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第三章 はじまりの場所

 機械神アノニマスが駐屯地としている町から少し歩いた場所に三人は立っていた。ここから見てもアニィは良く見えるので歩いて一時間ほどの場所。


 周りは荒涼とした風景で、わずかな雑草以外はほぼ一面茶色い土の風景。リュウガがいつも商館前の広場から見ている景色の途中でもある。


 しかし何も無いということはここに何かがやってきても、周りに与える影響も限りなく少ないということだ。三人は遠方からやってくる輸送機を迎え入れるためにここまで出向いてきた。町の近くまでやって来られても色々と大変だからだ。


「……来た」


 三人の中で一番目が良いキュア(機械なので当たり前ではあるが)がそれを発見した。二人もキュアが視認する方を見上げると、空の遠くに黒い点が微かに見えた。それが徐々に大きくなってくるにつれて、キィーンと言う発動機の音も聞こえてきた。


「……もしかして、すごく大きい?」


 空に出来た黒い染みが徐々に大きくなり、それが発する音も同時に大きくなるにつれてその威容とも言うべき形が良く分かるようになってきた。


 本日運ばれてくるものの大きさを考えればそれなりの大きさの輸送機械で運ばれてくるのは当然なのだが、水地が予想したものよりもそれは遥かに大きかった。総質量は後ろに見えるアニィを超えているだろう。


 水地が故郷から港町まで乗ってきた飛行艇もかなりの大型機だったが、それすらも比べ物にならないくらいの巨体。


 全長にして300メートルくらいあるのではなかろうか。水地の故郷は機械文明が発達していた時代を再現したものだが、それでもこれだけ巨大なものが飛ぶことは無かった。


(外の世界ってもしかしてわたしの生まれ故郷以上にいろんなすごい機械があるんじゃないのかな……?)


 凄まじい轟音に変化した飛行音を轟かせながらその輸送機は降下してきて、大地へと着陸した。着陸時はほぼ垂直に降りてきたので、揚力などは全く関係ない機構で動いているのだろう。もっともあれだけの巨体を翼の上下に流れる空気抵抗だけで飛ばすこと自体無理なのだろし。


 何も無い荒涼とした風景に、最新技術で作られた街以上に高度な技術の塊であろう飛行機械が飛んで来て降り立った。感覚がおかしくなってくる。大自然の中にある超技術の塊。


「……」

「行きましょうミズチ」

「あ、はい!」


 少し頭の中が空白になっていた水地は、そう言われて思い出すようにリュウガと一緒に駆け出した。


 巨大輸送機は500メートルほど更に先に着陸したので、そこへ水地とリュウガが小走りで近づいていく。キュアは普段は早く走れないので後ろに置き去りである。こういう場面ではゆっくり移動するキュアのことを置いて先に行かなければならないのは水地も最近は慣れた。


 しかし遠い。目標も大きいので距離感が狂ってしまって走っても走っても近づいていないような気がしてくる。あんな遠くに着陸しなくても――と水地は思うが、自身の大きさが300メートルを超えるわけだから、目標の直ぐ近くに自分の方から接近しては危険である。


 機械神といい水の巨人といい相手をするものは軒並み大きいものばかりなので、それに比例して全てが大振りにことが運ぶので操士は走ってばかりである。もしかして機械神操士の一番の仕事は「走ること」なのかも知れない。


 二人が近づいていくと、一人の人物がその巨体を背にして佇んでいた。操縦席から一足先に降りて二人を出迎えた者は女性だった。顔の前がキラリと光る。眼鏡をかけた女性だ。


「ひさしぶりだねリュウガ」


 目の前に到着したリュウガに女性が声をかけた。リュウガに息切れは全く無い。普段はのんびりした生活をしているように見えて隠れたところでは体を鍛えているのだろうか。それともこの程度の走りなど彼女にとっては運動に入らないくらいのものなのだろうか。


 少し遅れて水地が到着する。リュウガが水地にあわせてゆっくり目で走ってくれていたのだろうが、それでも水地は少し息が切れた。


「ひさしぶりですアレックス」


 水地が到着すると同時にリュウガも再会の挨拶で応えた。


(あれっくす?)


