表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/35

3・世界はこの手の中に 後編

 




薪が弾ける音、そして肉が焼ける匂い。

意識を取り戻したフェイが最初に感知したのはそれだった。

 

がばっと身を起こせば、そこは洞窟の中。人が生活できるよう最低限の手を入れられた居住空間が広がり、その中央で肉の塊が薪に炙られている。見回してみると自分の仲間たちがうんうん唸りながら寝転がっていた。


「う~んむにゃむにゃもう食べられないっす……」

 

一人――一匹だけベタな寝言を吐き出しているのがいるがそれはそれとして。

自分の腕を見る。意識を失う最後の瞬間に骨の一つも折っているかと思っていたが、感覚からして大したダメージは受けていない。せいぜい打撲や切り傷程度なのだろうが、それもきっちりと処置が施されている。仲間の方も確認してみるが、どうやら同様に適切な処置が施されているようだ。

だれがやったかと自問自答する必要もない。この人外魔境で、最低限でも人類が生活できるような環境を整えられるのは、思い当たるのはただ一人だけだ。


「よ~う、目ェ醒めたみたいやな」

 

前触れもなく掛けられた声。予想していたとは言え全く反応できなかった。まるで目の前の柳が風に吹かれたのを見るような、するりと心に収まる一声。僅かに遅れてその事実に戦きながらフェイは振りかえる。

ずたぼろの簡易軍服。

伸び放題の無精髭。

これでスマートならば映画の海賊とも思える姿だが、わりと小柄で骨太な人物がそのような形相であったならば。


「………………超悪いイメージしか浮かびませんでした申し訳ない」

「……大体何考えたかわかるけど、土下座することはないやろ」

 

呆れた様子で鼻を鳴らすのは言うまでもない。捜索対象である爾来 弦その人だ。

あまりにもあっさりと、騒動はあっても盛り上がりもなく目的が果たされてしまった。その事実に納得できない何か――“この程度で終わるはずがないという気配”を感じながらも、とりあえずはこちらの来訪目的を告げてみようと、土下座の姿勢から頭だけを上げてフェイは口を開く。


「で、僕の個人的な感想はともかくとしてですね……GOTUIの主力では反攻の計画が練り上がりつつあります。そろそろ帰還を考えてはもらえないでしょうか」

 

端的ではあるが真摯な嘆願。それに対して、弦は首を縦に振らなかった。


「…………すまん。もうちょっと待ってはもらえんやろか」

 

頭をぼりぼり掻きながら、弦はたき火の側へどかりと腰を下ろす。ああ多分そうだろうなあと思っていたフェイは姿勢を正して問い掛けた。


「理由を聞いても?」

「簡単な話や。修行を完遂できとらん」

 

火を見詰めながら答える弦。その手がぎしりと握りしめられる。


「後もう少し、もう一歩なんや。何かが掴める。そこまできとるんや」

 

弦の目にあるのは貪欲な、山場を迎えそれを乗り越えようとする気迫が見て取れる。こういう人間は途中で引き返すような真似はしない。ケリがつくまではてこでも動こうとしないだろう。

実の所弦の探索には手間取ると考えられていたため、時間的にはまだかなりの余裕がある。しかし弦の言う“あと一歩”がどの程度のものなのか。それが分からなければ安心はできない。フェイは再び問い掛ける。


「それで、目処はついているんですか?」

 

その問いに、にいっと笑って答える弦。


「まあ目処というか……どうしても“一発かましたい相手”がおる」

 

それは一体と続きを聞くことはできなかった。問い掛けようとしたその時、洞窟の外からずうんと重い爆発音が響いたからだ。


「て、敵襲ー!」

「カチコミか! ガサ入れか!?」

「美食倶楽部にて爆発事故!?」

 

爆発音に刺激されて、意識を失っていた二人と一匹が飛び起きる。飛び起きた途端ここはどこだ一体何が起こったあー大将めっけたっすとか口々に騒ぐ三人をちょっと待てと手で制し、弦は静かに告げる。


「積もる話も山ほどあるやろうけど……ちーと待っとれや。“客”が来たんで相手してこにゃならん」

『客?』

 

首を傾げる捜査隊ご一行を尻目に弦は腰を上げ、そのまま静かに洞窟を出る。唖然としてそれを見送っていたご一行だったが、自分達がこの場に来た目的を思い出し慌てて弦の後を追う。

