第五章 2
「……」
空に雲が溶け込んでいるような淡いブルーの中を、水地は飛んでいた。新型使役機の前部座席の中で操縦桿を握っている。後部座席には自動人形の先輩の姿。
季候の歪みの調査に行く。そう語ったキュアのお供として、新型使役機の完熟飛行も兼ねて水地は連れ出されていた。
季候の歪み。それは水の巨人や浮き水が出現する元凶となるもの。
終鐘戦役によりこの星は崩壊寸前までの状態になった。それを機械神達がなんとか繋ぎとめ今の状態にあるのだが、それでも全てが元通りと言うわけでもなく、自然環境そのものに損傷は残った。
風の流れや水の流れ、そして空気が滞留している場所などに、微妙にズレが生じている場所がある。ただ水や空気を肌で感じているだけならば気づかないが、その流れが自然に進んでいかず歪な動きをしている場所がある。それを季候の歪みと呼んでいる。
それはこの星を支えている重力がその場所だけ終鐘戦役時の崩壊の影響で変じているからとも言われているが、本当の理由はまだ分っていない。それはその季候の歪みが生じる理由が、物理的な計算だけでは分らない場合が殆どだからだ。
キュアはその季候の歪みとされる場所に実際に行ってみて、何がその原因となっているのかを調査するのを普段の待機時の仕事にしていた。
もちろん機械神の下から遠く離れるわけにはいかないので使役機を使って半日で往復できる場所までを限度にしている。元々機械神の派遣場所も様々な要因により水の巨人が出現してしまう可能性のある場所の中間を選んで決定されるので、その程度の行動範囲でも充分なようである。
「ここだ、下ろしてくれ」
「はい!」
後部座席からの指示を受けて、前部座席の水地は機体を降下させた。水地の飛行訓練も兼ねているので操縦するのはもちろん彼女である。近くに季候の歪みの要因となるものがあるらしい場所へと機体を降下させていく。
着陸し機体が完全に静止するのを見計らい二人は機外へ出る。
辺りは何もない草の生えた大地ばかりの風景。少し歩いた向こうに木が少数密集した林があるくらいか。
「行くぞ」
キュアがその林の方に歩いていく。「待ってくださいっ」と水地も着いていく。
「あの林の中にその……季候の歪み、というものがあるんですか?」
キュアの隣に並びながら水地が訊く。
季候の歪みという言葉を聞いてから、それは故郷の暮らしていた時代に読んだおとぎ話や物語作品に出てくるような、次元の狭間のような宙に浮いている入口のようなものがあるのかと水地は少しドキドキしていた。
「季候の歪みというものに見えるような形があるのかと問われれば、それは無い」
林の外周にある木の根元を一つ一つ確認しながらキュアが言う。それを聞いて水地は少しがっかりしてしまった。自分の期待が大きすぎたのもいけないのだが。
「風そのものは見えないが、風を作り出す団扇や扇子は見えるだろう。それと同じだ」
水流れや空気の流れ、それらが微妙に狂ってしまった事象が重なり合う場所、そこが気候の歪みと呼ばれる場所。
「じゃあ今からその扇子や団扇にあたるものを探す……ということですか?」
「そいうことだ」
外周手前の散策は終わったのかキュアが林の中に進んでいく。
「それにもっとも歪みの原因を作っているのは森羅万象のようにこの星に物質として存在しているものではない」
後ろを歩いている水地が少し考え込む顔をする。風や空気も視覚で確認は出来ないが物質としては確かにこの世界にある。ではそうではないものとは何か。
「想いだ」
キュアが一端立ち止まり、水地の方に体を振り向かせながら言う。
「この星に満ちる、想い」
「……想い」
その森厳的な言葉を水地が繰り返す。
「何か、人間が残した想いがその発生原因になっているのでしょうか?」
土や葉の匂いの満ちる中で、水地も森閑とした気持ちで訊いた。
「人の想いだけが発生原因であるならばこんなにも難解な謎に発展することは無かっただろう。もう今頃は全ての歪みは修正され終鐘戦役以前の星の形に戻っていたかも知れない」
人ならざる者でありながら、人のように想うことのできる者の答え。
機械仕掛けの存在であるこの自動人形の先輩がそう語るのは、超自然的だ。そしてこの季候の歪みと言うものを見つけたのも、そんな畏怖すべき者たちにより伝えられたもの。
最初の自動人形が姿を消した直後に、複数の落ちてきた者が表れた。それはその中から魔法使いとなった者が見つけたのだ。
なぜ水の巨人は現れるのか。なぜ浮き水は出現するのか。
様々な手段、様々な記録、様々な機械を駆使して、その発生しそうな原因――場所を特定することができた。実際に指定された場所そのものに水の巨人も浮き水も現れるわけではないが、それでもかなり近い場所には出現する。だから数の少ない機械神でも対応が可能になったし、季候の歪みが解消されたと判断されれば次なる危険度の高い新たな派遣場所を特定することもできるのだ。
フォルン――自動人形は元々この星から自然発生したものではない。それはある意味同じように歪んだ存在だったからこそ突きとめられたのかも知れない。フォルンの一体であるキュアがそう語る。
「キュア先輩は魔法は使えるんですか?」
