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4・斬らずして斬れ 後編



 




様々な手続きを経て、異世界ゲートの入国管理局から一歩踏み出す影が一つ。


「…………」

 

艶やかなロングの黒髪を切りそろえた、GOTUIの女性制服を纏った少女。

眠そうにもやぶにらみにも見える半眼の目をぼんやりと彼方に向けてから、その少女は歩き出した。

目指す方向にあるのは王城。そこへ向かってふらふらと、だが迷いなく少女は歩く。


 









一風変わったその少女を王城にて出迎えたのは、五将の一人ドライド。彼ほどの人間が出迎えたのには無論理由がある。


「君がGOTUIよりの特使……かね?」

「……はい」

 

少女が携えていた封書に目を通して、ドライドは訝しげな眼差しを向けた。

鈴に関する密命――彼女の再招聘の任を帯びているという少女。この手の人物は見た目と年齢とが合致しないというのは良くある話なのだが、それにしても不用心というか無防備というか。同行者もなく寸鉄も帯びず現れるというのはどうにも理解に苦しむ。危うく門前払いを喰らわせそうになった警備のものが踏み止まったのは僥倖と言うしかない。

それなりの理由があってのことか、もしかしたら向こうは切羽詰まっていてろくに人材を回す余裕がないのかもしれないなとドライドは考えを巡らせるが、だからといって子供に見える人間一人というのはあんまりだろう。他に適任者はいなかったのかと彼は首を捻る。

 

実際のところ鈴に関してはこの少女がもっとも適任者ではあるのだが、そんな事が初対面のドライドに理解できるわけもない。とはいえ送り出した方も単独行動させるつもりなどなかった。ちゃんと随伴者は同行するはずだったのだが。


「……ゲートの入国管理局で土産物を見て回っていたらみんないなくなってた。……不思議」

「それは君迷子になっていたのではないかね?」

 

とてつもなくしょうもない理由だった。なんでそれでちゃんと王城までたどり着けたのか。本当に大丈夫なのかGOTUIは。掴み所のない少女を目の前に、ドライドは後頭部に流れる汗を止められなかった。

ともかく入国管理局には一報入れるとしてだ、この少女の扱いはどうしたものだろう。普通に考えるのであれば同行者が現れるまで待機して貰うべきなのだ。もしも城内で迷子になってもらわれたらえらい事になる。しかし一刻を争う状況であれば早めに鈴と引き合わせるべきなのかもしれない。上手く行けば“現状を中断させる”ことも可能なのではないだろうか。

 

暫し迷うドライド。そんな彼の前で、少女がぴくりと反応した。


「……主様?」

「む、どうしたかね?」

 

あらぬ方向をぼんやり見上げているように見える少女。しかしその視線はどことなく真剣な色を湛えているようにも見える。暫しそうしてから、少女は不意にドライドの方へと向き直った。


「……案内を」

「どこに、かね? まさか……」

「……主様……我がマスター、鈴様のもとに」

「君は、ひょっとして」

 

やっと少女の正体に思い当たったドライドが目を丸くする。こくんと頷いた少女はふらりと立ち上がった。


「いや待て、気持ちは分かるのだが落ち着きたまえ」

 

また迷って貰っては困るのだよとドライドは少女を制するが、少女はゆっくりと頭を振る。


「……主様が、苦しんでる」











「ちょとおおおお! どこいっちゃったのよおおお!」

「パット、落ち着いてってば!」

 

その日、半泣きになりながら入国管理局内を駆け回るGOTUI魔道兵の制服を着込んだ複数の女性の姿が目撃されたが、まあどうでもいい話である。


「なんかすごくぞんざいな扱いされてるような気がする!?」

「だから落ち着きなさいってば!」


 









木刀の切っ先が地面に突き立てられる。

 

それを支えに立つのは鈴。

 

胴着はずたぼろで埃まみれ、全身に打撲や擦過傷が見受けられ満身創痍といった様相であった。

 

荒く息を吐き、汗まみれの顔で視線を前に向ける。そこにあるのはアイトの姿。ダメージらしいダメージを受けた様子もなく、悠然と立ちはだかっている。

 

技が、自身の持つ全ての技術が通用しない事に、鈴は動揺を隠せなかった。いや、正確に言えば“技を出す前に全てが叩き潰され、本来の実力を出し切ることができない”。母が強いことは理解しているつもりだったが、これほどまでとは正直考えていなかった。

 

対するアイトはやはりかと確信を得ていた。

 