外に出てみた途端、再びの爆音。続いて2度、3度。それは明らかに――


こちらに近付いてきている。


「……やっぱ対戦車地雷程度じゃ足止めにもならんかったか。折角近所の基地からパチってきたんやけど」

「アレ仕掛けたのアンタですか……」

 

自分達が意識を失う原因となったものを思い出しフェイがじと目で恨みがましく言うが、当然弦はスルー。ただニヤリと笑って音が響いてきた方角を見詰め続けている。

断続的に音が響く。爆発が続いているのかと思ったが、よく聞けばそれは“何か大重両のものが移動するときに発する地響き”のように思えた。


「なんかよく分からんが、いやな予感がするのは俺だけか?」

「心配するな。多分みんなそうだ」

 

何もかもを諦めたというか、妙に悟った表情で語るライアンとユージン。


「大将~」

 

不安げな、今にも泣き出しそうな顔で弦を見上げるハーミット。

様々な思惑を各人が抱く中、洞窟前の開けた場所に姿を現したものは。


<“また”、遊びにきたやったぞ小僧>

 

密林を割るように進み出る巨体。

 

装甲のような分厚い鱗が全身を覆い、長い尻尾が重々しくのたうち回る。

 

巨大な翼を優雅に広げ、圧倒的な威圧感を放ちながら弦を見下ろすのは――


『ど、ドラゴンんン!!??』

 

――最強の幻獣。異世界にのみ生息する、生きた伝説。

 

ぬたりと口の端を歪めているのは嗤っているつもりなのか。獰猛に覗く牙は一瞬で人間の身体など噛みちぎるだろう。想像するだけで背筋が凍る。

全高は10メートルほど、全長は30メートルくらいだろうか。ほぼTEIOWと互角の大きさだが、龍属としては若い部類に入る。種族にもよるが、成長すれば全長が100メートルを超えるとも言う話だ。どのみちそのような事はなんの慰めにもならない。冗談抜きでコイツらは、単体としての戦闘能力ならば同サイズの機動兵器にも匹敵する存在なのだから。人間なんぞ、まさしく吹けば跳ぶような存在でしかない。


「ちょ、な、アンタ! 一体何やらかしたんですか謝るなら今のうちですよ謝んなくてもいいから僕らが逃げるくらいの時間は稼いで下さいね!?」

 

本音だだ漏れでフェイが弦に食って掛かる。その首筋にとすんと手刀を落してその意識を奪う弦。容赦がない。

フェイの襟首を掴んでぽいっとビビりまくってる野郎二人の元へと放る。弦の意識はすでに、目の前の強敵に向けられていた。


「毎度毎度律儀やのう。……わざわざ付き合ってくれんでもかまわんのに」

 

弦の言いざまに、龍はその笑みを深めたように見えた。


<人の身で、しかも無手で儂に立ち向かおうというその無謀さに敬意を表しての事よ。そのような面白い存在、容易く潰してしもうては勿体なかろう?>

「おんどれにとっては、所詮戯れっちゅうことかい」

<左様。ゆえに……楽しませろよ? 戯れは、面白くなくてはいかん>

 

ずん、と重々しく一歩踏み出す龍。威風堂々と構え、全てを真っ向から受け止める腹づもりらしい。


「にあああああ、た、大将~」

 

がちがち震えながらも彼の無謀な行動を諫めようとでもいうのか、弦に縋り付いているハーミット。その頭をぽんぽんと叩いてから、弦は小柄な身体を引き剥がした。


「危ないからちっと下がっとれハーミット。ちゃんと後で事情を聞かせて貰うさかい」

 

弦もあっさりとハーミットの正体を看破していたようだ。その洞察力を、いや、己の見積もりを信じろとばかりに弦は背を向ける。力強いその後ろ姿が、沸き上がる気の奔流に包まれた。

ただのプラーナゲイザー現象ではない。周囲の自然環境、それと同調しその気を取り込む最早仙術レベルの制御術。人外の領域をさらに一歩踏み越えた、その高みに今の弦は在る。

しかしそれほどのすべを持ってしても、なお目の前の存在は強大。当然だ、生命として、存在として、正しく次元が違いすぎるのだから。

それでも弦は立ち向かうことを止めない。彼の姿を見守る誰も止められない。立ち止まることを完全に拒絶する意志、頑固でわがままなそれが今の弦からは溢れ出ている。それを犯すことなどいかなる存在にもできそうになかった。


<来い。儂の魂まで振るわせてみせろ!>

「往くで。今日こそおんどれの魂に響かせたるわ!」

 

