終章
「ミズチ、どこへ行く?」
駐屯所である商館の一階から水地が出てくると、ちょうど格納庫に入っていくキュアとすれ違った。
「手紙を出しに行ってきます」
「そうか、気をつけてな」
使役機を限界速力まで出して往復してきた者が徒歩で出かけてくることに対して、今さら気をつけても無いが、それがキュアの優しさであるのも水地は知っているので素直に「はい!」と答える。
「んーっ、今日も良い天気」
伸びをしながら水地が歩く。
水地の右手に握られた一通の手紙。故郷の家族へと書いた手紙だ。
機械神操士となって随分と経ち、図らずとも重要な役目もこなせた。だからそろそろ近況を報告しなければならないと、書きしたためたのだ。
「――ん?」
そんな風にしてアニィの足元を抜けて商館前の広場に出ようとすると、この前見つけたポストの置いてある窪みの一部が開き、少女の頭が出てきた。
「あ、集配係のオートマータだ」
水地は始めて集配を行う専門のオートマータの姿を見た。鞄をたすきがけに肩から提げて、頭には制帽のようなものを被っている。
機械の彼女はポスト横に設けられたハッチから出てくるとポストの蓋を開き中を改めた。もちろんここへ投函するものはいないので、やはり空なのを確認するだけであるが。
「こんにちは」
そんな仕事中のオートマータに水地は声をかけた。
呼びかけられたオートマータは一瞬水地の方を見るとそれで相手の確認は終わらせ、再びポストの蓋を閉める。
「……あれ?」
しかしそのままの姿勢で再び水地の方をじーっと見ている。
いつもだったら一瞬だけこっちを見てそれで終わりなのに今日はどうしたんだろうと水地は考えると、自分が右手に彼女が配達すべきものを持っているのに気づいた。
機械の彼女は水地が手に持った手紙をこのポストへと投函するのかと待っているのだ。
「あ!? ごめん!?」
それを知った水地はささっと背中に手紙を隠した。
「ごめん! これはそこのポストに出すんじゃないから! ずっと待っててくれてごめん!」
水地がぺこぺこと謝る。
集配係のオートマータは水地に手紙を出す意思が無いのを確認すると、出てきたハッチから中へ戻って行った。
「ふぅ、危うく大変なことになるとこだった」
水地が大げさに額の汗を拭う仕草をする。
あのポストにもし手紙を入れてしまったのなら、本当に機械の彼女は自分の全力を持って仕事をこなすのだろうことは、水地もこの町にやって来て色々体験した様事から、それは本当のことなのだろうとは想像がつくようになった。そして彼女一人では無理で、しかもその手紙を入れた者が本当に届けてほしいと願うのなら、多分機械神自らが動き出して届けに行くのだろうとも思う。リュウガが以前口にした言葉。
この町に直接現れた水の巨人の一件以来、水地も同じように考えるようになった。
「……」
水地が出す手紙を改めて見る。
自分の近況を伝えるこの手紙。しかし自分がこの先故郷へ帰れるのはこの手紙と言う言葉だけで、自分そのものは帰郷できないのだろうなと思う。
一人前の機械神操士となるまでは実家には帰らない覚悟で来たが、一人前になってからこそがもう帰れないのだろうと水地も思う。
操士は時間が長大にある仕事だが、その長い時間は機械神と共にあるからこそ許されている時間。特殊な条件、特殊な目的が無い限り操士はずっと機械神と共にいる。そして特殊な条件には多分帰郷は入っていない。
自分の地元に水の巨人が現れて、その時に近くにいる機械神がこのアニィしかいないのであれば自分たちが赴くことになるが、自分の故郷は幸か不幸か水の巨人も浮き水も現れない特殊な場所。だからもう、故郷に一時的に里帰りする機会もないだろう。
「でも、鳥はいつの日か巣立たなければならないしね」
自分はその巣立ちの日が人よりも早かっただけなのだろう。水地はそう思う。
いつの日か自分が一人前の操士となって働き、そして年老いて操士を止めていく時、ようやくにして自分は故郷へと帰って行くのだろう。
帰れる場所があるということはしあわせなことだ。
そして自分には今ここに、もう一つの帰れる場所がある。
「……」
水地は商館を回ると、広場に出た。そこには椅子を出して座る主任操士のいつもの姿。変わらない日常。
「リュウガさん」
「はい?」
声をかけられたリュウガが水地の方へ顔を向ける。
「ちょっと手紙を出しに行ってきます」
「いってらっしゃい」
リュウガの微笑みと優しい声。
水地はそれに送られて、思わず嬉しくなって飛び跳ねる勢いで走る。
「いってきまーす!」
また今日も始まったまっしろい一日へと、水地は翔け出した。
――Fin――




