思い出の日々―学園での出会い―
魔法学園に入学するのは16歳、将来国の重鎮になるべき貴族の子や魔法を糧に生活を望む者がその門を叩き、実技や筆記の成績でクラス分けされる。当然、私はガイと同じクラスになるべく頑張った。チートなんてなかったが、元日本人としての勤勉さは誰にも負けない自信はあったので、どうにかSクラスとなり、両親に喜ばれた。そしてガイにも。
ほんのちょっぴり期待して入った魔法学園。実際、蓋を開けてみればクラスの子達は私をいないものとして扱い、もちろん友達なんて出来るわけもなく…。まぁ、私にはガイがいたので別段困ったことはなかった。
「お前が黒髪持ちか」
話しかけられることなんてほとんどないので無視をしようかと思ったが、内容が完全に自分のことだ、しぶしぶ読んでいた本から顔を上げる。
ひそめられた眉は不機嫌を現す、出会ったと同時に失礼なことだが、自分の前では大抵の人がそうなった。
今日の運勢は凶だ、と告げられたように。
ただ、目の前にいる彼には言われたくない。だって。
「貴方も黒髪でしょ?」
しかも見下ろす瞳も黒。一重の眼は鋭く、精悍な顔立ちをしていた。それだけに勿体ない。色さえ違えば、もしくはここが日本なら、彼の人生は大きく変わったことだろう。勿論、良い意味で。
「それが俺のアイデンティティーだからな」
「残念ね、私もよ」
教室に黒髪二人、そそくさと生徒達が立ち去るのを目の端でとらえながら、早くガイが来ないかなぁと入り口を眺めた。
職員室に呼ばれたガイが帰ってくるのを待っているのだ。移動するわけにはいかない、と言うことは得体の知れないコイツの相手をしなければならない。
いくらイケメンでも、トラブルには巻き込まれたくないものだ。
「お前、名前は?」
「人の名前を聞く前に名乗るのが礼儀でしょ」
面倒なことに違いない、そう思って立ったままの彼に椅子を勧めることもなく、おざなりの返事を返すと。
「スザク・ルーベンスだ。呼び捨てで構わない」
意外にも素直な言動に、目を丸くした。自分は言ったのだから次はそっちの番だ、と黒の瞳が告げている。学園の制服は紺のブレザーだが、彼には絶対学ランが似合う、襟詰を着た方が軍人みたいでカッコ良い。と、ほかのことを考えていたことがバレたのか睨まれる。威圧感がヒシヒシと肌に伝わり、目つきが鋭い分迫力があるなぁと思いながら、ため息交じりに答える。
「私はダリア・ヴィンセントよ」
「ダリア…良い名前だな」
「それはどうも」
調子が狂う、褒められるとは思わなかった。
こんなに話しかけてくるのは同族だと思われているから?その割に上から目線なのは何なんだ。
「花の名だな。確か花言葉は、華麗」
「…正解。博識なのね」
普通、年頃の男子が花言葉なんて知っているのか?普段、ガイぐらいとしか会話をしないので判断がつかない。
ガイ、その家族と、使用人を除けばこんなに話したのは久しぶりのことだ。
「その名はお前にふさわしい」
「…そうかしら?」
誉め殺しする気か、その割にただ事実を告げるような平坦な声と、慣れない賛辞に戸惑いを隠せない。自分でも不可解な表情をしているのが、わかった。
「ダリア!」
「ガイ」
助かった。これでもう帰れる。
見慣れた金髪が駆け寄ってくるのを安堵の気持ちで眺めた、けれどいつもなら真っ直ぐダリアを見るアイスブルーが黒の少年に向かう。
「スザク、どこに行ったのかと思ったよ」
「あぁ、お前の言う黒髪の奴がどんな人なのか見に来た」
「ダリアは普通の子だって言ったじゃないか。ちゃんと挨拶はした?」
「済んである」
「なら、良かった。ダリア、職員室に呼ばれたのはスザクの案内を頼まれたんだ。それなのに、スザクったら勝手にどっか行っちゃうんだから」
「仕方がないだろう。お前が気になることを言うからだ」
「ダリアのこと?後でちゃんと紹介しようとしたんだよ」
親しげに会話をする二人に、言葉を失う。どういうことだ?
「えーと、スザクは事情があって元々入学はしていたんだけど、明日からようやく通うことになったんだって。ミック先生から世話をしてくれって頼まれたんだ」
「そんな訳でよろしくな、ダリア」
不遜に笑う黒髪の少年は、顔色を悪くするダリアを面白そうに見詰めた。
侯爵家であるガイが世話役に選ばれるなんて、実は相当の家柄?無い頭から絞り出すと、ルーベンスと言えば王を輩出したこともある公爵家だ。でも、黒髪の子がいたなんて噂でも聞かなかったので、失念していた。
ヴィンセント家より遙かに良い血筋。だから態度が偉そうなのかと納得するが、親しげに呼ばれる自分の名に、なんだか平穏な日々が終わった気がしてならない。