アノン村
三、アノン村
出発して三日目に丘の上から港町クーンが見えた。潮風が頬を撫でる。風が優しい。遠くから魚を売る活気のいい声が聞こえた。ティクは走り出して港町クーンの門に入った。
「すんげー。魚が一杯だー!」
ティクが興奮して叫んで走り出した。
「ティク、迷子になるわよ。」
ルカが叫ぶ。一方フィルはのんびり落ち着いた様子で回りを見た。
「さすが港町、活気があるなあ。」
「ここの人たちは木にならなかったのかしら?」
ルカがフィルを見上げた。
「さあ、なったのかもしれないが、もう落ち着いたんじゃないのかな。」
その時、急に後ろから少しセクシーな女性の声がした。
「木になったわよ。グリーンモンスターになった者もいたし。でも、ここの人達は商売の方が大事みたい。見た目がモンスター化しただけで意識が正常の人も追い出したの。」
振り向くと、背の高い女性がマントを羽織って立っていた。鍛えているのか、細く綺麗な筋肉がついている。
「あなたは?」
「あら、失礼。私の名前はオバーン。昔、ここに住んでいたの。あなた達は?」
オバーンは、更に背の高いフィルに話しかけた。
「俺の名はフィル、この子はルカ。あと一人、ティクって奴がそこいらにいるはずなんだけど、三人で旅をしているんだ。」
「あら、自由でいいわね。」
ルカがオバーンの袖を引っ張った。
「ねぇオバーンさん。さっき見た目だけがグリーンモンスター化した人を追い出したって言っていたけど・・・。」
「ええ、姿はモンスター化しても意識は人のままの人がいたの。もちろん姿も意識も人のそれを失ってしまった人もいたけど、そういう人は、完全なモンスター化ね。でも、完全にモンスター化した人は翌日には木になってしまったわ。あなた達のいた所にはいなかった?」
ルカは俯いた。フィルが代わりに答えた。
「俺達は東にあるラティスって村から来たんだ。少なくともそこは、人の意識があるグリーンモンスターはいなかった。ただ、完全にモンスター化した者はラティスでも翌日にはただの植物になっていたよ。だけど、俺が住んでたアリリア島には人の意識を持った奴しかいなかった。」
「そう、不思議ね。場所によってモンスター化の度合いが違うなんて。」
オバーンは首をかしげた。
「追い出された人達はどうなったの?」
ルカの問いにオバーンはにっこり答えた。
「もう少し北のアノンって村にいるわ。私達が作った村なの。」
「! その村、行ってもいい?」
ルカが必死な目をして頼んだ。オバーンは必死さにとまどいながらも快く頷いた。
「もちろんいいけど、私、今日はお香を買いに来たの。」
フィルもルカの肩に手を置いた。
「ルカ、俺たちも買い物があるだろ?俺は傷薬と食べ物を買いたいし、鍛冶屋で刀を研いでもらいたい。ルカも協会で神具を買っておくといいよ。巫女の魔力を強化できる。」
「じゃあ、夕方くらいにそこの喫茶店で待ってるわ」
オバーンと別れた後、彼女の後ろ姿にフィルはため息を吐いた。
「いい女と知り合えたなあ。あの成熟さがまたそそるんだよなあ。」
「プッププ、プー!」
いつの間にか後ろにいたティクが我慢できずに吹き出した。
「なんだよ。」
「フィルってさあ、ストライクゾーン広いんだね。あー可笑しい。」
「あれが分からないのはおこちゃまだな。あの女、なかなかの上玉だぜ。あの物腰、声。たまらねえな。」
「うーん、ていうか、女ながらにあの筋肉は、絶対なにかやっているな。」
ティクが感心した。
「お前、見るとこ、違ってないか?」
「なんだと!」
二人の言い合いにルカは小さく笑った。それに気付いてフィルは顔を赤くし、気を取り直してティクに聞いた。
「で、何かいい物あったか?」
「あっそうそう、この町、お香がすげえ高い値段で売られてて、でもすごく勧められたんだ。最近、人を混乱させるモンスターが出ているから、正気に戻すお香を是非買っておけって。でも僕の小遣いじゃたりなくて。」
「そういや、さっき、オバーンさんもお香を買いに来たっていっていたけど、何があるのかしら?」
「分からないときは、情報収集だな。とりあえず、お香を買うついでに聞こうぜ。」
フィルの言葉に、皆頷いた。
店の前まで行くとお香売りのおじさんは、無精ひげを掻きながら答えてくれた。
