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第六章 2

「お、ミズチちゃん、買い物かい?」


 籠を下げて町中を歩く水地に沿道の店先から声がかけられた。


「はい、夕飯の買出しに」

「精がでるねぇ」

「はは……ありがとうございます」


 と、生返事を帰す水地だが「これぐらいしかやることないですし」ともあまり言えない。自分がやっているのはすごい重要な仕事なのに何かサボっているように見られても困りものなので「実はすごく時間がある」というのは水地は黙っている。主任リュウガ先輩キュアの町での行動で実は既にバレているのかもしれないが、水地は黙っている。恥ずかしいから。


 水地がこの町にやってきてそれなりに時が経ち、彼女もこの町の住人として随分と溶け込んできた。なので最近は声をかけられることも多くなったのだが


(でもいつまでこの町にいられるかわからないんだよね)


 ここは自分たち機械神操士にとっては駐屯する場所なので、住まいとしては仮のものである。なのでいつ何時移動の指示が出るか分からない。


 水の巨人が出現する場所というのは明確に決まっている訳ではない。もし固定された場所であるならば近隣の住人はもしもの時の安全を考えて非難しているはずである。


 風の流れや空気中に含まれる水分の質などの計算の結果、その地域に滞留している季候の歪みが水の巨人を呼び寄せてしまいそうな場所が決定され、その都度進出する場所は変えられる。


 だから様々な要因により季候の歪みが解消されたと判断されたならば、機械神と操士は次の場所に移動しなければならない。機械神は数機存在するが、それでも全機で世界の全ての地域をまかなえる訳でもないので、一つの場所が安全だと判断されたならば、次に危険とされる場所に移動していかなければならないのは常である。普段は時間のある仕事だからこそ、その様なこともこなしていかなければならない。


 それでも一、二年ほどは同じ町で過ごすことが多いので、活動の拠点としてそれなりに落ち着いた生活は送れる。


 しかしそれだけ長く居ると別れの時に辛くなるのは仕方ない。


(なんかわたし、その時には号泣しちゃいそうだよなぁ~)


 機械神操士となる直前の義務教育期間最後の卒業式の日では、とんでもないくらい泣いて母校に別れを告げてきた水地である。自分の中でも容易に予想がつくのが困りものである。


「親方! なんか出てきました!」


 そんないつやってくるとも知れない別れの時を考えながら歩いていると、道の向こうから声がした。新しい家を建てるための基礎工事をしている最中の場所。なんとなく興味が惹かれた水地はそちらの方に行ってみた。


「なんだその赤ぇのは?」

「ポストっぽいですけど」

(ポスト?)


 今日はその手紙を投函するための物がらみで一つ知ったことがあったけれど、またここでもその話題に出合うとは本日は随分とポスト尽くしな日なのだなと水地は思う。


「この町は建築当初にエライ地震に見舞われたって話しだからな。そん時にこのポストも埋もれちまってたんだろう」


 作業者たちがポストであったろう赤い破片の数々を掘削途中の土の中から掘り出してきた。磁器として焼き固めて作られたであろうそれは殆どバラバラの状態だ。


「……手紙が入ってるな、一通」


 底の部分にあたる場所は比較的大きく残っていて、その中を検めていた作業者の長――親方は一つの手紙を見つけた。他の破片の中にも混ざっていないかと確かめてみたが、元々この中にはこの手紙一通だけが入っていただけだったようだ。


「日付は……この町が出来た当時か」


 唯一入っていたその手紙は相当古いものであるらしい。


「どうします親方、それ」

「どうするもなにもなぁ」


 この手のものの処理方法など全く思いつかない親方は、最近新しくこの町の住人となった少女が興味ありげにこっちを見ているのに気づいた。


「そこの機械神操士の嬢ちゃん!」

「は、はい!」


 一体これからどうなるのだろうと少しはらはらしながら様子を見ていた水地はいきなり呼ばれて思わず良い子の返事をしてしまった。傍観者であった自分がいきなり巻き込まれた。水地はここにいる作業者たちの顔は知らなかったが向こうは水地のことを知っているらしい。機械神操士とはちょっとした有名人なのでそれは仕方ない。


「こういうモンはやっぱりあんたみたいな職の人の持ち回りなのかい?」


 親方が事情を説明する。


「俺たちゃ家を建てることしかできねぇ。だからそれをやってる途中にこんなもんが出てきても、どうすりゃ一番良い方法なんかも分かりゃしねぇ。だからアンタなら分かるかい?」


