第四章 近くて遠いもの
「えい! えい! えい! えい!」
一定の拍子で水地の口から掛け声が発せられる。
夕暮れ時の駐屯地。アニィの長大な影も最大に伸びる時刻。水地は声を張り上げて剣の打ち込みをしていた。
角材を×の字に組み合わせた台座が地面に一対あり、その股の部分にこれまた硬そうな木が何本も縄で縛られて載せられていた。水地はその横木に向かって声を上げながら得物を振り下ろしている。得物は刀剣の類ではなく横木と同じ材質であろう太い木の棒である。
声を上げながら一心不乱の打ち込み。小柄な体からは想像もできないくらいの力強さ。それなりの時間を鍛錬に費やしてきたのが分る体の動かし方だ。
水地は地元にいる時にやっていた剣術の練習をここでも再開することにした。
はじまりの場所のクレーターを見に行った際に、水地は自分でやった高速飛行に耐えられず気を失ってしまった。操縦技術も大切だが機体限界に合わせられる体力も大事だと改めて痛感させられた。
ちなみにあのお姫様抱っこも相当効いている様子。水地のような年頃の女の子であれば顔から火の出るような恥ずかしさが当分続くのは仕方ない。やられた相手が友達とかではなくて、自分の先任に当たる者にされてしまった訳だから。
また、その時に言われた軽くてやわらかいという自分に対する感想も少し気になっていた。小さいのは仕方ないとして、自分はこれだけ剣を振ってきたのだからそれなりに筋肉もついて多少は硬くて重い体になっていたのではと思っていたので、少し自信が無くなってしまっていた。リュウガにとっては水地がどれだけ筋力をつけようが小さくて軽くてやわらかいと言う印象は変わらないように思うが、さすがにそこまでは想像のつかない水地である。
と言う訳で水地は小さい頃からやっているこの剣術の修行をここでもやり始めた。更なる体力作りの為に。
水の巨人に会いに行く。そういう夢をおぼろげながらに描き、そうしてその水の巨人と対峙する仕事である機械神操士になる方法を見つけた水地は「操士になるのに何か一つのことをやっていた方が良いのかな?」と、これまたなんとなく思った。得意になるものが一つあれば、その仕事をやっていく上で目の前の困難にぶつかってもそれで切り抜けられるのではないかと。
その為には裁縫教室に通って服なども自分で作れるようになっておいた方が良いだろうし、工作教室などに通って椅子や机などの簡単な家具なども作れるようになっておけば色々と役に立つだろう。
が、しかし「複雑なことは苦手」と自他共に認める性格であったので「多分その手の細かい作業は無理」と自分で判断した。習得するまで長く続けられるものでなければ意味が無い。
じゃあどうしようと思っていると、家の近所に剣術の道場があるのを見つけた。
剣を振るえればもし悪意を持った相手と遭遇しても棒っきれでも当てて逃げる手段に役に立つかも知れない。しかし色々な技を覚えるのは不器用な自分には無理かもしれないとも思った。でもなんとなく興味が湧いたので剣を教える先生らしき人に訊きに行くことにした。
そうして色々と剣術の説明を聞いていた処「ならば君に良く合うだろう流派がある」と、この剣の流派を教えてもらい、たまたまそこの道場に所属していた師範の一人にこの流派を師事した者がいたので、水地はこの流派の剣を習うことになる。なんとなく。
「ひと月くらいで辞めてしまうのでは」と周りの者も思ったし水地本人もそう思っていた。しかし予想に反してなんとなく始めたその剣は、機械神操士として就職する直前――義務教育期間終了まで水地はこの流派の剣を振るい続けていたのだ。
元々が農家の男子が仕事の合間に訓練をして、それで一気に実践に投入できるくらいの強い剣士を育成しようと考えられた流派なので、他の剣術のように細々とした技を習得することは本当に少ない。面倒くさければ朝夕のこの打ち込みだけやっていれば実力は上がる。しかも確実に。
しかし声を上げながらひとまとめにした何本もの横木を全力を持って何千回と打ち込むのは相当な力が要る。やはりそれが農作業で鍛えられた者たちだからこそ急速にその技を高められる所以なのだろう。
そんな流派の剣を始めてしまった水地に関しては「あまり複雑なことは苦手」と言う性格もあって、声を上げてただ振り下ろしていれば着実に技術が上がっていくその単純さであったからこそ、続けられたのだと思われる。
