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「あり得ない……」

 遠ざかっていくバスの古ぼけた車体を見送って、夏美は思わず呟いた。

 手には鞄がひとつ。旅行用というほどに大きなものではなく、ごく普通のやや大きめな手提げだ。

 夏美は実家に帰省する途上であった。

 電車とバスを乗り継いで数時間の距離。飛行機の選択肢もあったが、あえて時間のかかるルートを選んだのは、ひとえに気が乗らなかったせいかもしれない。


 高校を卒業してすぐ飛び出してきた家。気付けば四年の歳月が流れていた。今更、募る話もない。

 会社には実家に帰る、という名目で休暇を取った。実家と言っても、母がひとり暮らしているだけの都会のアパートである。その気になれば日帰りも可能だ。

 けれど、夏美はいつもより多く休みを取った。別に実家でのんびりしようというつもりではない。実家に帰るのは単なる口実にしかすぎなかった。一応、実家にも顔を出そうとは考えていたが、半日程度の滞在で切り上げて、後は幾つか温泉宿などを巡ろうと考えていた。

 ところが、今夏美の眼下に広がっているのは昔話にでも出てきそうな穏やかな村落。

 風の音と葉擦れの音しかしない悠久の風景を前に、夏美は途方に暮れる。

 完全に、寝過ごした。

 鞄ひとつを膝に抱え、バスに乗ったことは覚えている。車窓から流れる景色を見ながら、その後の道程を考えた。先に実家に顔を出し、近くのホテルに移動する。翌日からは事前に予約をしておいた温泉宿を巡ろう。そんなことをつらつら考えていたのを最後に、記憶は途切れている。

 気付けば、車窓からの風景が見知らぬものになっていた。ビルの間を走っていた筈が、緑陰生い茂る山間の風景に。

 咄嗟に降車ボタンを押した。

 とにかく降りなければ、とそればかり考えていた。

 そして気を揉みながら降りてみれば、いかにもな田園風景が広がっていたのである。

「どうしようかな……」

 溜息と共に呟いて、携帯電話を取り出した。

 電波表示は完全に「圏外」。

 表示されている時刻を眺め、すぐ脇の古ぼけた停留所を見る。

 鉄製のそれは腐食が進み、停留所の名前すら判別が難しかった。風雨でぼろぼろになった時刻表を覗きこんで、どうやらたった今降りたバスが最終であった事に気付く。引き返そうにも、そちらの方はだいぶ前に最終便が通過してしまったようだ。

「4時が最終とか、田舎すぎ」

 この光景で覚悟はしていたが、さすがに落胆は隠しようもない。

 夏美は、黒ずんだガードレールの遥か下方を見遣る。

 生い茂る緑の向こうに、ぽつぽつと立てられた民家が見えた。田圃と畑と、雑木林。家々の間を小さな川が流れる。

 絵に描いたような、田舎の風景。

 道路よりずっと下に広がる光景に、夏美は頭を抱えた。ガードレールに鞄を乗せ、抱きかかえるようにして唸る。

「困った……」

 バスは最終、携帯電話は使えず、気付けば時計は5時を示している。

 ちらりと視線をやれば、元来た道の先にトンネルが見える。そちらが帰り道なのは分かっていたが、さすがに歩いて帰るわけにもいかない。こんな時分から歩けば、町にたどり着く前に夜になることは目に見えている。

 こうなったら、どこかの家で電話を借りるしかない。料金が心配だが、近くのタクシーを呼んで、街まで運んでもらおう。

 夏美は腹を括り、きっと顔をあげた。

 鞄に付けたストラップが、ちりん、と涼やかな音を立てる。中心に鈴を入れた、ビーズ製の鞠だ。

 いつだったか、母が手作りしたものだ。手先の器用な母は、暇をみつけてはよくこういった小物を作っていた。夏美自身はこういうものにはあまり興味がなかったが、このストラップばかりは鈴の音とその色合いが気に入り、譲ってもらっていた。

