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QUEENDOM・2 もう一人の少年

 アミュレット女王の3Dホログラムの中継が途切れると、僕達はクインダムの中枢である新・ウィンザー城のダイニングルームへと転送された。

 ダイニングルームの中央では、本物のアミュレット女王が通信通りチョコレートケーキと飲み物のグラスを用意して待っていた。

 女王の周りには、ペルシャ猫、シャム猫、アメリカンショートヘア、メインクーン、アビシニアン、ベンガル、ロシアンブルー、ヒマラヤン、コーニッシュレックス、と様々な品種の猫達が大勢集まっており、愛しの飼い主の足元で戯れている。

「いらっしゃいませ、アサツギ様。皆さんのチョコレートケーキを、今切り分けますわね」

「ソロネ、天界指折りの宝剣『聖誕の剣』を生成しろ。臨戦態勢を取っておけ」

「畏まりました。アサツギ様。お望みのままに」

 僕の命令通り、ソロネが紫の宝剣を両手に構えると、近くにいる猫の群れが威嚇を始めた。

 刃を向けられたアミュレット女王は、全く気にしていない様子で用意を続ける。

 世界の趨勢を担う人物には、剣を向けられた程度では動じない胆力があるのか。

 はたまた、この人数差を物ともしない絶対的な『何か』が控えているのか。

「困りましたわ。私は武器を持っておりませんのに、そんな野蛮な態度を取られましても」

「折角のお茶会だって言うのに悪いね。けれど、初対面の君の事は信用できないんだ。ましてや、僕がこの『ディメンション』誕生の関係者である事を知っているなら尚更」

「貴方の事はこの世界の聖書にも載っていますわ。『宝剣の天使』ソロネを従え、この世界の発端となった人物であると」

「僕の存在は創世記にまで記されているのか。それは驚いた」

「それどころではありませんわ。言って見れば『神様』アスヴルに近い人物と判断できます」

「『神様』アスヴルを知っているんだね。どこまでご存知なのかな?」

「天界の最上層『社』の奥で暮らしている『現代の神様』。是非お会いしたい」

「女王様が推し進めている『神の都』計画とは何か関係があるのかな?」

「さあ、どうでしょう。ご想像にお任せしますわ。アサツギ様」

 美しく笑うアミュレット女王は、その真意を僕に見せない。彼女が推進する『神の都』計画には、天界に住む『神』の存在を巻き込んだ何らかの目論見があるのだろうと僕は思考する。

「貴方、一体何を考えているの? この国で一体何が起こるの?」

「さあ。それよりもいい加減に席に着いて、私の用意したケーキを味わいませんか? 料理長を呼べば、もっと豪勢な食事が用意できますわよ?」

 側にいるアヤネが、目の前の女王に向かって質問をすると、彼女は別の話で話題を逸らす。

「そこまで言うなら頂こう。ソロネ、武装を一旦解け」

「畏まりました。『聖誕の剣』を一旦、天界に送還します」

「ちょっ……コハク、この女の言う通りにするの?」

「一応、女王様だからな。無理をしてまで戦うことはない。流石に『毒』は入ってないよね?」

「そんな事をしたら、私の信用は失墜しますわ。私はこれでも『君主』なんですわよ?」

 アミュレット女王は、僕の問いに向かって穏やかに答える。僕は準備されてある席の一つに座り、アヤネも渋々僕の行動に倣う。

「ヘルヴィムもソロネも席に着くんだ。アミュレット女王様のケーキを頂こう」

「わたくし、『ケーキ』と言う物は初めてでございます」

「ボクもそうですね。下界の人間の物の中にはよく存じ上げない物もありますから」

「君達、ケーキを食べた事が無いの?」

「ええ。かれこれ千五百年間全く口にしたことはありません」

「二千年もの間、天界から下界に降りたことがありませんから、そもそも食事自体が必要ありませんし、強いて言うなら、魔力を補う事が食事代わりですので」

 ソロネとヘルヴィムが途方も無い話を口にする。天使に寿命と言う制約は無い。あまりの長命さに理解が及ばない程だ。話によると、ソロネが『千五百歳』以上、ヘルヴィムが『二千歳』以上、これだけ生きてきて下界の『ケーキ』一つ食べた事が無いのか。