実際のところ技能的な面で言えば鈴とアイトの間にほとんど差はない。それだけであるならば、鈴はとうの昔にアイトの太刀筋に対応できているはずだ。彼女がそうできない理由は三つ。

一つはアイトが鈴の技の全てを知っているという事。実戦を経てそれは昇華されてはいるが全てはアイトが教え込んだもの。どこで何をするか、次に何をするか。全部理解できてしまう。であれば機先を制する事など容易い。身体的な能力ならば速さも力も鈴が遙かに上回っているが、それだけでは埋められない絶対的な差がここで生じている。

二つ。アイトの身体に仕込まれた呪詛に気を取られて行動に迷いが出ている。それ自体は今すぐどうなるものではないが、アイトの命は確実に蝕まれていく。どうにかしなければと思う心が焦燥を産み、行動を鈍らせているのだ。ただでさえ行動が予測できるというのにその上で太刀筋に迷いが生じるのであれば、対処されやすくなるのは当然の帰結であった。

そして三つ目。これは恐らく本人も気付いていなかった事なのだろうが、鈴は根本的に身内――“家族を傷付ける事ができない”。敵に関してならばいくらでも非情になれるが、鈴のそれはいわば家族への愛情の裏返し。本質的には情の深い家族思いの人間である。人間としては正しい、だが人斬りとしては致命的な“欠陥”だ。

 

ここまでハンデを与えられていれば、いくら稀代の天才剣士とはいえ手も足も出ないのは当然だろう。そう、最低でも今の状況では、アイトという存在に鈴は“絶対に近い確立で勝てない”。


「そういう状況でも最小限のダメージで済ませるっていうのはさすがと誉めてあげてもいいけど……どうするのかしら? このままじゃ手詰まりよ?」

 

く、と唇の端を歪め余裕の表情で言うアイト。仕込まれた呪詛の影響が身体にでて苦痛を与えていてもおかしくはないはずなのだが、最低でも見た目には何ら影響を受けている様子がない。対照的に疲労を隠す事もできない鈴は、ぎ、と口惜しげに歯を噛み鳴らし地面から木刀を引き抜いた。

確かにこのままではどうする事もできない。僅か小一時間でここまで叩きのめされればいやでも理解できる。ならば。

 

そう、剣で勝てないのであれば。


 








対峙する二人の様子を見据える人影が複数あった。


「……やはり分が悪いどころの話ではないのである」

「予想通り、なのですけれど」

「ここまで一方的とは……」

「アイトかあさま……ねえさま」

 

王以下の家族。彼らは本日の予定を全てキャンセルしてこの場に集っていた。

無論二人の事が心配だったからに他ならない。アイトから話を聞いたとき、王は全力で止めようかとも考えたが、そう簡単にアイトが考えを改める気がないと悟ると、渋々ながらそれを認めざるを得なかった。何よりも、もう一人の妻であるシルディも肩入れしていたというのが大きい。

それにしたって。


「いくら何でも致死性の呪詛はやりすぎだと思うのであるが。あれを仕込んだのはシルディ、そちであろう?」

「アイトのたっての願いでしたので。……相手が鈴でなければフェイクで誤魔化しもきいたのですけれど」

 

困った人達と、シルディは溜息を吐いた。魔道における鈴の師である彼女は呪詛関係にも造詣が深い。その彼女が手ずから施した呪詛は生半可な事では解呪できない。弟子でありそこらへんの技術も叩き込まれた鈴にはそれが理解できるはずだ。逆に生半可な偽物で誤魔化そうとしても即座に見破るだろうから意味はない。

本気で命を賭けてこの場に臨んでいると、そう理解させる必要がある。アイトはそう言った。今の彼女は鈴の母親ではない。乗り越えるべき壁として在る。その覚悟を理解できるがゆえに、シルディは、そして王は止めることができなかった。


「そこまでしなければ、成らぬものなのでしょうか……」

「………………」

 

スピアやフランには理解の追い付かない考え。彼女たちもまた強者ではあるが、鈴達のように“突き抜けて”はいない。彼女たちが必要としている力と、鈴が今求めている力。それは基本的に同ベクトルでありながらも性質の違う、壁一枚隔てた向こう側のものだ。姉妹の胸には今更ながらの後悔が浮かぶ。どうして自分達は力になってやれなかったのだろうかと、自分達の存在が鈴の在り方を縛り付けてしまったのではないかと。


「それは違うのである」

 