 無意識にストラップをいじりながら、夏美は村を一心に見つめる。道を行く、或いは庭仕事にでも出ていそうな人影を探した。いきなりお宅訪問、などと何かのセールスにでも間違われたら面倒である。

 動く影を探していると、ふとすぐ下方に人影が見えた。

 バス停の脇から伸びる、細い道。舗装などされていないその道を、村の方から登ってくる人影がある。

 半そでのTシャツに、麦藁帽子。首にかけたタオルで汗を拭うその姿は、まだ若い。大学生くらいだろうか。夏美とそう年は変わらないように見えた。

 村のイメージからてっきりお年寄りしかいないものと思っていた夏美は、少なからず驚いた。

 ついまじまじと眺めていると、相手がこちらに気付く。

「あれ」

 首を傾げて、こちらを仰ぐ顔には不審がる色はない。

「見ない顔だね、どちらまで?」

「あ、い、いえ。そういうわけじゃなくて……その」

 夏美は口籠る。バスで寝過ごし、誰かいないかと物色していました、とはさすがに言えない。

「ああ、乗り過ごした?」

 すると、何でもないことのように青年が言った。

「無理もないよ。この辺りは停留所と停留所の間隔がすごく長いから」

「あの、よくあるんですか?」

 そんなに頻繁にあるものなのだろうか。少しほっとして、思わず尋ねる。

 相手はいたずらっぽく笑って肩を竦めた。

「いや、そうじゃないけど……俺も昔はよく乗り過ごしていたからさ」

 高校の時だけどね、と笑う。

「この時間だと…もしかして最終じゃない?」

 さすが地元だけある。よく把握しているようだ。

「ええ。そうみたいです」

 自嘲気味に笑う。恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。

「そうか…そろそろ日も暮れてくるし、とりあえずついてきなよ」

 青年はひとつ頷いて、夏美に「おいでおいで」と手招きをした。

 つかの間、夏美は迷う。

 脳裏をさまざまな事件の記事が掠め、躊躇った。

 この人は「安全」な人だろうか。

 けれど、他に選択の余地はないような気もした。結局は、電話を借りるべく誰かに声を掛ける必要があったのだ。むしろいいタイミングだったと喜ぶべきなのかもしれない、と思い直す。