「だったら、尚の事だ。食べてみて損は無い。アレルギーとかの問題は知らないが、地上では美味しい食べ物として相場が通っている」

「アサツギ様の言う通りですわ。そちらの方々のお口に合うかどうかは分かり兼ねますが」

 マコー姉妹を除く全員が席に着き、後から室内に入場してきたシェフ達の洋風料理も頂く事になった。食事のメニューは、仔羊のグリルとシーザーサラダ、パンプキンスープ、赤ワイン、パエリア、と随分豪勢な食事がシェフ達の手によって卓の上に次々と置かれていく。子供の頃に学んだテーブルマナーを弁えながら、アミュレット女王との会食に臨む。

「ボトルワインも開けましょうか? シャーロットとジャネットもどうかしら?」

「いえいえ。陛下。我々は公務中ですので、そのような物を頂く訳には……」

「そう? つまらないですわね。アサツギさんとそちらのお嬢さんもいかが?」

「結構。僕はここで酩酊する訳にはいかないんでね。アヤネはどうする?」

「あたしも止めておくわ。一応、未成年だからね。お酒は苦手だし」

「では私だけ頂きますわ。ソロネ様、ヘルヴィム様、お口に合いますか?」

「大変美味しゅうございます。特にこの仔羊のグリルは絶品ですね」

「ボクはこの赤ワインが上質な味わいで気に入りました。ケーキよりもこちらの方が合っているかもしれませんね。このシーザーサラダも中々です」

「それは良かったですわ。どんどん食べてくださいな。料理も追加致しますし」

 アミュレット女王から振舞われた洋風料理を全て食べ終えると、僕達はナプキンで口を拭いて、ダイニングルームに設置されていた座席から腰を上げる。僕はアミュレット女王の方を振り向くと、彼女に真正面から告げた。

「ご馳走どうも。女王様、僕達は行く事にするよ。借りができたね。けど、君は敵だ」

「ミスター・アサツギ、まだその様な事を言うのですか。ならばここは敵地と言う事を貴方はお忘れですか?」

 マコー姉妹の姉であるシャーロットが、眉間に皺を寄せながら僕に向かって食ってかかる。

「そうだね。だから、一旦出直すことにするよ。アヤネ、行くよ。ソロネもヘルヴィムも」

「でしたら、シャーロットとジャネットに送らせますわ。二人共、アサツギさん達を正門までお連れなさい。何でしたらお土産も持たせますが?」

「宜しいのですか! 女王陛下、創世記に記されているとはいえ、ミスター・アサツギは陛下の御身に刃を向けさせたのですよ!」

「シャーロット、私はお連れなさいと言ったんですわよ? 聞こえませんでしたか?」

「……………………」

 女王からの威圧的な言葉により、室内全体に緊張が走る。誰も彼もが無言になり、静寂が場を支配する。彼女はそれ以上の二の句を継げなかった。

「姉様、女王陛下のご指示です。従いましょう。アミュレット様のご指示に」

「か、畏まりました、陛下。ミスター・アサツギ達を新・ウィンザー城の外へとお連れします」

「お願いしますわ。シャーロット。ジャネット。丁重に城門まで同伴しなさい」

「いや、自分達で帰る事にするよ。ソロネ、空間転移だ。座標は『クロウエリア』の中心街」

「宜しいのですか、アサツギ様。わたくしは折角のご馳走を頂戴したのに、引け目がございますが、このまま勝手に帰って大丈夫なのでしょうか?」

「だから今回は見逃す。僕も君の意見に賛成だ。ここは一旦帰るのが得策だ」

「またね、女王様。喧嘩にならなくて良かったわね。ソロネちゃんに斬り伏せられていたかもしれないわよ。ヘルヴィム君も行こ」

「ボクも同意見です。ロード・アサツギを甘く見ない方が良い。料理は美味しかったですが、それで籠絡できると軽く考えない方がいいですよ」

「手強いですわね。分かりましたわ。肝に銘じておきます。まるで夫婦ですわね」

「当然。コハクのお嫁さんはあたしよ。最高のパートナーだと思ってるわ。だからこそ、ずっと同伴しているのよ。女王様」

 アヤネの発言を最後に、周囲の景色が新・ウィンザー城のダイニングルームから『クロウエリア』の中心街へと姿を変える。

 鴉の紋章の旗が掲げられているその場所は、『チェシャエリア』とは一風異なり、赤い鴉が飛び交う賑やかな繁華街が辺り一面に広がっていた。空飛ぶ鴉の脚には、筒状の電子機器が括り付けられており、何らかの電子信号を送りながら、夕焼け空の中を飛び交っている。

