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俺の7年目からと再会

 成人式の翌日の、あの改札での衝撃から、俺は立ち直れずにいた。

 我に返ってすぐ、慌ててスマホを取り出し送ったスタンプに、既読がつくことはなかった。


 ブロック早すぎだよ、江東センセ。


 中学の頃を思い出し、色々と合点がいった。

 家族の話をしたがらなかったこと。

 男、というか、家父長制を憎んでいたこと。

 痣があったのだろう、夏でも長袖を着て、水泳は休んでいたこと。


 俺は、江東のこと何も知らなかったんだな。


 何を言ったらいいのかわからないけど、とにかく何か言いたくて、俺はK大の寮の番号を調べて電話した。そこまでする自分に自分でも驚いた。でもそこまでだった。

「呼び出してみましたが留守のようですね。伝言はありますか?」

「いえ、いいです」

 向こうがブロックしてるのに、無理に連絡とるのも暴力的だよな。

 日にち薬で、少しずつ日常に引き戻されていったが、あれから俺が特定の彼女をつくることはなかった。



 大学4年の夏は記録的猛暑だった。

 昼に起きて、歩くのは正気じゃないような気温の中、コンビニまでならなんとかなるか、と思って歩いてみたが、暑すぎる。

 やはり車にすべきだったか、でも車も結局エアコンが効くまでは暑いんだよな、など考えていると、暑さによる幻影なのか、コンビニの入り口に江東が見える。

 こんなとこにいる訳がない、高校3年間だって、そこそこ家が近いのに一度も会うことはなかったのに。江東は京都にいて、地元に寄り付かないはずだし、似たような誰かか、それにしても似ている、と思っていたら、向こうも俺に気がついたのか、こっちに向かって手を振っている。


 え、江東?

 ホンモノ?

 マジで?


「すっごい偶然だね、こんなとこで会うなんて」

 とおそらく本物の江東が微笑む。

「驚きすぎて汗が止まらないんだけど」

「そりゃ暑いだけやろ! って、こっちはもっと涼しいと思ったのに京都と変わらない暑さでショックだわ」

 エコバッグを持っているところを見ると、もう買い物は終わったのか。だとすると、もう帰ってしまう? どうする?

「時間あるなら、うちに来る?」

「え、いいの? 沙川の家、初めて入るよね。本棚見せてよ、楽しそう!あ、でも沙川はコンビニに来たんじゃないの?」

「ん、もういい」


 江東より大事な昼飯などあるわけがない。空腹だけど。


 俺の部屋は今どんなだっけ、寝起きだから部屋に入ってもらうわけにはいかないよな、でも兄貴の本棚ならいける、あとはリビングで過ごしてもらって、と慌てて考えを巡らせる。

「お兄さんは今も一緒に暮らしてるの?お母さんと3人暮らしのまま?」

「兄貴もまだ一緒だよ、日中は二人とも仕事だから、まあとりあえず中入って」

「お邪魔しまーす」

 おお、江東がうちにいる!すごい!奇跡だ!

「麦茶でいい?さすがに昼からビールは無しだよな?」

「ああ、私下戸だから夜でも無理やねん。あ、でも沙川がビールいくならどうぞ、って私のビールちゃうねんけど」

「下戸なんだ、初耳。俺も今夜バイトだからこれで。では麦茶で乾杯!」

 コン、とグラスを重ねる音に、

 ぐーー

 という不穏な音が重なる。やめろー、俺の腹の音‼

「はは、やっぱコンビニ行っときゃよかったのに、そういうとこで無理するの、沙川らしいよね」

 江東がケラケラと笑う。

「食材使っていいならなんか作ろうか? お母さん、キッチン使われるの嫌がるタイプじゃないよね? 沙川は料理する方だろうから」

「作ってくれるのはうれしいけど、なんで俺が料理するって知ってんの?」

「私は沙川のストーカーだったから、っていうか、私を誰だと思ってんの? 昔から家の手伝いしてたの知ってるし、成人式の時もそんな会話あったし、それくらいお見通しですよ。あ、冷蔵庫開けてもいい? 嫁じゃないから大丈夫だよね」

 嫁!なんというパワーワード!