「南のケイド城で、モンスターの封印がとけたらしいんだ。そのモンスターに触ると人々が混乱する。それでな、混乱を戻すには、お香が一番なんだ。」
「封印を解いた?誰がそんな迷惑な事を?」
フィルが聞いた。
「姫様だよ。まったく、お城のお姫様っていうんだから、驚きだよな。」
「お姫様かあ。」
フィルはお香売りにお金を渡しながら興奮して鼻息を荒げた。買い物が済んだ後も、喫茶店に行くまでの道、フィルはウキウキしていた。
「混乱の魔物を倒したら、お姫様は俺に惚れるよなあ。これは、俺の剣の腕の見せ所じゃないの?」
「姫様はともかく、僕は銃を手入れしとかないとなあ。」
ティクが言った。
「私、あんまり戦うの好きじゃないんだけど。」
ルカが言う。
「お姫様が俺に惚れたら、旅続けられるかなあ?」
「安心しなよフィル。僕が意志を継ぐから。」
「もうっ、そうなってから悩んだら?」
話しながら喫茶店へ行くと、オバーンはもう既に中にいた。
「思ったより遅かったわね。さあ、日が暮れる前に行きましょう。町を出て西へ少しいくと、私の村よ。」
オバーンの村は大陸ホワイトの西にあるアノン村だ。沈む日を追いかけるようにして進むと程なくして草原の中から顔を出した。オバーンは立止まって皆の方を見た。
「村に入る前に言っておくわ。ここは、見た目だけグリーンモンスター化した人達の村なの。でも心は、人間のままだからね。みんないい人達よ。」
「分かっているわ。オバーンさん。私の兄も見た目だけグリーンモンスター化したの。でも、彼の優しさは変わらなかったわ。」
ルカの言葉にオバーンは頷いた。村に入ると、井戸で水をくんでいる女性にあった。姿はグリーンモンスターだが、表情は人間の優しい顔をしていた。
「お帰りオバーン。お香はあった?」
「なんとか、20個分けてもらったわ。」
彼女はルカ達をチラリとみて、いぶかしそうにオバーンに聞いた。
「その人達は?」
「港町クーンで会った旅の人よ。この村へ来たいというから・・・。」
オバーンはルカを見た。
「あっあの・・・。グリーンモンスター化した兄を探していて・・・。兄はルディって名前なんですけど・・その情報が得られるかなって。」
「うーん、知らないわねぇ。お役に立てなくてごめんなさいね。」
女性はお辞儀をして自分の家に入っていった。オバーンもルカを見て慰めた。
「私も知らないが、きっと、どこかで生きていると思うよ。」
村を見渡すと、不自然な位置に木が生えている。
「なあ、この木、邪魔じゃないか?抜かないのか?」
フィルの言葉にオバーンは首を振った。
「それね。元グリーンモンスターの、つまり元人間の木なの。抜けないわ。」
フィルはハッとして申し訳なさそうに口をつぐんだ。
「ごめ・・ん。」
「完全にモンスター化した人達がこの村にいたんですか?」
「そうよ。彼らも治療できないかと思って、連れてきたの。でも、無理だった。心もモンスター化した人は、次の日には、完全に植物になってしまったわ。」
三人は気まずそうに下を向いた。オバーンは一軒の家の前で止まった。
「もう、一年も前のことよ。暗くなるのはやめましょ。ここが私達の家。入って。」
「でっかい家!」
ティクが大きなログハウスを見上げた。
「孤児を中心に何人かと共同で住んでいるの。」
オバーンが中に入ろうとしたとき、玄関や窓の明かりがパッとついた。空はいつの間にかうす暗く、東の空に星が瞬きはじめ、少し冷たい風が、皆の肌を冷やした。
中に入ると、玄関ホールに、小太りの女性がニコニコしながら入ってきた。
「いい時に帰ってきたね。オバーン、食事の用意ができてるよ。あら、お客さんかね。いらっしゃい。」
家の奥から漂ってくる匂いにティクは鼻をひくつかせた。
「すげーいい匂い。これ、焼き肉だろ!」
ティクが眼を輝かせた。
「この子達の分、あるかい?ミィナ。」
オバーンは、肩にかけたマントを脱ぎながら、小太りの女性に話しかけた。
「もちろんさ。さあ、みんな、食堂へおいで。」
ミィナは皆を招いた。食堂に着くと、彼女はサラダと肉を出しながら
「運がいいねえ。今日はリズが大きな鹿をとってきたんだ。近所に分けても食べきれない程さ。連れてきてくれて良かったよ。さあ、席に座って。お客さんはそうだね。オバーンの向かいに席をつくるよ。」
