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QUEENDOM・1 1000億ドルのタブレット

 アメリカ合衆国ワシントンD.C.東部のオークション会場。

 場内では世界各国の政財界で活躍しているVIPのバイヤー達が、次から次へと壇上の競売品に向かって、破格の入札額を提示している。

 万の値が飛び交い、億の値が駆け抜ける会場の中へと、青のカーディガンを羽織ったこの僕・朝継琥珀はわざわざ日本の羽田空港のジェット機から渡米して来ていた。

 このビッグイベントには、何としても自分の物にしたい最高級の逸品が出展されている。

 右隣の席では、退屈そうに欠伸を噛み殺しながら、健康的な太腿を晒す相棒が座っていた。

 5歳の頃からの信頼できるパートナーが横にいるととても心強い。このオークションの目玉商品は必ず手に入れるつもりだ。

「ねえねえ、コハク。そろそろいいんじゃない? 入札してくる客も減ってきたし」

 そう言いながら金髪の相棒である桜条綾音は、僕の肩に自分の頭を寄り掛からせてくる。それによってアヤネが纏っているオーデコロンの香りが僕の鼻腔を擽ってきた。

「最高入札額、七十六億ドル。他にご提示される方はいらっしゃいませんか?」

 壇上の司会者がオークションの終わりを示唆し出すが、バイヤー達は沈黙する。

「それでは本日の競売品である空前絶後の大型電子端末『ゴスペル・タブレット』は、スコットランドのエディンバラからお越しのミスター・コク……」

「一〇〇〇億ドルッ!」

 販売相手が決まりかけていた場の空気を無視して、僕は覇気のある声でそう言い放った。

 スーツ姿の司会者や周りのVIPのバイヤー達は唖然とした顔をしており、僕の方を見ながら完全に固まっている。

「せ、せせ、せん、おく? 冗談ですか?」

「本気だぜ。何なら一兆ドルでも構わない。そのタブレット端末に搭載されている新世代のオーバーテクノロジー『天軍九隊』にはそれだけの価値がある」

「しっ、信じられませんっ! 我がオークション創業以来の一〇〇〇億が出ました! 他の方の入札が無ければこれで打ち切らせて頂きます!」

「……………………」

 施設内に再び静寂が走り抜け、更に上乗せした額を告げてくる者は誰もいなかった。

「落札成立! 『ゴスペル・タブレット』の所有権は、日本の東京都から遥々お越しになったミスター・アサツギに譲渡されました! ミスター・アサツギ、こちらへどうぞ!」

 ガベルを打ち鳴らす初老の司会者に導かれるままに、僕は壇上への階段を通過し、包装された電子端末を厳かに両手で受け取る。そして来た道を引き返し、アヤネが座っている隣の席へと腰を下ろす。

「それでは本日のオークションはこれにてお開きです! 皆様、本日は世界中からお集まり頂き誠にありがとうございました!」

 司会者の締めの挨拶によって、会場内で開催されていたオークションは速やかに終了した。

 競売品の契約が交わされた今、もうここには用はない。そう言わんばかりにVIPのバイヤー達が次々にエントランスの方へと立ち去って行く。

 僕とアヤネもその流れに乗り、オークション会場のエントランスから外に出ると、そこには何百台もの高級車が停車されていた。

 これほどの規模のリムジンの集団を目にする機会なんて、一生に一度あるかないかだろう。

「おめでと、コハク。これで念願のタブレット端末が手に入ったわね」

「予定通りだな。これで後は『天使徴兵』のデフォルトプログラムを起動し、天界へと無線アクセスを果たし、天使の肉体構成データを地上にDLすればいい」

「それにしても、本当に天界へとネット接続できるものなの? 失敗するんじゃ?」

「だとしたら興醒めだぜ。だが、過去に二回事例がある。オーストラリア連邦のシドニーとドイツ連邦のベルリンでな。裏付けがあるから間違いない」

 アヤネの質問に解答しながら僕は包装紙を剥がして、黄金色のタブレット端末を取り出す。

 改めて手に入れた事を実感してみると、心の中に不思議な高揚感が湧いてくる。

 やることはもう決まっている。その為の手段は自分の下にある。

「これが生の『ゴスペル・タブレット』か。一〇〇〇億ドル支払った甲斐があった」

「もうほとんど所持金使い果たしちゃったんだっけ? 東京に戻る費用はあるの?」

「マネーもクレジットももう不要だ。これから『世界新生』するんだからな」

 神様に匹敵する力を持つ『天軍九隊』に命じれば、全く新しい世界を創り出すことも可能。

 だからこそ、この電子端末は馬鹿みたいな超高額で取引される。新世代のオーバーテクノロジーと銘打つキャッチコピーは伊達じゃない。正直、これがオークションに出品されるという情報を手に入れるのには苦労した。