 少しはぁはぁと息を吐いている水地がその名を聞いて不思議な顔をする。外の世界の人たちは女性なのか男性なのか分からない名前の人も多くいると聞くが、それでも随分と強そうな名前なんだなぁと水地は思う。


「あなたが、えーと……ミズチちゃん? 新しくリュウガのところに配属になったって言う?」


 本当は男性なんだろうかと思っていた水地に彼女がソプラノで訊いた。


「はい! 星野水地です! リュウガさんとキュア先輩の下でお世話になってます!」


 アレックスがリュウガに挨拶をしている時は良く聞こえていなかったのもあって、改めて聞いた彼女の声が普通に女性の声だったので水地は逆にびっくりしてしまって、物凄く元気に答えてしまった。


「新しい操士か……」


 アレックスがそう呟きながら考え深げに水地のことを見た。


「時代が変わろうとしているのかな、ようやく」

「そうであると、わたしも願いたいです」

「……?」


 このアレックスと言う人物も自分は知らないことをいっぱい知っているのだろうかと水地思っていると


「輸送任務お疲れ様です」


 遅れていたキュアが到着して水地の思考はそこで寸断された。


「キュアもひさしぶり、元気してた?」

「機能の不調は特に感じられず。帝国府に帰還しての整備の必要は無しと判断」


 そのいかにもキュアらしい体調報告を聞いてアレックスは思わず笑ってしまった。


「あはは、元気が何よりね」




 アレックスが乗ってきた輸送機は所定の荷物を下ろすと再び巨体を宙に浮かび上がらせ帰って行った。本当に彼女は一言二言連絡事項を伝えただけであっという間に去って行ってしまった。


 彼女もまた緩やかな時の中を生きる者なのだろう。今日話せなくても、また次に会った時に話せばいい。それが何年後か何十年後かは分からないが。だからこその簡単な再会と別れ。


「……」

「あれも機械神のひとつだって言ったらどうします?」


 自分があの人ともう一度会えるのはいつの日だろうと水地が思っていると、隣に立っていたリュウガがそんな風に言った。


「!?」


 機械神? あれが?


「で、でも、人の形してないですよ!?」


 純然たる空気で飛ぶ飛行機械の形はしていないが、空を飛ぶ機械の形はしている。水地には強く残る幼少時の記憶があるので、その中に登場する機械神は人の形をしている関係上、人型以外のものでも機械神という感覚が水地には分からない。


「人の形をしていなければならないのは機械使徒の方だ」


 リュウガの向こうに立っていたキュアが言う。


「今の時代で必要とされる機械神の力は、水の巨人と対峙できる力があること。その力があるのならば人の形をしている必要は無い」


 水の巨人と対峙する。それが機械神の役目であり、それができるのも今の時代では機械神が唯一の存在。だからその力があるのならば人の形をしている必要は無いのだが――


「あ……でも、アレックスさんは帰る時にあの輸送機の中に普通に乗り込んで行きましたよね? 中に乗って動かせるのは機械神ではなくて機械使徒だと前に教わりましたけど……」


 現状では機械神を動かすためには使役機に乗って外部から指示を出して操る必要がある。アレックスは確かに輸送機に乗り込んで帰って行ったので、現状では機械神の枠組みから外れていることになる。


「良く気付いたな、その通りだ」


 水地が見せた意外な鋭さにキュアは感心したように言う。


「あれはただの輸送機だ」

「……輸送機」


 今の時代ではな――キュアがそんな風に付け加えたが、その機械音声は突然吹いた風に乗って空気に溶け込んでしまい、水地には良く聞こえなかった。


「アレックスも珍しく忙しそうだったな」


 キュアが眼鏡をかけた彼女が乗っていった輸送機の消えた空を見ながら言う。


「いつもなら一晩ぐらい泊まっていくんですけどね」


 今まで黙っていたリュウガも同じように空を見ながら言う。


 本来ならアレックスがあの輸送機に乗ってやって来たら一日程度駐屯所に滞在してお互いの近況などを話したりするのだが、今回は珍しく次に運ぶ荷物が決まっているので慌しく帝国府へと帰って行った。


