家族の朝
その日は良く晴れた空をしていた。昨日無事に卒業式が終わったが、親代わりの侯爵は仕事で来ることができず。
だから、これまで育てくれた御礼と卒業の報告を改めてする必要があり、ダリアはいつ言うべきかで頭を悩ませていた。
昨晩遅くに領地視察から戻ってきたため、夫婦だけでの朝食になった二人が食べ終わるタイミングを見計らい、部屋に入る。千載一遇のチャンスを前にダリアはおもむろに話し始めた。これからの人生の行く末を。
「本当に、行ってしまうの?」
「今からでも遅くないよ。ガイに言って、」
「もう、済んだことですわ」
予想していたのだろう、特に取り乱されることなかったが確認をするように何度も尋ねられる。第二の母と父に決意を告げると、引き止めの言葉を頂く、それがどんなに光栄なことか、胸を開いて見せることができたら良いのに。愛を与えてくれた二人には、感謝しきれない。普段、おっとりとした夫人は目をくりくりとさせて、ダリアを食い入るように見つめる。その碧眼はとても彼に似ていて、寂しさを含んだ眼差しに、今更ながら申し訳なく思った。
最大限の配慮を見せた父の発言を遮ってしまったのは不躾だと思ったが、今はその名を聞きたくない。
「卒業と同時に進路を決めるのは、昔から決めていたことですわ」
「でもだって、決めると言ってもすぐ出ていかなくても…」
進路選択イコール家を出ていく、それは前から考えていたことだったがヴィンセント夫人の顔は納得していない。夫に助けを求める視線を送り、侯爵は夫人に安心させるよう頷いて見せた。
「そうだよ。ダリアの家でもあるんだからね。無理して出ていく必要はないんだよ」
「ありがとうございます。本当に、もったいないお言葉ですわ」
あぁ、なんて優しい人達なのでしょう。この人達と出会えただけで幸せなのだと素直に思えた、にっこりと微笑みドレスの裾を掴んでお辞儀をする、家族にするには堅苦しいかもしれないが、意を伝えるには適切である。いつの間にか上流階級の仕草は慣れたものになっていた。
「おや、どうしたんだ?皆集まるなんて珍しいな」
普段なら仕事で席をはずしている父がいるのは想定外だったのだろう。ちょっと目を丸くした、上機嫌のガイ。
そんな彼がとある少女とのお付き合いを告げたのは昨晩のこと、想い人と心が繋がって。目が眩むような幸せに頬が緩んでしまうのを抑えられないようだ。
「ガイ…!」
「やめて、お父様」
咎めるような口ぶりに、水を差す。こう言うときは話題を変えるのが一番だと言うのは知っていた。
「ダリア。今、なんて言ったのかしら?」
「お父様、とお呼びしましたわ。お母様」
「ダリア…」
「お父様、お母様、と呼んで宜しいですか?」
今更だ、ずっと私が言えなかった呼び名がするりと口から出る。尋ねながら首を傾げると、父と母が駆け寄ってくる。首もとに母が抱きつき、父はその上からまた腕を回した。想定していたとはいえ、衝撃で倒れそうになるが父が体を支えてくれた。
「ダリア、言えるようになったんだな」
「えぇ、私たちは家族、ですもんね」
感動の親子の図、感慨深そうに見つめ、笑みを浮かべる彼に頷いた。
「あぁ!」
思いの外、強い返事に苦笑した。キラキラと澄んだ瞳、喜んでいる彼に罪悪感さえ覚える、私がなりたかったのは違う形の家族だと告げたならどうなるだろう?
きっと、困るだろうな。自分で行っておきながら”家族“と言う言葉にちくりと胸が痛む。
まだ傷は癒えていない。
美しい眉を下げて、受け入れたいけど出来ずに苦しむ姿を想像して・・・、だから諦めた。この想いは墓場まで秘密だ。何故か、両親とあの男にはバレたが。
「ねぇ、お父様。今日は一緒に夕御飯を食べられるのでしょう?」
「あぁ、もちろんだよ」
「せっかくだから、卒業祝いのパーティーにしましょうね」
「あと、ダリアのお父様、お母様記念もだな」
「何それ。やめてよ、ガイ。恥ずかしいでしょ!」
頬を膨らませて抗議をすると、彼は笑った。綺麗な微笑みは子供の頃から変わらない。
そんな彼と8年も一緒に過ごして来たのだ。贅沢な話だな、と今にして思う。