「具体的な場所はどこにするの? もうここで創っちゃう?」

「創る創る。焦らしプレイとか嫌いだ。善は急げ。早速使ってみるか」

 わくわくした表情を露わにするアヤネの横で、僕は背面に搭載されている電源ボタンに手を伸ばす。すぐにタブレット端末の液晶パネルに天使の双翼の紋章が表示され、暫くすると大量のアプリアイコンが映し出された。その中の設定アプリを開くと、『ANGEL CONSCRIPTION:OFF』という金色のテキストがある。

「これをタップして『ON』に切り替えればいいんだな。わかりやすい」

「あれ、コハクの話だとDLするんじゃなかったっけ?」

「『ON』にすることで自動的にDLされるんだろ。便利なシステムだな」

「なるほどね。無線ネット接続はもうできるの?」

「すでにセッティングされているみたいだ。さてと、それじゃあ……」

「グッドイブニング。ミスター・アサツギ」

 もう少しで『天軍九隊』を地上に降臨させる所で、西の方から邪魔な声が割り込んできた。目を向けるとそこには銀髪のスーツ姿の男が拳銃を構えて立っていた。

「誰だ、君は?」

「私はコクーン。さっきのオークション会場で君に敗れた男だよ」

「敗れた? ああ、七十六億ドル注ぎ込んだやつか。なるほど。僕が勝ったからこのタブレット端末を奪いに来たのか。大人しく祖国に帰ればいいものを」

「違う。私は取引に来たんだ。ミスター・アサツギ、君とその美しいお嬢さんのイギリスでの社会的地位を約束しよう。その代わりに『ゴスペル・タブレット』を私に寄越せ」

「結構だ。この世界での名声になんてもう興味はない。これから『世界新生』するんでな。だからまあ、その銃を下げてくれよ」

 そう言うと僕は液晶パネルを素早くタップし、『ANGEL CONSCRIPTION:ON』へとデフォルトプログラムを変更する。

 瞬間。オークション会場の駐車場に大規模な突風が吹き荒れると、頭上に天使の輪を翳した強大な光の生命体が出現する。外見は少女のような身体をしており、赤く光り輝いている。その神々しいほどの威光を浴びた僕は、完全に彼女の美しい姿に目を奪われた。

「『宝剣の天使』ソロネ。我が主・アサツギ様のもとに参上仕りました。ご命令を」

「やあ、よく来てくれたな。歓迎するよ、ようこそ地上へ」

「すっごい綺麗。神話上の天使を間近で拝めるなんて……」

 相棒のアヤネが顕現したソロネを見ながら、うっとりした表情を露わにする。

「しかし、君一人だけか? 天使の軍隊が駆けつけてくれるんじゃ?」

「一人ではございませんよ。アサツギ様」

 ソロネは柔らかい微笑みを僕に向けると、彼女の背後に赤い光源が発生し、そこから天使の分身体が何人も生み出される。なるほどこういうことか。これだけの規模の戦天使が揃っていると、さすがに壮観の一言に尽きる。

 僕がその全景に見惚れていると、オリジナルのソロネが静かに告げた。

「一〇〇人揃えてみました。それでアサツギ様のお手を煩わす愚か者はいずこに?」

「そこにいる」

 天使の軍勢を目の当たりにしたコクーンは、地べたに尻餅を付きながら歯を震わせている。

 当然だろう。これほどの大軍が立ちはだかっているんだ。縮み上がらない方がおかしい。

 だが、徴兵の原因となったのは彼自身が向けた銃だ。自業自得とも言える。

「ミスター・コクーン、ひとつ教えておくぜ。現在、このタブレット端末のユーザー権は僕の手の中にある。つまり、如何なる手段を用いても君にはこいつは使えない」 

「なんだと!」

「つまり君は、わざわざ勝てない勝負に挑んだのさ。オークションの時と同じように」

「ひっ……」

 ソロネの全軍が両手を広げると、その手元に煌びやかな赤の宝剣が創り出される。

 臨戦態勢に入った天使の集団を前に、コクーンは悲鳴を撒き散らしながら逃走した。

「そう。尻尾を巻いて逃げるのが正解だ。人類が天使に敵うはずがない」

「アサツギ様、アップデートの通知が参りました。これをお受けになればわたくしの戦闘力は、三四〇パーセントへと自動昇華します」

「許可するぜ、ソロネ。願ってもない」

 ソロネから報告を受けたアップデートの誘いを僕は快諾する。『ゴスペル・タブレット』経由の高速演算処理によりアップデートは物の数秒で片が付いた。あまりのハイスペックぶりに脱帽するばかりだ。

