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第四章 3

「……あ」


 水地はその土煙の中に、人型の物体が浮いて移動しているのを見た。豆粒ぐらいの大きさだが、確かに水地にも確認できた。水地は普通の人間の視力だが、それでも見えたということは、対象が巨大物である証拠。それはこのアニィよりは少し小さい――それでもとてつもない大きさの人型の物体。


「あれが、機械使徒」


 リュウガに抱きついたまま、水地が思わず呟く。


 昨日の夜、機械使徒がやって来ると聞いてから水地はその機械神に準ずるもののことをリュウガとキュアから、もう少し詳しい説明を聞いた。


 終鐘の戦いの時、全ての災厄であるエンドベルは己を討つ為に現れた機械神達の接近を阻む為に、メックカルヴィと言う土くれの巨人を作り出した。機械使徒とはそのメックカルヴィを打ち倒し、機械神がエンドベルへと突入する為の血路を切り開く為に作られた量産型の機械神である。


 そのような用途であるならばこの機械使徒も土くれの巨人と同じように一瞬にして創造されたことになるのだが、時系列的に一体どのような時機でこの機械使徒が用意されていたのか、今の時代となっては分らない。


 機械神と言う超兵器を作り出せるだけの技術があったのだから、その量産型であればすぐさま用意できたのかも知れないし、もしくは正規の機械神を作り出すための数多く作られた試作機の成れの果てなのか。


 何れの理由にしろ、機械神を補佐する為に作り出されたことには変わりなく、この時代でも機械神では出来ない仕事を務めるのに従事している。


 機械使徒は地面をスレスレを浮遊飛行していた機体を停止させると、その脚を大地へと下ろした。遠くの方に微かに、凄まじい大重量物が大地を叩く音が聞こえたような気がした。


 アニィの歩く音や震動を直接体験したからなのか、水地にもあの機械使徒が動く轟音や揺れを想像で感じることが出来た。


 機械使徒が目標とする浮き水は、ほぼ町中の上空に出現する。そして機械使徒は目的地となっている町からある程度離れた場所に一端着陸し、後は歩行で町中へと向かっていく。


 歩いて向かえば巨大な足跡などが残り周辺に与える影響も大きいのだが、浮き水と言う物はどう言う訳なのか、飛行物によって接近したり飛行機械によって水面に小早を載せるとすぐさま暴走してしまうという厄介な特性を持っているので、このように最後は歩行によって接近する。


 これが浮き水の処理を難しくしている要素であり、飛行機械で小早が運べるのなら、あんな巨大な人型機械に来てもらう必要は無い訳である。


 空を飛ぶ物によって浮き水を制御できる小早を運ぶと暴走してしまう理由。


 それは人間と言う生き物が元々空を飛べない生き物だから――との説が一番有力とされている。


 しっかりと大地から足を踏ん張って、限界まで背伸びをして空に浮かぶ水の上に、それを操れる舟を載せる。


 元々人とは陸に生きる生き物。だからこそその人間が浮き水を処理したいと願うならば、陸に生きる生き物の延長として浮き水を動かさなければならない。


 もし人間に羽が生えていたらこんな手間は要らなかったのだが、人間に羽が生えていたら浮き水自体が最初から出現しなかったかも知れない。


「……あ、しゃがんだ」


 町中へと入っていった機械使徒がかがむような体勢を取るのを見て水地が声を上げる。かがんだ機械使徒は再び直立に戻るが、右腕を軽く前に出して何かを掴んでいるような姿勢になる。


「今、小早……を、掴んだんですよね?」

「そうですよ」


 その仕草で機械使徒が何をやっているのか想像するしかない水地が抱きついている主任操士に訊いた。訊かれた当人は淀みなく答える。リュウガはやはりここから見ても十キロ先の港町で何が行われているのかある程度見えるらしい。超人的な視力だが、リュウガ自体も実は見えてはおらず、何が行われているのかは知識として知っているので、経験で答えているだけなのかもしれないが。


 機械使徒が更に腕を上に伸ばし、それでも浮き水の浮かぶ場所には届かなかったので脛に当たる部分を伸長させるのを微かに水地は見た。


「足、伸びるんですね?」

「良く見えたな。元々が機械神の補佐をするためのものだからな、作戦によっては機械神と同じだけの身長とならなければならない場面もあるのだろう。その為の機構だ。機械使徒は機械神に比べたら幾分か小柄な機体だからな」


 今度はキュアが答えた。多分彼女はその一連の作業を硝子製の眼球で実際に視認しているのだろう。しかしこれほど小柄と言う言葉がそぐわない説明も無いなと水地も思う。的確であるだけに。


「あの、もしかして、浮き水使いの人たちって物凄く怖い思いを毎回するんじゃ……?」


 機械使徒が手に持ったものを何かに載せるような動きをしているのを見ながら水地が再び訊く。


「あの高みまで巨人の手により一気に持ち上げられるのだからな、とてつもない度胸が必要だろう」


 再度キュアが説明する。


 水地は後頭部の甲板からここまで来るのに相当な怖い思いをしたが、いくら小早に乗ったままで自動的に運ばれるだけとは言え、凄まじい恐怖と毎回戦わなければならないのは容易に想像がつく。


「とりあえず機械使徒が乗せる小早が、その手から落ちたと言う記録は無い」

「……そうですよね」


 そんな大事故が発生したならば何らかの代替手段が考慮される筈で、それに関する話を全く水地も聞いたことはないので、不慮の事故が起こっていないのは正しく伝えられている情報なのだろうと思う。


