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第二章 2

 昼食を済ませると、水地は再び商館から出てきた。


 午後からもリュウガに一緒に乗ってもらって使役の機械の練習をしようかとも思ったが、なんだか正規の操士にそこまで付きっ切りで付き合ってもらうのも悪いような気がしたので、何か一人でできる練習でもないだろうかと外に出てきた。そしてついでに言えば、昼食時に姿を見せなかったキュアをどこかで見つけて、今度は彼女に操縦の練習に付き合ってもらおうかとも考えていたのだが


「あれ、キュア先輩、あんな所に?」


 外に出れば必ず視界に入る機械神アニィの方を見ると、脚部の隙間の一つにキュアがいた。外部計器らしきものの一つを開いて中を覗いている。整備しているのだろうか。それに朝に見た時に着ていた服を着ていない。素っ裸である。いや、彼女たちは自動人形オートマータという機械で体組織が構成されている存在なのだから、別に普段からフルヌードでも構わないのだろうが。整備のために汚れないよう脱いだのか。


 しかしアニィの整備をしているのなら見習いである自分も手伝いたい(もちろん自分は服を全部脱いだりはしないが)と思い、それにはどうやってあそこまで行けばいいのかと思っていると


「どうしたミズチ」


 後ろから声をかけられる。朝に聞いたのと同じ機械音声。


「あ、あれ?」


 水地が振り向くと、そこには自動人形の先輩の姿。


「キュア先輩?」


 今までアニィの足に取り付いていたはずのキュアがなんで後ろにいるのかと、水地は再び機械神の脚部の方を見るが


「というかキュア先輩が二人!?」


 アニィの方にもキュアがいる。水地がぶんぶんと風でも起こせそうに、後ろのキュアと機械神の方のキュアを二度見する。


「あれは通常のオートマータだ」


 水地の混乱を見て取ったキュアが機械らしく至極冷静に説明する。


「通常の、オートマータ?」


 まだ作業を続けているアニィの脚部の方の自動人形を見ながら水地が同じ言葉を繰り返す。


「これだけの巨大な物体が、まったく人員も必要とせず動くと思うか?」


 キュアも自分と全く同じ姿の機械の少女の方を見ながら続ける。


「ただ動かすだけならば操士一人で構わないが、動けば修繕が必要な場所は必ず出てくる」

「……そういえば、そうですね」


 確かに言われてみればそうなんだなと、水地も良く分からないなりになんとか分かろうとする。整備する者は必ず必要であり、水地も先ほどはあのオートマータを見て、キュアが整備しているのかと普通に考えた。


「艦船級の巨大な物体が動く場合、状態維持のために複数人の作業員はどうしても必要になってくる」


 古代の時代では訓練用の標的とするために外部からの無線操縦に改装した艦艇が存在した。つまり操縦士一人がいれば巨大な軍艦でさえ動かせるのだが、その標的用軍艦の無線装置が損傷してしまえば、やはり誰かが乗り込んで修理しなければならない。


「通常の艦船ならば人間の人員を配置すれば済むだろう。しかし機械神は人の形をした物体。可動部も多い」


 多分歩くだけでも足首にいた者は壁に叩きつけられ続けてズタズタになってしまうに違いない。それだけの質量体がしかも機械神の歩幅を考えればかなりの距離を前後に移動するのだから。


「じゃ、じゃあ先輩たちオートマータというのは……」

「ああ、機械神を動かすために、私たちは作られた」


 オートマータと言う少女型機械人形の創生の秘密。機械仕掛けの巨神の中には、今脚部にいる彼女の他にも、キュアと同型の姉妹たちがいっぱいいるのだろう。


「元々私たちには感情というものはない」


 機械神操士として働いているキュアはその自動人形たちのお姉さんになるのだろうかと水地が思っていると、キュアにそんな風に言われ驚いた顔になる。


「感情が、無い?」

「説明しよう」


 後輩の驚きを解消するために機械の先輩が説明を始める。


 通常のオートマータもキュアと同じように受け答えはできる。しかしそれは自分で考えて言葉を選んでいるのではなく、相手が話した言葉に合わせて記憶領域に格納されている言葉を発音しているだけなのである。会話が成立しているように見えて、実は会話が成り立っていない。


「機械神の中で大きく揺さぶられながら作業をするのだからな。感情があったら邪魔な部分も多い」


 機械神と言う人の姿をした機械の塊は、ただ歩くだけでも細かい損傷は常に出てくるのだろう。そんな中で体をぶつけながら作業をするのだから、修繕のみを自動的にこなせる作業機械に徹する方が都合が良いに違いない。