 機械神を使役して水の巨人へと対峙させし者。普通の町中で暮らす者としては、もっとも簡単に出会える一番不思議で一番難しい仕事をしているのが、この機械神操士たちなのだろう。


「……」


 水地も水地で、確かに出されることもなく何十年とそのままになっていた手紙をどうすれば良いのかと適切な判断を下せるのは、今この町にいる職の中では機械神操士なのかも知れないとは思う。


「そうですね、これを何とかできるのだとしたらうちの主任操士か副操士なのだと思います」


 自分はまだまだ未熟だが、主任や先輩ならば答えを持っているはず。


「まぁ難しい話はわかんねえが、嬢ちゃんにそれは託すわ」

「は、はい!」


 水地はその手紙を受け取った。




 水地は駐屯所に戻ると、さっそく二人にこの手紙を預かることになった経緯を説明した。二人とも何故か都合良く食堂にいたので、買い物籠を下ろすと同時に話した。


「確かに、こういった類のものをどうすれば良いのか一番良い判断をできるのは機械神操士わたしたちかもしれません」


 渡された手紙を検めながらリュウガが言う。


「ミズチがこれをここへ持ち帰ってきたのは適切な判断だったのでしょう」

「い、いえ、その」


 興味半分で覗いていたらいきなり殆ど成り行きで頼まれてしまったとは言えない水地であった。


「私たちが駐屯しているこの町は出来てから50年ほどの比較的新しい町だ」


 今度はリュウガから手紙を渡されたキュアが、手紙の差出人や宛て名などを確認しながら言う。


 水地の故郷では建築で50年とは一つの節目の年で、建てた家の建て替えなども考えなければならない年だ。風雨や地震に晒されるので、それぐらいの年数が経過すると老朽化が目立ち始める。だから50年が新しいというのは水地にとっては不思議な感覚である。


「その建設初期の頃にこの地が地震に見舞われたのは記録に残っている」


 それは前に水地もどこかで聞いた覚えがある。


「相当大きな揺れだったらしく行方不明のまま発見できなかった者も多くいたと伝え聞く」

「……」

「これが入っていた郵便筒もその時に土の中へと埋もれてしまった物が今の時代になって掘り返されたのだろう」

「……で、どうしましょう、それ」


 今この場で必要なのはこの町の創生の話ではなく、今ここにある手紙をどうするか。


「当時の生活を伝える貴重な資料として帝国府の資料館にでも寄贈するのが適切な処理なのだろう」

「……」


 やっぱりそういうことになってしまうのかと、水地は少し寂しい気持ちになってしまうが


「だがそれは、適切であって一番ではない」

「?」

「一番の方法は、宛て先へと届けることだ」

「……あ」


 キュアらしい無駄の無い判断だなと最初は思っていたら、次にそんな言葉が出てきたので水地は少し驚いた。キュアは機械であるだけに行動も言葉遣いも堅苦しいものが多いが、それでいて人間以上に人間っぽい判断をする時がある。落ちてきた者フォルンとなったその日からキュアの冷たい体の奥に芽生えた暖かいもの。心と呼ばれるもの。


「どんな結果が待っているかは分からないが、それが一番の方法であるのは変わらない。手紙とは本来そう言うものだからな」


 水地がそれを聞いてリュウガの方を見ると、彼女も「うん」と頷いている。主任操士も副操士の言葉に同意権だ。


「さて、この宛て先から判断するに、送り先はそれなりに遠い町だが――」


 これから配達手段をどうしようかと考えようと思ったその時


「さむっ」


 水地は突然の肌寒さを覚えて、ぶるっと震えた。


 暑い夏の日のようにどんよりとした湿気を肩に感じるのに、周りの暑熱は全く感じない。妙な冷たさだけが周りにあって水地は思わず自分で自分の腕を抱きすくめた。


 暑い日に地面に打ち水をして、その気化熱で周りがひんやりとした感覚とでも言えばいいのだろうか。つまりそれはこの辺りの水分量が一気に増加したということ。


 雨でも降り始めたのか――そう思って窓の外を見ても空は晴れたまま。


「……」


 なんだろう。この感覚。


 こんな感覚は最近どこかで感じた。


 これからとてつもないことが起ころうとしている。そんな感覚。


 確かそれは始めてこの地に着いた港町で――


「……――!」


 一体それが何の前触れだったのかと気づいた水地の耳に、外からそれが現れたことを告げる声が聞こえた。


「水の巨人だ!」


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