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第六章 5

 そうしてしばらく抱き合って泣き合っていると、少女が口を開いた。


「操士のミズチさん、ここまで来て疲れたでしょ、今日はうちに泊まってく?」


 少女がここまで手紙を持ってきてくれた水地にそう言うが、その言葉を聞いて水地ははっと気づいた。


「ごめんなさい、わたしもう帰らなくちゃ」


 水地は少女のから体を離すと、ここへやって来た事情を説明した。


「そんなことになってたの!?」


 水地から彼女が今働いている町で起こっていることを聞いて少女も思わず叫んだ。


「うん……だから、早く帰らなくちゃ」


 手紙を――手紙に込められた想いを届けることはできた。でもこれが本当に機械神が対峙する以外の水の巨人を消す方法になったかはまだ分からない。まだ水の巨人が消えていないのであれば早く戻らなければ。


「――どうしたの?」


 墓石の前に座ったままの二人に後ろから声がかけられた。


「あ、母さん」


「どうしたの二人とも泣いて!?」


 その人物はどうやら少女の母親らしいのだが、見知らぬ女の子と一緒に泣いている娘の姿を見て、さすがに母親も驚く。


「何かが墜落してきたって町中大騒ぎなんだけど、あなたの姿が見えないから探してたのよ。でもこんなところに居るなんてどうしたの?」

「それがね――」


 自分たち二人が祖母の前にいる経緯と理由を少女は母に説明した。


「――そんなことが」


 話を聞いた母親が水地の隣にしゃがむ。


「ありがとう機械神操士のミズチさん。娘の私からもお礼を言います」


 手紙をもらった者の娘である母親が軽く頭を下げる。


「いえ……わたしは自分にできることをしただけですから」

「それはそうとミズチさんだいじょうぶ? 怪我とかしてるんじゃ?」


 なんだか動きづらそうにしている水地を見て母親が心配する。まさかこんな年端も行かない女の子が全開で飛行機械を飛ばしてきたとは想像も出来ないので、怪我をしていると思われても仕方が無い。


「……だいじょうぶです」


 水地はそういいながら立ち上がろうとする。


「早く……帰らなくちゃ」


 目的は果たせたが、駐屯地に出現した水の巨人がどうなったのかは分からない。もし暴走する兆候を見せているのなら今度は一刻も早く帰還しなければならない。自分が乗ってきた使役機を戻すために。


「そんな無理をしちゃ」

「母さん」


 引きとめようとする母親を娘である少女が制す。


「水とか軽い食べ物とか、すぐに用意できる?」


 そして少女が、そんな風に母に願う。


「それは――それぐらいなら直ぐに用意できるけど、何にするの?」

「水地さんは帰らなくちゃいけないから」


 そう言いながら少女が水地の方を見る。


「そうなんだよね、ミズチさん」

「……うん」


 水地が頷く。力が抜けている。


「だから休憩もさせてあげられない。だから、せめてそれぐらいは」

「……」


 娘がなんと言わんとしているのは母親もなんとなく分かった。水地という機械神操士はとにかく早く帰らないといけないらしい。


「分かったわちょっと待ってて。持ってくのは町外れに落ちたあの飛行機械のところで良いの?」


 娘が水地に代わって「うん」と返事をするのを見ると、母親は小走りで去っていった。


「ミズチさん、肩を」

「……すみません」


 少女は水地の肩を支えながら立ち上がった。水地も一緒に立ち上がる。


「また、会えるかな?」


 墓地を抜けて、オレンジ色から黒色になろうとしている町中を歩きながら少女が言う。


「はい、今度改めて遊びに来ます」


 水地もそう答える。この少女に会いに行くと言う理由があれば、私的な遠出も許してもらえるだろう。それに水地本人も機会があればもう一度この女の子とゆっくりと話したいと思っていた。


「私の方から行っちゃうかもよ?」

「それも嬉しいです」


 そうやって話をしながら町を抜けると、使役機が着陸した場所へと着いた。周りには町の住人が数多くいる。あれだけの轟音を伴って殆ど墜落に近い状態でやって来たのだから、様子を見に多くの人々が集まってくるのは当然だ。