結局水地は故郷にいる間では、掛け声を上げながら相手の懐に一気に飛び込んで振り下ろす「蜻蛉」と言う技しか会得できなかったが、この流派にしてみればそれで充分である。何しろこの流派、元々が一撃必殺――二の太刀というものが存在しない流派なのであるから。初太刀をかわされたら、後は自分が討たれるのを覚悟するか、何とか逃げ回って間合いを取り直すか、そんな用法しかない流派なのである。
そして水地はこの流派の基本であるこの打ち込みを、故郷では朝夕に3000回ずつ続けていた。本当はもっと振らなければならないのだが「お前はまだ体が幼いのだからそれで止めておけ」と言われていたので、その回数で止めている。まだまだ水地は成長期なので、振りすぎて体に変な形で筋肉がついて歪な体型になってしまうよりは、更なる高みを目指すならばもっと体が大人になってからとの教えだ。
それに水地くらいの年齢の女の子であればその回数が限界だろう。いかに単純だから良いとは言っても単純すぎても長続きしない。
「えい! えい! えいーぃ! ――ふぅ、おわり~」
水地の声と動きが止まる。定められた回数に達したらしく、打ち込みに使っていた木の棒を地面にころんと落とすと、息を吐きながら目の前の横木へと倒れ掛かった。
「はぁー、はきだしたーって感じ」
「精が出るなミズチ」
そうやってヘロヘロになっている水地に後ろから声がかけられた。格納庫の方からキュアがやってきた。
「あ、キュア先輩……えへ、今終わったところです」
水地は倒れ掛かっていた横木から体を起こすとキュアの前に立った。
「いや~、久しぶりに良い汗かけました」
最後に練習をしてから随分と間を空けて練習を行ったので、体の節々が悲鳴を上げているが、それが心地良い疲労感であるのは確か。
「私たちが作った道具の調子はどうだ?」
キュアが横木に視線を移動させながら訊く。
「はい、すっごく頑丈で、ありがとうございました」
「それはなにより」
水地が先達である二人に「故郷でやっていた剣術の練習をここでも再開したいです」と告げた時に、その練習方法や必要な道具も説明した。
そして練習に必要な横木は自分で作るのだが、それを練習中に何回も壊していると言う話を水地がすると「だったらわたしたちが作りましょう」と、リュウガとキュアが言い出てすぐに作ってくれたのだ。
故郷での練習ではイスノキという非常に頑丈な木を得物と横木に使っていたのだが、二人はどこからともなくそれに良く似た木を持ってきて、台座も含めてあっと言う間に用意してくれた。
水地にしても自分で作るとしたら格納庫内に転がっている廃材でなんとかしなければならなかったので願ったり叶ったりではあった。本来なら練習する道具も自分で調達するのがこの流派の教えだが、ここはかなり特殊な環境なので、それに関してはこの場では甘えることにした。
ちなみに壊していたということは、水地は工作などの細かい作業が苦手である以前に、彼女はそれだけバカヂカラなのではないのか? とキュアもリュウガも考えるが、とりあえずまだ本人の前ではまだ口にしていない。
さて、久しぶりの練習も終わったし一休みしたらこれから夕飯の用意……と、水地が使った練習道具を片付けようと思った時、不意に鐘楼の鐘が鳴った。
「え?」
「……」
水地が驚いて鳴り始めた鐘の方を見ると、キュアは既にそこを視界に捉えながら状況の把握をしている様だった。
「時報、では無いですよね?」
「……」
時を告げる音色とは関係なく動き出した鐘を見上げながら水地が訊くが、何事かを考察しているのかキュアは無言。キュアは計算をしだすと機械らしく無反応になるのは水地ももう慣れたので、彼女が再び動き出すのを黙って見守る。
「二人とも」
そんな二人の下へ、商館の角を回って主任操士が現れた。
「リュウガ」「リュウガさん」
同時に名を呼びながら二人が迎え入れる。固定されていたキュアもこの時ばかりは喋る。いや、計算が終わったのか。
「今、町会の方から使者がやってきて知らせを持ってきてくれました」
リュウガは二人の前に立つと、自分も緊急を知らせる鐘楼を見上げた。
いつものように商館前に座って遠くを見ていたリュウガはやはり見つけやすい目標であるらしく、突然鳴り出した鐘楼の理由の知らせを持ってきた使者は、リュウガに事の次第を伝えて急いでこの場を離れた。
ここは機械神の駐屯所であるのでその重要度から直接その情報を伝えに来てくれたのだろう。今頃は伝令として町中を声を上げながら走り回っているに違いない。
「水の巨人が出たんですか?」
水地が思わず自分の予想を訊く。
そうであるならば急いで着替えて自分も使役機に乗らなければならない。二機の機体が揃いちゃんと全員が乗って移動できるようになっているのだ。見習いである自分も留守番などせずに現場に向かわなければならない――と思っていると