娘達の心情をくんだ王は断言する。


「責任は皆にあり、そしてそれを束ねる余に集約するのだ。鈴の心意気に甘えた余の浅はかさ、鈴ならばと過剰に期待と信頼を寄せた余の未熟さゆえの事である。王としても一人の親としても愚物の極みと言わざるを得まいよ」

 

今更言ってもせんない事であるがと、苦虫を噛み締めた表情で心情を吐く。


「なんにせよ、ここまでくれば答えが出るまでは止められぬ。どれほど辛かろうが、それを見届ける事は余らの責務なのではないかな」

 

それにまだ終わってはおらぬと視線を鋭くして、王は目を背けたくなる光景を一瞬たりとも見逃すまいと奥歯を噛み締めた。


 









すう、と鈴が大きく息を吸い呼吸を整える。静かに目を閉じて木刀を腰へ。そしてそのままゆっくりと身を沈めた。

居合の構え。もともと鈴が得意とする技術は抜刀術からの連続攻撃。それに切り替えようと言うのか。だがいかに速い抜刀術でも見切られていては意味がない。得意技であればなおさら、真っ先に警戒されているだろう。

しかしかまわず鈴は構えを取った。ならばこれは――


「――ただの居合ではない、という事ね」

 

にい、と笑みを深めたアイトは一歩を踏み出す。それと同時に彼女の姿が揺らめいた。

速度ではない、先読みを裏切る動き。いわば蠅や蚊のそれに近い、“常に相手の肉体的心理的双方の死角を突く”軌道。相対する者の技量が、動体視力が、先読みが、優れていればいるほど幻惑される歩法、【霞】。異世界の強者を総じて唸らせたそれをもってアイトは鈴に迫る。

 

直線距離で言えば10メートルに到らない距離を、その数十倍に近い手間を経て挑み掛かる――前に。

鈴が動いた。


「飛燕抜刀、【はらら】」

 

ただの一太刀。その抜きはなった一刀は、目視する事叶わなかった。

ぞが、と大気が唸る。同時に鈴を中心に全方位に向かって疾風が駆け抜ける。


『っ!』

 

見守っていた全員が息を飲んだ。今の今まで全ての攻めを凌ぎ、傷一つなかったアイトが、疾風に巻き込まれ吹っ飛ばされたからだ。

一瞬宙を舞い、くるりと身を翻して危なげなく着地するアイト。その身に纏う着物の各所が解れ、頬に一筋微かな傷が生じている。

それを親指で拭い、微かにこびり付いた血を舐め取りながらアイトは言う。


「なるほど、“魔術を用いて斬撃を重複し、全方位に向かって具現化”したのね。さらに本命の一刀を、空間転移を応用しわたしの大まかな行動予測位置へと“跳ばす”。見事な合わせ技だわ」

 

太刀の一撃。その特性、破壊力などは魔道の能力で再現は可能だ。抜刀術と合わせてそれを全方位に向かって 放ち、本命の斬撃を目標位置へと空間を隔てて跳躍させる。大胆にして繊細な魔術制御が必須であり、さらに剣士としてのセンスも問われる非常識極まりない技。そんな代物を鈴は放って見せたのだ。

恐るべき才だと、見守っている家族達は言葉も出ないほど驚愕している。しかしそれほどの技を持ってしても、アイトは揺るぎを見せない。

むしろそれがなんだといわんばかりに狂気を含んだ笑みを深める。


「……今の技、二つばかり弱点を見つけたわよ」

 

悠々と、毛ほども脅威を感じていない態度でアイトは指を立てる。心当たりがあったのか、再び居合の構えを取った鈴の身が微かに震えた。


「一つ、溜めが長い。呪文なんかを使わず精神集中だけで魔術を発動させるのはたいしたものだけど……時間がかかりすぎる」

 

その精神集中にかかる時間はほんの僅か。だがそれは達人同士のやり取りの中では致命傷にもなりかねない。ある程度の距離があって初めてそれを埋める事ができる。


「二つ、多方向に意識を散らしてしまうがゆえに、一つ一つの斬撃が“軽い”。それではわたしに傷を負わせる事はできても斬れない」

 

ともかく全方向を斬る事に意識が取られ、技の威力そのものが削がれているという指摘。飛び込んでくる相手に対して攻撃を“置く”、一種の地雷原じみた待ち受けるための技なのだから威力そのものは低くともかまわないとは言え、本命までもが致命打にならないのでは話にならない。要はこの技自体が未完成であり、改良の余地があるとアイトは言っているのだ。

 