咆吼は同時。

そして二匹の人外はただ真っ直ぐに相手に向かって駆け抜けた。

 

輝く拳が大きく振りかぶられて、そして……。


 









建て売り住宅くらいの大きさを持つ岩塊に、何かが突き刺さっていた。

時折びくんっ、びくんっと痙攣しているそれは――


「た、大将おおおお!?」

 

――ものの見事にしばき倒され頭から岩塊に叩き付けられた弦である。

 

いや、いい勝負はしていたのだ。最低でも傍目にはそう見えていた。

ただの一瞬、ただの一撃。ほんの僅かの隙をつかれ叩き込まれたその一打によって、勝敗は至極あっさりと決してしまったのだ。

 

むしろ僅か数分とは言え互角のやり取りを繰り広げた弦が異常なのである。先にも記したが、龍という存在は同サイズの機動兵器にも匹敵する。それと真っ正面から素手で戦いを挑むなどそもそも正気の沙汰ではない。一部の武道家などにはそれを成し遂げる存在があるという話だがそれはあくまで例外だ。弦は確かにそのごく一部の例外ではあるのだが。


<技は磨いておるようだが……もう一息、足りんな>

 

むふうと鼻を鳴らし、龍は言う。ダメージも疲労も見受けられない。明らかに手加減してやったぞと言う気配が見え見えであった。

恐らく同サイズの同族と比べても上位に位置する種なのだろう。素手とは言え鉄塊をも粉砕する弦の拳を喰らって平然としているなど、例え龍属であってもあり得るものではない。ましてや周囲の気を取り込み威力を上乗せした打撃すらも通用しないと言うのであれば、打つ手はないと言っていいだろう。


対する弦の方はと言えば、暫しびくんびくんと痙攣した後岩塊を砕きながら自力で脱出する。こちらも大したダメージを喰らっている様子はない。精度を高めた硬気功を常に用いている彼の防御力も重戦車並と言っていい。それは龍の一撃すらも耐えきる事ができる。しかし彼が全力で挑んでいるのに対して龍の方は全く力を出していない。本気になれば数分はおろか一瞬で勝負は決まっていただろう。


なるほど確かに“戯れ”だ。呆然としながらも、三人のしたっぱは得心する。


「……猛虎大牙も通用せんとはな。流石は幻獣の王っちゅうところかい」

 

頭を振ってからどっかりと腰を落す。人外の体力を誇る弦をもってしても、龍を相手取るのは荷がかちすぎるらしい。最早構えを取る余裕すらないようだった。そんな彼の様子を見て、遊びは終わりだとばかりに龍は踵を返す。


<大分保つようにはなったが、儂の柔肌を傷付けられぬようでは話にもならぬぞ? ……次は期待している >

 

去り際にそう言い残して、龍の巨体は密林へと消えていった。

 

足音が遠ざかり、その気配が完全に消えてから、その場の全員がぶはあっと大きく息を吐いた。

へなへなと、したっぱハーミット揃ってその場に崩れ落ちる。極度の緊張から解放され、完全に脱力してしまったのだ。


「は、話には聞いていたけど……アレは反則だよ。ブロウニングに乗っていても勝てる気がしないね」

 

弦に一発喰らった首筋を撫でながらフェイが言う。あんなものが力を振るう場面を見るくらいなら、いっそ気を失ったままのほうがよかった。生きた心地もしないというのはああいう事を言うのだろう。例え弦と同じ実力を持っていたとしても、立ち向かう勇気なんぞあるはずもない。

残りの二人も力無く頷いて同意を示した。見ていただけで気力が根こそぎ奪われてしまったかのようだ。同じ人外の領域でも萬の戦いを見ているのとはわけが違う。生命としての本能が、あの強大な生き物に対して絶対的な恐怖を感じ取っている。それを感じながら立ち向かうなど思いもつかない。

だが弦は、及ばずともそれをやった。やってのけた。相手が手加減していようがどうだかは関係ない。あんな存在に立ち向かえるその行為そのものが普通はできるはずがないのだ。それができるかどうか、そこが決定的な自分達と彼らとの差なのだろうかとフェイは密かに畏怖と羨望を感じている。


「ふえええええん、大将~」

 

暗澹たる空気を切り裂いたのは、形振り構わぬ少女の泣き声。

GOTUI謹製人工精霊を持ってしても、この状況は刺激が強すぎたのだろう。ハーミットは形振り構わず弦へと縋り付いていた。

ぐしゅぐしゅ泣き崩れる相棒の頭を乱暴に撫でくり回しつつ、弦は困ったような表情で言い聞かせる。


「お前一応戦闘用やないかい。…………あ~、大丈夫やろうが無事やろうが。“そうなるように”手加減はしてもらっとるわ」

 

