思い出の日々―全てを思い出した結果―
「あのっ…サクラ・リーントです」
意を決したように話す、誰もが羨む美少女を目の前に、ダリア・ヴィンセントは青ざめる。
彼女とは出会ったことがない、けれど見覚えがあった。
『大丈夫?いじめられたら、遠慮なく言って』
『良かったっ…。君が無事で。何かあったらどうしようかと思ったよ。』
『君の笑顔に癒されていて、いつの間にか、好きだったんだ…。』
そうやってはにかむのは、誰よりも良く知る人物で、あぁでも今の彼よりも少し大人っぽい。脳内に現れた彼は作り物のように綺麗に微笑んだ。
「思い出した」
溢れる記憶に意識をとられ、口に出していたらしい。怪訝な顔したスザクに、何でもないと誤魔化す。
私が転生したのは知っていた、でもここが乙女ゲームの世界だったなんて誰が気付けるだろう!
乙女ゲーム『マジック・スクール~初恋☆物語~』の中で、ガイ・ヴィンセントは攻略キャラのメイン。血筋での序列がはっきりしているこの国で、偏見がない彼は庶子のくせにと苛められる主人公を守り続ける。どんなときも信じてくれて、庇ってくれるのだ、惚れない方がおかしい。
前世の自分は最初から優しいガイが嘘みたいに完璧過ぎてちょっと苦手だった。それなのに、転生したら全てを忘れて好きになっている。我ながら現金なものだ。
ガイのルートでハッピーエンドは、もちろん両思いになること。それ以外だと、ダリアに負け二人の婚約が現実のものになる。
もしかして今この胸にある想いも、偽物なのだろうか。疑問がもたげ、不安になる。だってダリア・ヴィンセントは彼のルートの障害になる、言うなれば当て馬だ。ダリアの初恋はガイ、そしてガイの初恋は…サクラになる予定。
失礼ながら、可憐に笑う彼女を見詰める。ガイが話しかけたことに、一つ一つ丁寧に返事をする。そのことに、嬉しそうなガイの瞳には、隠しきれない情熱。まだ恋とはいかないが、初対面でこれだけの感情を持たせるとは。主人公とは恐ろしい。いや、彼女そのものの魅力?よくわからない。
「賭けをしようか」
そうやって、不敵に立ち塞がるのはスザク・ルーベンス。彼は確か隠しキャラ。隣国の皇帝になるべく留学しに来たが、そのことは秘密になっている。彼は黒髪と言うだけで、差別されるこの国を良く思っていない。だから、何の隔てなく接する主人公を好ましく思うようになるのだ。だが、当然ながら身分の差は変えられない。選択肢によっては、側妃になったり、駆け落ちしたり、ただ想い合うプラトニックな終わり方もあった気がする。攻略サイトを見ながらゲームをしていたので、詳細な設定は全然覚えてなかった。バッドエンドが嫌いな私は、一番楽な方法で幸せな結末しか見ていない。
せっかく転生をして、ゲームのこともわかるのに、肝心なところで役に立たない。
ダリアがゲームの最後、どうなるのか、気になったが知る術はもうこの世界になかった。
半分やけになっていたのか、気がつけば、賭けを了承していた。
不毛な勝負だ、そう内心思いながら。でもどんな結果になろうとも、彼に恩返しができることが嬉しかった。