細かいことを言えば欠点はもう一つある。それは鈴がアイト――家族に対して本能的に手加減してしまうという事なのだが、それは口に出さない。それは自身で気付き飲み込み乗り越えていかねばならないものだ。身内を傷付けてでも目的を果たすのか、それとも他の手段を取るのか、その判断を見極めなければならない状況に置いて鈴はどのような道を選ばねばならないのか。そこに自身の殻を破るきっかけがあるとアイトは考えている。なればこそ、その欠点は鈴自身が見出さねばならない。


「でもまあ、霞をもってしても容易に踏み込めないのは確かね。……じゃあ、“ギアを上げる”わよ?」

 

ぞう、と鈴の背中が総毛だった。ヤバい。何かは分からないがヤバい。戦士としての感覚が危険を訴え、思考するより先に抜刀。散を発動させ斬撃を撒き散らす――


その彼女の目の前で、アイトの姿が稲妻と化した。


「え……?」

 

驚愕。同時に身を貫くような打撃。


「……【影雷かげづち】」

 

残響のように響くアイトの声を背に、鈴は蹴飛ばされたボールのように吹っ飛んだ。











「久しぶりに見ましたね……」

「うむ、あれこそが数々の強者を葬り去り、そちと余に一撃を入れた技であるな」

 

感慨深げに、懐かしそうに王と王妃が言う。

目を見張り、言葉も出ない娘達に向かって、王妃シルディは淡々と語った。


「先の歩法、霞にほんの僅かに力と速度を乗せただけ。でもそれだけの差が、事実上知覚不可能な機動を生み出す。ゆえに回避不能、必殺の一撃を死角からたたき込めるという事」

 

その軌道は正しく雷。影に潜り込むよう意識の隙を縫って奔る動きは、見切る事自体を不可能とする。これが悠木 亜衣斗の切り札。殺刃剣技奥義、影雷。不完全ではあるが辛うじて霞からの攻撃を受け流していた鈴がまともに一撃を食らった。その事からもこの技の恐ろしさが伺える。


「無論ノーリスクというわけではないのである。ただでさえ複雑怪奇な動きに強引さをねじ込めば、無理が生じるのは明白。恐らくは霞の数倍に匹敵する負荷がかかるのである」

 

王が言葉を継ぐ。その負荷ゆえにあの技は多発する事ができない。全盛期のアイトであれば多少の無茶は押す事ができただろうが、鍛錬こそ密かに続けているものの実戦からは退いている今のアイトには荷が重い。その証拠に今まで疲労の欠片も見せていなかった彼女は、うっすらと汗をかき僅かながら微かに息を荒くしていた。

その彼女と、地に伏した娘の姿を見据えている王の口から、気弱とも取れる発言が零れる。


「……いっそこのまま倒れ、心が折れてしまった方がよい事なのかも知れんのである。……そうは思わぬか? “客人”よ」

 

ぎょっと娘二人が振り返ってみれば、そこには苦笑いを浮かべたドライドと、その傍らに静かに佇む少女の姿があった。


「名乗るがよい」

「……鈴・リーン・悠木が使い魔、ウィズダムにございます」

 

問いに対し静かに答える少女――ウィズダム。そのぼんやりとも見える視線は、真っ直ぐに鈴だけを捉えていた。彼女の方を振り返る事なく、王は再び問うてみる。


「なるほどな。なればそちは我が娘と繋がっているのであろう? どうか、このまま折れるのであるか?」


「……主様は苦しんでいます。藻掻いています。……多分人生で初めて」

 

ウィズダムの言いざまに、回りの人間はそうかも知れないと感じ入った。

鈴は才能があり、そして飲み込みも早くその上努力家だ。ゆえにこれまでの人生で挫折というものをほとんど味わった事がない。敵となるものも少なく、たとえあったとしても王族としての立場から直接対峙する事もなかった。周囲の強者はそのほぼ全てが味方と言っても過言ではない状況で、本当の意味で切磋琢磨する、敗北し泥をはむなどという事が起こりようもないので当然だろう。順風満帆過ぎたとも言える。

確かに数々の強者と渡り合ってきたのは確かだろう。しかし今回のようにほぼ一方的に嬲られるような経験はなかったはずだ。心身共に衝撃は大きく、混乱しているに相違ない。ならば折れるのか。

その問いに、ウィズダムは首を振る。


「……立ちます。なぜならば……」

 

答える彼女の表情は、微かに誇らしげなように見えた。


「……あの方はすでに、一騎当戦なのですから」


 








