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第六章 6

「……」


 水地は瞼を開いた。


「……?」


 光に包まれた白い世界。


 水地は明け方特有の、生まれたてな新鮮の中にいた。


「……朝?」


 ぼーとっする視界が自分のいる箱の中――部屋の中を巡る。


「……布団が気持ちいい」


 掛け布を巻き込むように水地が体を横にする。


 朝の心地好い空気が更なる眠りを誘う。


「……」


 このままではいけない。


「……起きなきゃ」


 未練を断ち切るように水地は布団を跳ね除ける勢いで上半身を起こした――が


「……!?」


 眠気が薄れ、定まってきた視界で改めて部屋の中を確認すると、全く見知らぬ場所。


「ここどこーっ!?」


 自分の部屋で寝ていたと思っていた水地は思わず声を上げてしまった。


「……あ、そうだ、そうだった」


 自分の上げた声で驚いた拍子に記憶が定まってきたのか、ここが自宅ではなく今日から働くことになる仕事場での自分に与えられた新しい自室であることを思い出した。あんまり寝心地が良いものだからすっかり自分の家にいるものだと思い込んでしまった様子。


「……あ」


 そして住み慣れてきた新しい住居に、昨日まで無かったものが一つ増えている。ベッドの脇のチェストの上に置かれた布の袋。


 夢のような一日を昨日過ごしたようだった。


 目を覚ましたらそれは本当に夢だったのではないだろうか。そんな時間を水地は越えてきた。


 しかし、その貰った袋を見た瞬間に、全てを思い出す。良く無事に帰って来れたものだと。


 そんな風に安心したらお腹が「ぐぅ」とひとつ鳴った。昨日から何も食べていないのも思い出した。


「……そうだ、もらったの食べよ」


 少女の母に手渡された袋を取ると中に入っていた紙包みを出して広げる。中身は硬く焼かれたパンで作られた大降りなパニーノ(具挟みパン)だった。


 多分日持ちするように固めに焼かれたパンの中に肉や野菜やチーズやとにかくその辺りにあるものを急いで詰め込んだと分かる作り。微妙に平べったいのは、水地と一緒に旅をしてきてその時の加重で押し潰されてしまったのだろう。


 なんだかこれを全部食べたら今日一日あとは何もいらなくなるのではというくらいのパニーノの隅に水地は被りついた。もぐもぐと租借し、具に辿り着いたら更にもぐもぐと租借する。


「……美味しい」


 昨日ここを発ってから今まで水を飲んだ以外は何も食べていないのもあるが、それでも凄く美味しかった。飾らない味が体中に染み込んでいく感覚。優しさで作られた家庭の味だ。


 水地は昨日飲み残した水筒を取ると口を開いて水を一口飲んだ。


「お水も美味しいなぁ」


 多分本当にただの水なんだろうけど、自分に帰るために活力を与えてくれたものであるだけに、何か違うような気がしてくる。


 そんなものだけに大切に飲もうと思っていた水地だが


「そういえばキュア先輩ってば水とか飲むのかな?」


 そんなことを思い出し、前に冷却水の補給に行くと言い残して姿を消した先輩のことを考えた。


 それは一体どこから体内に入れているのだろう。体の一部を開いて給水するのだろうか、それとも人間のように口から飲むのか。


「……あとで本人に訊いてみるかな」


 場合によっては「このお水どうですか?」と進めてみようかとも思ったので、もう飲むのは止めて蓋を閉める。パニーノもとりあえずもう一度包んで袋に戻した。


「……」


 窓から外を見ると、機械神アニィの巨大な影が落ちている。それは毎朝の変わらない光景。


 ずっと対峙したままだっただろうアニィと水の巨人を飛び越え、旋回の後に機体を減速させた水地はアニィの傍に使役機を降ろそうとした。そしてその時、多くの人々が毛布や寝袋に包まってアニィの周りにいるのを見た。


