思い出の日々―教室にて―
教室はざわざわと騒がしい。さすがに毎日顔を会わせるだけあって、クラスメイトも黒髪に慣れたらしく、だからと言って話しかけられることは皆無だが。
ただし、例外を除く。
「お前、賭けは覚えているのか?」
「え、賭け?」
「まさか、忘れたのか」
いつかと同じように、本を読んでいたら邪魔が入る。相変わらず唐突な人だ。
顔をしかめるスザク、眉目秀麗な彼はそういう表情も似合う。
「ちゃんと、覚えているわよ」
「なら、そのやる気の無さはなんだ?」
「やる気?」
何それ、美味しいもの?
わざとらしく首を傾げると、ますます眉がつり上がる。面白いほど反応してくれる表情に、あやうく笑ってしまいそうになったが、不謹慎なので我慢した。
ガイとサクラがよく出かけているのを横目にして、何もしない私に彼は怒っているのだ。
「ガイはお前のことが好きだと思うぞ。今は…ちょっと騙されているだけで」
「サクラに失礼よ」
「あの女だってお前のことを無視するだろう。お互い様だ」
いやいや、私に失礼だからってスザクが許される訳ではない。
ってか、私が好きなんてどこを見たらそう思うのか、呆れてものも言えない。
「ガイの気持ちはガイしか知らないわ。選ばれなかったらその時はその時よ。」
恋愛なんて、そんなもの。子供らしくない考えだが、本当にその時はその時なのだ。
前世の記憶持っていなかったら、もっと純粋に恋愛をしていたのかもしれない。
でもその結果がゲーム通りならば、ダリアは報われない。
あの日から随分と彼が遠くなった気がする、足掻いた先に幸せがあるならそうしたが、そうではないと分かっているだけに驚くほどダリアの心は淡泊だ。それなのに、彼と彼女が並んでいる姿を見るだけで落ち着かないのは、何故だろう。
まだ決定打がないのが、もどかしいような嬉しいような。
「だからって頑張らなくて良いものじゃないだろ」
「正論ね。でも、貴方が言うことじゃないわ」
ダリアのキツイ一言に反論は許されず、珍しく言葉を失うスザクを見て。後悔する、この男は身分上謝れない。
だから、自分が折れるしかないのだ。
「…言い過ぎたわ」
「いや、こちらこそ出過ぎた真似をした」
「いつもそうやって素直だと嬉しいわね」
「その言葉、そっくりそのまま返す」
にや、と二人とも笑みを浮かべる。仲が悪いのか、良いのか、自分たちでもわからない。
ただ彼に殊勝な態度はふさわしくない。
「そろそろ、帰るか」
「そうね」
待ち人がなかなか来ない、これは何かのイベントかな?と思いながら席を立つ。ガイがいないとき、スザクと一緒に帰るのが日常になっていた。ルーベンス家の送り迎えに恐縮していたのは最初だけ。どんなに断ってもスザクに乗せられてしまうので諦めた。
サクラは順調にガイの好感度を上げているようだ、噂では生徒会にも行っているらしいので、その中に攻略対象者がいるのか。少しだけ気になったが、不用意に出歩くことが出来ない自分は確かめようもない。ゲームのようにサポートキャラもいないので、情報源がなかった。ガイに聞くのもさすがに悪いし、主人公である美少女もダリアには一切話しかけてこないので、このまま無関心を貫く。いつか来るゲームクリアのその日まで。
「行くぞ、ダリア。」
広い背中を追いかける、幼い頃よくガイの後をついて歩き回ったことを思い出しながら。
ダリアの世界はとても限られていて狭い、まさかガイ以外の人とこうやって普通に話したり、歩いたりすることができるようになるなんて。自慢する相手もいないが少しだけ誇らしかった。
そしてダリアだけだと嫌がらせをされるのに、何故か黒髪二人集まると何もされない。助けられているのだ、彼の持つ権力に。
それを知っていることを、彼は知らない。
◆世界観の補足説明
シン国…近代的、医療や文化が進む
国土が広く、おおらかな人柄
ファントム王国…昔ながらの魔法国家
国土が狭く、閉鎖的な人柄
◆留学とか交流がある国で、文化の違い(黒髪の偏見)はわからなかったの?
◇実はシン国とファントム王国ではほとんど交流はありません。
禁止されてはいませんが、需要と供給がマッチしていないため、お互いに興味がありませんでした。
スザクが留学したのは後継者争いに巻き込まれないためであり、シン国の后や皇太子など息のかかった者がいない、皇族の誰の出身地でもないファントム王国が隠れ蓑に選ばれました。
だから黒髪がファントム王国でどんな扱いを受けるかは、シン国は知りませんでした。知っていたら他国へ留学フラグw
黒髪自体滅多に生まれない世界ですし、受け入れるファントム王国や公爵家も話が来た際、そんな選民意識は恥だと言う認識は一応あるので、シン国に話を持っていくことはありません。
スザク自体に公爵家や貴族はちゃんと敬意を払いますし、居心地良くないけど帰れない事情もあるので、スザクは納得の上留学してます。ただ、国自体は嫌いになってますけど←
ちょいちょい、ファントム王国をけなしたり、シン国を誉めるのはそのためです。