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第二章 機械仕掛けの巨神

「……」


 水地は瞼を開いた。


「……?」


 光に包まれた白い世界。


 水地は明け方特有の、生まれたてな新鮮の中にいた。


「……朝?」


 ぼーとっする視界が自分のいる箱の中――部屋の中を巡る。


「……布団が気持ちいい」


 掛け布を巻き込むように水地が体を横にする。


 朝の心地好い空気が更なる眠りを誘う。


「……」


 このままではいけない。


「……起きなきゃ」


 未練を断ち切るように水地は布団を跳ね除ける勢いで上半身を起こした――が


「……!?」


 眠気が薄れ、定まってきた視界で改めて部屋の中を確認すると、全く見知らぬ場所。


「ここどこーっ!?」


 自分の部屋で寝ていたと思っていた水地は思わず声を上げてしまった。


「……あ、そうだ、そうだった」


 自分の上げた声で驚いた拍子に記憶が定まってきたのか、ここが自宅ではなく今日から働くことになる仕事場での自分に与えられた新しい自室であることを思い出した。あんまり寝心地が良いものだからすっかり自分の家にいるものだと思い込んでしまった様子。


 ここは商館として建てられた二階建ての建物の二階部分の一室。使われていない部屋の一つを水地のこれからの住居として与えられての始めての朝である。


 リュウガ・ムラサメを主任操士とする機械神アノニマスの駐屯地としてこの町が指定されたのだが、町の最遠部に今では使われていない商館があり、そこを駐屯所として使っている。元々この建物はこの町を建設するための現場作業所と重機車両の格納整備施設だったらしく一階部分は全て格納庫と倉庫となっている。


 この町では駐屯所としてお誂え向きな建物があったが、それが都合よく見つからなかった場合はどうするのかというと、重作業車なども運べる輸送機に来てもらってそこを生活空間兼格納庫として使うのだという。


 水地はそれを聞いて最初はそんなワイルドな生活にも憧れたが、しっかりとした作りのベッドの上で改めて起きてみると、やっぱり普通の家で普通に起きるのが一番なんだなと思ったりもした。そんな地上に駐機した飛行機での生活なんて今は体験できなくても、機械神操士をやっていればこの先どこかで経験するのだろうし。


「……そう、わたしってば今日から機械神操士なんだよね」


 未だに夢でも見ているのではないかと頬をつねってみたりしてみるが、普通に痛いので夢ではないらしい。


「……」


 窓から外を見ると、商館前の広場に大きな影が落ちていた。


 商館の脇には自分がこれからお世話になる機械神アノニマスが駐機している。その影だ。


 もちろん100メートルを越える物体を仕舞っておける格納庫など存在しないので、外に出っ放しなのは昨日港町から確認した通りである。


「さて、行かなくちゃ」


 水地はベッドから出ると、正式な機械神操士としての第一日目を始めるために着替え始めた。




「あの、これから何をすれば良いですか?」


 朝食が終わって一息ついた頃、水地が切り出した。


「はい?」


 窓の外を見ながら食後のお茶を飲んでいたリュウガはそう言われて水地の方へ顔を向ける。


「わたしは今日から機械神操士です。まだ見習いですけど、でもそれでも機械神操士としてやることがあるのではないかと思うのですが……」


 水地が少し困った声で言う。


 朝食が終わってから特に何かをやるような雰囲気でもなく、このままではお昼になるまでお茶して終わってしまうのではいのか? といった感じだったので意を決して訊いてみたのだ。


「うーん、そうですねぇ」


 水地にそういわれリュウガが考える顔になる。


 一人前の機械神操士になるにはそれはそれは毎日毎日大変な修行が待っているのではないかと、気合を入れている水地だが、その一人前の操士であるリュウガは「さて、何をしてもらおうか」と真剣に考えている。それこそ「世界の終わりの日には一体何をするか」と考え込むほどに。


「リュウガ」

「はい?」


 開いたままだった食堂のドアからキュアが入ってきた。彼女はものを食べないので、今朝二人と会うのはここで最初だ。


「あ、おはようございますキュア先輩」

「おはよう」


 水地から朝の挨拶を受けながら隣の席へとゆっくりとした動作で腰掛けた。彼女は自分の体積に比べて体重が非常に重いので、普段の動きは緩慢と言えるほどのんびりとしたものになる。