うつ伏せに倒れていた鈴。その手が、ゆっくりと握りしめられる。

 

じりじりと、地面から引き剥がすかのように身が起こされていく。

 

薄ぼんやりと歪む視界を軽く頭を振って修正しながら、ヤバいなあと鈴は自嘲した。

 

何をしているのか、何がしたいのか、段々と分からなくなってきている。身体と同様に、心がぐしゃぐしゃになって悲鳴を上げていた。どうして自分はこんな事をしているのか、なぜこんな事をしなければならないのか。

このまま、倒れてしまえば楽になれるのかなあと、甘美な誘惑が心を捉える。それに逆らわず、身体が意識をシャットダウンしようと視界を闇で閉ざそうと――


「……っ!」

 

唇をかみ切る。たらりと口の端から血が零れるがかまわない。おかげで意識は取り戻せた。

このまま倒れても、誰一人責めることなどしないだろう。だが人斬りたる悠木の血が、王者たるアルダイトの血が、何よりその双方を受け継ぐ己の魂がそれを許さない。

 

とうの昔に決めたのだ、護ると。ただの姫君であることなど止めると。

 

誰かに何かを言われたわけでもなく、何か劇的な事件があったわけでもない。ただ彼女は見てきた。王族の責務と、それに加わった暗殺者の日々を護るための密やかな戦いを。だから選んだ。護られるだけでなく、一方的に支えられるだけでない、互いに支え合う、“家族と共に戦う道”を。


己の前に立つ女は、ただにこやかに、だが平然と舞台の裏で暗闘してきた。それに比べれば自分の取った道などなんの事があろうか。力があり、仲間がいる。それだけ恵まれた状況で無様に倒れ伏すなど、誰に対しても顔向けできようはずがない。

 

ならば、立つ。

 

腕に力を込めろ。足を踏ん張れ。痛みなど無視しろ。まだ動く。まだ意識はある。まだ戦える!

 

悲鳴を上げる心身を叱咤し、軋むような動きでゆるゆると立ち上がる鈴。背後で息を飲む気配がするが、この程度で驚いて貰っては困ると苦笑。これから逆転する予定なのだ。そんな様子では勝負がついたら腰を抜かしてしまう。


「とはいえ……どうしようっかなあ……」

 

このままでは、勝てない。“どう足掻いてもそれが事実だ”。であるならば、それをひっくり返す一手がいる。散が破られた以上、通常の魔道を併用した剣は通用しないと見て良い。普通の剣技ならなおの事。

それより何より、母が己の身体に仕込んだ術式が厄介だ。恐らくは師である義母シルディの手によるものだろうが、まさか冗談抜きで死に至るような代物を使用するとは。あれに意識を取られてしまう以上、どうしても剣は精彩を欠いてしまう。

さらに自分に家族は斬れないという事は良く分かった。ならば、“母を斬らずして術式を何とかしなければならない”。


「……そのうえで決着をつけなきゃならないってのは、シビアだよねえ」

 

息を整えながら思案。全ての技は通じない。ならばどうやって術式を無効化する? どうやって“母に勝つ?” 

 

……いや、駄目だ。頭を振ってその思考を否定する。何を勝つ事に拘っているんだ。そもそも“母に勝つ事が目的ではないだろう”と、鈴は考え直した。

 

目的はあくまで自身の殻を破る事。勝つ事ではない。改めてそれに気付いた鈴は苦笑いを浮かべる。視野狭窄もいいところだ。所詮はまだ小娘だったという事か。思わずくくっと自嘲の声が零れる。

 

全てを、ぶつける。ただそれだけに意識を集中しろ。己に言い聞かせ、軽く目を閉じる。そして再び目を開けば、目の前の母が少しだけ驚いたような表情をして見せた。


「ふうん、いい顔になったわね。……少しは変わったのかしら?」

 

来る。殺気も闘志もなく、予備動作すらなく母は動く。それを理解した鈴の感覚は、時間が引き延ばされたかのようにゆっくりと世界を捉えていた。

小手先の技は通じない。逃げても無駄。真正面から立ち向かっても柳のごとくすり抜けられる。それでは届かない、かわせない。“幽霊のごとく攻撃をすり抜けでもしない限りは”。

 

……一つだけ、あった。“そのような手段が”。本来であれば“かつて対峙した流体金属状の兵器に対する手段”として考案したものだが、制御が難しく断念しかけたものだ。しかしこれならば、応用すれば“術式のみを斬る事ができるのではないか”?

