ウィッチ島の悲劇
「お誕生日おめでとうルカ!」
「ありがとう、お兄ちゃん、お父さん。」
煉瓦でできた小さな二階建ての家のリビングで、十四歳になった女の子、ルカは五つ年上の兄ルディと白髪の目立ってきた優しそうな父親に誕生日を祝わってもらっていた。巫女でもあった母親はルカを産んで七年後に亡くなり、それを機に父親は故郷、魔法使いの島ウィチに帰ったのた。
ルカの足元には巫女に仕える精霊動物のミョンがクルクルと走り回っていた。ミョンはプレーリードックに近い形をしているが、それよりも耳は大きく尾は細い。手に乗る程の動物だ。天井には小さな太陽が一つ光り、その周りにはいろいろな色の小さな光が回っていた。全て魔法で作られたものだ。テーブルには、綺麗に盛りつけられた料理がならんでいる。
ここは、ウィッチ島、唯一の町、マジル町。ここには電気がない。全て魔法の力で町は輝いていた。そして町は今日も静かに夜を迎えようとしていた。
ウィッチ島は惑星ドグスの南にある小さな島。ドグスには東西南北に4つの大きな大陸があり、それぞれ名前が付けられている。南にレッド大陸、北にブラック大陸、東にブルー大陸、西にホワイト大陸。ウィッチ島はレッド大陸の南西に位置していた。
所変わって、ここは、マジル町から少し離れた丘の上。時間も夜中の2時になっていた。
ウイーーン。
地面を掘る音が聞こえる。夏とはいえ、ウィッチ島は砂漠の島。夜の冷え込みは一段と激しかった。
ボコ。
地中から穴を開けて、男が二人出てきた。一陣の風が、二人の進入を拒むかのように砂を彼らにぶつけた。
「岩だらけの砂漠だと聞いていたけど、砂が飛んできますね。」
背の高い男が砂を払いながらもう一人に言った。
「うむ、岩が砕けて砂になるからな。さあ、仕事を早く片付けよう、メア。」
もう一人の年配の男は出てきた穴の奥から機械を取り出し、岩にガッチリ取り付けた。今はキビキビと行動しているが、目元の笑い皺が、普段の穏やかな性格を物語っていた。
「ラゴン博士、ウイルスはきちんと持ってきました?ウィルス培地はここにありますよ。」
メアは懐から人肌で暖めた試験管を取り出した。中には透明のトロトロした液体が入っている。
「うむ、これを忘れたら仕事にならないからな、で、住民の許可は取ってあるんだろうな。」
ラゴンも厳重に閉じたある鞄の蓋を開け、試験管を取り出した。
「ええ、安心してくださいよ。」
メアは含みのある笑いをして試験管をのぞき込んだ。中には緑色に光る砂のような物があった。これが、ウイルスだ。
「まだ冷たいな。」
ラゴンは手で試験管を少し暖めると納得したように頷いた。鞄の中にはもう一つ、30cm四方の黒い機械が入っている。ラゴンが試験管をその機械入れると、メアもその後すぐに、培地の試験管をいれた。機械のスイッチを押すと緑のウィルスは培地の中に少しずつ流れていった。
「すぐに離れよう。メア、先に行きたまえ。」
二人は再び、元来た穴へ入っていった。しばらくして備え付けた機械から緑のウィルスが外に流れ出した。砂漠の強い風がさらに流していく。
マジル町の夜はいつも暗くて静かだ。その日も町は静まりかえり、所々に弱い光が窓から漏れるのが見えた。ラゴンとメアが去って一時間後、精霊動物のミョンはマジル町の異変に気づいた。ミョンは2階にあるルカの部屋で寝ていたが、大急ぎでルカの布団に入りルカの家族を守るオーラを出した。しかし、ウィルスの侵入を食い止めることができず、隣の部屋のルカの兄ルディは自らの体の変化に恐怖の声をあげた。
ウィルスに襲われたマジル町は大小の悲鳴と共に違う生き物の住む島へ変化していった。そんな中、唯一ルカだけは、精霊動物ミョンに守られながら、以前の姿を保ったまま、幸せそうに寝息をたてていた。
一時間くらいたっただろうか、ルディはルカを起こしに来た。
「ルカ。」
ルカを揺すり起こすと、彼女はもぞもぞと動いて毛布を顔まで上げた。
「ルカ、起きて。」
ミョンは白い体をふくらましながらボールのようにルカのベットの上で飛び跳ねた。ルカは薄目を開けた。魔法の明かりを頭上に携えたルディが立っている。ルディ?いや、ルディに見えない。体が緑色だ。ルカは驚きのあまりベットから転がり落ちた。