「使役の機械の操作方法くらい教えたら良いのでは。機械神操士(私たち)の仕事道具なのだから慣熟しておくに越したことは無い」


 ここに入ってくる前にある程度の会話は聞いていたらしいキュアが言う。彼女の進言がなければこのままで夕暮れ時になるまでリュウガは考えていそうである。「いつまでかかるのだろう」とはらはらしていた水地に助け舟を出した形だ。人間であるリュウガが機械のように思考していて、機械であるキュアの方が人間味のある対応をするという不思議な光景。


「そうですね」


 リュウガはあっさりとそれを了承し「ではさっそく」と自ら指導しようと立ち上がりかけるが


「リュウガ」


 キュアが再度その名を呼ぶ。


「はい?」

「あなたはこの中で一番偉い」

「そうですね」


 機械神の運用の全てを任されているので、この三人の中でも一番偉いが実は社会的にもかなりの地位だったりもする。


「ならば、下の立場になる私にその役をやらせるのが普通なのではないのか?」


 リュウガはそう指摘されて、水地に何をしてもらうか考えていた時並に真剣な顔をすると


「――それもそうですね」


 と言いながら座りなおした。


 そしてまた「起死回生の敵陣突破をするために残り少ない艦艇で最も効率の良い編成を考えている艦隊司令官」並みに考え込む顔になる。


「……」

「……」


 そんなリュウガを見て水地がまたはらはらの顔になっていると


「リュウガ」

「はい?」


 キュアが再び主任操士の名を呼ぶ。


「あなたが自ら指導したいというのなら止めはしないが」


 そう言われてリュウガは再び考え込む顔をするが今度はすぐに答えが出たのか「そうですね」と改めて席を立った。


「というわけで行きましょう、ミズチ」

「は、はい!」


 少し頭を下げるようにしてドアを出て行くリュウガの後ろを水地が着いていく。


 なんだか主任であるリュウガよりも副操士であるキュアの方が上司と言うか取りまとめ役っぽいなと思う水地であった。




「ミズチはロアイマトウキョウ出身なんですよね」


 一階へと繋がる階段を下りがてら、リュウガがそんな風に水地に訊いた。


「はい、そうです」


 この星を復興させるために様々な取り組みが行われているが、水地の故郷であるロアイマ地区の整備計画はその中でも最大のものである。


「下に下りてきた感じはどうですか? 空気が濃く感じたりするんですか?」


 4000メートル級のテーブル状の山をかつて存在した街の外周の形状へと整形し、その上にその街を限りなく当時と同じに再現しているのだが、高さ的には物凄い高地にあることになる。


「う~ん、始めは自分もそんな風に感じるのかなぁって思ってましたけど、そんなことは無かったですね」


 故郷を出て、始めて生まれ育った街以外の場所へと降り立ったのは最初に着いた港町なのだが、空気が濃いような感覚は無かったように水地は思う。


「自分の故郷にも木はいっぱい生えているので、元々そんなに空気は薄くないのかも知れないです」


 普通に考えれば高山地帯の街なのだが、元々平地にあった街を再現しているので緑化されている地域も多く、空気が薄く感じることはそれほど無い。


 そんな高所に建設されているロアイマ地区なのだが、今となっては何を主目的にして4000メートル級のテーブル状の山の上へ過去に存在した街を丸ごと整備したのかは不明だが、ロアイマ地区は歴史の継承と再現を目的に作られているのは確かだ。


 そのため、水の巨人や機械神のいる外の世界――平地では見られないかなり進んだ科学技術も見られる。そのような恩恵もあるため水地が港町でキュアに語ったように、故郷の街から一生外に出ないで過ごす者も多いのである。


 そうして故郷の話を訊いたり答えたりしながら階段を下りると、そのまま外に向かう。商館前の広場には使役の機械が駐機していた。普段は台車を下に装着して格納庫に入れておくのだが、昨日は帰ってきた直後から水地がこれから住む部屋の案内や歓迎会などをやっていたので、少し大掛かりになる格納作業は翌日以降へ後回しにしていた。


