10話
私は今、リューイの膝の上でぼんやりとテレビを見ている……もちろん内容なんて頭に入ってこない。
今、私が考えているのは私の意味。
この世界、何百種もの生き物がいるのだけど、子供は同種同士でのみでしか作ることができない。
肉食獣人なら肉食獣人同士、蟲人なら蟲人同士、蜥蜴人なら蜥蜴人同士。
……が、性行為自体はどの種とも可能で、子供をつくらない前提……例えばただの性処理としてなら他の種との方が何かと都合がいいわけで。
そうなんだよね……ペットを飼う理由で結構多いのがこれ。性処理。
リューイが人間に興味なさそうだったから考えもしなかったけどもしかしてリューイは……いやいやいや!
ペットにキスとか普通にするよ、うん。
それに、軽く触れただけだし。あ、もしかして私の勘違いかも。唇が当たっただけなのかも。
……唇が唇に偶然当たる? いやいやいや、そんな事故、ドラマとか本の中でぐらいしかないんじゃないのかなあ!?
仮に。もし、万が一、例えば。リューイが私を性処理として使う為に買ったとしても私には選択肢なんてないわけだしどうしようもないんだけどね、ペットだし。
リューイの事は、好き。
あの大きな手……鱗で覆われたひんやりとした手が私の体をなぞるように触れる……そんな風に考えただけで、なんだか下腹の辺りがキュウっと引きつってしまう。
だけどリューイがその為だけに私を買ったというのなら……なんだか凄く嫌だ……。
「ヒィ?」
急に耳元で呼びかけられ、私の体がビクリと震える。
恥ずかしい、私、過剰に反応してしまっている。
「俺、風呂入って寝るからヒィも適当に寝ろよ。夜更かしすんなよ?」
そう言うと私を膝から降ろし、お風呂場に向かう。
リューイ、いつもと変わらない。
あのキスは一体何だったんだろう?
やっぱりペットにするただのキスだったのかな。
いやいやいや、口に? ペットにするキスは口にじゃないんじゃないの?
この日、ほとんど眠れなかったのはお昼にいっぱい眠ってしまったから、という理由だけではないと思う。
朝、やっぱりリューイはいつもと変わりなくて、あのキスはやっぱり私の勘違いなのかもしれないと思った。
今日の朝ごはんはシリアルとお肉。
薄く切ったお肉を茹でた物にドレッシングがかかっていた。
「肉、やっぱまだ欲しくないか? 食べたくなかったら残してこっちの目玉焼き食っていいぞ」
そう言っていびつな目玉焼きの乗ったお皿を私の前に置く。
私がお肉飽きてたの、リューイ気づいてくれてたんだあ……うれしい。
やっぱり、リューイ大好き。
リューイがお仕事にでかけ、私がいつものようにだらだら過ごしてたら玄関の方からガチャガチャと鍵を開ける音。あれ? リューイもうお仕事終わったの? まだお昼もきてないのに?
玄関にいそいそと向かうと、ちょうど扉が開いた。
おかえりなさいリューイ!
いつものようにリューイに抱き着く。あれ? なんか……
「こんにちは、ヒィちゃん。熱烈歓迎だねえ」
声の主はリューイではなく、イルク。固まる私。
「ごめんごめん、驚かせちゃったよね。先輩に書類取ってくるように頼まれてね。すぐ出ていくから安心してね」
イルクは抱き着いた私の手をそっと離すとリューイの部屋の方へと歩いていく。
えっとえっと……私はどうしたらいいのかな? とりあえずイルクの後ろをついて歩く。
手慣れた手つきでリューイの机の引き出しや本棚から必要な書類を取り出すイルク。
「んー……、これとこれと……ああ、これもだな。ん? これ何だろう?」
イルクが引き出しから小さな小箱を取り出して勝手に開ける。
「ああ、これ、ヒィちゃんのだね」
……私の?
イルクが私の前に開いた小箱を差し出した。
中には、綺麗な緑がかかった……まるでリューイの鱗のように艶やかな髪留めが入っている。
「それ、先輩の鱗だよ。ヒィちゃん、愛されてるねえ。僕、先輩とは付き合い長いけど、あんな先輩初めてみたよ~」
えっと。いまいち何を言ってるのかよくわからない。
この髪留め、私のじゃないよ? 貰ってないもん。これは勝手に触ってはいけないものじゃないかなあ?
それに『あんな先輩』って何の事?
「ほら、ヒィちゃん。髪留めつけとかないと。きっと似合うし先輩も喜ぶよ~」
ニコニコと私に髪留めを差し出すイルク。
「ダメ。これ、私のじゃない……きっと、前に付き合ってた人のだ、よ?」
そう、きっと前に付き合ってた、あの美しい蜥蜴人さんの為の物だよ。私にくれるつもりなら机にしまっとくはずないもの。
キョトンとした顔で私をみるイルク。なんでそんな顔でみるの?
「あれえ? ヒィちゃんって……先輩の彼女、なんだよね?」
ちっがーう!
首をぶんぶんと横にふる私。私はリューイのペットなの!
「いや、そんなわけは……。ん~? えー? まさか。えー!? うわ、まずい! 僕、先輩に殺されるかもしれない……」
顔を真っ青に……いや、バッタなので緑なのだけど、明らかに顔色が変わったイルク。
髪留めを小箱に戻すと、机の引き出しにそっとしまい込む。
「ひぃちゃん、あのね、あの髪留めは見なかった事にしとこう。『イルクは書類を探してさっさと帰った』……って事にしとこうね?」
イルクが必死なので私はコックリと頷く。
「さて、じゃあ僕はこれ持って会社戻るから……よろしくね?」
ホッとすると玄関に足早に向かうイルク。
「ね!? なんで?」
イルクが振り向く。
「なんで私がリューイの彼女だと思ったの?」
イルクと会ったのは今日でまだたったの2回なのに、何故それだけで私を彼女だと思ったのか凄く不思議だった。
人間は弱い。庇護なくしてはこの世界では何もできない。一人で街を歩く事さえできないのだ。
そんな弱い生き物を自分のパートナーとして扱うには相当に面倒な事なのに。
「ヒィちゃん、気づかないの? そっか、先輩わかりづらいからなあ。いやあ、でもここ最近の先輩は結構分かりやすい気がするけどな」
ブツブツと呟いた後、小さく頷いて口を開きかけたイルク……が、また口を閉じて少し考え込む。
「いや、やっぱダメだ。ひぃちゃん、君が知りたい事は直接先輩に聞いた方がいいよ。これ、僕が言っちゃうのたぶん違うと思うから」
ごめんね、耳元でそういうと頭をポンポンと軽く叩いて、出ていってしまった。
結局、何も教えてくれなかった。ケチだなあ。
私は分からない事が増えただけ。
リューイの部屋に行ってあの小箱を開ける。
とっても綺麗な髪留め……私にくれるといいなあ。欲しいなあ。
もし私がこれを貰えるとしたらずっとつけておくのに。
リューイの鱗の髪留め、まるでリューイといつも一緒にいられるみたいで素敵。
本当はね、もうリューイがどういうつもりで私を買ったかなんてどうでもいいの。
私、このままリューイと一緒にいたい。リューイになら何されてもいいなあ、なんて思ってる。
そりゃ痛いのは嫌だし、食べられちゃうのも嫌だけど、ね。