「誰?誰なの!?。」
「俺だよ。ルディだよ。」
「ルディ?どうしたの?」
「俺も何がなんだか分からないんだ。夜、勉強をしていたら、急に体が重くなって、震えが来て、必死に回復魔法を唱えたんだけど体が苔の様な物で覆われてきて・・・気が付くとこうなっていた。今は震えなんかはないけど、体の色が全く変わってしまったんだ。」
ルカはミョンの顔を見た。
「風に乗って見たことのないウィルスが沢山この町に入ってきたのを感じた。急いで防御バリアを出したんだけど・・・ルカを守るので精一杯だった。」
ルカはハッとして自分の手を見た。何も変わってないように見える。
「ルカは大丈夫だと思うよ。ミョンが近くでウィルスを弱めてくれたおかげで、抗体ができたんじゃないかな?」
ルカはルディを見た。緑の体は何となく悲しそうに見える。
「天才と言われたお兄ちゃんの回復魔法でも駄目だったなんて・・・。」
二人と一匹は俯いた。
「お父さんは?」
「・・・見ない方がいい。」
ルディは頭を横に振った。
「どういうこと?まさか・・・。」
ルカは立ち上がって部屋を飛び出し、階段を駆け下りて一階の父親の部屋へ行った。ルディとミョンも付いていく。
「・・・」
部屋の扉を開けたルカは言葉を失った。父親が、ドアの方へ手を差し伸べたまま倒れている。父から、竹のような物が出ている。それが、魔法の明かりに照らされて妙に美しく、禍々しく見えた。
「そんな・・・お父さん!」
立ちすくむルカの肩をルディは抱いた。机の上の誕生会で使った帽子がその場に不自然でやたら悲しい。
ドンドンドン
玄関の扉を叩く音が聞こえた。
「何?」
「無事だった町の人かも。」
玄関に近づいた二人は足を止めた。扉が乱暴に開けられようとしていたからだ。鍵がガチャガチャと壊れそうに揺れている。
ガシャーン
横のリビングからは窓が割れる音が聞こえた。そして、今度は玄関の方からも破壊音が聞こえた。
バリーン
とうとう玄関の鍵が壊れ外からふさふさとした草が体中から生えている人達が入って来た。彼らはうめきながら焦点の合わない目でルカ達に近づいていった。
「怖い、ルディ。」
ルカはルディにしがみついた。ルディはルカを後ろに庇い魔法を唱えた。
「冷気の魂よ、氷の魔獣となり暴れまわれ。」
冷たい風が吹いてきた。みるみるうちに家の倉庫までの道を残して全てが凍っていく。
「急ごう、ルカ。倉庫から地下の水路に行ける。そこから町の外に逃げよう。」
「でも、地下の水路は、モンスターが多いから行っちゃいけないって、お父さんが。」
「魔法学校主席の兄さんが付いているんだ。」
ルディはルカの手を引っ張って地下水路に入っていった。彼らはそのままモンスターを倒しながら水路を通り、町外れの水車小屋に出た。二人と一匹は、そこからウィッチの端の船着き場まで走り出した。
同じ頃、ウィッチ島上空の飛行船の中で鋭い目の8歳くらいの男の子が隣の女性に声をかけた。
「リース、どうだぁ様子は?」
女性は30歳前後で男の子よりもずっと年上だったが、その分落ち着きのある雰囲気をしていた。
「始まったようね、キール。これもラゴン博士のおかげだわ。」
「見ろよぉ。砂漠が緑に染まっていくぞぉ」
キールが揺れた口調で言う。子供にも関わらず、手にはワインを持っていた。眼下に広がるウィッチ島の砂漠は、次々に植物が覆っていった。
「キール、人が二人いるわ。」
下を見ていたリースが増えていく植物の間をぬって走っている二人を見つけた。一人は緑色の肌をしているのが遠くからでも分かった。町を逃げ出したルカとルディだった。
「フフ、面白い事になったわ。あの二人を捕まえるわよ、キール。」
「あんな予定外、殺してしまえばいいじゃないか。」
キールは冷たく言い放った。
「年上のいうことは聞きなさいよ。あなたは強いかもしれないけど、行動が短絡的だわ。」
ルディとルカは港に向かって走っていた。ウィッチ島は小さな島。逃げるところは海しかない。昨日まで足を熱くしていた砂漠の岩が、今では絡みつく草となってルカの柔らかな肌を傷つけていた。それは、ゾッとする光景だ。昨日までの砂漠を知らなければ美しいと思えたのだろうが、今ここは、緑あふれる全く別の島になっていた。