「一体何が起こったんだ?」と見つめる目線を抜けながら、使役機を目指す。


「待ってーっ」


 二人が使役機の傍に到着すると同時に、後ろから再び母親の声が聞こえた。


「はい、ミズチちゃん」


 持っていた布製の手提げ袋を水地に差し出す。


「急いでたんでありあわせのものを詰めただけだけど、帰る途中にでも食べて」


 口を開いて中を軽く見せると水地に持たせた。


「ありがとうございます……」


 水地はなんかこれをもらっただけで元気が出たような気がした。


「席に……入らなきゃ」


 水地は両腕を大きく伸ばして使役機の機首にへばり付くと、何とか力を振り絞って前部座席までよじ登る。その途中でもらった袋を座席の中に投げ入れる。


 乗り込むのに難儀をしている水地を見て「お尻押すね」と、少女が背伸びして水地のお尻を下から押し上げた。少女の力を借りて這うように操縦席に潜り込むと、正位置に座る。


 席に着いて少し落ち着くと、もらった袋を改めて開けてみた。紙で包まれた食べ物らしきものと、木の水筒が一つ。


「飛んでるときに吐いては困るので、今は水だけ」


 何か物を入れておかないととも思ったが、やはり加重での嘔吐も怖いので今は水だけもらうことにした。


 水筒の蓋を開き口をつける。


「……はぁ、おいしい」


 一気に半分ぐらい飲んだ水地が、はぁと息を吐く。たまらなく美味しかった。今まで飲んできた水――いや、水以外の飲み物を全て含めても一番美味しいと思った。残りの半分は帰ってからに取っておこうと蓋を閉める。ここであまり飲みすぎても水でも吐いてしまう恐れがある。


「お世話になりました……」


 水地が操縦席から顔を出し、少女と母親とそして集まってきた町の住人達に言う。


「それはこっちの台詞だよ!」


 少女がぶんぶんと手を振りながら叫ぶ。


「では……行きますので」


 頭を収めた水地が上部ハッチを閉める。それと同時に起動釦を押す。使役機に火が入る。


 軽く暖機を済ませた機体を水地は浮遊させた。とりあえずどこかおかしいところは無い。ほとんど墜落に近い着陸だったが機体の損傷は無い様子。


「さぁ、帰ろう……」


 水地は機体を旋回させると前進のための操縦桿を倒す。


「もうひとがんばり、お願い……」


 常用飛行高度に達した使役機が徐々に速力を上げていく。


 外の景色が流れて行くのが少しずつ速くなっていく中「ミズチさーん、また会おーっ!」と言う少女の声が聞こえたような気がした。


(……そういえば、名前聞いてなかったな)


 水地も心の中で再会を約束しつつ、帰りの道程を急いだ。




 夜の闇の中を使役機が飛んでいる。既に速度は最高速に達している。


「……」


 凄まじい加重の中、水地は黒く染まった闇を見ていた。


 故郷を出て始めてこの地に降り立った時は、夜の世界が怖くて一晩越してから行こうと思っていたのに、今は夜の闇の中を飛んでいる。不思議だなと黒い世界を見ながら思う。


 そういえば帰るための目的地の位置情報はどうすれば良いのだろうと水地は機体をある程度飛行させた時に気付いたのだが、逆向きに機体が進んでも進む先に光点がちゃんと表示されていた。キュアが帰りの分の操作もしておいてくれたのだ。


 なんて頼りになる先輩なんだろうと思う。あの自動人形の先輩が居てくれればなんでも上手く行くような気がする。


 じゃあ主任であるリュウガは役に立たないのかと言うと、そんなことは全く無く、困った時には絶対に彼女が何とかしてくれる――そんな海の底くらいありそうな懐深さが彼女にはある。


 こんなにも頼りになる二人の先達に出逢えたことを、水地は心から感謝する。もしも先任の機械神操士がこの二人でなかったら、自分は一人前の機械神操士になることを諦めていたかもしれない。それだけの大きな二人。


「……」


 だからこそ、自分はあの場所に戻らなければならない。自分を迎えてくれた、自分の新しい帰る家となった、あの場所へ。


「……」


 目的地の光点と自機の光点がもうすぐ重なろうとしていた。水地は我慢に我慢の末に往復の行程を何とかやり遂げようとしている。


「……あ」


 地平線の向こうが明るくなってきた。新たな一日の太陽が顔を出そうとしている。


 その生まれたての光の反射を受けて、何かがキラキラと光っていた。


 それはまるで水面に写る日の光のようで。しかしそれは平面ではなく垂直に見えている。しかも自分がこれから向かう目標そのものにそれは居る。それは、つまり――


「――!?」


 水の巨人が其処にいた。まだあの存在は消えていなかった。


「やっぱり……駄目だったのぉ!?」


 操縦桿を握る手が震える。結局駄目だったのか。こんな加重にも耐えて最速力で帰って来たのは無駄だったのか。


「――あ」


 水地は、もう一つ見つけた。


 最初それは朝の光の中に溶け込んでいて見えなかった。その玲瓏に満たされた空気の中から出現するもう一つの巨体。


 朝日の照り返しを受け、そして対峙する水の巨人からの反射光も受けて、宝石のように機体を煌かせる鋼鉄の巨人。


「アニィ!」


 水地が思わず叫ぶ。


 わたしたちをずっと守ってくれている機械仕掛けの巨神が変わらずの姿でそこにいる。ならば、町のみんなだって、あの二人だって。




「……」


 機械神アニィの右つま先の先端に背中を預けるようにして座っているリュウガは、夜明けを迎えた空を見ていた。夜になってから冷えてきたので毛布に体を包ませているが、そうしてまで彼女はずっとそこにいた。水地が飛び立った後からずっと。