「この機械は二人乗りなんですね」


 昨日キュアの膝に乗せてもらった状態で水地もこれに乗ってきたのである程度は中を見てきたので、それぐらいは判るようになった。


「一人でも動かせますけど、基本的にこの機械は二人乗りで動かします」


 リュウガはそう言いながら機首の方を見上げる。水地も同じように見上げる。


「一人が操縦して、一人が機械神の使役、そうした方が負担が少ないですからね」


 昨日はリュウガ一人で使役の機械の操作も機械神の使役も行っていたが、それは主任操士だからこそできる芸当なのだろうと水地は思う。


「ではさっそく乗ってみましょうか。水地は前に乗ってください」


 リュウガはそう言いながら機首の上に手を突いてそのままの勢いで飛び乗る。180センチの長身の女性とはとても思えないくらいの軽やかな動きに「凄いなー」と水地は素直に見惚れてしまう。後部座席の方のハッチを開くとそのまま中に入った。


「いけないいけない、自分も乗らなきゃ」


 水地も続いて機首の上によじ登る。


 昨日乗ったときにはハッチが開いた状態だったから楽だったが、今日は一旦機首の上に上がってから自分でハッチを開かないといけない。結構大変だ。こういう行動にもこれかは慣れていかなければいかなければならないんだなと、水地は改めて思う。


「だいじょうぶ?」


 一旦ハッチから上半身を出したリュウガが手を伸ばして水地が乗るのを助けようとするが


「なんとか」


 水地はどうにか機首にしがみついた状態でハッチを開かせると、そのまま這うようにして前部座席へと入った。格好悪いな~と自分でも思う。でも今は仕方ない。いつの日かリュウガのように格好良く乗れるようになると密かに誓いつつ前部座席へと座る。


「ハッチはどうします?」

「開けたままで良いですよ」


 リュウガも座席に戻りながら答える。


「今日は始めてですからこの辺りを少し飛ぶぐらいです。最初はやっぱり飛んでいる時の感じを掴むためにハッチは開けっ放しの方が良いですから」


 後部座席の方は機械神を使役する際はハッチを解放してそこから身を晒す。だからほぼ同じ仕様の前部座席も同じように開いたままでもある程度の飛行は可能なのだろうし、身を乗り出しながら操縦しなければいけない場面も多くあるのだろう。


 それにもしものことがあったら後部座席のリュウガが何とかしてくれるのだろう。後ろの席も前部座席とほぼ同様の操縦装置が付いているのだから。


「ミズチの故郷には電子的に飛行機械の操縦が体験できる遊戯装置とかがあると思うのですけど、水地はそういうのはやったことありますか?」

「あ、はい、1回か2回くらいやったことあります」


 水地の故郷の街中にはそのようなものを集めた遊戯館のようなものが至る所にあるのだが、いざ体験しようと思っても結構な金額を投入しないと起動しないので、ここへ来るまでは義務教育期間の学生だった水地の身分では、1、2度程度しかやったことがないのは仕方ない。でも少ないながら経験はある。


「基本的にはそういう類のものと大差はないです。他の飛行機械のように高空を高速で飛ぶこともそんなにはないですし」


 そんなには無いということは、いざとなれば高空を高速で飛ぶことも出来るということだ。そんなことができる機械の扱いなど自分には可能なのか――と水地も思うが、機械神操士になるにはこなさなければならないものの一つなので頑張るしかない。


 そうやってあれこれと操縦桿や起動釦など操縦席内部で使うものをリュウガから教えられた。


「ただ、浮遊している時と飛行している時は機体の移動の仕方が違いますから、そこは覚えておいてください」


 リュウガがそんな風に言ってまとめる。


「……」

「じゃあさっそく飛んでみましょうか」

「は、はい」


 リュウガの指示を受けて水地が改めて操縦装置を見回す。


(こ、これって……何気に機械神操士としての初仕事なのでは)


 これは操縦の訓練だが、新人にとっては練習も仕事の内であるので立派な作業だ。そんな風に考えてしまうと緊張感が増してしまうが「だめだめ!」と顔を左右に振って、重苦しい雰囲気を振り払うようにする。