港には大きな船が一艘止まっていた。週に一度大陸と往復する、島には欠かせない船だ。船の出る日は何人かの優秀な魔法使いが船に乗り込み、風の魔法や水の魔法を使って船を操る。ルカは七歳の時にこの島へ移り住んだが、ここへ来るのは、その時以来だった。逆にルディは船の船長になりたがっていたので、何回か船に乗り、見習いだが船を動かしたことはある。だが、この大きな船を一人で動かすのはとても無理な話だった。
「船に付いている小さな筏を探してくれる?ルカ、ミョン。」
ルディは魔法で小さな太陽をさらに5個作って飛ばした。辺りはパッと明るくなったが、逆にそれはリースとキールからは見つかりやすくなることにもなった。大きな飛行船がルカとルディの上にゆっくり降りてくる。ルディ達3人は一塊になって不安そうにそれを眺めた。
飛行船が着陸し扉が開くと防護服に身を包んだ二人が降りてきた。
「まあ、精霊動物ね。すると、こちらは巫女さんかしら。いいものを見つけたわ。」
リースが興奮してミョンに手を伸ばした。ミョンはプゥと膨れてルカの背中へ逃げた。
ルディがサッと前に出た。
「あんた達、何者?そっちの子はまだ子供みたいだけど・・・。」
「私達は国際研究所の者よ。あなた達を保護してあげる。さあ、船に乗りなさい。」
ルカが喜んで従おうとするのを、ルディが止めた。
「国際研究所ね。嘘をつくなよ。怪しい奴らめ。随分早くここに出てくるな。まるで、ここで何が起きるか見ていたように。」
「フフフ。頭が良すぎるのも困ったものね。さあ、殺されたくなければ船に乗りなさい。」
リースが手に持っていたムチを地面に叩きつけた。
「言うとおりになんかするものか!風の・・・。」
バーン
ルディが風の魔法を唱えるより早く、キールはルディの喉を銃で撃ち抜いた。
「あれぇ、何か言おうとしたのか?聞こえなかったなあ。」
キールはほろ酔い状態で顔を赤くしながら言った。
「ルディ!」
ルカが倒れるルディを支えた。ミョンは駆け寄って口から小さな水の固まりを出し、それを湿布のようにしてルディの喉をくるんだ。心配するルカをミョンは慰めるように言った。
「僕は水の精霊の力を持っているから、僕の水には、癒しの力があるんだよ。これで、死は免れるよ。」
「だめじゃないのキール、殺すのは研究の後よ。」
リースはさして怒ってないようにキールを諭しルディに回復魔法を唱えた。
「さあ、飛行船に乗って。」
ルディが歩けるまで回復すると、リースは二人をせかした。
「誰が、お前らの言うとおりになんか。」
ルディが息の下からはき出す様にいった。
「自分の立場、分かっている?私達はあなただけじゃなく、そちらの女の子も殺せるのよ。」
ルディは悔しそうに下を向いた。
ゴオン、ゴオン。
飛行船は大きな音を立てて離陸した。ルディとルカはミョンと離されて、牢屋に入れられた。
「大丈夫?お兄ちゃん。」
「ああ、少し休めばまた回復するはずだ。ミョンの治療が良かったんだな。」
ルディの喉は、自らの体から出た葉や蔓が湿布のように覆っている。ルディは静かに目を閉じた。ルカもルディにもたれかかった。ここはもう空の上、ジタバタしても仕方がない。二人は疲れからかスイッチが切れたように眠った。
ガクン、
飛行船が大きく揺れた。風が強くなったのだろうか
「ここから出られないかな。」
揺れで目覚めたルディが言った。
「出るって、ここ飛行船よ。逃げても空の上よ。」
ルカが不安そうに言う。
「このまま、基地に連れて行かれるより、今の方が逃げるチャンスがあるかもしれない。」
ルディは、手から蔓を伸ばして外から鍵を開けた。
「出ようルカ。ミョンを見つけて、とにかく外へ行けば、僕の風魔法でなんとかする。」
同じ頃、キールとリースは応接間でくつろいでいた。
「ほとんどの人間が完全に植物になるか、正気を失いモンスター化したわ。ダジン総長に報告しなくては。でも、ルディ君みたいに完全にモンスターにならなかった人間もいた。それにあの女の子、ルカちゃんは何故、無事だったのかしら?」
リースはコーヒーを飲んだ。
「俺に分かるかよお、失敗作は全部吹き飛ばす。それでいいんじゃないかあ」
キールの少し酔った言葉に、リースは呆れたようにため息をついた。