「そういえば乗ってたあの眼鏡の美人さんはアレックスさんって言うんですよね? なんだか男の人みたいなカッコいい名前ですよね」


 彼女の名前が出たので少し不思議に思っていたことを水地は訊いてみた。


「彼女の本名はアレクサンドラだ」

「あれくさんどら?」

「私の名のように、いざと言う時に舌を噛んでしまっては元も子もないからな。だから言い易い名称が通っている。人間には舌があるので仕方ない」


 キュアが説明してくれる。元々舌の無い者にそうやって解説されるのも不思議な感覚だ。


「彼女のフルネームはアレクサンドラ・ヴィスワカルマ。ヴィスワカルマ公国の第四王女です」

「はー……って、えーっ!?」


 リュウガの何気ない説明の最後の言葉を聞いて水地は思いっきり大きな声を出してしまった。


「それってお姫様ってことじゃないですか!? なんでそんな人が輸送機なんか動かしてるんですか!?」

「今となってはヴィスワカルマ公国も無くなってしまったので『元』ですけどね」

「良いのかリュウガ、そんなことまで喋ってしまっても」


 リュウガが何気なく口にした言葉にキュアが指摘を入れる。


「はい?」

「ヴィスワカルマ公国が消滅したのは何千年も前だぞ」

「あー、そういえばもうそんなになりますね」


 何千年も前に滅んでしまっている国の姫様なのだとしたら、一体彼女は何歳になるのだろう。そもそもそんな時代の人間が生きているとは一体どういうことなのか。


「いやほら、眠り薬を飲まされて何千年も眠ったままだったお姫様のおとぎ話とかあるじゃないですか。そんな感じで」

「……あなたは、随分と言い訳が上手くなったような気がする。出会った頃の初々しい女の子だったリュウガさんはどこに行ったのだ?」

「わたしもずいぶんと生きてきましたからね」


 そんな会話をしていた二人がふと隣を見ると、水地が殆ど驚愕の表情と言った感じで二人を見上げていた。


「びっくりしっぱなしだなミズチは」

「だって、だってっ、だって!」


 キュアの冷静な指摘に、水地は声を上げての抗議。こんな話を聞かされて驚かない方がおかしいと水地も思う。


「ミズチも機械神操士になろうと言う者なのだ。これから少しずつ普通の人間では知りえないことを多量に知っていくことになる。これもそのうちの一つ。今から慣れておくといい」

「は、はあ……」


 キュアのまとめるような言葉に水地は生返事しか返せない。


「それじゃあ運びましょうか駐屯地の方に」


 アレックスの乗った輸送機が完全に見えなくなった頃、リュウガが帰還を促した。一応最後まで見送っていたらしい。それぐらいしか仕事が無いからだろう。機械神操士は基本的には自由に使える長大な時間ばかりある仕事。そしてその方が良い仕事だ。


「完熟運転が済んだら、今度長距離高速飛行試験も兼ねて水地と一緒に散歩に行きましょうか、新型機に乗って」


 アレックスが置いていった荷物の方に向かいながらリュウガが水地に言う。


「散歩……ですか?」


 リュウガに着いていく水地が疑問符付きで訊く。


「やはり行くのか、あそこへ」


 何のことか理解できない水地に代わって、リュウガの言葉の真意をキュアが尋ねた。


「機械神操士になろうと言うのです。やはりあの場所は見ておかないと、直接自分の目で」


「あの……リュウガさんが行くというのであればどこへでも着いていきますが、それってすぐ近くなんですか?」


 散歩と言うくらいなのだから歩いても行ける距離なのだろうかと水地は思うのだが


「そうですね、今の駐屯地からだと使役機に乗って2日くらいですかね」


「それって全然散歩じゃないですよ!? ほとんど旅行じゃないですか!?」


 ほとんどというよりも完全に旅行である。


「ミズチもリュウガに対する突っ込みが上手くなったな」


 毎日一緒に過ごしていて、水地もリュウガのズレた意見にとうとう我慢ができなくなってきたのか、最近はこのように全力で突っ込んでいるのをキュアも見る。キュアの顔部は眼球以外は動くことは無いのだが、水地の行動を見てその固定された表情の下では笑っているのだろう。


「そんなの上手くなりたくないです!」

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