語外に悔しさを滲ませながらも弦は諭す。

あくまで戯れに相手をして貰っているのだと、誰よりも理解しているからこその言葉。だがそれを理解できるがゆえに、だからこそ刃向かうように、咎めるように、ハーミットは言葉を叩き付ける。


「もう充分じゃないっすか! “守方無双流の使い手として”至る所までってるっしょ! TEIOWの人工精霊じぶんが認めるっす! もう充分っす! だから……っ!」

「聞けんな」

 

斬って捨てる。その視線は真っ直ぐにハーミットを捉えているように見えた。だがその瞳の中に見えるものは、貪欲に渦を巻いているなにかは。まだ足らないと、こんなものではないと訴える何かは。


相棒の訴えを否定する。


「これで充分だで届く目標なんかない。その先なんや。限界を突破するでもない、死力を振り絞るとも微妙に違う、なんやろうな……悪い、ワシにも上手く説明できひん」

 

あーだのうーだもひとしきり迷うような言動を繰り返しながらも、放つ言葉には真摯な、真剣な感情が籠もっている。それを感じ取ってしまったハーミットは、最早口に出す言葉もない。


「分かんねん、求めてる事は分かんねん。でもそれでは俺が納得いかんのや。自分が出せる最上の結果が出せそうで出せへんねや」

 

紙一重でありながら堅い殻。それを打ち破ろうと苦悩している人間の姿がそこにはあった。

普通の職場で考えればわがままどころではない。確証のない言動――単なる予感とセンスだけで誰が納得するものか。

しかしハーミットは「う~」などと唸りながらも渋々矛を引っ込める。心情的には納得できないのだろうが、弦とリンクしている彼女には理解できてしまう。心技体、全てを研ぎ澄ましてなおその先にある領域。そこに踏み込める手応え。おぼろげな、だが確かに存在するそこに、後一歩で手が届くのだと。


「つってもま、正直アレと出会わんかったら気付かなかったかも知れんけどな」

 

先の龍と弦が出会ったのは一月ほど前だという。この地で魔獣相手に散々鍛錬を繰り返し、そろそろ仕上げにはいるかといった段階で、唐突にかの存在は現れたのだという。


「風の噂とかでワシの事を聞きつけたとか言うとったわ。さすがにまともに相手はできんと一発目眩ましかまして逃げるつもりやったんやけど」

 

一蹴だった。何も反応できず、逃げる隙など与えられず、一撃で伸されたのだという。ここまで仕上げればと思い上がっていた心に冷水を浴びせかけられたようだった。しかし同時に気付く。己にはまだ伸び代があると。

そして弦は一から鍛錬を見直しやり直す事に決めた。時折ある程度の目処がついたところを見計らったかのようにあの龍が現れるのも、多少迷惑ではあるが都合がよかった。身をもって自身の仕上がりぶりを理解する事ができたし、明確な目標が見えてきたから。


「アレに通用する、一打。それができてやっと踏み出せる。……悪いけどそれまでは帰れん」

 

ぎちりと力強く握りしめられた拳。それに込められた覚悟を察し、全員が溜息を吐く。皆の気持ちを代表するかのように、フェイが肩を竦めながらこう言った。


「OKOK、どう足掻いても止められないってのは分かりました。仕方がないからケリがつくまでおつきあいさせて貰いますよ。……皆いいよね?」

 

その言葉にライアンとユージンは頷く。


「連絡くらいはさせて貰うけどな。どーせ付き合ってやれって言われるだろうが」

「所在は分かったんだ。焦る必要はない」

 

ただ一人ハーミットだけがまだ不満顔だったが、文句は出ない。もう言っても無駄だというのはよく分かったのだろう。


「すまんけどもうちょっと付き合ってもらうで。まあとりあえずは……」

 

言いかけたところで、誰かの腹が盛大に鳴いた。

気まずげに顔を見合わせる皆を苦笑しながら見回して、元は腰を上げる。


「メシからやな。腹が減ってはなんとやらちゅうこっちゃ」


それから、壮絶とも言える日々がしばらく続く事となる。











「ついでやからお前らも鍛錬してけや」

「いやちょっと待って下さいしゃらっと目の前におかれたこの一抱えもある岩は一体何なんでしょう」

「ウェイトトレーニングするもよし、持って走り込むもよし、何と自然石割りにも挑戦できる優れものや。安くしとくで?」

「売り付けるんだ!?」


 