「相変わらずね。でもまあ、あの子達を得られただけでも大きな収穫よ。」
船が急に揺れ出した。
「そろそろ、炎鳥の巣のあたりだなぁ。甲板にでて、何匹か殺してきていいか?」
キールがウズウズして言った。
「だめよ。本当に乱暴者ね。しばらく眠ってなさい」
リースはキールの耳元で、睡眠魔法を唱えた。キールはすぐに深い眠りに落ちた。
ルディとルカはミョンを探していた。
「ルカ、ミョンを感じてくれ。僕たちの母さんは巫女だった。君も巫女になれる血がある。精霊動物を感じれるのは巫女だけなんだ。」
「私が?」
「僕は男だからできない、ルカしかできないんだ。」
ルカは戸惑いながら頷き静かに目を閉じた。
「下、下の方にいる気がする。間違ってたらごめんなさい。」
「大丈夫。行こう」
ルディはルカの手を引き、走り出した。
飛行船の下の部屋でミョンは、鳥カゴに入っていた。部屋には兵隊が一人椅子にもたれて眠そうにしていた。ミョンは、諦めて大人しくしていたが、ルカの近づく気配を感じると、落ち着かなくカゴを揺すり始めた。
「うるさいぞ、小動物。落ち着いて眠れないじゃないか。」
兵隊は苛つきながら壁を蹴った。
「寝てくれていいよ。なるたけ深―く。」
ミョンは作り笑顔で言ったが、あまりに不自然だったため、その兵隊は、ミョンに近づいて乱暴にカゴを揺すった。
「おい、何か隠してないか?素直にしゃべった方が身の為だぞ」
「へへへ、何もかくしてないよ。」
兵隊はカチンときて、カゴを壁にぶつけた。
「なめてんじゃねーぞ、なんなら、針でつついてやってもいいんだぞ。」
ミョンも負けていない。カゴを揺らして兵隊の鼻先に角をぶつけてやった。
「このくそ動物があ。」
兵隊がカゴを手に取りを振り下ろそうと高く上げた瞬間、部屋の扉が開いてルディとルカが入ってきた。
「そのカゴを渡せ。」
ルディが、低い声で威圧的に言った。兵隊はルディを睨むとカゴを下に置いて腰の銃を手にとった。
「どうやって牢屋から抜け出したんだ?化け物め、もう一度牢屋に戻ってもらおうか。」
ルカはルディにしがみついた。ルディはルカを後ろに下がらせ魔法を唱える。ミョンが勝ちを見越してにやついた。
「冷気の魂よ。氷の魔獣となり暴れまわれ。」
急に辺りが寒くなった。
「こいつ。」
銃が氷でつつまれている。動こうとした兵隊は足が凍り付いて動かないのを見て愕然とした。
「魔法使いか。恐ろしいな。だがな、銃使いも負けられない。」
兵隊が、胸からもう一丁銃を取り出してすぐに撃った。だが玉は出てこない。
「わからないのか?この部屋の温度、お前の周りだけ恐ろしい程低くなっている。銃の火薬に火が付く温度でなければ、発砲できない。」
ルディは、寒さと恐怖で震える兵士に向かってさらに魔法をかけた。
「さあ、もっと寒くするぞ。お前はそのまま凍っていく。」
兵隊の指先が変色していく。目や鼻に氷がつき始めた。
「やめてくれ、カゴの鍵か?鍵なんかくれてやる。助けてくれ。」
兵士が声にならない声で叫んだ。
「やめて!ルディ。」
ルカが叫んだ。ルディは魔法を止めた。氷が解けて兵士が倒れ込む。だが、兵士の体は凍傷を起こして変色したままだ。ルディは兵士の腰に付いている鍵を取り出すと、カゴを開けてミョンをだした。
「ミョン、お願い。あの兵士を助けてあげて。」
ルカが頼んだ。
「ルカ、どうしても?」
ミョンがルカを見た。ルカはコクンと頷いた。ミョンは大きな水の固まりを兵隊の目の前に出した。
「ルカが頼むから、君の失礼な態度は許してあげるよ。凍傷はこの水につっこむと治ると思う。だけどしばらくは、そう、僕らが逃げ切る間はあまり動けないと思うよ。」
兵隊は目を潤ませた。ルディ達は部屋を出て行った。早く逃げなければ。
「船の外に出られれば、なんとかできると思う。」
ルディは言った。
「よし。じゃ、僕に付いてきて、僕、連れてこられた道覚えてるから」
ミョンは前を勢いよく走り出した。
「待てよ、下の階へ行くのか?」
エレベーターに乗ったとき、1階を押したミョンにルディは言った。
「僕は下の階から連れて来られたんだ」
「今は空の上だぜ、下の出入り口は、閉まっているだろ?」
「そっか、じゃあ、上の階だね。一階についたら、屋上を押し直そう。」
チーン