「水の巨人ではありません」
しかしリュウガからは簡潔な答えを得られた。この鐘の音は水の巨人の出現を知らせるものではない。
その言葉に水地は一端胸を撫で下ろすが
「でも『水もの』です」
付け加えられた言葉に再び背中に嫌な汗を感じた。打ち込みで沢山かいた汗の中に、異質な温度の一滴が混じる。
「浮き水か」
キュアが問う。
「ええ」
リュウガの答え。
「……浮き水」
そして水地が思わずその名をつぶやく。
機械神操士となった自分には近くて遠い不思議な存在。水地はこの駐屯所へ来て、遂にその存在とも邂逅することになった。緊張で少し身震いする。練習の後なので汗が冷たくなっただけなのかも知れないが。
「ここでは無いな?」
「港町の方です」
リュウガがそう説明しながら港町のある方向へと視線を動かす。キュアも同時にそちらの方角へと頭部を可動させる。
「――いるな」
「――ええ、浮いてますね」
二人はそれで目標の確認をしたようだが
「……すみません、わたし見えません」
水地も二人が顔を向けた方を同じように見たのだが、彼女の視力では背の高い鐘楼が微かに確認できるだけで、後は何も見えなかった。なんだか緊張したのが無駄になってしまったような少しがっかりした気分。
「まぁ20メートル四方の物体だからな。普通の人間の目では視認は難しいだろう。透明だからこの距離では空に溶け込んでもいるしな」
視線を固定しながらキュアが言う。普通は何かを見ても一瞬で確認を済ます彼女が長時間目標を見ていると言うことは再び何かの計測でもしているのだろうか。
「それってここから見えるわたしは普通の人間じゃないってことですよね?」
そんな副操士に主任から突っ込みが入る。
「何か不都合があるか?」
「んー……ないですね」
しかし結局いつものように軽くかわされてしまう主任操士。
「あの港町にも浮き水使いと小早が待機しているのは確認済みだが機械使徒は無い。到着の予定は聞いたか?」
「明日の午前中には来ると言ってましたね」
キュアの問いにリュウガが答える。それはなんだか、まるで上官と部下が逆のような受け答え。だが、お互い全く気にしていないのだろう。そもそも二人に階級の差があるのも形式的なものであろうし、情報の共有の方を優先させる方が良い結果を生むのは当然だ。水地も最近は、副官であるキュアが殆どの取りまとめをしているのも気にならなくなった。
「あの……わたしたちはどうすれば?」
水の巨人でなないが、それに告ぐ脅威であるのは水地も知っている。放っておけば台風や竜巻を出現させる温床となってしまうのが浮き水というもの。
同じ水の脅威であるならば自分たちも早急に対応しなければならないと水地は思うのだが
「とりあえず、待機ですね」
「――は?」
しかし主任操士から得られた答えは、自分達が普段からもっとも時間を割いている作業の続行。つまり、普段通り。
「いいんですか、その、応援とか行かなくて?」
「はい? ふれー、ふれーとか、掛け声でもかけに行きますか?」
「そっちの応援ではなくて!?」
「あの浮き水の処理に人員が必要というのなら、私たちには出番は回ってこない」
逸れ始めた話をキュアが戻す。
「必要な人員はあの港町にも最初から待機しているし、必要な増援を明日の午前中には到着する。機械神操士の我々が行っても邪魔になるだけだ」
「は、はぁ……」
なんだか納得のいかない水地。同じ水の脅威が現れたというのに、自分達は全く必要ないとは。
「そうですね、明日はなるべく高いところから港町の方を見て、浮き水使いと機械使徒操士のお仕事を見学しましょうか」
そんな見習いの気持ちを悟ったのかリュウガがそんなことを言い出た。
「見学ですか?」
作業には参加できないが遠くから見る分には構わないだろうという提案。水地もそれならば今後の自分の仕事の役に立つかもと少し乗り気だ。
「わたしたちは基本的には機械神からは離れられないのでこの街から見ていることになりますけど、目標の一つの機械使途の動きくらいは見えるでしょう」
機械使徒が機械神に準ずる大きさであるのは水地も前に説明されたので知っている。それならばこの町からでも見えるだろうが、ちゃんと動いている処を確認したいのであればそれなりに高さのある所からでないと良く見えない。
「やっぱり高いところから見るんですか?」
「ええ、高いところ、登りますよ」
やはり高所から見学するのはあっているらしい。
しかしその時水地は、この駐屯所のある町にも鐘楼はあるのでそこに登って見るのだろうかと思っていたのだが――




