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12話

 動かない腕はしんなりと垂れ下がっている。

意識ははっきりしてるのに、何もできないもどかしさにイライラする。


 ハルヴァーの楽し気な鼻歌が私の耳に流れ込むと、私はより一層と不安な気持ちになった。

このマンション、大きくて人が沢山住んでいるので割と人とすれ違ったりもするのだけど、この状況でもハルヴァーは堂々としていた。


 「あら? あなた見ない顔ねえ? その子……あら! いやだ! この子人間!? そういえばリューイさんが人間を飼い始めたって言う噂聞いてたけど……」


 「こんにちは、奥様。私、リューイ様のお宅で一週間ヘルパーとして雇われましたハルヴァーと申します。以後お見知りおきを。お嬢様の具合が悪くなってしまわれたので今から病院に向かう処なのです」


 「あらあら、まあ。リューイさんの。そう、病院へ……それはそれはお大事に……」


 品の良い、長毛の兎獣人のご婦人とすれ違ったハルヴァーは事もなくそう言い放った。

あっさりと信じたご婦人はやはり品よく頭を軽く下げるとしなやかに歩き去ってしまった。


 「……ふふッ」


 ハルヴァーの口から冷たい笑い声が漏れて……気づく。


 これがハルヴァーなんだ、と。

優しい笑顔、優しい声、人を警戒させる事のない独特の空気、これが彼の武器なのだと。

本当のハルヴァーはきっともっと別の……


 鼻歌まじりで軽々と私を担いだまま駐車場に向かい、私を後部座席に乗せる。

「おっと。途中で薬がきれちゃうかもしれないな」

 用意してあったのかロープを取り出すと私の腕を痛いくらいきつく前で縛る。

その上からやはり用意してあったのか何故か赤色のリボンを綺麗に蝶々結びにして満足げな表情で見下ろした。

 「プレゼントには赤いリボンだよね、やっぱり」


 にっこりと微笑むと運転席に乗り込む。

プレゼントって言った……私が?

これって、誘拐!?

 車は既に軽快に走り出していた。

嫌だ! 助けて! 戻って! リューイ、怖いよ! 助けて!!

 体は動かないけど意識がはっきりしてる分、最悪の事ばかり考えてしまう。


 かなりの時間が経過したと思う。

車は唐突に止まった。

 「ドライブ終了。楽しんでもらえたかな?」

 そう言って後部座席をみるハルヴァー。

 「あれ? 泣いてないね。意外だ。君みたいなのはピーピー泣くぐらいしかできないと思ってたけど結構図太いんだねえ」

 

 つまらなそうにそう言い放ち車を降り、後部座席のドアを開くとまた私を担ぎ出す。


 ――あれ? この風景……

 

 「おや? ふふふ、当主直々にお出迎えとは……恐れ入りますね」


 「やあ、いらっしゃい。君は相変わらず仕事が早いですね。えっと……今は何と名乗っているんでしたか? 『エイジャ』」


 「『ハルヴァー』ですよ。と申しましても、それも今日までです」


 「そうですか、ハルヴァー君。たまには一緒にお茶でも、と言いたいところだが君の忙しさは私も知る限りです」


 「ええ。次の仕事がありますから。……ふふふ。私と一緒にお茶? 面白い事をおっしゃいますね?」


 「もちろん、社交辞令だとも」

 「わかっていますとも」


 二人でクスクスと笑いあう。気が合ってるんだかなんだか……。

しかし。

 安心していいのだろうか?

もっと恐ろしいところに連れてこられるのかと思っていた。最悪、食肉店につれてこられてお肉にされちゃうのかと。


 その心配は……とりあえずしなくて良い気がする。


 射るような目で彼が私をみた。


 「やあ、来てくれて嬉しいよ。久しぶりですね」

 ハルヴァーから私を受け取り抱きしめたのはあのハゲワシさん。


 私を買い、この大豪邸につれてきた事のある人……その後どういう訳か私はリューイに飼われる事になったわけだけど。

 

 なんでまたあのハゲワシさんのところにつれてこられたのだろうか、私。


 「ではハルヴァー君、私も忙しいのでこれで失礼しますよ。お金はいつもの通りに」


 「ふふふ。成程? 早く帰れという事ですね。ええ、それでは私も失礼させていただきますとも。どうぞ今後とも御贔屓に」


 私を見る事もなく、ハルヴァーは颯爽と車に乗り込むとそのまま去っていってしまった。


 「彼は中々面白い人物でしょう? とても役に立ちますし、腹の底の見えない相手というのは……全くもって面白い」

 

 ハゲワシさんがニヤリと笑う。恐ろしい笑み。

 

 「まあ、君はもう彼とは会う事もないでしょうが。――それにしても」


 ハゲワシさんは私を抱えたまま邸宅に入ると猛スピードで、というかこれが彼のペースなのかもしれないけど……歩き出していた。


 「『ヒィ』でしたか? なんて似合わない名前を付けられたものだ! 優美さのかけらもない醜い名前です。君は似合わない!」


 重厚な大きな扉の前で足をとめて扉を開いた。


 「あなたは今日から『フェリシア』です。美しい名前でしょう? さあ、フィリシア、ここが君と彼の巣です。沢山子供を作って下さい」


 部屋には大きなベッドがあった。

というか、部屋には大きなベッドしかなかった。

 そしてその上に、小さな人影が見える。


 私と同じ年頃だろうか? 人間の男の子が怯えたように縮こまって座っていた。


 「彼の名前は『エリュシオン』です。君の夫です」


 ハゲワシさんは私をベッドに転がすと服を全て脱がせてしまった。

エリュシオンと呼ばれた男の子はベッドの端に寄り、怯えた表情で私とハゲワシさんを見ている。


 「フェリシアとエリュシオンの子供はさぞや可愛いでしょうね。今からとても楽しみですよ」


 そう言うとハゲワシさんは部屋から出て行ってしまった……。


 や、私、裸……!? いや、夫? 子供? ちょ、裸! 


 「……ゃああ……っ!」

 大声で叫んだ、つもり。でも小さなかすれたような声が漏れただけ。やだやだやだ、私、裸!

見ないで~!


 男の子が私の顔をそっとのぞき込む。

泣きそうな、恥ずかしそうな、困った顔をして。


 ――そして。私の体の上にそっと毛布をかけてくれた。



 

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