「しかしどういうわけだかその中で、感情を持つ者が出てくる」

「感情を持つ者?」

「設計した者も意図しなかった異の存在。しかし機械神という異そのものが動いているのだから、それぐらいのことは始めから起こりえる必然だったのかも知れない」

「……」

「そして感情を持った者は機械神の中から外へと零れ落ちてくる」


 感情を持った機械の少女は生まれ育った場所を抜け出し外の世界へ出てくる。なんだか自分と似ているなと水地は少し思う。


「このまま機械神の中にいてはせっかく生まれた『心』が壊れてしまうだろうと、自動的に追い出されてしまうのだ」


 確かに今まで全く思考することの無かった者が、いきなり機械神の中という凄まじい動きが続く世界に放り込まれたら、狂ってしまってもおかしくない。


「そして選ぶことになる。『心』を持った状態で機械神の中へと戻るか、それとも外の世界で機械の体を持った意思のある者として生きるか」

「じゃあキュア先輩も、その……」


 キュアの説明に従うなら、キュアも本来は相手の言葉に合わせて言葉を選んでいるだけの無思考な機械であるし、そんな場面も昨日から結構遭遇してきた。でもキュアからは確かな心を感じる。上手くは説明できないが水地にはそう感じられる。


「ああ、私は落ちてきた者フォルンだ」

「……フォルン」


 やはりキュアも感情を持ってしまった零れ落ちてきた者だった。そして本人から告げられるその落ちし者の名。


「フォルンとなった私は生まれ故郷に戻ることを否とし、こうして外の世界の住人の一人となった。そして今では自分の故郷の一つを使役する立場になり、水地のような後輩もできた。運命とは不思議なものだな」


 機械仕掛けの彼女なのに、言葉遣いも機械っぽいのに、それでもキュアから感じられる人間のような感情。彼女は落ちるべくして地上に落ちてきたのだろうかと水地も思う。


「それに今となってはどの機械神が生まれ育った場所なのか分からないからな」

「……そうなんですか?」

「目覚めた時、自分を零れ落とした機械神が既に移動した後だった場合も多い。落とされてすぐに目覚めればどの機械神から零れてきたのかも分かるが、目覚めたのが数十年後や数百年後であったならば、もはや分からん」

「……」

「どうしたミズチ、考え込んで」


 キュアの説明を静かに聞いていた水地はいつの間にか深く考える表情を見せていた。


「……わたし、なにも知りませんでした」


 機械神に秘められた数々の様事。キュア――フォルンと言う存在と、彼女の同型機によって支えられている機械神の内部。


「なんでわたし、機械神操士になれたんですかね。なにも知らないのに」

「何も知らないからこそ、選ばれたのかもしれない」


 キュアが言う。


「多分これからの時代にはあなたのような存在が必要だから――なのではないか」


 リュウガが言っていたことと同じ台詞をキュアも告げた。


「……」


 何も知らないのに、自分は必要。


「……」


 まだまだ感受性の高い年齢を生きている少女にとっては、その言葉は難しすぎた。




 これからキュアに使役の機械の練習に付き合ってくださいという気持ちを言うのも何だか薄れてきてしまった水地は「一端駐屯所の方に戻って一息ついたらどうだ」とキュアから促されたので、再び一階の入口の方に二人で向かっている。


 ご飯も食べないしお茶も飲まないだろうキュアが、こんな風に人間風に休憩を促してくるのは本当に不思議だなと水地は思う。


「……あ、リュウガさん」


 駐屯所である商館前の広場に椅子を出して、リュウガはそこに腰掛けて遠くを見ていた。


 午前中にリュウガと共に乗った使役の機械はそこには無く、台車を装着した状態で商館一階の片隅に格納されていた。そういえばキュラキュラという装起式車輌が動く音が遠くに聞こえていたようなのを思い出した。リュウガが自分で入れたのだろう。


「……」


 遠くを見ているリュウガの姿を、水地は黙って見ていた。


 彼女の先には何も無い。ただ広がった地平が伸び、その上に大きな空が被さっている。そんな雄大な光景を、彼女もまた風景の一部に溶け込むように、ずっと見ている。


 限られた平地に所狭しと家々を並べた自分の故郷の中心部ではありえない光景だ。自分の故郷に地平線があったのは、過去の時代にまだ街が無かった時と大きな戦争で街並みが消失した時だけだったと水地は伝え聞く。


「彼女は待っているんだ、遠くに行ってしまった二人の親友が帰ってくるのを」


 そんなリュウガの背中を見惚れるようにずっと見ていた水地の横にキュアが立って、同じように背を見ながら言う。


「待っている? どこまで行ってしまったんですか、そのお二人は?」

「世界の果ての更にその先があるのなら、二人はそこまで行ってしまったのだろう」


 水地が思わず口に出した質問に、キュアは答えた。


「世界の果て……の、更にその先」


 世界の果てと言われる場所ですら、どこにあるのか分からない。そんなどこにあるのか分からない場所から更に先に行ってしまったなんて。それは何かの比喩なのか。それとも冗談でも言っているのだろうか。しかしキュアが冗談を言っているような雰囲気でもなく、彼女自身も冗談など言う機能など始めからついていないような雰囲気なので、それは本当の事なのだろう。


