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序章

 それは、一体いつ見た光景なのか。


 それは夢で見た光景なのか、実際に見た光景なのか。


 自分が生まれ育った街ではこんな光景は見れない。生まれてから15年間故郷から出た記憶はないけれど、もしかしたら幼少時に誰かに連れ出されたのかもしれない。とにかくそれは自分の故郷の外にある光景。


 水の柱が立っていた。


 すごく高い。すごく大きい。


 たぶん町中にある鐘楼と同じくらいある。だから百メートルくらいはあると思う。


 それは地面から二本の柱が並んで直立し途中で合わさって太い一本の柱になっていて、更にそれが上に伸びた途中から、横から一本ずつ細い柱が垂れ下がっている。それをよく見ると、その大きな水の柱は人の形に見えた。


 水の巨人。


 人の形に見えると思ったら、どこかからそんな風に言う声が聞こえた。あれは本当に水の巨人であるらしい。


 水でできた巨人。生まれ育った街の外にはそんなものがいるんだ。


 あんなのが暴れ出したらどうなってしまうんだろう。わたしが今いるこの場所なんて軽く吹き飛んでしまうのでは。


 でも、自分はなぜだかあの水でできた大きな人の形からは恐怖というものを感じない。


 あんなに大きくて得体の知れないものが現れたら、絶対に怖さを感じるはずなのに、なぜだか一番のそれを感じない。


 困っている。


 あの水の巨人と呼ばれる大きなものは困っている。わたしにはそう感じた。


 自分自身がこんな場所に出現して困惑している。


 恐怖や無心、もしくは喜びだったならこんなにも興味は持たなかったと思う。


 困っている。


 困惑している。


 水の巨人は今この場所に現れて自分自身が困っている。


 戦いに来たわけでもないし、ましてこの世界を滅ぼしに来たわけでもない。


 しかし自分はただ出現しているだけで世界を引き裂く力になる。


 何かのきっかけで自分はこの世界に現れる。それは誰にも制御できないし、自分自身でも制御できない。

 台風や竜巻が現れるのに誰かの意思なんて関係ないのと同じ。でもそれと同じーーもしくはそれ以上の水災だと思うあの水の形をした巨人からは、たしかにそんな想いを感じた。


 このまま、どうなってしまうんだろう。


 あれが台風や竜巻なんか問題にならないくらいの水の渦になって、この辺り一帯が全部飲み込まれてしまうのだろうか。それともそれ以上のことがーー


 そんな風に考えていると体が軽く揺れた。


 地震? こんな時に地震まで? 地面は一定間隔で際限なく揺れている。


 こんなにたくさん災害が起こって今日は世界の終わりの日なのだろうか。


 そう思った時、遠くの方に地響きを聞いた。


 何か大きくてそして重いものが動いている。それがどんどん大きくなって行く。地面の揺れもそれに合わせるようにさっきからどんどん大きくなっている。


 この二つは重なり合っているーーそう思った時、遠くの方に人の姿を見た。


 すごく遠くにいるはずなのに、人の姿だと分かる。それはとんでもないくらいの大きさだということ。多分ここにいる水の巨人と同じくらいの背丈がある。


 それがこっちに近づいてくる。地響きが大きくなり揺れも大きくなるに連れて、形が分かってくる。その表面は金属でできていた。鉄でできた巨人。


 その鉄の巨人が撒き散らす振動に慣れてきたころ、鉄の巨人の手前に何かが浮いているのに気付いた。膝の辺りに羽を広げた鳥のようなーーいや、羽を広げた鳥のような平べったい魚のようなものが浮いている。表現としてはおかしいけど、とにかくそんな形の飛行する物体が浮いていて、鉄の巨人が歩く速度と同じ速さで飛んでいる。あの飛行物は鉄の巨人を先導しているのだろうか。


 水の巨人に鉄の巨人。そんなとんでもないものが一気に二つも現れて一体何が起ころうとしているのか。


 機械神。


 どこからかそんな風にいう声が聞こえた。あの鉄でできた方の巨人は機械神というのか。鉄を組み合わせて作られた機械仕掛けの神。外の世界にはそんなものまでいるのか。


 飛行物によって先導されてきた機械神は水の巨人の真正面までやってきた。そこで止まる。飛行物も機械神の右膝斜め手前に浮遊したまま止まる。


 機械仕掛けの巨神と先導者が静止すると辺りが急に静かになった。水の巨人の体である水流が流れる音しかしなくなる。


 二つの巨人はお互いの身長の五倍くらいの距離で双方を見ている。


 二つの巨人はただお互いを静かに見つめ合っている。


 戦うとか、そんな意思すら感じない。


 多分両方ともとてつもない力を持っているのは分かる。でもそれを振るおうとする思いがこの場所にはない。


 対峙する。それが一番の選択肢であるようにお互いまったく動かない。


 何かを起こすことが可能な二体が現れ、そして何も起こらない。何も起こらないからこその緊張した時間。


 一体どれだけそうしていたのか。


 永い時間が流れた果てに、水の巨人の方に変化が現れ初めた。


 少しずつ水の巨人の体が薄くなっている。それは幅もそうだし見えかたも透けているのが大きくなっているので、二重の意味で薄くなっている。そうして最後は水泡を上下に拡散させるようにして、消えた。


 水の巨人は消えた。町一つ吹き飛ばせそうな水災を具現化できると思うそれは、突然現れてそしてなにもしないで消えていった。


 水の巨人が完全に消えたのを見届けると、機械神の手前で浮いている飛行物が旋回を始めた。機械神も追従するように巨体を旋回させていく。残されたもう一体の巨人も、現れた時と同じようになにもしないで帰っていく。


 再びの轟音と振動。役目を終えたらしい機械神が去っていく。多分大変なことを成しえたのだろうけど、特に歓声などは上がらなかった。


 大きな安堵感。今この場所はそれだけに包まれている。


 でも


 安心した感覚にこの場所が満たされる中、自分の頭の中だけは別の感情で埋められていた。


 水の巨人から感じた「困っている」という気持ちだけがとても大きくなって残っていた。


 水の巨人に対する恐怖とか機械神に対する憧れとか、そんな普通に感じそうな感覚でしかなかったら、自分の頭の中にはこんなにも強い気持ちとしては残らなかったと思う。


 水の巨人はなぜあんなにも困っているのだろう。


 そしてこの光景の記憶はここで終わる。


 こんな記憶がなければ、自分が生まれ育った街の外にはこんな光景があるとは想像もしなかっただろう。何しろ自分の故郷はこんな光景とは別な、様々な情報で溢れかえっているのだから。


 生まれ育った街の外にはそんな光景がある。


 そしてあの時感じた「困っている」と言う気持ち。


 子供から少女になるにつれてそれはとても大きくなり、水の巨人から感じた「困っている」と言う気持ちを知りたくなっていた。


 なぜ彼は――彼女かも知れないけれど――そんなにも困っているのだろうか。その気持ちが知りたいと言う一心で、自分は機械神操士という職業になる方法を見つけ、今ここにいる。

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