 飼い慣らした町人は飛び終えた鴉から筒状の電子機器を受け取ると、自身の携帯端末に差し込み、更なる情報をアップデートしている様だ。耳にした話を聞くと、新・ウィンザー城に招かれた異邦人の噂がネット上で広がっているらしい。誰がこのビッグニュースを表沙汰にしたのかは知らないが、この分だとクインダムの全地域に伝播しているな。

「面倒な事になった。こんなに噂が立つのが早いとは……」

「コハク、変装でもする? でも、こんな所でいきなり姿が変わったらおかしく思われそう」

「何を今更。ここで怯えながら別の格好をして、不審者だと思われる方が問題だ」

「アサツギ様の仰る通りです。このままで行きましょう。どうしても変えた方が良い時に考える方向で宜しいのでは無いかと思われます」

「ソロネの意見が一番無難ですね。とりあえず鴉から何らかの情報を得ましょう。この『エリア』の風習に倣って」

 ヘルヴィムの言う通りにして僕は、行き交う鴉の一羽を指に留まらせると、脚にある黒い筒状の電子端末とスマートフォンの端末を繋げ合わせて同期しようとする。

「駄目だな。規格が違うみたいだ。ヘルヴィム、情報だけでも手に入らないか?」

「情報量が三桁あって多すぎます。どうしましょうか、ロード・アサツギ?」

「主だった情報だけでも頭の中に入れておいてくれ。それにしても、この『エリア』の住人はそれだけの量を頭の中で捌いているのか感心するな」

「東京大学に入れるかもね。ここに住んでいる人達は」

 アヤネがそう嘯くと同時に、僕は鴉の一羽を元の大空へと解き放つ。自由になった鴉は懐かしさを覚える鳴き声を上げながら、飼い主の元へと飛び去って行く。

「『クロウエリア』の長に会いに行くぞ。アヤネ、ヘルヴィム、ソロネ」

「コハク、何をしに行くの? 長って言うほどの立場の人なら、相当忙しいんじゃない?」

「少し質問をしに行くだけさ。『神の都』計画についてね。行こう。アヤネ」

「まあ、コハクの誘う所ならどこにだって付いて行くけど、ソロネちゃん、長の邸宅ってどの辺りにあるの?」

「大分近くにはあるのでございますが、鴉の数が多くて、前方が良く見えません」

「一旦、一掃しますか? ロード・アサツギ、これでは歩行に支障を来たします」

「止めろ、ヘルヴィム。話を聞いてなかったのか? ここでは謹んで行動した方が良い」

 確かに目の前の景色は鴉だらけで迷惑極まり無い。邸宅のある場所なんてどこにも見当たらない。羽根が舞う雑踏の中で僕は目を凝らして見るが、やはり視界に入って来ない。ソロネの話では大分近くにあるらしいが、天使と人間の距離の基準がかけ離れている時もある。

「この鴉達の向かっている先は、各都市の貿易機関や主要都市、田舎、軍事基地、銀行、国境地帯などの様々な場所を、伝書鳩の役割を持って飛び続けているみたいです」

「ヘルヴィム君、邸宅の場所は掴めた?」

「現在地が『クロウエリア・セカンドブロック』の中心街になりますので、『ファーストブロック』の六番地まで行けば見えてくるかと思われます」

「ソロネちゃん、どのぐらいかかるの? その六番地までは」

「凡そではございますが、大体『四十三分』と言う所ですね。如何致しましょうか、アサツギ様。目的地へと転移しましょうか?」

「いきなり邸宅の書斎に転移するのはマズイ。アミュレット女王には招待されたから何もされなかったが、今回の場合は十中八九締め出されるだろう。何せこの『エリア』の長だからな」