 みんななんでそんな所にいるんだ? 水の巨人が暴走したらこの辺り一体丸ごと消し飛んでしまうというのに。


 しかしそんな彼らは水の巨人を恐れていないばかりか、ある一点を見ている。それは水地が運んできた機体。


「……え、まさか、みんなわたしが帰ってくるのを……待ってたの?」


 水地が使役機をアニィの足元に着陸させた時、そのつま先に主任操士と副操士の二人が毛布に包まって並んで寄りかかっているのが見えた。二人も、ずっと待っていた。


 水地が使役機から降りるのと同時にリュウガとキュアも毛布を脱いで近づいてきた。


「状況は?」


 キュアが機械らしく務めて冷静に水地に問う。


「手紙の宛名の方は既にお亡くなりになっていました……」


 水地も事実を簡潔に伝える。


「そうか」


 キュアもそしてリュウガも、発見された手紙はかなり古いものであったので、そういう結果になってしまうのではないかと心のどこかでは予想していた。


「でも……」

 しかし、水地の報告には続きがある。


「そのお孫さんが宛名の人……自分のおばあさんが眠っているお墓まで連れて行ってくれて、おばあさんの代わりに手紙を読んで伝えてくれました」


 少女が自分の祖母に聞かせていた処を思い出した水地は自然と少し涙ぐんだ。


「手紙を直接渡すことはできませんでしたけど、その手紙にこもっていた想いは伝えることができたと思います」

「……そうか」


 キュアが水地が成しえたことに対して、簡潔な判断の言葉を言う。しかしその機会音声がどことなく優しく響いてくるのを水地は聞いた。


「ミズチ」


 副操士と操士見習いのやりとりを静かに聴いていた主任操士が口を開いた。


「難しい任務、良く果たせましたね。お疲れさま」


 リュウガはそう言うと、水地の体を優しく抱きしめた。


「……あ」


 今にも倒れそうだった水地は、リュウガに抱かれた瞬間最後に残っていた力も無くなってしまったらしく、リュウガの腕の中へ倒れこんだ。もう自分で立つのも無理だ。


「……水の、巨人が」


 水地は意識を失う直前、水の巨人が静かに消えていくのを見た。


 水の巨人もわたしが帰ってくるのを待っていてくれたのだろうか……そんな風に想いながら水地の意識は途絶えた。


「……」


 と言う訳で意識を失ってしまった水地は自室にそのまま運び込まれ、今の今までずっと寝ていた。


「……」


 外の明るさの感じでは早朝と言った時間帯であるらしい。自分が帰って来たのは夜明け頃だったからほんの数時間眠っただけで起きたらしい。緊張感がまだ続いているのだろうか――と、水地が思っていると


「起きたか、ミズチ」


 部屋の扉が開きキュアが入ってきた。


「あ、おはようございますキュア先輩」


 いつもと変わらない硝子製の青い瞳で水地を見る。見られた水地もいつも通りの日常に戻って来れたようで安心してしまう。


「あ、起きました?」


 そんな先輩操士に続いて主任操士まで入ってきた。


「リュウガさん? おはようございます?」


 なんで立て続けに主任操士まで入ってくるのかと、水地は疑問符系で答えてしまう。


「どうしたんですかお二人とも揃って?」


 なんだか入院でもしてる自分を見舞いにでも来たような感じの二人に水地は戸惑ってしまう。


「まだ外は早い時間なんですね。わたし日の出くらいに帰っていたのであんまり寝てないんですね」


 水地は外を見ながらそんな風に言うが


「何を言っている」


 キュアが困ったような声で言う。隣のリュウガも少し困った顔をしている。


「お前が帰って来たのは二日前だぞ」

「……――はい?」

「ミズチは丸一日以上寝てたんですよ」


 リュウガが軽く苦笑しながらその事実を告げる。


「――……えぇええええっ!?」

「全然目を覚まさないからとりあえず心配はしていたぞ」


 キュアが冷静に言う。


 限界を超えた往復をこなした水地は体力も限界を超えていたらしく、ベッドに運ばれた後は殆ど昏睡状態だった。それこそ息もしていないんじゃないのかと言う勢いで寝ていたのだ。空腹を感じたのはは半ば当たり前の生理現象。ほとんど二日も何も食べていなかったのだから。


「お腹空いたでしょ水地、いっぱいご飯用意してありますよ」


 水地が目覚めるのに合わせて食事を用意していたであろうリュウガがそう言うが


「すみませんリュウガさん、わたし、向こうの町で作ってもらったパニーノを少し食べちゃいました」

「じゃあそれも一緒に食べましょう。今のミズチならお腹に入るでしょ?」

「えぇえっ!?」

「まぁ二人分ぐらい食べろ。多量に食べてリュウガ並に大きくなれ」

「えぇええっ!?」


 物を食べないキュアが人事だと思ってそんな風に言う。


 水地も今だったらいくらでも食べられてしまう気もするが、でもリュウガの様に上への栄養には行かなくて横に大きくなるだけなのではないかと女の子ならではの心配をするのだが、なんだか聞いてもらえない様子。


「……」


 でもこの二人とこんな会話ができるのは、本当にいつも通りの日常が帰って来たのだと思う。


「あの、こう言っても、良いですか?」


 ベッドを抜け出した水地は、二人の前に立つと改めてこう言った。


「ただいまです」


 水地はこの場所に帰還した時には言えなかった言葉を口にした。いつもの日常が始まったのならばやはりその毎日に戻ってきたことを心から感じたい。


 二人もそれを聞くと、改めて彼女のことを迎えた。


「お帰りミズチ」

「お帰りなさい、ミズチ」

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