 使役機を失ってしまった機械神操士にできることは、それは多分、機械神とずっと一緒にいること。今の時代の操士の一人となっているリュウガも、今の時代の操士ができる手段に従った。


 彼女も機械神が自ら求めない限り自分から乗り込もうとは、もう思わない。一番最初の自動人形となった彼女がそうしたのだ。だから自分もそうであるのが一番良いのだろうと思う。


 一番最初の彼女が残した言葉。――それでも、いつまでも機械神に頼っていてはいけない――。


 今はまだ頼るしかないけど、誰かが乗って機械神を直接動かすような頼り方をしては、もういけない。


 だから今は、それが今の一番の方法だから、待った。彼女の帰りを。


 リュウガの隣にはキュアが同じように毛布を巻いてアニィのつま先に背中を預けている。自動人形の彼女が毛布を被ってもどうにもならないのだろうがそれは気分の問題なのだろう。


 キュアも同じ空を見ていた。彼女は通常機能を停止して休眠状態に入ることは出来るが、基本的には眠りを知らない彼女はずっと起動状態を維持したまま、空を見ていた。隣のリュウガは人間なので疲れて眠ってしまう時もある。だから休んでいる彼女の分まで、あの見習いの少女が帰ってくるのを待っていようと。


 そして二人の周り、アニィの周りにはこの町の住人の殆どが、リュウガやキュアと同じように何かに包まって同じ時間を過ごしていた。


 リュウガとキュアももちろん避難を呼びかけた。町長まちおさに頼んで今は使役機が一機も無くて通常の状況と違うことを住民全員に伝えてもらった。


 主任操士と副操士はそれを済ませると、アニィの足元で彼女が帰るのを待つのに戻ったが、そんな二人と機械神の下へ、町の人々が一人また一人と集まり始めたのだ。


 私たちも待ちたいと。


 機械神が駐屯する場所にいきなり水の巨人が現れたことが異常事態であるのは住民達も気付いていた。


 それに対する対処手段として、最近やってきた見習いの操士の女の子が唯一残る使役機を使って発見された古い手紙を届けに行ったことも説明された。使役機が無くなってしまった二人の操士が今できることは、信じて待つしかないことも。


 水の巨人が現れ、この町に住む者の殆どがその水でできた巨体を始めて間近で見た。先日港町に現れた時ににも遠くの方に見えていたが、自分達の生活する場所そのものに突然現れた威容は凄まじい。


 しかし伝説に聞く、最初の水の巨人が現れた時のような畏怖を殆どの住民が感じることがなかった。


 最初の水の巨人が残した巨大なる陥没はこの世界に生きる者であれば誰でも知っている。


 しかしそれを知っていてもなお、離れがたいものがあった。


 何かが変わろうとしている。何かが変わろうとしているのを町の住人たちもなんとなく感じた。


 そう、水の巨人は世界を滅ぼそうと現れるわけじゃない。


 だからその瞬間を、この目で見るために。


 その代償が自分の命だったとしても、それでも離れがたかった。


 操士の二人と同じように、町のみんなも信じているのだ。


 そして――




 ヒュイーン……


「あ」


 その音を微かに聞いたリュウガは思わず声を上げた。


「今、聞こえましたね、空の向こうに」

「私も今聞こえた」


 毛布に包まった二人の操士が空の同じ場所を見る。


「私より先に聞こえたとは、リュウガはやはり耳が良いな」

「こういう時は人間の聴力の方が勝つんですよ」

「……普段からリュウガは機械よりも色々凄いだろう?」


 そんな会話をしながら徐々に白んで来た空を見る。その音も大きくなってくる。周りにいる町の人々も気付きだした。


 そうして一瞬の間をおいて、町の上を、対峙する二体の巨人の上を、一機の飛行機械が発動機の力強い音色を奏でながら翔け抜けた。


「……ミズチ」


 一旦町の上空を通り抜けて速度を落としつつ、旋回して着陸態勢に入った使役機。それを必死にここまで操ってきた者の名をリュウガは呼んだ。

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