エレベーターは1階に着いた。扉が開くと、そこに軍服をきた女性が待ち伏せしていた。
「うわっ。」
ミョンは、急いで閉まるのボタンを押したが、女が扉を手で押さえてニヤリと笑った。
「また会ったわね。私の名前はリース。脱走犯さんはここで降りてくれないかしら。」
「やっ、どうしよう、お兄ちゃん。」
ルカが泣きついた。ルディはズィッと前にでた。
「いいぜ、さっさとあんたを倒してやる。待っててくれよ、ルカ。」
ルディは手に力を込めた。
二人は向かい合って、しばらく相手の出方を見ていた。最初に動いたのはルデイだった。
「冷気の魂よ、氷の魔獣となり暴れまわれ。」
魔法を唱えると彼女はフフと笑った。
「残念ね、魔法使いさん。さっきの戦いを監視カメラで見てたの。防寒スーツを着ているから意味ないわ。次は私の番ね。」
リースはムチを腰から取り出してルディに攻撃した。
ルディは後ろのルカを気にして避けられず、仕方なく再び呪文を唱えた。
「石の魂よ、我を守る壁となれ。」
ルディの前に石の壁ができた。しかし、石はムチに砕かれ崩れていく。
「風の魂よ、風神の如く吹き散らせ。」
ルディは同時に風魔法を使い砕けた瓦礫をリースに飛ばした。リースはムチで飛んでくる瓦礫を割った。気が付くとルディがいない。リースが焦ってルディを探すと、ルディは、後方で再び呪文を唱えている。リースは急いでルディの喉にムチを振るった。ルディの喉は再びザックと切れた。
「勝ったわ。」
リースが呟いたとき、ルディは微かに笑った。床が割れて大きな蔓植物がリースの首に巻き付いた。
「こんなもの!ムチで切れば問題ないわ。」
リースはムチを大きくしならせた瞬間、蔓は鉄に変化した。ムチは空しく鉄を叩いた。リースは苦しそうに顔を歪めると、気を失った。
「すごい!二つのベクトルの魔法を同時に扱うなんて・・・」
ミョンが興奮して叫んだ。ルカはルディの方へ駆け寄った。
ルディはルカに倒れ込んだ。同時にリースを縛っていた鉄は消えたが、リースは気絶したままだ。
「おにいちゃん、大丈夫?」
「これはひどい。」
ルディを抱き留めたルカの手の上にミョンが乗った。
「ルカ、僕に力を、気持を流し込んで。巫女の血を持つ君ならできる。」
ルカは頷き、気持ちをミョンに重ねた。青い光がルカを中心に包んだ。ルディの傷がみるみるうちに治っていく。
「ミョン、これは・・・。」
ルカ自身が驚いて、ミョンを見つめた。
「これが、ルカに眠っていた巫女の力だよ。」
ルディは体を起こしてルカを見つめた。
「ありがとうルカ、大分、楽になった。だがルカ、この力を欲しがる者は世界中にいる。力を使うときは気をつけてくれ。」
「お兄ちゃん。」
廊下の奥から、兵士が駆けつける音が聞こえた。
「さあ、今は逃げよう、エレベーターから屋上へ出よう。」
ルカ達は急いでエレベーターに乗った。
チーン
屋上についた。風が勢いよく入ってきた。
「暑いわ」
ルディは、一歩踏み出したルカの手を掴んだ。
「上をみてごらん、ルカ。」
上空には火を纏った大きな鳥が何匹も旋回している。
「炎鳥だ。彼らに攻撃されれば黒こげだね。」
ミョンがルカの肩に乗った。
「でも、甲板に出ないわけにはいかない。」
ルディはエレベーターから降りて少しづつ前へ出た。ルカはルディにしがみついた。
「お兄ちゃん、この近くに何かいる感じがする。」
「何かって?」
「分からない。ミョンと同じ様な感覚なんだけど」
「僕と?」
ミョンはしばらく考えていたが、突然、何か閃いたように興奮して叫んだ。
「近くに火の精がいるかもしれない!」
後ろのエレベータがまた開いた。兵士が何人か乗っている。ミョンは、甲板の一番前に駆けだした。
「火の精よ。僕の名はミョン、精霊動物だ。僕に火の力を授けてくれ。」
すると、炎鳥の中でも特に大きい鳥が近づいてきた。その上に火の固まりが乗っている。火の精だ。
「ミョン、君は、すでに水の力を持っているね。俺様の名はヒバチ。ミョンの巫女はそこにいる女の子だね。今の巫女の力で俺様に勝ことができたら、ここから逃げる手伝いをするし、火の力もあげよう。」
「えっ。」
ルカは後ずさりした。炎鳥の羽ばたきで、熱風が、彼らに吹き付けた。ルディはルカの肩を支えた。
