思い出の日―初恋?―<ガイ視点>
初めて会った時の感想を言うならば、ふてくされた子供。可愛らしい顔つきなのに、この世のすべてが敵なのだとしかめっ面で佇む姿は哀愁を漂わせる、ぎゅっと強く握られた拳は白く、小さな爪で傷ついてしまわないか、心配になった。
「貴方の方が年上なのよ、ガイ。お兄さんになるのだから、優しくしてあげてね」
「姿かたちに惑わされてはいけないよ。ダリアはとても良い子なんだ」
「はい、わかりました。おかあさま、おとうさま」
直前で交わされた会話を思い出す、自分の返答に母と父はあからさまに安堵の表情をした。何度も確かめられるように繰り返される念押し。その度に両親が望む返事をする、良い子ね、ガイ、そうやって褒めてもらえて嬉しかった。
「はじめまして、ガイ・ヴィンセントです」
部屋には彼女一人しかいなかった、父と母は既に挨拶を済ませていたが、少女は心を開いてくれなかったらしい。
同じ子ども同士ならあるいは、そんな思いで二人きりにさせられたのはわかったが頑なな態度の幼子を見て、難しいかなと思った。
灰色の瞳がガイをうつし出す、それでも口元はきつく結ばれたまま、茫然と立ち尽くしていた。
「綺麗な黒髪だね」
喪に服しているのか、黒のドレスに、手入れが行き届いた艶やかな髪、見ていて美しい。素直にそう思えた。ガイが微笑むと、俯き涙を浮かべて震える肩。泣き声を発しない幼子を無意識に抱きしめていた。妹と言っても数か月しか誕生日は変わらない、ほとんど体格差がないので、しがみつくというのが正しいかもしれない。
「大丈夫だよ、ダリア。ここには怖い人なんていないから」
「…くっ…ふ、」
声を殺して、子供らしくない泣き方から段々声が大きくなっていく。どうやら感化されたらしい、訳もなく自分も泣きそうになっていた。
ごまかすために、黒髪の頭を撫でる。妹がいないのでよくわからないが、ガイ自身が母にそうして貰うから。
服を掴まれる、強い力、それは言葉の代わりのようで。服が皺になってしまうと思ったが外さなかった。
「大丈夫だよ、」
何度も何度も呟く、本当は何もわからなかったが、ただ幼子が望んでいるだろう言葉を与えていた。
自分より細い身体、縋ってくる小さな手、全てが頼りなくて。
あぁ、自分が守らなくちゃいけない。
そう決意した夜。
「ガイっ!」
本を読んでいた少女がそうやって呼ぶ名は、常に喜色を含んでいた。いつもは閉じられている口元も、ガイの姿を見た途端笑みが浮かぶ。聡明さが滲み出るような顔立ち、無表情が多いがガイの前では笑っていることが普通だった。だからより一層彼女の笑顔は気持ちを明るくさせる。家族の前だけ見せるその表情に、人知れず満足していたのだと気づかされた。
そう、少女と自分だけの世界が永遠に続くと盲信していたことに。
「得意魔法はあるのか?」
「んー、風かしら。身体の周りに発生させてガードするのが得意よ」
「それはそれは実用的だな」
「でしょ?火だと危ないし、水だと相手にかかって面倒なことになっても嫌だし」
「命知らずもいるものだな、黒髪持ちに悪戯をするなんて」
「さぁ、正義の味方気取りなんじゃない。さしずめ私は悪役ね!何もしてないけど」
「正義の味方なら不意打ちで攻撃したらダメだろ」
「うーん、それもそうよねぇ」
騒がしいはずの教室で、二人の声だけがやけに耳に残った。目の前で繰り広げられるやり取りに、足が止まる。いつものように、少女は本を手にしていたが、視線はそこになかった、黒髪の青年に向けられている。普段なら近づくガイにすぐに気が付くダリア。1人の時は読書をして時間を潰しながら、ガイの帰りを待っていた。だが、スザクが通学し始めてからはこうやってお喋りをしていることが多くなっていた。最初はとてもぶっきらぼうだった態度も日々軟化していく。ダリアに友が出来た、それはとても喜ばしいことで、でも自分の存在が薄くなってしまったかのように感じる。ダリアの家族、兄、と言う関係性は誰にも譲ってないのに。どうしたことだろう。自分の心を持て余す経験なんてしたことがない。
「ガイ、用事は終わったの?帰りましょう!」
立ち竦んでいた自分を見つけたダリアは、すぐに本を閉じて立ち上がる。さも当然と言ったように、スザクも付き添ってきた。彼もまた、出会ったころに比べたら雰囲気が柔らかくなっていた。それは疑いようもなく、ダリアのおかげだろう。黒髪持ち同士、通じるものがあるらしい。その中に、黒髪じゃないガイは入れない。
「どうかしたの?」
顔を覗き込むように首を傾げる少女。その後ろから追ってくる眼差しから逃れるように、微笑んだ。いつもの優しいガイに戻らなくては。
「何でもないよ」
胸の中の懸念を打ち消す。本当は何でもあるけど、不思議そうな灰色の瞳に陰りを宿す訳にはいかなかった。
大切な姫を守る騎士気取りでここまで来てしまったが、どちらが救われていたのか。
ずっと守ってきた、ダリア。
名を呼ぶ声も、その笑みも、僕だけのものだったのに。
君はいつか、僕以外の人に守られるようになってしまうの?
その次の日、道に迷って困っている少女を見つけた。
助けてあげると嬉しそうに笑ってくれて、人懐っこい少女はことあるごとにガイに頼る。
困ったことを解決してあげると、自分の心も満たされていくのがわかった。
自分だけを求めて、自分だけに感謝してくれる、そんな人が欲しかった。
ねぇ、ダリア。
君が僕だけを選んでくれていたら、僕は…。
需要ないですが、ガイの言い訳編。
ガイは、ダリアには自分しかいない!と思っていたところに、あの方登場で存在否定されたぐらいに動揺してしまいました。
小さい頃から使命感やら何やらで何年も守ってきたため、(それが何の感情か知らず)ある意味歪んでしまったのかなぁ。
ガイとダリアはどこか似ていて、頑張れば良かったのに、先に諦めてしまいました。
ダリアは精神的に大人なので、色々考えてしまい。
ガイはちょうど良いタイミングで代わり?を見つけてしまい。
ダリアがガイとサクラを見ていて切なくなるように、ダリアとスザクを見てガイは疎外感を味わい…あぁ、ダリアは自分がいなくても生きていけるんだなぁと。
初めて実感した感情を深く掘り下げれば良かったのに。
自分を見てくれないなら、ならいっそ。と、ちょっと拗ねて顔を背けてました←
だからより一層、目先の恋にのめり込んでしまったんですね。
卒業後、無意識に、ずっと一緒だと思っていたダリアがいなくなることをようやく理解したガイ、旅立つスザクにダリアを頼むと言ったのは苦し紛れでした。