「大抵のものは使っていいよ。フォアグラとかキャビアじゃなかったら」

「探す間に夕飯まで終わってまうわ。パスタがあるならナポリタンでも作ろうか?」

「いいね、パスタはこっちで、パスタ鍋はこれ」

 江東がうちのキッチンで、俺の隣で料理している。やばい、可愛い、動画撮りたい!

「バターはこれかな?あと、冷凍コーンってある?私あれ入れるの好きなんだよね。あ、これ炒めておいてくれる?」

 新婚夫婦みたいだ、と思っていたのは最初だけで、江東の作業があまりにも手際よく、スピードについていけない。動画どころじゃなくなってきた。

「ケチャップけっこう使っちゃうけど大丈夫?ケチると美味しくならないんだよね。…はい、出来上がり。粉チーズあるなら、かけてもよし」

 2枚の皿に盛り付けるが、量が著しく不均等だ。

「格差社会?俺の量多くない?」


「私は摂食障害だから、味見だけで十分」


 突然の爆弾発言。浮上していた気持ちが撃ち落とされる。


「ええと、いつからそうなの?」

「高1。知らないのも無理はない。ってか、知ってたら怖すぎ案件。はい、温かいうちに、いただきます」

 深刻さを微塵も感じさせず、全く普通のことのように流されてしまう。

「…いただきます」

 言いたいことをパスタとともに飲み込む。

「ウマ!めちゃくちゃ旨いんだけど、これ」

「ふふん、任せなさい、料理は得意なんだよね、食べないけど」

「凄いな、材料全部うちのやつなのに、味が全然違うし、どうやって作ったの?」

「全部見てたやんかい!」


 凄い勢いで俺が食べ進める中、江東は本当に少しずつしか口に入れない。

「俺が言うのもなんだけど、無理に食べなくていいからね」

「お気遣いいたみいりますが、自分で分けたからにはちゃんと全部食べないと、お家断絶しちゃうからね」

「北条氏政はお残しじゃなくおかわりだろ」

 歴史トリビアなら受けて立つぞ。科学系は完全に白旗だけど。


 そんな会話は昔から変わらないし、確かに少し痩せたけど、見た目だって変わらないのに。


「江東ならあと10kg増えても普通だし、むしろもっと増えてコロコロの猫みたいなのも可愛いかもな」

 ついもらした本音に、一瞬、江東の手が止まる。

「…ありがと、私もデブ猫は好きだけど、なるのは勘弁、だわ」


 そのまま空の皿の前で会話が進む。

 最近はまったアニメ、読んでる漫画、やっているゲーム。ゲーム以外はどれも共通認識で盛り上がるし、ゲームは江東がやっていないにも関わらず話が弾む。


 くそ、なんでだよ。

 なんでこんなに、いつまでたっても好きなんだよ、俺。


「さっきからずっと鳴ってるけど、大丈夫?」

 江東が俺のスマホを指す。電源切っておくんだった!

「多分大丈夫、って、うわっ!」

 バイト先から緊急ヘルプの呼び出しだ。

「彼女さん?だったらもうお暇するわ」

「いや、バイト先。今から来れないか、って、彼女いないし!」

 最後の一言は不自然に声が大きくなる。

「どっちにしろもう帰るね。今日はありがとう」

 勇気出せ、俺。この流れで聞かずにいつ聞くんだ!行け!