「ルカ、ここはやるしかない。俺は後ろの兵士達をやるよ。」
「お兄ちゃん、まだ怪我が完全に治ってない。」
「こんな雑魚、なんでもない。ミョン、ルカを頼むぞ。」
ルカの肩に乗っているミョンは毛を逆立ててやる気を見せた。
「ルカ、僕と気持を合わせて。ルカは僕を媒介にして水を作り操れる。火なら僕は勝てる自信があるよ。」
クワー。炎鳥が叫んだ。
「そう、うまくいくかな。俺様は、炎鳥と一体で戦うんだぜ?」
風が、炎鳥の方に向かって吸い込まれていった。炎鳥の頬がグングン大きくなった。
「炎が来るよルカ。いいかい、水を体の前に集めるんだ。沢山水を作らないと、すぐに蒸発してしまうよ。」
ミョンの言葉にルカは戸惑いながらも水を作り出した。
「水の魂よ、今姿を現し、我に従え。」
ルカは手を前にかざした。その手から、水があふれ出てルカの前に壁を作った。
「いいかい、今来る炎の攻撃のすぐ後に水で槍を作り炎鳥に当てるんだ。」
ミョンが言い終わるか言い終わらないうちに、炎鳥の攻撃が始まった。
ボーオオオオオオ
炎が、ルカに突っ込む。ルカは水の壁で凌いだあと、ルディが気になり、ふと後ろを見た。ルカから、それた炎がルディ達の方へ飛んでいく。ルディはすぐに気付いた。
「氷の魂よ、我を守る壁となれ。」
ルディと炎の間に氷の壁ができかけたが、火の勢いが早く氷の壁ができあがる前に炎が来たため、氷の壁は一瞬にして解け、背中をひどく焼かれた。しかし、ルディの後ろの兵隊達はルディの脇を通り抜けた炎に直撃し、炎によって消滅した。エレベーターの扉も溶けていく。
「お兄ちゃん!」
ルカが悲痛の声をだした。ヒバチへの攻撃を忘れている。
「よそ見をするとは余裕だな、ルカ。」
ヒバチの第二の攻撃が始まった。が、ルカは戦いをやめてルディの方へ走り寄った。
「今治療するから待って。水の魂よ、我らを包む宮となれ、いとし子を潤す癒しとなれ」
ルカは自分とルディの周り全体を水で囲い、同時にルディの治療にも当たった。
「治療しながら、防げる炎でもあるまい。」
ヒバチが薄く笑った。炎は容赦なくルカとルディに襲いかかる。ミョンはルカの肩でアタフタした。炎が到達する瞬間、ルカはルディをかばうように立った。周りを水で包んではいたものの、その水は一瞬で蒸発し、ルカは背中が暑くなるのを感じた。
「ルカ、俺はいいから、きちんと勝負をするんだ。」
ルディがルカを突き放した。ルカは不満そうに頷くと、ルディの背中を水で覆い、再びヒバチと対面した。ルカの背中の服が焼けてビリビリになっていた。ルカの力はルディへの治療と自らの武器とで二分されている。このまま戦うのは無謀だ。ヒバチは目を大きくして呆れたように笑った。
「攻撃より守りを優先するなんて、優しい巫女さんだね。いいよ。君のこと気にいった。火の力を与えよう。」
ヒバチが炎鳥から飛行船に降り立った。ルカもルディも安堵のため息をついた。ヒバチはミョンを包みミョンに火の力を与える。
「炎鳥に乗せてあげると言いたいけど、火傷しちゃうだろ?どう下におりようか?」
「俺に・・・任せろ。」
ルディが苦しそうに息をしながら立ち上がった。
「お兄ちゃんっ、ひどい怪我なのに・・・もう無理よ。」
ルディは安心させるように笑った。
「風の魂よ、竜巻の子を現し我に仕えよ。」
どこから吹いてきたのか、風は渦を巻いて小さな竜巻になりルディの元に小犬のように来た。
「さあルカ、ミョン、乗って。力をありがとう、ヒバチ。」
ヒバチは、心配そうにルディを眺め消えていった。ルカが戸惑ってルディをみると、ルディはもう一度安心させるように頷いた。
「急いで、俺も後から行くから。」
ルカとミョンが乗ると竜巻はルカ達を乗せながらゆっくり下に降りていった。ルカは飛行船の上のルディを見ながら、同時に飛行船にかかれた国際研究所の文字も見逃さなかった。(やっぱり国際研究所。まさか、国の機関が私達をこんな目に・・・?)ルカは頭の片隅でそう思ったが、深く考える暇は無かった。竜巻はどんどん下へ下がっていく。
「お兄ちゃん!早く!」