そして、食堂の扉から外に顔を出し、お玉でフライパンを叩きながら皆を呼んだ。
「さ、オバーンが帰ってきた。みんなご飯だよー」
八人の緑色の子供達が扉から入ってきた。
「オッバーン!遅いじゃねえか。心配したぞ。」
元気のいい少年がオバーンの肩を叩いた。
「リズ。鹿を射止めたんだって?たいしたものね。」
「へへ、オバーンに借りた銃が撃ちやすかったんだ。さすが、手入れが行き届いてるよ。」
リズはオバーンの隣の席に座り、懐から銃を取り出し、オバーンに渡した。オバーンが銃口を弄ると、銃口がググッと伸び、長身の銃に早変わりした。
「すげえな、それ。僕も銃を使うんだけどさ、そんな綺麗な銃初めてみたよ。」
ティクが向かいの席から身を乗り出した。
「これ、食事中だよ。オバーンも早く銃をしまって。」
すかさずミィナが叱りつける。オバーンは再び銃口を短くして懐にしまった。
「我が家に伝わる伝説の銃よ。これを本当に使いこなすものが世界を救うと言われているわ。と言っても眉唾ものだけどね。でも、銃身が長いわりにぶれにくいし、威力があるから遠くからでもよく当たるわよ。」
「じゃあ、だめだ。僕接近戦の方が得意なんだ。使いこなせないよ。」
ティクが言う。
「おねーさんは使いこなせてないの?」
フィルが、茶化すようにオバーンに聞いた。
「私?さあ、分からない。本当に使いこなせたら、混乱のモンスターなど、一撃なんでしょうね。」
隣にいたリズが口に入れたご飯を撒き散らせながら話し出した。
「そういやオバーン、混乱のモンスターを、この辺りで見たぜ。」
「いやなニュースだわ。まったく、姫様が解放などしなければ、怯えることもなかったろうにね。」
「姫様かあ。」
フィルがニヤリとしたちょうどその時、突然大きな爆発音が外で響いた。
ドーン
家がガタゴトと揺れた。
「キャア。」
皆が騒いだ。
「大変だぁ。混乱のモンスターが、村へ入ってきて、何人か混乱したぞ。」
窓の外から男が叫んだ。
「大変!なんとかしなきゃ。」
オバーンは懐にしまった銃を再び取り出した。ティクはオバーンを制止して自らの銃を取り出し言った。
「モンスターは俺らに任せて。オバーンは、村の人達を安全な場所へ。」
フィルは立てかけてあった大きな剣を肩に乗せた。
「そうそう、美人さんの前でいいとこ見せさせてくれよ。」
ミョンがルカの肩に登って首に巻き付いた。
「オバーンさん。急いで。」
ルカが急かす。
「ありがとう。これ持っていって。」
オバーンはティクにお香を持たせた。
三人が外に出ると、イカに似た巨大なモンスターが十本の足を振り回して暴れていた。
「混乱のモンスターめ、こっちだ!」
モンスターの前に出ると、モンスターは十本の手足を振り回し攻撃してきた。
「その触手に触ると、混乱してしまうよ!気をつけて!」
村人が叫んだ。フィルは触手を避けつつ、剣で一本切り取った。その一方で ルカは逃げられず、触手に触ってしまった。ミョンが急いでお香を出すが、ルカは混乱して、お香を投げ飛ばしてしまった。
「ティク、お香を貸してくれ!」
ミョンが叫んだ。ティクは触手を避けながらお香を投げた。モンスターが投げたお香に気を取られた瞬間、ティクはモンスターの目を撃った。一方、ミョンはすぐに口から小さな炎を出してお香に火をつける。ルカはすぐに正気に戻った。魔物は眼を押さえて倒れ、そこをフィルがトドメを刺した。
オバーンが走ってきた。
「みんな逃げて。混乱した人達が、多すぎて、お香が足らないの。」
「なんだって!?」
「僕に任せて!」
ティクは混乱した人達をルディが残した蔓で縛った。この蔓は万能だ。非常に丈夫で持っている人の意思でどのくらいにも伸ばせる。混乱した者達は暴れはしたものの、蔓に縛られて動けない様子だった。ルカが一時しのぎに彼らに睡眠魔法をかけた。そうっとしておけば、三日は持つ。
「ありがとう、ティク。でもこれから、どうすればいいのかしら」
ルカがお香を取り出して不安そうに言ったオバーンは考え込んだ。
「私が買ったお香でも全然足らないわ。お香は、町にも足らなかった。明日、混乱のモンスターが封印されていたお城に行ってみましょう。彼らを直せる方法が何か見つかるかも。」
「俺達も行くよ。早くこの人達を直さないと。」
ティクもオバーンを見て言った。