「使用は可能だがいまだかつて使ったことはないな」
そんな凄いことができる者と同じ存在である自分の先輩も、同じことができるのかと思ったが、そう言うわけではないらしい。しかしやろうと思えば扱うのも可能ではあるらしいのはさすがと言ったところか。
「それに私は魔法を使わなくても、ある程度気候の流れがズレている所は分るからな。わざわざ魔術の詠唱に煩雑な準備をすることもない」
「そうなんですか!」
さすがあのリュウガの副官をやっている者は違うなと水地も素直にびっくりする。じゃあその上にいる主任はどれだけ凄いのだろうと考えると怖くなってくるのもあるが。
「体内の各感覚器が水分量や風量の微妙なずれを教えてくれる」
製造されてから長い間稼動を続けてきた間に体内に蓄積された様々な経験則や計算値により、その場所を特定できる要素もあるので、他のフォルンでは私のように徒歩で確認しながらの気候の歪みの発見は難しいだろうとキュアは付け加える。他のフォルンが探すのならば、最初から魔法使いにでもなってその魔術により探索を行うが効率的なのだろう。
「そしてそのズレが重なり合う所に、何らかの想い――想いのこもったものが埋まっていることが多い」
目の前に生える木の根元を見ながらキュアが言う。そこには名も無き花が可憐な色合いを緑と土の世界に添えていた。
「たとえば今ではもう知りえない過去の記録の数々が書かれた本や、ずっと妖気に当てられていた刀剣の類など」
元々その手のものは何かが宿りやすいとは言われているのは、水地も故郷の町では良く聞いた。夜になっても寝ない子供を脅かすための方便も含まれているのだろうが、この駐屯地に来てからはただの作り話だけではないことを水地も知った。
「……」
名前の分らない、それでも綺麗な紫に咲き誇る花を自分も見ながら、遠い記憶の中で感じた水の巨人の困っているという気持ちも、そこに因子があるのではないかと水地も思った。
水地はキュアと分かれてこの林の中を一人で歩いていた。
それほど多くない木の数が密集しているだけなのだが「せっかく二名いるのだから分かれて探した方が効率が良い」とキュアに指示されたので、水地もこうして一人で探索を行っている。
個人で行動して迷ってしまっても林の外周に出て何も無い平地を歩けば、使役機に辿り着けるので迷子の心配も今のところはない。森の中の野生動物に襲われるのは危険だが、水地も再開した剣術のおかげでその辺に転がっている木の枝で何とか撃退できるだろうし、その為に日頃の稽古をやっている訳だ。もっともこの林の大きさの規模では、水地くらいの体格の生き物を襲って食べようとする大型の肉食獣が住むには向かない環境ではあるが。
「……」
草の匂いと土の匂い。そして葉の間から落ちてくる木漏れ日。
こういうのを森林浴というのだろうなと思いながら水地は歩いていた。
それはこの星の殆どの場所ではありふれた光景なのだろうけども、水地の育った特別区ではこの様な風景は街の西の方に存在する小さな山間の中にしかない。街の中心の方にも林や森を伴った緑地はあるが、その周りには人工的な建築物が密集しているので、この林のようにどこまでも続く自然の風景の中の一つとはならない。その街では木々の間を歩くだけなのに森林浴と特別な呼び方が使われるような特別なものになってしまう。
水地にとってはこの林を歩くのも幻想的な風景と取れるのだが、この星の大部分はこのような光景なのだから、改めてそう呼称してしまうのもこの星からしたら変な行為なのだなと水地は思う。
しかし、そうやってこの星にありふれているものでも希少なものとして見れるのは、水地の持っている特別な力の一つでもあるのだが、水地自身はまだそれには気づけないのは仕方ないし、彼女の性格であれば一生気がつかないのかもしれない。
「……?」
そうやって幻想的な風景の中を歩いていると、一つの木の根元に自分が住んでいた故郷に良く合うもの――人工物らしきものが置かれているのを見た。
全く人気の無いこの辺りでも、過去には旅人が一時の宿としていた時期もあったのかもしれない。それはその時に置き忘れられた物なのかと思って水地が近づいていく。
始め大きな石のようなものが積まれているのかと思った。誰かがここを竈代わりにしていたのだろうか。そして徐々に近づいていくにつれ、表面に苔がびっしりと生えたそれの正体が、水地には分った。
「!?」
その正体を知って水地は思わず手で口を覆う。
木の根が生えている間に、人の胸部が露出している。胸部から上の頭部、そして右腕が肘まで露出している。左肩から下も含めた体の下は土の中。露出している部分は木に斜めに傾いで寄りかかるようになっている。いかなる理由でこんな状態になっているのか。
それは人の胸部から上の形になっているが、表層に苔が生えているのに白骨化しているわけではない。
(ひ、ひとが……埋まってる!?)
人の形をした別の何かなのかも知れないが、水地の頭の中では直線的に想像された。そして頭の中にその言葉が組み立てられた瞬間、口からは自分でも気づかない内に救援の言葉を叫んでいた。
「きゅ、キュア先輩ぃ!?」