ルカの言葉に、ルディは同様に竜巻を作り、上に乗って降りていったが、地上に近づくにつれ体力が落ちていき、竜巻がだんだん安定した形を崩していった。もう少しで地上と言うときにルカとルディの竜巻は崩れ、ルカを地面に、ルディを遠くに吹き飛ばした。ルカとミョンは地面に酷く叩きつけられた衝撃で気を失ってしまった。
どのくらい時間がたっただろう。
「大丈夫?ルカ」
先に目を覚ましたミョンは気絶しているルカを揺すった。周りは鬱蒼としたジャングルである。
「こういう時は、変に揺すっちゃいけないんだったな。・・・誰か呼んだ方がいいよね。でも、ここはどこだろう?」
その時、人間の足音が聞こえた。
「人だ。助けを呼ばなくっちゃ。」
ミョンは走っていった。
ここは、ウィッチ島の隣に位置する大陸レッド。何人かの男が暗い顔をしてのラティス村への道を歩いていた。草陰から顔を出したミョンは、声をかけるのをためらった。男達の緊張した雰囲気が分かったからだ。彼らの話し声が聞こえた。
「酷いことになった。」
「今頃、村はどうなっているのだろうか。」
「人が木になるなんて。」
「俺の女房は椿になった。」
「まだ、ましだ。俺の父親は植物のモンスターと化していた。さしずめグリーンモンスターだ。」
「モンスター化した人達は、まだ村にいるのかな」
「・・・・・」
声をかけるタイミングを脱したミョンは、彼らが通り過ぎるのを黙って見送った。
しかし、このままという訳にもいかない。ミョンは気持を切り替えると、一番後ろにいた少年の足にまとわりついた。16歳くらいの少年は、立ち止まって、ミョンを抱き上げた。
「わっ、かわいいなあ、お前どこからきたんだ?」
一緒に歩いていた男達が集まってきた。
「見たことにない動物だな。」
「プニョプニョしてるぜ。」
顔を引っ張られながら、ミョンは大きな声で言った。
「僕の名はミョン、あっちに僕の友達が倒れているんだ。お願い、助けて!」
「しゃべった、こいつ。」
周りの大人達が、目を大きくさせて珍しい動物をどうするか考えているとき、男の子は顔を険しくさせて倒れているミョンの友達を心配した。
「俺の名はティク。そこに連れて行ってくれないか?君の友達を助けたい。」
ミョンは男の子の手をスルリと抜けると森へ駆けていき手招きした。ティクと他の何人かの男達はミョンについていく事になったが、何人かは
「俺たちも行きたいがラティス村も心配なんだ。」
と、別れて先へ進んだ。
ミョンとティク達が森に進むと、男の一人が心配そうに銃を握りしめた。
「この辺りの森には主がいるんだ。そいつに会ったら俺達、やられてしまうぞ。」
「出会わないことを祈るしかないな。」
そういっている間に、湿った暖かい風が吹いてきた。風は、気味の悪い肉の腐ったような臭いがした。
「これは、主の匂いなんじゃないか?」
「悪いが、俺はこれ以上、先に進みたくない。」
「俺もだ。」
大人達は尻込みして立ち止まってしまったが、ミョンとティクは足を速めた。
「ミョン、君の友達が心配だ。急ごう。」
「ありがとう、もうすぐそこなんだ。」
ミョンは大きな木を横に曲がった。続けてティクも曲がった瞬間、ルカに被さっている大きな猿を見つけた。大きな牙を持った三メートル近い大猿だ。茶色の固そうな毛が体を覆っている。ティクは躊躇せず大猿に向かって走っていった。ミョンは毛を逆立ててうなり声を上げた。
「これが森の主か?ティク。」
「そう、この辺りで恐れられている大猿さ。」
ティクが猿に向かって飛びかかり、短剣で背中を引き裂き飛びのいた。猿は大きく叫ぶとルカから離れ、手を大きく振り上げてティクに飛びかかった。ティクは横に避けて猿の手に短剣を突き刺した。短剣は手に刺さり猿は怒ってもう一方の手でティクをわしづかみにした。ミョンは猿の足に噛みついたがあえなく、振り落とされてしまった。
ティクは持っていた短剣を猿の額に投げつけたが、猿は傷ついた手でその剣をはじいた。猿はティクを握りつぶそうと片手に力を込めた。
「グッ。」
ティクの顔が苦痛に歪む。そのとき、大きな蔓が猿の体に巻き付いてきた。今度は大猿が苦しそうに悲鳴を上げ、ティクを放り出した。ティクは地面に落とされた後、急いでルカに駆け寄り、彼女を安全な所に移動させた。
木の陰からルディが出てきた。ルディは体から蔓を出し、大猿に巻き付けていた。
「ルディ!」
ミョンは嬉しそうに叫んだ?