どごーん。


<良い踏み込みだがまだまだよ! それでは儂の命に届かんぞ!>






「いやそれは死ぬって絶対死ぬってどう見ても50メートルはあるだろこの滝壺」

「何を言っとるんや。ワシは何度も挑戦しとるけどぴんぴんしとるで?」

「一緒にすんなこの一人ビックリ人間大賞」


 




ずがーん。


「大将~、夕飯までには帰ってくるっすよ~」






「…………生きてるって、素晴らしいな…………」

「人間て案外頑丈にできてるもんやろ? さ、分かったんならもう少しいけるな」

「殺す気だな間違いなくこの密林で葬り去る気だな?」

「人聞きの悪い。……死んだら事故やけど」

「助けてー!?」


 




ごがべーん。


「おー、今日はまた良く飛んだね」

「夕飯の肉賭けようぜ。俺二時間な」

「二時間半」

「……好き勝手言いよるのお前ら」

『うわ早っ!』


 








瞬く間に一週間が過ぎた。

 

しかし。


「……あ~、どうにも上手くいかんなあ」

 

弦は煮詰まっていた。

 

力は確実についてきている。だが、それだけだ。求める領域には未だに踏み込めていない。ふうむと唸って岩場の上でどっかりと腰を下ろす。時刻は夜中。今日も今日とて龍に吹っ飛ばされ、それから今まで鍛錬を続けていたのだ。それに付き合わされていた三人は現在疲れ果てて泥のように眠っている。付き合わされたおかげで彼ら自身も相当に鍛えあげられたが、まだまだ人外の領域にはほど遠いようだ。と言うより生きているだけで御の字とも言えるが。

 

膝に肘をついて顎を支え考え込む。未だ龍に有効打を入れられない理由はすでに分かっている。今の自分が持つ技では、あの防御力を打ち抜けない。ただそれだけだ。人間やそこらの魔獣相手では気づけなかった。絶大な能力を持つTEIOWを駆っていたのもそれに拍車をかけていたのかも知れない。守方無双流は基本的に対人戦闘を重視している。“城塞そのものを相手取るようにはできていない”。

以前相手取った機動要塞ならば内部に入り込んで内側から破壊するなどという手段が取れた。しかし今回はそれとはわけが違う。さすがに口の中に飛び込んでなどという一寸法師じみた真似を許してくれるような相手ではない。どう足掻いてもあの防御力を外側から打ち抜くしかないのだ。それを成し遂げるには、己は無力だ。

ただ、もう一つ何かあればそれを成し遂げられる。その感覚だけが今の弦を支えている。あと一歩なのにそこにたどり着けないのがもどかしい。弦の苦悩は回りや本人が思っている以上に深い。

 

はああ、と深く溜息を吐いてその場に寝転がる。見上げれば満天の星。文明の中にいては決して味わえない、天空の芸術がそこには広がっていた。

ぼんやりと、苦悩を忘れるかのようにただそれを見上げる弦。そういえばこうやってゆっくりと星空を見上げたのは初めてではないだろうか。ダイヤモンドの粒をぶちまけたらこんなふうになるのだろうかと、とりとめのない事を考えてしまう。

 

ただがむしゃらに、昇り詰めるだけに駆け抜けてきた。正直GOTUIもTEIOWも自身が到るための糧に過ぎないと弦は考えていたところがある。だが本当に自分は昇っていたのだろうか。この満天の星空のような、はっきりと見えているのに手が届かない場所を闇雲に探し求めていただけなのではなかろうか。苦悩が、そのような暗雲を弦の胸にもたらす。


「あんなに小さく、見えるモンなんやけどなあ……」

 

なんの気なしに手が伸びた。差し出された手の先にある星々は今にも掬い取れそうだ。あの一つ一つが太陽と同じ灼熱の恒星で、いくつかは命を育んでいる。どれほど弱く頼りなく見えても、その力は人間など及びもしない。あれらの輝きに比べれば、己なんぞ……。


「……ん?」

 

ふと、何かすとんと胸に納まったような感覚。今しがた自分で考えた事が、心の楔を引き抜いたような手応えがした。ゆっくりと自問自答すれば、泉のように思考が湧き出てくる。


天の雄大さに比べればと、そう考えるのであれば己だけではない。かの龍も、TEIOWも、GOTUIも、この星そのものも。太陽も銀河も宇宙すらも。

逆もまた、然り。いかに小さく見えようとも、細菌もバクテリアも分子も原子も素粒子すらも。

全てが……おおきく、ちいさいのではないか? それを決めるのは己の所在、己の目線。ただそれだけではないのか?