 意を決して、夏美は鞄を持ち直し足を踏み出した。道の勾配はかなりきつい。ごつごつした斜面を転げそうになりながらも、やっとのことで下る。

 青年は少し離れたところで眺めていたが、夏美の様子を確認すると穏やかな足取りで歩きだした。

 夏美が追いついて来た所で、青年が話しかけてきた。

「それにしても災難だったね」

 こんな田舎で、と青年は笑う。

 夏美はなんと返しようもなく、曖昧に笑って誤魔化した。

 確かに街中であれば、多少の乗り過ごしなどどうにでもできただろう。すぐに引き返せない距離だとしても、宿を取るのもタクシーを呼ぶのもそう難儀はしないはずだ。

「誰か迎えに来てくれるの?」

 青年の問いかけに、夏美は首を振る。いつ帰るとも連絡はしていない。連絡したところで迎えがあるなどと期待していなかった。

「そうか。それならタクシーを?」

「ええ、そのつもりだったんですが……携帯が使えなくて」

 電話をお借りできませんか、と続けようとした夏美だったが、青年の言葉に遮られる。

「ああ、それならいい案があるよ」

「え?」

「うちに泊まればいい」

 あっさりと言われた言葉に、夏美はしばし固まった。

 何を言っているんだろう。思わず真剣に相手の思考回路を悩む。

 そんな夏美に、青年の方も失言に気付いたらしい。慌てて訂正をした。

「あ、違う。変な意味じゃなくて。

 ちょっと前まで民宿してたんだよ、うち。部屋が有り余っている上に離れまであるし、君ひとり分くらいは余裕で大丈夫だから……それでどうかなって」

 そうなんですか、と夏美は無難な相槌を打つ。

 その言葉が真実ならば、納得できなくもない。だがそれが真実である保証もまた、ないのだ。

「ご厚意は有難いんですけど、そんなに手持ちもないので」

 警戒の理由を摩り替えて、丁重に夏美は断りを入れた。

 元々宿泊するつもりはないのだ。見知らぬ土地で行き当たりばったりで行動できるほど、夏美は豪快な性格はしていない。

 夏美の辞退を聞いて、青年は頬を掻きながら言う。

「宿代は必要ないよ。もう民宿はしてないからね。それに…ここからタクシーは結構かかると思うけど」

 ここは山深いしね、と青年。

 その申し出と情報に、夏美の心は一瞬揺らいだ。

 青年の申し出はありがたい。まさに渡りに船だ。だが例え高くついたとしても、タクシーを呼んで手近な町に移動する方が得策だと思える。青年の言葉を無条件に信じられるほど、相手をよく知らないのだから。

「ええ、でも……」

 断ろう、と言いかけたところを再び青年に遮られた。

「ああ、勿論俺ひとりじゃないよ。家には母と、親戚の子供もきているんだ。あと数日もすればうちは夏休み帰省中の親戚でごった返すからさ、大人数用の準備はできてるし、そこに君一人増えたところでどうってことないよ」

 畳み掛けられて、夏美の気持ちは更に揺れる。

 タクシー代もばかにならないのなら、ここで一晩屋根を借りる方がずっと財布に優しい、ともう一人の自分が囁く。

「でも申し訳ないから……」

 いくら商売はやめたとはいえ、人様の厚意に甘えすぎる。乗り気半分、断る気半分で、微妙な返事をする。

「そんなことないよ。母も親戚も、賑やかなことが好きなんだ。ね、本当にやましい気持ちはないから。安心して……って訳にもいかないと思うけど、不安なら母の部屋の近くに通すし」