「ルディ?」
ティクはつぶされそうだった肋骨を押さえ苦しそうにルディを見た。ルディの顔はまるで阿修羅のように恐ろしい顔をしていた。立てるのが不思議な程の傷だった。大猿は蔓を引きちぎり、ルディを叩き飛ばした。ルディは木にぶつかり倒れた。大猿はルディの胸ぐらを掴んで高く持ち上げた。ルディの体は力なくされるがままになっていたが、一方でルディの体から蔦が何本も出てて大猿を包んだ。大猿は気付いてもがいたが、量が多すぎてなかなか取れない。
「俺を燃やせ、ミョン。」
ルディの声にミョンは驚いた。
「何を言ってるんだ。そんなことできない!」
「早く・・・。お前がやらないなら、俺が最後の力で自分に火をつける」
ミョンは一瞬迷ったが、大きく息を吸い込んだ。
「くそおお。」
ミョンのはき出した息は小さな火をのせて、大猿を包む蔓に届いた。蔓はモウモウと燃え出し、猿の毛も、そしてルディも同時に燃えだした。大猿は熱さで逃げ出したが、ルディはその勢いで大猿から振り落とされた。ミョンは急いで、ルディに駆けより口から癒しの水を出した。火はジューと音をだして消えた。
「バカ、ルディ。」
ミョンがルディの額を舐めた。少し焦げたままルディは笑った。ティクが駆け寄った。
「大丈夫か、今、人を呼んでくる。僕たちの村で休んでくれ。」
ルディはティクをチラリと見た。
「ティクといったな?俺のことより、妹を。」
ルディが苦しそうに頼んだ。ミョンは回復の力を使ってルディを治している。
「妹さんのことはもちろんだよ。でも、ルディさんも・・・」
「妹を一緒に村に連れて行ってくれ、ここはモンスターの住み家だ。気絶した妹を置いておくのは危ない。」
「ルディさんも危険なのは同じだよ?さ、僕に捕まって、両方村に連れて行くから。」
ルディは優しく微笑んだ。周りの草や茂みがルディを包む。
「ティク、俺はこうしていればモンスターには見つからない。妹を先に連れて行ってくれ。」
ミョンも頷いた。
「君一人じゃ二人は持てない、ルディは僕が見ているから。」
ミョンの言葉にめずらしくルディが言葉を荒げた。
「精霊動物が巫女の側を離れるな!」
二人はしびしぶルディを置いてルカを連れ村へ向かった。二人はその選択を後に後悔することになる。元の場所に戻ったとき、ルディの姿は見えなくなっていたからだ。ティクは、そこに残っていたルディの植物の蔓を手に取り、大事にポケットにしまった。持っていれば、ルディとまた会える気がしたからだ。後に分かったことだが、その蔓は不思議なことに持った者の意思で自由に長さを変えられた。ティクは生活の中でそれを重宝することになった。一方ルカは、しばらくして元気を取り戻し、ティクと同じ村に住むことになった。
一方、国際研究所では、ラゴンが所長のダジンに声を荒げていた。
「ウィルスが世界中に飛び散って、人間がモンスター化しています。こんなことになるなんて。すぐにワクチンの開発を始めます。いいですね。」
「何故?全て計算通りだ。」
「っ。計算通りってなんですか?」
ラゴンが怒りで顔を赤くした。
「つまりだ、失敗しなくては研究も進むまい?」
ダジンはひょうひょうとして言った。
「ダジン所長、あなたは・・・」
「もう黙れ。俺には俺の考えがある。お前は黙って指図されたことをしていればいいんだ。可愛い息子の為にも・・・な。」
ラゴンは歯をくいしばってダジンの言葉を飲み込んだ。