 しかしそうまでして準備をしなければ処理ができない浮き水という存在。


 その浮き水に制御する舟を載せるためには、遠方からそこまで手が届く機械巨人に来てもらわなければならない。


「今日は一晩――というか準備とか入れたら半日くらいで機械使徒がやって来ましたけど、浮き水ってあの状態でどれくらい持つものなんですか?」


 今回現れた浮き水に対しては、時間的に考えればすぐさま機械使徒は来てくれたので問題なかったが、それができなかった場合のことを考えると怖くなってくる。


「一週間くらいは大丈夫です」


 主任操士の答え。


「そして世界のどんな遠い場所でも一週間もあれば機械使徒も現場には到着できるでしょう」


 概ね一週間程度の時間はそのまま浮いているが、中には半年もの間浮いていた個体も過去には存在したと記録があるとリュウガは付け足す。


「もう帰還するようだな」


 機械使徒の動きをずっと確認しているキュアが告げる。腕を下ろし伸ばした脚部も元に戻し、機体を半回転させている。このまままた町の外へと歩き、後は再び飛んで帰る。多分あの機械使徒を動かす操士も仕事を終えれば、また待機という任務に戻るのだろう。


 機械使徒操士もそして機械神操士も「移動」と言うものに時間を取られてしまう職なので、その仕事がなければ自分が多く過ごす時間が待機と言う名目の長大なる自由時間になってしまうのは仕方ない。


 こうして機械使徒は各町に待機している浮き水使いと仕事道具である小早を浮き水の上に載せるためにやって来るのだが、それならば浮き水使いも機械使徒と同じ場所に待機して一緒に移動してくれば良いのではとも考えられるが、一つ目の浮き水へ小早を載せた後に直後に第二の浮き水が発生すればその場所へと向かわなければならないので、それは出来ない。機械使徒も機械神よりは数が多いとは言え限られた機体数しか存在しないからだ。


 唯一の例外としては小早すらない辺境の地に浮き水が発生してしまった場合には、機械使徒の駐屯所と同じ町に待機している浮き水使いと小早も一緒に向かうが、これは前述の通り特殊な例である。このような役目があるので機械使徒の駐屯地には、既存の地域の為と派遣の為の二組の小早と浮き水使いが待機しているのが通例となっている。


「あの、すっごい素朴な疑問なんですけど」


 町外れに向かって歩き出した機械使徒を見ながら水地が言う。


「なんでしょう?」

「わたしたちの機械神アニィでは、なんで浮き水に小早を載せる役ができないんでしょう?」


 浮き水が出現したあの港町は、目と鼻の先にあるこの町に機械使徒とほぼ同じことが出来るはずの鋼鉄の巨神がいるのである。


 ならばこの機械神アノニマスがその役目をこなすべきではないのだろうか。そうすればわざわざ遠方から機械使徒に来てもらわなくても良かったのではないのか?


「今の機械神は外から使役機に乗って指示をしなければ動きません」


 リュウガがその疑問に答えた。


「昔のように機械神に操士が直接乗って動かしていたならば代わりをできるでしょうけど、今の状態で小早を載せたとしても、それは機械神に頼んでやってもらっただけなので、人間が直接何かを操作して載せたことにはなりません。だからその状態で小早を載せたとしても暴走してしまうでしょう」


 機械使徒は人間の手足の延長。そのようなものであるからこそ、浮き水も暴走しないで制御する舟を受け入れる。


 機械使徒が人間の手足の延長であるのは、実際にその中に乗り込んで操作できるからであり、現状の機械神は外部から使役して動かすものとなっている。それではやはりその条件は満たせない。


「さて、そろそろ戻るとするか」


 キュアがそう言いながら重そうに体を持ち上げながら立ち上がった。


「これから小早に乗った浮き水使いの仕事が始まるが、ここからではその仕事ぶりは水地には見えないからな」


 一番見ておかなければならない者がこれ以上見れないのであれば確かにこれ以上ここにいる必要も無い。


「ミズチだけ港町に行ってもらって近くで見学してもらった方が良かったですかね?」

「い、いえ、そこまでしてもらわなくてもっ」


 リュウガの意見にもうしわけなさそうに言うが、でもやっぱり浮き水使いの仕事も間近で見たかったかなとも思う水地であった。


「じゃあ戻りましょう。ミズチ、わたしの首の辺りに抱きつきなおしてくれますか?」

「え? あ、はい?」


 このままアニィの後頭部の使役機まで戻るにはまた恐怖の歩きをこなさなければならないのだが、それでもまだリュウガに掴まっていたいと思っている水地は素直に応じるが


「じゃあ使役機の方、頼みましたねキュア」


 リュウガはそう言いながら立ち上がる。水地を抱きかかえながら。


「……は」


 水地がこれから一体何が起こるのか――と、考えるまもなくリュウガはそのまま吸炎口の縁から飛び出した。


「え……――ええぇえぇぇぇぇぇぇぇえっ!?」


 抱えている水地の絶叫など聞こえていないかのように、アニィの各装甲から突出する部分へ軽やかな着地を繰り返し、機械神の巨体を下っていく。


 主任操士は見習いとしてやってきた女の子に早く一人前の操士になってもらおうと、様々な経験をさせようとやっていることなのだろう、機械使徒操士と浮き水使いの仕事が間近で見れなかった代わりにと。非常に不器用な手段でだが。


 見習いとしてやって来た新人も不器用なら、そこをまとめる主任も不器用。


「まぁ私も器用か不器用かと言ったら不器用が選択されるがな」


「――!」「――!」「――!」と声にならない絶叫が遠ざかっていくのを聞きながら、キュアがぽつりと言う。


「今まで静かだったのが急に騒がしくなってすまんなクロキホノオ――」


 アニィの頭部の方に向かってそう言うと、自らも戻るために後ろの使役機へと向かった。

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