 多分それは、記憶の奥にある水の巨人から感じた「困っている」と言う気持ちを何とかしたいと思う気持ちと同じもの。誰でも心の奥には一つ持っている、本人にしか分からなくて、本人にしか解けないもの。


「彼女はああして殆ど静止してしまった時の中を生きている」


 キュアが続ける。


「静止してしまった時?」

「私たちは半ば止まってしまっている存在だからな」

「……」

「水地の年頃であれば一日何度も『これをやろう』という目的があるはず」


 彼女もちょうど多感な歳を生きる年齢である。最低でも一日一回はあるだろう。


「リュウガも私も、そのような目的は年単位でしかない。一年に一度程度『これをこなそう』と、そのような頻度でしか、興味を持った目的は存在しない」


 まるで木々や山並みの変化のように、その思いは緩やか過ぎる速度でしか変わらない。リュウガも、そしてキュアも、そのような流れの中で生きている。


「水地に何をやらせようかとあのまま考えていたら、それこそ二日三日考え続けていたかもしれない」


 水地の立場であればはらはらしながら待つくらいの時間の長さでも、リュウガにとっては数日かけたとしても全然問題にならないくらいの長さ。それだけの感覚になると言うことは、一体どんな人生を送ってきたのだろう。


「私たちは長く生き過ぎた」


 キュアがぽつりと言う。


「彼女が今の時代でも機械神操士をやっているのは操士をできる数少ない存在であると同時に、その長大な時間を何とかするためだろう。むしろ後者の方が今の彼女にとっては意味合いは大きいのかもしれない」


 キュアはともかくリュウガに関しては20代前半のように見える見目なのだが、本当は物凄い年齢なのだろうか。しかしそれは、まだ訊いてはいけない話の一つなのだろう。


「……」


 だから水地は口を開くことができなかった。




「冷却水の補給に行く」と言い残してキュアは商館の方に戻って行き、水地はそこにひとり残される形になった。


「……」


 リュウガは相変わらず椅子に座ったまま遠くを見ている。キュアの言葉を借りるなら、ああして二人の親友の帰りを待っている。


 一体どれだけ待てば帰ってくるのか。どれだけの時間過ごせば良いのか。


「……でも」


 このどこまでも広がる空とその下のどこまでも広がる地平線を見ているだけで、時間を忘れて過ごせるだろうなあというのは、水地にも分かる。多分リュウガはああして、ずっとずっと待っているのだろう。ほんの少しずつしか動かない空と大地を見ながら。


「わたしの過ごしてきた街では地平線っていっても、家の屋根がずっと続く地平線しかないしね」


 ただそこにある自然を眺めているだけで、時間の経つのを忘れられる。


 しかしそんな風に雅な考えをした水地は、ふと気付いた。


「あれ、もしかして……機械神操士ってとてつもなく暇なのでは?」


 時間があるということは、裏を返せば普段はやることが殆ど無いと言うことでもある。午前中の最後にリュウガが言った「わたしもキュアも時間は空いている」というのは、仕事の合間に水地に付き合ってくれると言うわけでもなく、いつでも時間が空いているということだ。


 考えてみれば町中の火消しの一団と同じで、いつでも忙しいのは困りものの職業なのである。火消しの仕事であれば平時は訓練と言う仕事が待っているが、それは機械神操士にとっては使役の機械の訓練になるが、習熟してしまったら後は何もやることがなくなってしまうのではないだろうか?


「……もしかして機械神操士って操士以外の仕事を見つけないといけないのかな?」


 なんだかもの凄く恐ろしいことに気付いてしまったような気もするが、水地は今は深く考えないことにした。まずは使役の機械を完全に乗りこなせるまでにならないと。高空を高速で飛ぶこともできるらしいのだから、もっと早くもっと高く飛べるようになってみよう。


「でも今は、その前に」


 水地は商館一階の格納施設に行って手ごろな椅子を一つ見つけるとそれを持って主任操士の居る場所へと向かった。


「リュウガさん」

「はい?」


 緩やかな時間の中にいたリュウガは、後ろから呼ばれて現実の時間軸の中に戻ってきた。


「となり、良いですか?」


 でも今はその緩やかな時間に自分も触れていたいと水地は思った。彼女たちの生きる時間。立派な機械神操士になるのも大事だが、まずは彼女たちの中に自分も溶け込まないと。


「どうぞ」


 リュウガは微笑を見せると、再び前を向いた。


 水地も隣に椅子を並べて座ると、同じように前を向いた。


 どこまでも続く世界を、二人は静かにいつまでも見ていた。

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