 どうかな、と首を傾げて青年は伺ってくる。

 視線がまともにぶつかって、夏美の心臓が跳ねた。胸の内に閃いた感情。その甘い香りを纏った感情に驚き、反応が僅かに遅れる。

「え、いえ」

 ここで戸惑うのは失礼かもしれない、と夏美は思う。断るにしてもあからさまに相手を警戒しているのだとは思われたくなかった。

 そんなの、まるで自意識過剰みたいではないか。

「そういう訳じゃなくて、その、ただで泊まらせて頂くわけには……」

 狼狽しながら、夏美は必死に言葉を探す。

 青年はほっと息をついて、そんなことかと呟いた。

「構わないのに……真面目だね。じゃあ五百円だけ、宿泊費として払ってくれる?」

 笑いながら譲歩として示された条件は、ままごとのようなものだった。

「五百円って」

 それではあまりにと言いかけたが、青年は「ん? 高いかな? 百円?」とさらに値下げの気配を見せる。

 夏美は慌てて首を振って、勢い込んで言う。

「それで。五百円で、お願いします」

 力強く言ってから、夏美ははたと我に返った。

 宿泊するつもりなどなかったのに。確かに気持ちは揺れていた。揺れていたが、断る気も勿論あったのだ。ところが、気付けばはっきりと「宿泊する」と宣言してしまっていた。

 しまった、と思ったが、今更撤回するのも何か恥ずかしい。

 もしかして乗せられてしまっただろうか。

 ちらりと青年を仰ぐと、青年は相変わらず人好きのする笑みを浮かべて、何やら頷いている。

「ああ、よかった。君のおかげで欲しかった本が買えるよ。ちょうど五百円足りなかったんだ」

 そんなことを、嬉しげな様子で語る。

 冗談めいたその言葉が、彼の人となりを表しているようで。

 夏美は少し肩の力を抜く。きっと、悪い人間ではない。善い人ではないにしても。

「……いくらの、本なんですか?」

 だから、夏美は戸惑いながらも問いかけた。勿論、本に興味などなかったけれど。

「ええと、確か五百二十円だったかな」

 じゃあ二十円しか足りてなかったんじゃないか。

 胸中で呟いて、夏美は思わず小さく噴き出した。咄嗟の冗談にしても不出来。それが可笑しかった。

「あれ、笑われた。貧乏とか思っただろ」

「いえ。そんなことは」

「これでも日々汗水流して貯めたんだよ、二十円」

 苦労したんだけどなあ、と生真面目に言う顔がさらに夏美の笑いを誘う。

「そうなんですか」

 そんな筈はないけれど、相槌の打ちようもなくて、笑いながら夏美はそう返す。

「まぁでも、よかった。歓迎するよ。ええと……ああ、自己紹介がまだだったね。俺は、真城聡ましろさとし。聡ってよんでくれよ。この辺は真城姓が多いから。君は?」

三壁夏美みかべなつみです」

「三壁夏美さん、だね。……名前で呼んでも?」

 にこやかに笑って、聡は言う。

 夏美は曖昧に頷いた。

 なれなれしい、とは思わない。相手がそう呼びたいのなら好きに呼べばいい、そう思っていた。恐らくこの先会うことのない相手だ。些細なことで目くじら立てる必要もないだろう。

