供が出来ないなら存在する意味がないのだ。
幸い、リューイは繁殖用として私を買ったわけではないみたいだったので考えたことはないけど。
「ねぇ、やっぱり外に行こう? 私と一緒に行こ? きっとリューイが助けてくれる。エリュだってきっとリューイが幸せにしてくれるよ!」
私は今、決心したよ!
エリュを助けてあげる! 帰るところがない、なんてもう言わせないようなそんな生活をきっとリューイなら与えられるはずだと信じてる。
だからエリュと一緒にここを出る。
そして、帰るんだ。リューイのところに!