 桁外れの性能に僕が感心していると、アヤネがソロネの顔を眺めながら呟いた。

「さてと、コハク。あの人も逃げちゃったし、そろそろ創ってもいいんじゃない?」

「そうだな。ちょうど天使もいるし。ソロネ、『世界新生』能力は持っているか?」

「ええ。所有しておりますが、アサツギ様のお望みは新たな世界の誕生でございますか?」

「ああ。ちょっと別の世界でやりたいことがあってな。名称は『ディメンション』でいい」

「畏まりました。では直ちに創造へと移らせていただきます」

 そう告げたソロネは全軍に指示を送り、僕のタブレット端末に向かって宝剣を一斉に翳すと、液晶パネルの表示画面が金色に光り始める。

「『世界新生』完了致しました。いつでも向かうことができます」

「なるほど。これが『ディメンション』への入り口に変わったわけか。けど、ここを通ったらこのタブレットは置いていくことになるのか?」

「ええ。ですが、別世界では『ゴスペル・タブレット』のコピー端末をお使いになることができます。よって、不自由はしないかと」

「元の世界の分が壊れたらどうなる? 修理は不可能なのか?」

「気になるのでしたら、わたくしの分身に守らせてはいかがですか?」

 オリジナルのソロネからの助言に僕は賛同する。駐車場内に降臨している九十九体の天使に任せておけば、この大型電子端末も滅多なことでは壊れないし、ましてや盗まれる心配はまずない。この天使の口振りから察するに、分身能力には永続性があるんだろう。流石は天使の技術と言ったところか。

「とりあえず僕達がここにいなくなったら、天使の軍は『ゴスペル・タブレット』を天界の要塞の宝物庫に保管しておけ。帰還場所は、宝物庫内部に固定しておく」

「畏まりました。アサツギ様。お望みのままに」

 要塞内にいるのは、僕の管理下にある『天軍九隊』の精鋭達だ。ソロネの分身だけでなく彼らに守らせておけば、タブレット端末の安全は保証される。

 そこまで厳重にしていれば、主だった問題が起きることなど万に一つもない。

「これでいい。アヤネ、準備はいいか?」

「いつでも大丈夫よ。世界を創れるくらいだもの。必要物資も後で補給すればいいし」

「じゃあ行こうか。僕の新世界『ディメンション』へ」

 傲慢に告げたその台詞をトリガーにして、タブレット端末の液晶パネルから発せられる金色の光が激しさを増し、目の前の景色が視界から消失する。

 瞼を開いた時には、青の宮殿が構えられているどこかの国の首都圏に辿り着いていた。

 ロンドンのバッキンガム宮殿とよく似た設計デザインをしているので、僕が現地で見聞きした体験が反映されているのかと感じた。

 宮殿正面前の広場では、女王記念碑が建立されており、広場から沢山の衛兵が行進している姿が見受けられるので、イギリスの伝統と同じ衛兵交代式を執り行っているらしい。

「懐かしいなあ。まさか『ディメンション』でイギリスの風物詩が見れるとは思わなかった」

 隣で楽しげな表情を見せているアヤネは、幼い頃に体験した思い出に浸っている。

 アヤネと出会ったのも衛兵交代式だった。彼女の家族が東京の首都圏に移住する前の話だ。

ロンドンに家庭の事情で渡英していた僕には、アヤネは特別な存在に感じられた。だからこうして、昔の気分に帰れるのはすごく嬉しい。あれは僕にとっての『始まりの場所』だから。