 何はともあれ、当面の目処はついたのだ。

 まだ少し戸惑いながらも、夏美は自分に言い聞かせた。小さく息をついて、鞄を肩に掛け直す。ちりん、と鞄の鈴が鳴った。

「重そうだね。貸して。持ってあげる」

 聡がすい、と手を差し出した。

 夏美は驚き、首を振る。そんなつもりで息をついたのではなかった。

「いえ、いいです」

「遠慮しないで。大丈夫、盗ったりしないから」

 にこにこと笑う。夏美の不安を見透かしたような言葉に、どきりとする。

 彼はいい人だ。

 夏美は再び自分に言い聞かせる。昔から用心深い性格の夏美は、警戒しすぎて他人となかなか親しくなれない面があるのだ。

 ひとつ呼吸をして、心を落着ける。

「……じゃあ、お願いします」

 素直に鞄を聡に渡すと、聡はおどけて「お預かり致します」と腰を折った。

 思わず笑うと、聡も嬉しそうに目を細めた。

「改めてようこそ。短い間だけどよろしく」

 言って、聡は穏やかな笑みを浮かべた。




 聡の後についていくと、村の中心部に位置するあたりに、古い家が見えた。

 木造の二階建て。重厚な雰囲気の、昭和初期か明治あたりのそれに近い、古いつくりの建物だ。

「ここだよ。古いだろ」

 聡はそう言って、玄関の引き戸をカラカラと開ける。

「母さん、お客さん」

「……お邪魔します」

 夏美は小さくなりながら、玄関をくぐる。

 玄関は民宿をしていたというだけあって、民家にしては広い。旅館というほどでもないが、結構な広さがある。

 玄関脇の棚には猛禽と思しき鳥の剥製。

 美しく活けられた季節の花。

 今でも十分、民宿として成り立っていきそうな佇まいである。

「お帰り、散歩に行くって出ておいて……お客さんだって?」

 奥から顔を出したのは、聡の母親と思しき女性だった。

 夏らしい柄の小袖を纏い、髪をすっきりと結い上げている。若くても四十歳は越えているだろうが、その上品な姿からは二十歳過ぎの子供がいるとは到底思えなかった。

「あらまあ、可愛いお嬢さんだこと」

 夏美を目にするなり、彼女は口元に手をあてて品よく笑った。仕草のひとつひとつに、何とも言えない色香がある。

「バス、乗り過ごしたんだって」

「ああ、最終ね。それはさぞ困るでしょう、二階でよければどうぞ」

 聡の簡単すぎる説明に、彼女はあっさりと頷いて先にそう促した。

 案外よくあることなのかもしれない。二人の慣れた態度に夏美は思う。

「あの、御迷惑では」

 展開の速さに戸惑いつつも、夏美は一言ことわった。元民宿とはいえ、普通ならやはり見ず知らずの他人を家に入れるのは迷惑だろう。そう思ったから。

「迷惑なものですか。お客は歓迎ですよ。こんな仏頂面の息子と二人きりじゃあ、つまらなくて」

 さあ上がって上がって、と彼女は夏美を促す。ぼんやりしていたら、そのまま腕を引っ張られそうな勢いである。

「はい……その、ありがとうございます。お邪魔します」

 目をぱちぱちと瞬かせながら、夏美は礼を述べる。

 面食らいつつも助かった、と思う。

「ご挨拶が遅れましたね、聡の母で百合江です」

「三壁夏美です、お世話になります」

 百合江に言われ、慌てて夏美は頭を下げた。

「ちょっと部屋を見てきますから、どうぞそちらでお待ちになって」

 通されたのは、やや広めの和室。中心に重厚な質感のテーブルが置かれている。床の間に綺麗な模様の花瓶が置かれ、夏の花々が飾られていた。

 ひとつ息をついて、夏美は入口のそばに座り込んだ。畳のひんやりとした感触が心地よい。

 室内をぼんやり眺めていると、夏美の隣に聡がやってきた。

「ああ、暑かった」

「あ、ありがとうございます」

 鞄を持って貰っていた事を思い出し、振り向く。

 聡から鞄を受け取る際、ふと違和感に気付いた。

 鈴が鳴らない。

 首を傾げて鞄を持ち上げると、聡がばつが悪そうに言った。

「ごめん。実はさっきぶつけちゃって……どこか破いたかな」

 体を小さくして、申し訳なさそうな様子の聡に、夏美は首を振る。

「いえ、その……ちょっと鞄の締まりが悪くて。荷物の入れ方が悪かったみたいです」

 笑って嘘をついた。

 ストラップが壊れたなどと知ったら、気を遣わせることになる。困ったところを助けて貰ったのだ、このくらい気にすることでもない。

 そう結論付けて、夏美は鞄を置き直す。

 頃合い良く、奥から再び百合江が姿を見せた。

「お待たせ。二階の奥の部屋にどうぞ」

 立ちあがり、百合江の案内で部屋へと向かう。

 階段を上りしな、廊下側の窓から綺麗に手入れされた庭がみえた。

 生い茂る木々の足元に、夏の花が揺れている。

「こちらのお庭ですよね、綺麗ですね」

 夏美が心から褒めると、百合江は嬉しそうに言う。

「ええ、中庭です。花が好きなもので」

 あちこちに活けられた花を思い出し、なるほどと思う。

「中庭なんですか」

「そうです。あちらに…見えるかしら、離れがあるんですよ」

 百合江の示す方向に目を凝らす。夕闇に沈んだ中庭の奥に、言われて見れば建物の影が見える。

「そちらの方が涼しいんですけど…今は使っていましてね」

 申し訳なさそうな様子で百合江は続ける。

「親戚の娘さんを預かっているんです。ちょっと神経質な子で…離れには、なるべく近づかないようにしてくださいね」

 聡の言っていた「親戚の子」とはその子のことだろう。他人の事情に首を突っ込むほどお節介な性格はしていない。はい、と相槌を打って、夏美はすぐに忘れてしまった。

 「涼しい部屋」と案内された部屋は二階の奥の部屋だ。四つほどに仕切られた小部屋の一つだったが、思っていたよりずっと広かった。

 床の間に風景画の掛け軸が架けられ、こちらも花瓶に夏の花が活けられていた。

 窓の外を覗くと樹木の陰が見える。なるほど、これならば朝の日差しをだいぶ弱めてくれるだろう。

 涼しい、の意味を理解して、夏美はひとまず鞄を置いた。

 夕食をふるまってくれるという百合江の好意に甘えて、三十分ほどしたら下に降りるつもりだった。

 下手なホテルに泊まるより、ずっとよかったように思える。

 不幸中の幸いだったな、と百合江と聡との出会いに感謝した。




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