迷っている時間はない。であれば――


「――やって、のけるのみっ!」

 

決意すれば行動は迅速。瞬時に魔力を練り上げ術式を構成、集中力のみでそれを発動させる。

 

この間わずか数秒。その間に影雷の技法を持って電光の速度で駆け抜けたアイトは、すでに鈴の死角へと肉薄していた。


「動か、ない?」

 

鈴は緩く構えを取ったまま。反応できないのではない、“最初から動こうとしていない”。

心は疑念を覚えても、身体はただ機械的に一撃を叩き込まんとする。最早回避も防御も不可能、吸い込まれるように木刀は脇腹へと切り込んで――

 

“そのままあっさりとすり抜けた”。


「なっ!?」

 

驚愕は一瞬。だがそれは十二分な隙となる。


「いいいいいいりゃああ!」

 

気合いと共に抜き打ち。アイトの身体を強かに打ちのめすかと思われたその一刀は、これもまた袈裟懸けに身体をすり抜け背後に消える。


「え?」

 

身体を縛り付けていた鎖が解けたような感覚。同時に胸元にあった術式の文様が、ばしゅんと音を立てて消え去った。

 

唖然と、彫像のように剣を振り抜いた姿勢のまま固まるアイトの背後で、これまた剣を振り切った体勢の鈴が、ぽつりと呟くように言う。


「……【虚無虚空の一刀、魂斬たまぎり】。付け焼き刃にしちゃあ、上出来だね」

 

そして彼女は、そのままぱったりと倒れた。


「ね、ねえさまあ!?」

 

泡を食ったフランを筆頭に、家族皆が、将軍と使い魔が鈴の元へ駆け寄る。真っ先に駆け寄ったスピアが優しく労るように鈴を抱き起こしてみれば、彼女は完全に気を失っているようであった。


「疲労とダメージ、そして高度な魔術の行使により限界を迎えたようだな。……本当に、無茶をする子だ」

 

安堵の息を吐くスピアの背後で王が唸り声を上げていた。


「今のは、一体……幻術でも歩法でもないようであったが?」

 

あまり高度な魔道の知識を持たない王に、驚愕と安堵が混ざった複雑な表情のシルディが語る。


「限定的な異相差空間の展開……いえ、自身を霊子的な情報に変換し物理攻撃を透過させる。同時に情報干渉能力を最大限に増幅して術式というプログラムのみを斬った。……己を情報と化して情報のみを斬る。理論上は人間の思考プログラム――“魂のみを斬る事すら可能な技”、のようですね」

『そんな無茶苦茶な!?』

 

娘達と将軍が悲鳴を上げるが、実際やってのけたのだから仕方がない。霊子変換自体は使用された前例がいくつかあるが、それをこのような形で用いるとは。この娘は自分達が思っている以上にとんでもない存在なのかも知れないと、畏怖を隠せないシルディだった。

そんな中、構えを解いたアイトがゆっくりと振り返る。そして大きく息を吐きながらこう宣言した。


「負けね。わたしの」

 

その言葉に、王は頷く。


「の、ようであるな。魂が斬れるというのであれば、即ち今の一撃手心を加えられたという事。対して“そちは全力の太刀でリンを仕留めきれなかった”。紙一重ではあるが埋められるものではない」

 

ま、そのような屁理屈はよいと、王はにやりと笑って見せる。


「勝ち負けなど小さき事なのである。見るがよいこの顔、確かに得るものがあったと、そういう事なのだろうよ」

 

家族に囲まれ、穏やかに眠る鈴の表情は――

 

何かをやり遂げた、満足げなものだった。



 








どこか彼方で――

 

カプセル状の治療装置から触媒の液体が排出される。

シールドが開いて、その中に横たわっていた人影がゆっくり身を起こす。

 

凶暴な、笑みがこぼれる。

 

がきりと、鋼鉄の輝きを放つ義手が、力強く握りしめられた。











次回予告っ!



ついに揃った強者達、チームインペリアル。

そして彼らが駆るべき力もまた、新たなる姿となって舞い降りる。

刮目せよ。これが最強、これが新生TEIOWだ!

次回希想天鎧Sバンカイザー第五話『復活のTEIOW』に、フルコンタクトっ!








鈴、必殺剣に開眼の巻。

絶対回避能力と防御不能な攻撃の合わせ技。なんという反則。



増え続けるキャラクターに関してはもう諦めました。






さて、最後に出てきたのは一体?(バレバレ)



今回推奨BGM、覚醒。



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