「アポイントメントを取った方が良いんじゃない、コハク」

「君は自分の言葉を忘れたのか、アヤネ。エリアリーダーは多忙な筈だ。待っていたら、最悪一週間以上かかる可能性がある。流石にそこまでは待てない。だから、アポ無しで会いに行く」

「それでどうやってエリアリーダーに会うの、コハク?」

「答えは簡単だ。連れて来ればいい。ソロネ。エリアリーダーの現在地を割り出し、話ができる様に交渉して来い。駄目でも何とか食い下がれ」

「畏まりました、アサツギ様。それでは『クロウエリア』のリーダー・レイヴンフォード様の元へ行って参ります」

「それには及ばないよ。異世界人」

 僕達の予定を遮って、水面に小石が投じられた感覚と共に金髪の少年が現れた。忙しく駆け抜ける鴉達の隙間に垣間見えたその人物は、こちらの方を見ながら傲慢に笑っている。

 青いスーツに身を包んだ彼は、クインダムの国旗が描かれたブーツの踵をカツンコツンと鳴らしながら、上手く鴉達を交わしつつ、僕達の正面で止まる。

「初めまして、異世界人達。女王陛下とシャーロットから話は聞いているよ。別の世界からの訪問者だってね。面白いじゃないか。パパへの手土産に話を聞かせてよ」

「誰だ、お前は? 女王様の使者か? 僕達に何の用だ?」

「ぼくの名前は、アンビシャス・レイヴンフォード。レイヴンフォードJr.って言った方がきみたちには理解しやすいかな?」

 僕達との会話に興じながら一匹のカラスを手懐けると、筒状の黒い電子端末を正規の携帯情報端末へと繋げる。その手慣れた鮮やかな動作には、思わず息を飲む程だ。

「トゥーンエデンの株価下落かあ。このクインダムも他人事じゃないねえ。あんまりにも不景気だったら会社が倒産して、パパに買ってもらうゲームが無くなっちゃうよ」

「アンビシャス、話を戻そう。君はどういう目的でここに来たんだ」

「そう顰めっ面しないでよ。視察だよ。視察。女王様と会見した人物はどんな男なのか気になってね。ぼくはパブリックスクールの春休みだから暇でしょうがないんだよ」

「だったら友達とでも遊べばいいだろ。アンビシャス。僕は忙しいんだ。子供の駄々なら他を当たってくれ」

「友達はいないよ。だからきみたち、ぼくと一緒に遊んでくれない? 良い物を用意するから」

 黒服の側近が近づいて来ると、アンビシャスに長方形の電子端末を手渡す。その電子端末は、白銀色の大型タブレットで、僕が持っている黄金色の宝物『ゴスペル・タブレット』と似通っている。意外な物品の登場に僕は生唾を飲み込む。

「どう言う事だ? 何故、君がそれを?」

「驚いたかい、アサツギくん。パパがくれたんだ。こいつは魔神をDLダウンロードする事が可能な『ディアボロス・タブレット』と呼ばれている最上等品だ。王立研究所の第三部門が十年かけて開発に成功した地獄へと無線アクセスする精密機器だよ」

「魔神をDLするタブレットだと? そんな物が存在するのか?」

「おいおい、じゃあきみの持っているそれは何なんだよ。天使をDLダウンロードできるんだろ? 丁度良いじゃないか。ここらで天使と魔神を派手にバトらせてみようよ」

 アンビシャスは、『ディアボロス・タブレット』の液晶ディスプレイの画面を両手で素早く操作する。肝心の内容画面はこちら側からは全く見えないので、彼の操作の全貌は明らかにならない。すると、辺りの入道雲が暗雲と化し、黒い雷と共に闇色の炎が液晶パネル上から現れ、大炎の中から筋骨隆々の白髪の魔神が姿を表す。翔んでいた鴉達は、余りの事態にこの場から飛び去って巣へと戻って行く。

「『魔神』ハデスだ。ぼくが最も気に入っている神様の一柱だよ。きみたちのソロネくんとヘルヴィムくんで『神様』の相手がさてできるかな?」

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