「いかがでございますか? この地は」

 ソロネが優しい表情で話しかけてくるので、僕は穏やかな気持ちのまま答える。

「過去を思い出すよ。ここは一体どこなんだ? イギリスのバッキンガム宮殿に似ているけど」

「現在地は『チェシャエリア・7ブロック』にございます。あちらの宮殿は『アミュレット女王』がよくお使いになられております」

「それがこの国の主導者の名前か。女王制という訳だな」

「はい。『アミュレット女王』はこの世界の主要先進国の中でも有名な存在でして、『ディメンション』の世界各国で大きな影響力をお持ちになっております」

「その女王様が治めている王国の首都圏にやって来たという訳か。光栄だな」

 目の前の風景から判断すると、どうやら新世界『ディメンション』は、現実の地球をベースにして創られた場所であることがわかる。

 高度なプログラミング言語で構成された天界の住人達は、最高の理想郷から元の世界の全てを見通しているのだ。

 その事実を僕は知っている。何もかも父親から教えてもらった。天界の事も、魔法の事も、一〇〇〇億ドルを投じて得たこの端末の事も。

「ソロネ、『ゴスペル・タブレット』のコピー端末はどこにある?」

「こちらにございます。アサツギ様」

 傅くソロネはお辞儀をしながら、もう一つの大型電子端末を僕に献上する。

 その黄金色の外観は『コピー』とは言えど、元の製品と何ら遜色無く感じられた。

 タブレット端末の内部システムがオリジナルの物とは異なっているのだろうか。

「天界の宝物庫に送った分とは、スペックが違うのか?」

「いいえ。オリジナルの性能を完全に再現している優れ物にございます。『不自由はしない』と先程申し上げましたでしょう?」

「好都合だ。だったら、『宝銃の天使』ヘルヴィムを徴兵する。味方の人数を増やしておこう」

「宜しいですが、このエリア全域では『神の都』計画が実施されております。軽いお気持ちでの徴発はお止しになった方が良いかと」

「かみのみやこ? なんだそれは?」

「『アミュレット女王』が発足させた未来都市開発計画にございます。ヘルヴィム様のお身体は『巨体』ですので、昨年度に『神の都』開発の一環で三基打ち上げられた人工衛星に発見され、領空侵犯の危険対象として攻撃される可能性があります」

「なんだって? どうしてそんなプランが?」

 ソロネの唇から語られる強硬的な政策を知った僕は、思わず生唾を飲み込む。

 新たなる天使のフォルムよりも、大気圏外にまで手を伸ばしたその目論見が気になる。一体どういう理由で推進されている国家レベルのプロジェクトなのか。

「他国への牽制材料です。無用な戦争を引き起こさない為の抑止力として発案されました。計画は五十六パーセント完遂しており、遥か空の上では様々な衛星兵器が滞空しております」

「世知辛いな。ヘルヴィムをDLするのにそんな障害があるとは……」

「ソロネちゃん、他に良い場所はないの?」

 アヤネが戸惑った表情を浮かべながら、ソロネにそう問いかける。相談を受けた彼女は少し悩んだ素振りを見せると、一つの妙案を提示した。

「わたくし、ソロネがこの王国全土の時間を一度停止させます。我々だけ効果が及ばないようにしておけば、その隙にヘルヴィム様を徴兵させ、普通の何かに変身して頂ければ良いかと」

「それは良い手だな。君はそんな事までできるのか」

「アサツギ様、お忘れですか? この世界を創造したのはこのわたくしにございます」

「さすがはソロネちゃん。頼もしくてしょうがないわ」

「お褒めに預かり恐縮でございます、オウジョウ様。では、すぐにでも」

 凛としたソロネは、煌びやかな赤の宝剣を創り出すと、王国の大地へと刀身を翳す。一瞬だけ自分の心臓が強く脈打つと、僕達以外の全ての物が完全に静止した。

「ほんとに止まってる。私達以外の何もかもが……」

「時間停止は何事もなく成功しております。アサツギ様、ヘルヴィム様をこの地へと」

「ああ、感謝するよ。ソロネ」

 目の前の出来事に驚きながら僕は、液晶パネルをタップして設定アプリを開き、次の戦天使をこの王国に呼び寄せる為に、『ANGEL CONSCRIPTION:ON』へとデフォルトプログラムを高速で切り替える。

 途端に辺りの視界が青い閃光で埋め尽くされると、偉大な光の生命体が地上に降臨した。

 ソロネの時以上に凄まじい威圧感を放つ天使の登場に、僕は開いた目が塞がらない。

 見た目こそ青く輝く幼い少年の姿だが、その鋭い眼光は年相応にはとても思えなかった。

 彼の真上では青の天輪から電子音が響き、双翼からは灯火を宿す羽根が舞い落ちている。

「『宝銃の天使』ヘルヴィム。ロード・アサツギの要請により天界から参りました」

「ようこそ、地上へ。来て早々で悪いんだけど、僕の頼みを聞いて欲しい」

「どうぞお好きなように命じてください。ロード・アサツギ」

「だったら、今すぐにでもここで『小人』に変身して欲しい。服装は君に任せる」

 僕の命令を受けたヘルヴィムは「御意に」とだけ呟くと、速やかに指示を全うする。

 彼にとっての『小人』サイズへと姿を変えた事によって、見事に『人間』の大きさへと縮小する事に成功した。背中の翼と頭の天輪も無くなっているので、どう見ても、青髪の白人少年がブレザーに身を包んでいるようにしか見えない。