「、江東は彼氏いるの?」


「うん、いるよ、一応。…ヤキモチ妬いてくれる?」


 挑発するようなあざとい笑顔。反則だろ、可愛すぎる。


「知らない人相手に嫉妬はしないよ」

 覚悟はしていたはずなのにショックでボケ返せず、本音が出てしまう。当然だよな、江東はモテるだろう、可愛いもんな。

「そっか、そうだね。…洗い物お願いしちゃってもいい?手荒れするし、嫌いなんだ」

 そう言って立ち上がり荷物を手にする。女子力アピールが皆無なところも江東らしい。

「家まで送るよ?」

「いや、洗い物だけで十分、はよバイト行ってあげないと。勝手知ったる学区内で迷子になることはないからご安心ください」


 玄関に向かう江東のうなじを目に焼き付ける。手を伸ばせば届くのに。

「京都にはいつ戻るの?」

「ええと、明日のつもりだったけど、もう少しいるかも」

「あっちは暑いんだろ?」

「もうめちゃくちゃだよー、お風呂上がっても、パジャマ着るのがバカバカしくなるくらい、一瞬で汗かいてるし」

 靴小さすぎ、とからかっていた中一の頃と変わらない、子供靴のようなサンダルを履くと、江東は玄関の扉を開けた。

「バイト頑張ってね、じゃ」


 頑張れるわけ無いだろ、もう頭ん中ぐちゃぐちゃだよ。


 江東が出て行った扉の前で、俺はしばらく動けなかった。


 でも頼まれたからには、洗い物は完璧にやっておくよ。それからまあ、バイトにもさっさと行くよ、その方が気が紛れるだろうし。



 深夜、バイト先の居酒屋の閉店後に、仲間を誘って飲み歩いた。何かしていないとすぐに江東の顔が浮かんできて、耐えられなかった。いくら飲んでも酔えない勢いにまかせ、ブロックされていてもずっと消せないままだった江東のアドレスにメッセージを送った。

〈俺をこんなに惑わせて、楽しいか?〉

 友人達が一人、また一人と脱落するのを見送り、取り残されたネカフェで朝を迎え、場違いに爽やかな夏の朝の始発に乗ったところで、スマホにメッセージ通知があるのに気づく。


〈楽しくないよ〉

 は?誰だ?何言ってんだ、こいつ。


 小さな〈江東寧音〉の文字を見つける。酔いとともに全身の血の気が引いていく。

 震える指で通知を叩く。江東宛の、俺のメッセージに既読がついている。


 ブロック解除されてる?

 まさかの、返事まできてる?


 いやまて、落ち着け俺、このパターンは知っている。どうせすぐにブロックされて突き落とされるはずだ。期待するのはやめとけ。とりあえず何かスタンプ送って既読がつくか確認だ。


 意味の分からない、ただキモイだけのスタンプを送る。まだ朝6時前だし、さすがに寝ているか、と思ったのに、すぐに既読に変わる。

 ”おはよう”、のスタンプが返ってくる。

 江〈むしろこっち?〉

 に続き”おやすみ”、のスタンプ。


 まさか、普通にやりとりが続いている?


 動揺して、とっておきのMAXキモいスタンプを送る。

 既読が付き、やや時間をおいて返信がくる。返ってきたのは、なかなかにキモいスタンプだ。

 やるな江東め、キモさで対抗してくるか。

 だが、これじゃ普通の友達じゃないか。どういうことだ?


 俺〈ブロック解禁?〉

 恐る恐る聞いてみる。

 江〈あきらめました〉

 いやだから、意味がわからないんだけど。

 俺〈もうちょっとわかりやすくお願いします〉

 間違えたら、今、この瞬間にもブロックされるかもしれない。慎重に言葉を選ぶ。踏んだら即死の地雷原マップ、難易度ヤバ過ぎだろ。


 江〈直接会える?〉

 成人式の時といい、もしかして、完徹したら江東に会えるルートが開くのか?だとしたら、3徹までならいけるぞ?

 ”OK”のスタンプを送る。キモくない普通のやつだ。

 江〈キモくないやん〉

 しまった、失敗した? まさかのキモ縛りだった?

 江〈9時に沙川の家に行っても大丈夫?〉

 慌てて、キモい”OK”を送る。これなら大丈夫か?

 江東から”よろしくお願いします”スタンプが返ってきた。もちろん、キモいやつだ。

 安堵するとともに、俺は早急にキモスタンプを充実させると決意した。


次話で完結です。

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