私自体私じゃないの
「それで。久しぶりに会いに来たと思ったら、これ何の冗談なわけ?」
「だーかーらー。冗談なんかじゃないって!」
朝9時半。通常ならもう学校に行ってなきゃいけない時間だったが、俺と白咲は彼女の部屋に閉じこもっていた。何しろ何の因果か俺自身が白咲雪花の体になってしまったのだ。二人して出歩くわけにもいかない。俺は部屋の隅に正座させられながら、幼馴染の部屋を見渡した。ものすごく整理整頓されている。可愛らしい人形や本棚に並べられてある少女漫画を見て、俺は何だかくすぐったくなって顔を赤くした。考えてみれば、女の子の部屋に入っているわけだ。まぁ今は俺も女だが。
「ジロジロ見ないで!もう…ホント最低」
椅子に座った白咲が、俺にガンを飛ばす。こいつにしてみれば、いきなり幼馴染が自分の体で現れたのだから迷惑千万極まりないだろう。だが俺だって、好き好んで自分の体を手放したわけじゃない。それどころか、元俺、橘誠一郎の体は行方不明になってしまった。
「じゃあ、あたし学校行くから…」
「は!? ちょ、ちょっと待てよ!」
そう言って立ち上がろうとする彼女を、俺は必死に引き止めた。
「俺は!? 俺はどうすればいい!?」
「とりあえず…絶対部屋から出ないで。出たら殺す。それと、勝手に動いたら殺す」
「………」
目が本気だ。クラスでもそれほど仲が悪いというわけでもなかったのに、すっかり殺意を抱かれている。彼女が殺人の門をくぐる前に、俺はおとなしく正座に戻った。おもむろに立ち上がった彼女が、どこからともなく長い紐を取り出した。
「何…?」
「着替えるから」
「何する気…?」
「……」
無表情でジリジリと迫ってくる白咲。その瞳に慈悲の色はない。変だな。これじゃまるで俺が襲われてるみたいだ。俺は思わず女の子みたいな震えた声を上げた。まぁ今は女だが。
「きゃあっ!?」
「大人しくしろッ!」
本物の白咲雪花が想像もつかない野太い声を出して、俺を組み伏せた。あっという間に両手両足を縛り上げられた俺は、目隠しをされベッドに転がされた。マズイ。このシュチュエーションはなんだかマズイ。
「はぁ…はぁ…やめて…」
「な…何興奮してんのよ変態!」
白咲に後頭部を殴打された。目隠し中の暴力は、たとえ何かのプレイだったとしても非常に危険だと痛感する。彼女はどうやら制服に着替えているらしい。幼馴染が今まさにすぐそばで着替えているというのに、残念ながら俺は何も見えない。イモムシのごとくベッドで這い回るしかできなかった。まさかこいつ、俺をこのままにしておく気じゃないだろうな。
「ま…まずいだろこの状況は…!縛られて目隠しされて放っておくって!」
「大丈夫よ、家には誰もいないから。アンタがあたしの格好でうろちょろされるほうがよっぽどまずいわよ」
「だからって…ひゃっ」
「あたしの声で変な声出さないで。大人しくしててよね」
今度は不意打ちで額をこづかれると、そのまま部屋から彼女が出て行く音が聞こえた。視界を奪われたせいか、ちょっとした出来事に心臓も跳ね上がってしまう。あろう事かあいつは俺をこのままにして学校に向かってしまった。俺は目隠しの奥で瞼が熱くなるのを感じた。
「うう…あんまりだ…俺のカラダ返してくれ…」
誰もいなくなった部屋に俺の…いや白咲の声だけが響く。お腹がすいた。トイレに行きたくなったらどうすればいいのだろうか。いつもよりいい香りがするベッドで、俺は不安を掻きむしりながら悶々と日中を過ごす羽目になった。