「ボクには似合わないと思うんですがね。ロード・アサツギ」

「完璧だよ、ヘルヴィム。謙遜しなくて良い。ソロネ、大陸の時間停止を解除しろ」

 指示を受けたソロネは手持ちの宝剣を天に翳すと、太陽が強く輝き、目の前の景色が活動を再開し始めた。上空の物資輸送機が真っ直ぐに飛行していく音が、一際大きく感じられる。

 もう時を止める必要は無い。さて、これからどこに向かって歩いて行こうか。

「これはこれは、面白いものを見せていただきました。ミスター・アサツギ」

 ヘルヴィムの変身が終了した矢先に、南の方から思わぬ来訪者達が現れた。頭の端に着飾ったオレンジのミニシルクハットと、同色のレディーススーツが特徴的な双子の二人組だった。

 金髪ボブカットの彼女達の足元には、己の体毛を逆立てながらこちら側に牙を剥くブリティッシュ・ショートヘアの白猫が一匹控えている。

「誰だ、君達は? 随分派手な格好だな。ペットまで連れて」

「ナイストゥーミートゥー。わたくしたち、女王陛下の勅命により『クロウエリア』の最果ての地から派遣されてきました。マコー姉妹と申します。ニューワールドの『チェシャエリア』へようこそ。アナザーワールドの皆様」

 優雅にお辞儀をしながら、マコー姉妹と名乗る双子の片方が慇懃に語りかける。

「歓迎してくれて感謝するよ。で、そのマコー姉妹が僕達に何の用だ?」

「わたくしが申し上げたいのは一つ。我が母国、クインダムの『チェシャエリア』では敬愛するアミュレット女王陛下の飼い猫達が多数放たれております。しかし、些か餌代がかかりすぎるのが玉に瑕なのですよ。そこであなたがたから入国税を徴収したいのですが、お時間よろしいですか?」

「それはそっちの世界での大人の事情だろ。僕達が払う義務は無い」

 理不尽な要求をスルーする僕に向かって、殺気立った白猫が飛び掛かろうとするが、マコー姉妹の片方が首根っこを掴んで止める。

「こらこら、ドメイン。待ちなさい。我々の指示があるまではお預けです」

「姉上、こいつら反抗的ですよ〜。新・ロンドン塔に連れて行って処刑しましょ〜よ」

「だから待ちなさい。ジャネット。わたくしに考えがあります」

 口角を上げながらマコー姉妹の姉は、制服の懐から何かを取り出す。右手に握られているのは、王冠が付着している超小型の投影機だった。

 含み笑いを浮かべる彼女は、公道の上に投影機をセッティングすると、無線で連動しているスマートフォンの液晶パネルを片手でタップして、稼働の準備を整える。

「アミュレット女王陛下とお繋げします。感涙してもいいですよ? ミスター・アサツギ」

「君達のボスと話ができるのか。茶菓子でも持ってきた方が良かったか?」

「お構いなく。女王陛下はお菓子の類には困っておりません」

 マコー姉妹の姉が準備をし終えると、投影機のレンズから立体映像が映し出される。

 高解像度の3Dホログラムとして現れたのは、桜色の髪の女性だった。両目を瞑っており、こちらの方を向きながら椅子に座っている。

「初めまして、アサツギ様。『創造主』とお話ができるなんて不思議な気分ですわ」

「クインダムの女王、アミュレット様。こちらこそ初めまして」

「どうですか、貴方の新世界『ディメンション』は? 望んだ地平が広がっていますか?」

「思いの外、窮屈に創られているようだ。君が考案した『神の都』開発の影響でね」

「これは失礼。ですが、完成すればその言葉は賞賛に変わります。どうです、アサツギ様。私のお茶会に招待しますので詳しい話はそこで。皆さんもどうぞ」

 優しく微笑みながらアミュレット女王は、自分のティーポットを僕達に示してくる。その姿には敵対心はまるで感じられない。それどころか友好の架け橋まで提示して来ているほどだ。

「私は敵ではありませんわ。平和的に解決しましょう。今回の納税の一件は」

「良いだろう。ソロネ、場所変えだ。僕達をお茶会の会場まで空間転送させろ」

「了解致しました。新・ウィンザー城のティーパーティー会場へと飛びます」

「我が城でお待ちしておりますわ、アサツギ様。チョコレートケーキを用意して」

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