 目の前に並んだ計器。通常の飛行機械に比べればかなり簡単な仕組みで動けるのだろうが、こんな大きな機械の操縦なんていきなりできるのだろうか。機械神そのものに比べればかなり小型であるが、水地のような女の子にとっては、機械神そのものに乗って動かせと言われるのとあまり変わらないのだろう。


「じゃあ……いきます」


 水地は一つ深呼吸すると起動釦を押した。呼応した機体が軽く震える。後ろの方から低いうなり声のようなものが聞こえた。使役の機械の炉に火が入る。


 最初に説明されたとおりそのままにして軽い暖機をすませると、頃合いを見て上昇下降用と教えられた操縦桿を上昇の方へ引く。すると


「――浮いた!」


 ふわりとした感覚と軽い横揺れ、そして硝子の風防の向こうに見える景色が下に流れていくのを見て、水地は声を上げる。いや、水地のような年齢の子が実際に機械に乗り込んで自分の手で動かしたとなったら、声を上げない方が逆におかしいのかも知れない。


「浮きましたリュウガさん!」

「ほら、前を見てください、危ないですよ」


 思わず後ろを振り向いてしまった水地に対してリュウガは冷静な対応。でも水地が心の底から喜んでいるのは分かっているので、怒っている様子は全く無い。


「すみません!」


 それでも水地はそれで何とか冷静さを取り戻すと前に向き直り、操縦装置を再度確認する。今度は左右の機動に使う操縦桿を右に倒してみる。使役の機械は10メートルほどの宙空に浮いているので、今度は右の方へと機体がゆっくり横滑りしていく。


「おおおおお」


 それは不思議な感覚だ。地上を走る走行機械は真横に動くことは無い。人間も普通は真横には動かない。多分これは使役の機械のような浮遊型の機体だから出来る芸当。


「なんかカニになった気分です」


 水地が思わず出した感想にリュウガはクスリと笑った。


 その後水地は使役の機械を動かす練習に励んだ。


 最初なのでゆっくりとした動きでしか動かないが、まずは自分が乗っている機体の大きさの感覚を掴むことが大事であるので、それは仕方ない。初心者であればあるほどいきなり高度な技の伝授をせがむ者も多いが、基礎となる土台をしっかりと積み上げなければ技術の高い技の行使は無理である。


 そうして時間を忘れて使役の機械を動かしているといつの間にか昼前の時間になっていたので、水地はリュウガの指示で機体を再び地面に下ろした。


「おつかれさま」

「はい! おつかれさまでした!」


 先に操縦席から出ていたリュウガが遅れて出てきた水地に言い、水地も元気に答える。


「あのリュウガさん」

「はい?」

「こういう風に言っていいのかわからないんですけど――」

「?」

「すっごく楽しかったです!」


 水地の心からの感想にリュウガは微笑を見せた。


 始めて取り組むことに対する緊張感、そしてそれをこなせた心地よい疲労感。今の水地は本当に嬉しい気持ちに包まれていた。それは他人が見ても嬉しくなってくるほどに。


「そういう気持ちを持って機械神操士というものに取り組むのが一番良いことなのでしょうね。わたしたちにはもう無理な新鮮な喜び」


 その嬉しさつられるようにリュウガも再度微笑みを見せる。でもなんだか儚さを感じるのは何故だろうか。


「そしてだからこそ、あなたが新たな操士として選ばれたのでしょう」

「……はい」


 その儚さはなんだろうかと水地が思ったが、リュウガが商館に向かって歩き出したので、水地は着いていく。リュウガも、そして先輩になるキュアも謎めいた何かを多く持っているが、今はまだ何も訊かない方が良いのだろうと、水地も若年ながら思う。もっと自分が二人に溶け込んで――本当の意味で仲間として認められた時に訊けばいいことなのだと今は思う。


「今の水地の仕事はこの使役の機械に乗って練習することですね。だからいっぱい乗っていっぱい練習してください」


 朝の時点では水地に何をやってもらおうかと考え込んでいたリュウガだったが、今は答えが見つかったのか簡単に指示を出した。彼女の中でも何かが少し変化したのかも知れない。


「でもまだ一人で乗るには危ないので乗るときはわたしかキュアかどちらか捕まえて一緒に乗せてください。わたしもキュアも基本的には時間は空いてますから、二人とも居ないことはないでしょう」

「はい!」

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