1話
この世界には色々な人種が存在する。
獣人だったり、蟲人だったり、魚人や鳥人、まあ数えればきりがない程の。
中でも希少なのは普通の人。ヒューマン。つまり人間。
私たち人間はとても弱い。飛ぶ事もできなければ肉を引き裂く爪や牙もない、素早く動く事もできないし、水の中では息すら続かない。
そんな人間がどうしてこんな世の中で生きていけるだろうか。
過去、人間はその弱さから『肉』として扱われ乱獲された。
柔らかい肉を持つ人間は彼らにとっては美味しく、そしてもっとも楽に狩れる獲物だったのだ。
さて。
更に遠い過去において人間はこの世界の王者に君臨していたという。
その世界で人間は自らが滅ぼそうとした絶滅危惧種を保護するという矛盾すべき活動を行っていたらしい。
そして今、我々人間は立場を変えてこの場所に存在する。
保護されるべき『絶滅危惧種』として。
「ふむ。お前は器量がいいからすぐに買い手がつくだろうね」
人間専門販売店「ヒューマニア」の店長は犬獣人のアグリ。
私を優しく扱ってくれる彼の事は割と好きだ。もちろん私が商品だからこその優しさなわけだが。
十四年間切った事のなかった髪は丁度胸の隠れるぐらいの長さで綺麗にカットされた。
髪を緩くまとめられ、赤いリボンを大きく派手に結んでみせる。
服はこの店でも売っているお嬢様風白いレースのワンピース。
お手頃価格で販売中!
「うん、凄くいい。本当は俺が飼いたいぐらいなんだけどなあ」
アグリは人間マニアで既に何匹かの人間を飼っているらしい。
私の父と母もアグリに飼われている。繁殖用として。
「さすがにこれ以上増やすのはなあ……」とブツブツ言っている。
どうせなら私もアグリに飼われたい。父と母とも一緒にいれるし。だが彼は既に決意していた。
私のケージに価格をかいた紙を張り付ける。
「ま、せめていいやつに買われろよ」
そう言うと行ってしまった。
私は一人ケージの中。何もする事がないのでとりあえず眠る。
いいやつ? いいやつなんているのかな。
実のところこの世界での人間の立場というのは凄く微妙だ。
『絶滅危惧種』として保護される立場とは名ばかりで、法律にも「人間の乱獲の禁止」条項は有るもののそれに対する処罰というものが存在しない。
つまり、人間を保護するかどうかは彼らのモラル次第であり、例えそれを守らなかったとしてもそれは大した問題ではないのだ。
だからこそ『絶滅危惧種』でありながらも普通に売買されているのである。
十四年間、アグリに最低限の教育を受けながらもそれなりに自由に生きていた。
父と母とは違う小屋で個室を与えられ、一人寂しく過ごしたものの部屋にはテレビもあったし本もたくさんあった。
――テレビは決まった時間だけ、本はアグリが読み終わった雑誌とかそんなのだけど。
そんな中、自分は随分恵まれていたのだ気づく。
テレビや本では人間が喰い殺されただの虐待されているだのといった話題がそれなりにあったから。
そしてその記事はただの『話題』であり、この世界の人達には問題視すらされないものだったから。
カランカランカラン……
お店の扉の開く音、にウトウトしていた私は驚いて目を見開く。
ついにお客さんがきた。
店内には他にも数個ケージが並んでいる。
全員私と同じ年頃。同じように不安げな瞳をしている。
そしてきっと同じ事を考えているのだろう
――どうか私を選ばないで、と。
コツコツと足音が近づいてきては止まる。
ケージをゆっくりと見て回っているのだろう。
心臓がバクバクと音を立てている。
どうか早く私の前を通り過ぎて!
コツコツ……
ピタリと私のケージの前で足音がとまる。
恐る恐るケージの外に目を向けると、美しい模様のチーター種の女性が立っていた。
「あら! いいわね、この子」
小さく感嘆の声を上げたその女性に私は恐怖する。
よりによって肉食獣の女性とは。
この世界のメスは大体においてオスよりも残虐で狡猾だったりする。
このチーター種の女性はまさにイメージ通りの……。
「でも高すぎるわ」
ぼそりと呟いて私のケージを通り過ぎた彼女にホッとした、ホッとして、落ち込む。
それは他の子があの女性に選ばれるかもしれないという事。
仲間がひどい目にあうかもしれないかと思うと心が痛む、凄く。
なんせ、肉食獣が人間を買う理由は『肉』としての場合が多いからだ。
その後も数人お店に人がやってきては私のケージの前で立ち止まった。
私を見ると決心したように、そして価格をみてガッカリ帰って行く人達。
蟲人が私のケージの前で1時間も立ち止まってた時は正直ゾーッとしてしまった。
彼らは苦手だ……。
夕方、そろそろお店も閉めようかという頃に一人のお客さんが現れた。
今日、今までどうにか売られずにすんだ私達の間に緊張が走る。
どうか、立ち止まらないで。そう願いながら。
コツコツと店内を歩いては立ち止まる音。
例によって私のケージの前でも立ち止まる足音に私は恐る恐る目を向ける。
遠い昔、人間が王者として世界に君臨していた頃、それでも恐れられていた生き物が、いた。
蟲ではスズメバチだったり、獣ではライオンであったり、鳥ならば鷹、魚では鮫、といったような。
そして今、この世界では彼らこそが世界の王者である。
今、私のケージの前で私をみつめるソレは、まさに王者として君臨する種族の一人。
爬虫類。蜥蜴人。
緑がかった艶めく鱗を身に纏い、つぶらな黒い目で私をじっと見つめている。
仕事帰りらしく、スーツにネクタイの彼は私を隅から隅まで観察しているようだ。
「いいな、これ……うん、凄くいい」
不躾にジロジロとみてくる視線やその感情の読めない表情はそれだけで私を恐怖させるには十分だった。
お願い、お願い、お願い! 早くあっちへ行って!
彼の視線が私の価格へど移動した。
じっとそれを見た後、数秒目を閉じ、ふー……と大きく息を吐くと大きな声でアグリを呼ぶ。
「すみませんーん! 店員さん! これください。あとこれに合う服とかも」
アグリが「はいはい~」と愛想よく返事をするのが聞こえた。
「服はですね~、セーラー服とかメイド服とか人気あるんですけど、この子は素材もいいしこーいうシンプルなお嬢様系ワンピースなんかを僕はおすすめしますね~」
「ふむふむ……ああ、いいですね、このワンピースとか似合いそうだな。これと……ああ、あっちの黒いのも意外と似合いそうな……」
「ああ! いいですね~! 黒は黒で小悪魔っぽくてそそりますね~!」
「あ、そうだ。散歩用に首輪も見せてもらえますか?」
「そうですね。今人気なのはこのデニム素材の首輪なんですけど、この子にはちょっと似合わないと思うんで……黒のレザーなんてどうでしょうかねえ、白い肌に映えると思いませんか?」
「黒か。確かに。でも、俺は赤なんてのも似合うと思うんだけど。赤いリボンも似合ってるし」
「ああ、赤もいいですね。赤になさいますか?」
「うん、この赤の首輪と、こっちのリードも貰おうか」
そんな会話が耳に入ってくるも、私の頭は上手く働かない。
まるでテレビを見ているかのように、私には関係ない別の世界の話みたいだ。
ただ、胸に広がる絶望だけが警鐘を鳴らしている。
この世界、人間を食い殺し絶滅に追い込んだのは王者と呼ばれている種族達なのだから。
この世界の法律はかなりアバウトという設定。