廃屋
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「意外と綺麗なもんだな」
「ほんと」
ぼろぼろの外面から中も相当に廃れ荒れているのだろうと思ったが、いざ中に入ると思いの外綺麗だった。
いや、さすがに窓ガラスが割れていたり吹きざらしの環境なので綺麗という表現は語弊があるのだが、廃屋という言葉から想定する酷さがないのは確かだ。
私達は三人が互いに距離が離れぬように室内を探索した。
一軒家ではあるが、だだっ広い和室が一つあるだけの空間だ。少し煙っぽい匂いが残っている和室の中で声をあげたのは誠だった。
「おい、これ……」
光が天上を照らしている。その先にあるものに思わず息をのんだ。
天井部分にある柱にくくりつけられ、だらりとぶらさがる一つの輪。太い縄は頑丈そうで、それが人間の意志の固さを表しているように見えた。これで命を絶つのだという意志。
途端、輪の中にぶらさがる人間が空想の中で映される。ぶらりぶらりと黒い影が縄にもたれかかり揺れる。影だけだが首は自重で伸びきっている。
頭の中だけに投影されたイメージ。しかし、眼球を通して見ている目の前の輪には当然その存在はない。ないはずなのに。
「えっ……」
私は足を止めて縄に見入る。僅かだが、その僅かさはとてつもない違和感を伴っている。
ゆらり、ゆらり。
ぶら下がる輪が、横に揺れているように見えた。
「ねえ、ちょっと」
「あ?」
「揺れてない?」
「何が?」
「何がって、あれ」
「んん?」
誠と徹もじっと縄を見つめる。精神の影響かやはり揺れているように見える。風は吹いていないように思う。しかし、やはり揺れている。
「風だろ」
「気のせいでしょ」
二人の声は呆れを帯びていた。自分達の事を怖がらせる為の発言と取られたらしい。
「そうかな……」
気のせい。そう言われればそうとも思えるが、心なしか頭の中の闇の人物が視覚の中にもうっすら浮かんでいるように見えた。縄とともに揺れる影。
ぶらり、ぶらり。
恐怖が一気に駆け上ってくる。
まずい。身体が重い。これまでも何度か似たような感覚はある。
負けてはいけない。恐怖心というものは瞬く間に精神も肉体も支配していく。
いるはずのないものをいるように感じてしまう。初めてこの感覚に陥った時、私は情けなくも涙を流してしまった。二人に両脇を抱えられその場からなんとか離れたが、このことは未だにネタにされる苦い想い出となってしまった。
その時から恐怖心の克服の仕方について考えた。結論としては心を強く持つ、この一点だった。
怖くなどない。怖くなどない。
心に何度も唱える。
「案外そこまで見る所なさそうだな」
「そだねー」
私が抱えた恐怖心など微塵も持たない二人は更に探索を進めようと足を動かし始めた。自分も行かなければ。
だがその時。
ばん!
「うわ!?」
途端に鳴り響いた音。せっかく抑えつけた恐怖心を爆発させるのには十分な破壊力だった。全力で自分の横を走り抜けた誠の機敏さが更に恐怖を加速させた事もあり、私も一目散にその場を駆け出した。
「うーわ、誰かいた! 誰かいた!」
後ろで徹がはしゃでいる。彼なりに恐怖を感じての声のようだったが、やはり楽しんでいるようにしか思えず、無邪気なその声に苛立ちを覚えながらも、ちらりと一度だけ後ろを振り返った。そして私は酷く後悔した。完全に恐怖が私を支配し尽くした。動き出した足が瞬く間に機能を鈍らせ、足をもつれさせていく。
「危ない!」
後ろを走っていた徹がさっと私の身体を支えた。
「ごめん……」
「ちょっとマジやばいかもね!」
徹に支えながら私達は乗ってきた車へと走り、すぐさま乗り込んだ。




