第五章 気候の歪み
「うわっ、なんか正義の味方っぽい人がいる!?」
朝食を食べて軽い腹ごなしも済んだ水地が「朝の打ち込みしよー」と格納庫まで練習道具を取りに来ると、その奥の方になにやら格好よさげな人型が佇んでいるのを見つけたのだ。
身長にして3メートルほど。普通だったらこれくらい大きな人型の物体があったら軽く恐怖を感じるところだが、普段から鐘楼を越える巨大な人型やら、自分の先達である主任操士も隣に立てば見上げるほどに大きな人なので、なんだかこの程度(?)のものを見ても水地は大して驚かなくなってしまっている様子。
この人型は騎士が身に着けるフルプレートメイルを大型化したような体躯に、大きく張り出した肩と言う意匠。胴体分は中に抉れているようになっており、そこに人間と同じ大きさの人型が納まっている。ちなみに女性型。その通常の大きさの人型はその体に合わないほどの大きなヘルメットを被っており、その大きさがちょうど3メートルの人型の頭部の大きさと釣り合う用になっている。
『……ん? そこにいるのはミズチか?』
その通常の人型が被る大きなヘルメットの奥から声がした。聞きなれた機械音声を少し変調させたような声。
「え? 先輩なんですか?」と水地が言うのと同時にヘルメットが上方に開いて中の人の顔が露出した。中身はやはり見慣れた自動人形の先輩だった。
「キュア先輩なにやってるんですか? というかその装備はなんですか?」
「これは以前新型使役機と共にアレックスが持って来たものだ」
その説明を聞いて、そういえばアレックスが操るあの巨大輸送機から新型使役機と一緒に、大きな木箱も運び出していたのを水地は思い出した。使役機の交換用の部品でも入っているのかと思っていたのだが、まさかこんなものが入っていたとは。
キュアはその謎の人型装備から這い出すようにすると、格納庫の床に飛び降りた。アニィの歩行音ほどではないがそれなりの轟音が格納庫内にこだました。
「やっぱりキュア先輩が飛び降りると凄い音がしますね、床が割れたんじゃ……って、キュア先輩ってばフルヌード!」
思わずきゃっと手で顔を覆ってしまう。そして結局指の間から見ているのもお約束。この3メートルの人型の中心にはキュアが殆ど露出するような形で収まっていたのだが、それでもキュアだとは気づかなかったのはそういう理由だったかららしい。
「改めてそう言われると微妙に恥ずかしくなってくるな」
と言いつつもキュアは体を隠そうとはしない。キュアもオートマータの一体であるのは変わりないので、通常のオートマータであればこの状態が標準であり、今さら気にしてもしょうがないのだろう。自動人形は裸が制服である。
「この機体の初装着には手間取ると思ってな、服の裾の引っ掛かりなども考えて予め脱いでおいた」
硬質な肌が剥き出しとなったキュアが、自分が乗っていたものを見上げながら言う。
「これは結局のところなんなんですか?」
水地も同じように見上げながら(もちろんもう顔は覆っていないが)もう一度同じ質問をする。
「私も貴重なフォルンの一機だからな。このようなフォルンにしか動かせない機械の起動試験を頼まれることもままある。この機神甲もその一つ」
この機械仕掛けの外骨格型甲冑は機神甲と言う名であるらしい。
「フォルンにしか動かせない……って、なんですか?」
しかし水地はその名よりも、フォルン――キュアのような機械神から零れ落ちてきた者でしか動かせないと言う言葉の方が気になった。
「ミズチには説明してやることが多いな」
「……なんだかすみません」
「しかしそれも後輩と言うものができた楽しみの一つなのだろう」
キュアはそう一言置いて説明を始めた。
この世界に存在する機械としてはやはり機械神が頂点というべき存在なのだが、それでもその古代に作られた超兵器を超えるものをと、現代でも様々な機械が作られている。
しかし機械技師や錬金術師たちが総力を結集して作り上げた最新鋭の機械の中には、どうしてもフォルンでしかその全ての力を発揮できないものがある。
それは多分に終鐘戦役以前の消失技術を解析して何とか現代科学でも扱えるようにしたものに多く存在する。人間の処理速度、処理能力では操れないものを、過去の技術史の絶頂期ではそれを補う機械も作って積んだが、今ではそこまでの機構を作れないと言うことになる。
だからせっかく完成した革新的機構であっても、この様に検証する中で結局はその機構の所為で起動しないと分ると、外さなければならない。
そのような不具合を検証するために、キュアのようなフォルンの下にも試作品が運ばれてくるのである。
「今の時代では機械である我々フォルンでしか魔術の行使が出来ない。それと同様のものだ」
確かにこの世界には魔法というものは存在する。しかしその行使を行えるのは現在ではフォルンだけなのだ。
物を考えられる意思と機械の正確さ。この二つを併せ持つフォルンでしか魔法は使えない。
かつては人間も魔法を使えていた。
そして現在でもその行使を可能とする人間の魔法使いがいるという。その数少ない術者は帝国府の奥でひっそりと暮らしている。そしてその者は人間から魔法が失われる以前、終鐘の戦いの前から生きながらえているものだと言う。だからこそ現代でも魔法が使える人間なのだと言う。しかしそれは余りにも荒唐無稽な話なので、伝説やおとぎ話のようなものとして今では扱われている。
だから今では機械である彼女たちでしか魔法が使えない。
「キュア先輩が乗っている、というか着ている? その機械はなんの目的のものなんですか?」
搭乗するのか装着するのか良く分からず疑問符入りで水地が訊く。
「――それでも、いつまでも機械神に頼っていてはいけない」
キュアが詠うように言う。
「一番初めに現れた自動人形が残した言葉……ですよね」
水地もそれは知っている。この間はじまりの場所へ行った時リュウガから聞いた。
「これはその言葉を具現化する為のものだ」
「……こんなちっちゃなものが、ですか?」
キュアの説明に水地は素直に驚いた。
「小さいからといって弱いわけでもない。現に蜂の一刺しは私のような硬い体には効かないがお前たち人間には致命傷になるだろう」
「……ですね」
しかし水の巨人とは、自分と同じ力を持った者が現れれば、自分が力を振るわなくても良いと安心して消えるのだから、やはり大きさも重要なのではないかと水地は思う。
だからこそ、こんな乗っているんだか着ているんだか良く分からない小さな機械が、機械神の代わりになるとはどうにも考えられない水地だった。
「まぁただのガラクタになるかもしれないがな」
結局そんな末路となってしまった物も多く試験運用しているのだろうキュアも、これが本当に機械神の代替品となるとは本気で思っていないのかも知れない。
(……まさかその内わたしにも『これに乗って水の巨人と対峙しろ』とか言われないよ、ね……?)
自分も何らかの試験に巻き込まれてそんなことに参加させられるのだろうか。
水地はその予想が当たった時を考えて、思わずぶるっと体を震わせた。




