第六章 手紙
「いや~こんな良い乗り物があったなんて、なんであの時は気がつかなかったんだろう」
運河を走る蒸気船――リバーボートのデッキで揺られながら、水地は呟いた。
港町に始めて着いた時、水地は目的地までの移動手段を見つけられずに徒歩での移動を覚悟していた。その際は結局最後は迎えに来てくれた使役機に乗って駐屯地の方へ行った訳だが、水の巨人も現れず何事もなかったのならば、迎えに来ていたキュアはこれに水地をつれて乗って帰っていたわけだ。
本日の水地は今まで使ってきた古い方の使役機を港町まで運ぶ仕事をしていた。新型使役機の方の慣熟運転もほぼ完了したので、定期点検のために帝国府の方へと持って帰ってもらう為だ。
新型機を持ってきてもらった際はアレックスの操る輸送機によって運ばれたが、今回は急を要するものでもないので、帝国海軍保有の輸送艦に来てもらって海路を運んでもらうことになった。
と言うわけで水地は駐屯地からこの港町まで旧使役機を地上走行形態のまま運び、台車ごと輸送艦へと積み込んでもらった帰りなのだ。
この辺りの町々は、その殆どが川や運河によって結ばれてるのだと言う。またこの地域以外でも平地であればやはり水路によって結ばれている場所が多いらしい。水地の故郷の主要交通機関である列車は全くない訳でもなく、山間などの水路を掘ることが不可能な場所などはやはり線路を引いて荷物や人を運んでいるらしい。
そういえば自分の故郷では川などを船舶で渡るなどということも殆どないので、船自体に乗ったのも今回が始めてだなぁと水地は思う。そう言う場所で生まれたからこそ、この辺りの主要な乗り物であったこれが見つけられなかったのかとも思った。
「外の世界にはまだまだいっぱいいろんなものがあるね」
徐々に近づいてくる今の自分の住む町、そしてこの蒸気船に乗るところからずっと見えている機械神アノニマスの巨体を改めて遠くに見ながら水地は独り語ちた。
仕事を終えて帰ってきた水地は、走っていた。
両腕と両足が大きく露出した服装。何かの鍛錬といった風情。
水地の鍛錬といえば使役機の操作訓練であるが、一日中乗っている訳にもいかないので他にもやることを見つけなければならない。という訳で今は体力作りの基本ともいえる走り込みをしているのである。
水地も含めて機械神操士には総じて長大な時間があるが、だからといって先任である二人にずっと使役機の練習に付き合ってもらうのも気が引ける。水地にはまだ一人での使役機の運用は許可されていない。今は使役機が新型の一機になってしまったので、自分の練習専用機の如くあまり頻繁に持ち出すわけにもいかない。
それに二人ともずっと駐屯所に居るわけでもなく、水地が気づくと姿を消している時も多い。何か寄り合いでもあるのだろうかと水地は思う。本当にそのようなものに行っているのだとしたら、リュウガはともかくキュアの場合はどんな集まりなのだろうかと想像してしまう。
普通のオートマータたちの中にキュアも混じって何事かしているのだろうか? その中では自ら喋るのはキュアしかいないのでものすごく静かな会合であろうと思う。複数のオートマータが顔を突き合わせて、それで殆ど会話もなく時間が過ぎていく。なんだか猫の集会みたいな光景だなと、水地は想像で笑ってしまう。
ちなみに水地が走っているのは機械神アノニマスの足元である。
機械神自身が全高100メートルある物体なので足首踵の部分も比例して大きい。普段寝泊まりに使っている商館より大きいくらいだ。
それが両足分二つならんでいるので周りを走るだけで結構な距離になる。日に一度ほどこうやってアニィの周りをくるくる回るのを最近の日課に増やしている。毎日やっている剣の鍛錬の時間を増やしても良いようにも思うがあんまりやりすぎて、いざ機械神操士としての仕事の時に疲弊してしまっていては元も子もないので、あれは朝と夕の二回で止めている。
「……」
こうやって巨大な脚部の周りを走っていると、たまにアニィの各部にあるハッチを開いてオートマータが顔を覗かせている時に遭遇することがある。何かの外部整備のために出てきているのであろう彼女たちを見つけると、水地は「おはよう」とか「こんにちは」と声をかけてみるのだが、挨拶された相手は声のした方へ頭部を向けるとその一瞬で確認を終わらせ、また再び頭部を戻して作業を続ける。
それは相手の行動に対して記憶領域に格納されている対処行動に従って動いているだけなのだろうが、そんな一応は反応してくれる素っ気無くも愛らしい行動を見ていると「ほんと猫みたいだなぁ」と水地は思ってしまう。
「……?」
水地はアニィの踵表面の一部が三角形に窪んでいるのを見つけた。直角三角形の直角の部分を下に置いた、四角を斜めに切り落とした形の三角形。
普段から機械神の各部の様子は良く見るようにしているのだが、こんな場所を発見したのは今日が始めてだった。
こんな部分があるんだ――と、良く見てみると
「――!?」
最初は影になって良く分からなかったが、三角形の頂点に合わせてその場所に収まるようにとある物が置かれていた。
「なんでこんなところにこんなものがが!?」
それを発見した水地は素直に驚いてしまい、思わず商館前の広場の方に全速力で駆け出した。
「リュウガさーんっ!」
いつもの場所でいつものように椅子に座って遠くを見ているリュウガを発見した水地は大声で呼ぶ。
「はい?」
呼ばれたリュウガが振り向くと、水地が飛び掛るような勢いでその目前で停止した。砂埃が上がる。
「すみませんリュウガさんちょっと来てください!」
水地はそういいながらリュウガの腕を掴む。
今の水地は今度は逆にリュウガのことを横抱きにして運びたいくらいの勢いだったが、そんな力も無いので掴んで引っ張った。
「はいい?」
リュウガはその勢いで立ち上がり水地に引きづられるようにして着いていく。
「どうしました?」
すごい勢いで引っ張られていると言うのに、リュウガが冷静に訊く。
「アニィのあそこ、あそこに!?」
物凄い勢いで駆けて来た二人は先ほど水地が見つけた三角形の窪みの前に来た。
「なんでこんなところにポストがあるんですか!?」
リュウガの腕を放した勢いのまま、水地がその赤い円柱の物体を指差す。そう水地が発見したのは、郵便物を投函するために町中に置かれているはずの物。
「ああーありますねここに、ポスト」
水地に掴まれて赤くなっているだろう腕も気にすることなくリュウガが言う。
「そんな『ありますねー』って、なんで機械神にこんなものが付いてるんですか!?」
機械神とは元々要塞級の戦闘兵器では無かったのかと水地は思う。実際はそれ以上の戦力であったりもしたが、そう言う事実よりもなんでそんな武器の塊の物体にこんなにものどかな雰囲気を漂わせる物体が設置されているのかと。
「道具屋さんとかもありますよ、探せば」
リュウガがその道具屋とかがあるのかと思われる場所を見上げながら言う。
「――え!?」
なんですかそれ!? といった顔で水地はリュウガの方を見る。
「機械神というのは元々これが一つの国――というか一つの世界みたいなものなので、わたしたちの住む世界にもあるようなものが機体の色んなところにあったりするんですよ」
驚き顔の水地を見下ろしながらリュウガが説明する。
「実際に機械神に人が乗り込んで動かしていた時代は、操士がその世界の唯一の人間だったわけなんでその為の設備だったと思いますけど」
機械神とは、操士一人のための国であり世界。この鋼鉄の巨体にはそんな意味もあった。
「もし本当にこの星が滅んでしまって機械神と自分だけになってしまった時、寂しくないようにと」
「そ、そんな……」
倒すべき相手を倒せたとしても、その時に生き残っていたのが自分ひとりだけなのかも知れない。
そして唯一の生き残った人間として生き続けるというのも、当時の機械神の乗り手たちに与えられた義務の一つだったのだろう。
「機械神とはそれだけの覚悟を持って作られたものだった――ということですね」
そんなにも壮絶な理由だったとは。本当機械神の周りには、水地という多感な時期を生きる女の子の想像を超えるもので溢れかえっている。
「……あの、リュウガさん?」
「はい?」
「そういう理由でこのポストとかが置かれているのだとしたら、ここのポストを使う人って誰になるんですか?」
そう言う事態が起こらないのであれば、じゃあこれはただの飾りなのだろうか。
「基本的には機械神の中で集配と配達が行われるわけですからね。やっぱり使うのはオートマータのみなさんですか。今でも集荷は専用のオートマータがやってますよ。いつも空のポストだけ見て帰って行きますけど」
「オートマータってオートマータ同士じゃ意思疎通って出来ないんじゃなかったでしたっけ?」
オートマータは相手の会話や行動に合わせて記憶領域に格納されている行動形式や会話形式に従って反応しているだけなのである。だからオートマータ同士では会話――というか手紙のやりとりが成立するのかと水地が疑問に思うが
「人間でもまったく無言の二人であっても、ふとしたきっかけで喋りだす時があります。オートマータ同士がずーっと顔を突き合わせていたら、何かの拍子にどちらかが喋って、それに合わせて会話が続くのかも知れない。その流れで手紙を出すことになる場合もあるのかも知れない」
機械神は動いているのだからその時に体をぶつけて、それに相手が反応するのかも知れない。お互いが物を考えている訳ではないが、会話は一応成立することになる。
もしかしてそう言うのが続いた果てにキュアのような落ちてきた者が生まれるのかなぁと水地は思った。
「わたしがもしこのポストに実家に宛てた手紙を出したらどうなるんでしょうか」
そんな機械神の中専用であるらしいポストに、外の人間である自分が手紙を出したらどうなるんだろうか?
「集配係のオートマータは配達員もかねてますからね。自分の全力を持って宛て先に届けに行くと思いますよ」
何千キロも歩いて、海などもあれば海底を這ってでも進んで、そして水地の故郷であるならばそこは標高4000メートルの場所なのだから最後は山肌を登ってとにかく目的地に行くに違いない。
「な、なんか、絶対に出したらダメって気がしました。すっごくもうしわけない」
配達に出たオートマータは本当に全力を持って仕事をこなすのだろう。それは良く分かるので、やはり申し訳なくてここには手紙は出せない。実家宛の書簡であるならば、通常の配達手段で充分届くから。
「でもそうまでして想いを届けたいと願うひとはいると思いますよ」
リュウガが言う。
「もし本当にここに手紙を出せば自分が望んだ場所に必ず届けてくれるのなら。そしてもうここに投函するしか手段が残されていないのなら」
「……」
「そしてそれだけ大事な想いであれば機械神自身が力を貸してくれると思います」