 

ぐるぐると思考は巡り、それが自然と集約していく。その答えに到るのが当然だった、そう思えるほどに滑らかに、抵抗なく。


「は、はは……」

 

微かな、気が抜けたような笑い声が零れた。それと反比例するかのように、伸ばされた手がゆっくりと、しかし力強く握りしめられる。まるで星々を掴むかのように。

 

こうして、なんの前触れもなく唐突に、爾来 弦は“世界を手中に収めた”。


 








ごうん、と轟音が響く。

 

対峙した影は二つ。結果立っていたのは一つ。

 

ぽかんとハーミット及び下っ端三人は間抜けな表情を晒している。あまりにも唐突だった。そして劇的だった。一体何が起こった。昨日までは手も足も出なかったはずなのに、一体今日はどうしたというのだ。

 

“カウンターの、ただの一撃で龍を吹き飛ばす技”などいつの間に身に付けた?

 

裳底を放った体勢のまま、油断なく龍を見据える弦。必要以上に力んでおらず、あくまで自然体。昨日までとはまるで別人のように見える。


<く……くくく>

 

土煙の中から、ゆらりと龍が姿を現す。表面的なダメージはないようだが、その動きはどこか精彩を欠いているようにも思えた。

実に楽しそうな目の色を見せて、龍は弦に語り掛ける。


<効いたぞ。……くくく、一皮むけたか?>

「いんにゃ。“気付いた”だけや」

 

龍の問いにさらりと答え、弦は構えていた裳をゆっくりと上に向ける。


「闇雲に力を叩き付けるだけではどう足掻いても限界がある。やったら使い方を変えればいい。そんだけの事やった。おんどれの巨大でかさに目が眩んどったんかな、そんな単純な事に気付くのにえらい時間がかかったわ」

 

広げた手が、ぎちりと握り締められる。


「森羅万象総じて天より見れば塵芥。ならば総て恐れる必要なく、総て見下す必要なし。己が身と総てが一つに在るとり、総てを一つに束ねて放つ。これはワシの一撃やない、世界の一撃や。立ち塞がるなら神をも砕く、意志の力や」

<……ふ、ふはははは! よくぞ吠えた!>

 

咆吼するように笑う龍。ひとしきり笑った後、龍は満足したかのように大きく頷いた。


<これだから人間は面白い。……いやいや、なかなかに楽しませて貰った>

 

ばさりと巨大な翼が広がる。一つ大きく羽ばたけば、龍の巨体は不自然なほど軽やかに宙へ浮く。


<儂の名はレフィスナ。黒金龍のレフィスナ! 小僧、いや世界を束ねし戦士よ。名を聞かせて貰おうか>

 

その問いに、姿勢を正した弦は不敵な笑みで答えた。


「守方無双流、爾来 弦」

<良い名だ、覚えておく。いずれ楽しませてくれた礼はさせて貰おう。では、さらばだ!>

 

そう言い残して、龍は身を翻しあっという間に飛び去った。現れたのも唐突ならば去るのも唐突。弦以外の面子はぽかんとその姿を見送るしかなかった。


「……え~、展開が唐突すぎてついていけないんすけど……これで、終わりなんすか?」

 

目を点にしたまま、ハーミットが弦に問うた。すると弦は振り返りながら肩を竦め答える。


「ま、そういうこっちゃ。終わってみればまあ……あっさりしたモンや」

 

さばさばと、憑き物が落ちたような気軽さで言う弦。自分達の苦労は一体何だったのか、思わず考えてしまう下っ端一行であったが、まあそこはそれと気を取り直した。


「では?」

「ああ、帰るとするかい」

「あ~なんか、ほんとにあっけなく終わったな」

「まあ波瀾万丈な終わり方よかマシか」

 

わいわい騒ぎながら撤収の準備を始める。そうしながら弦はこっそりと龍が飛び去った方角を見た。


「礼を言いたいんはこっちなんやけどな」

 

それを言い損ねた事だけが、僅かに心残りだった。しかしあの龍は、いずれと言い残した。ならばきっと再び己の前に姿を現すであろう。

 

その時にでも纏めて借りを返す。そう決意して、弦は歩き出した。










次回予告っ!






己の故郷である異世界の王国で、鈴は己を鍛えていた。

しかし彼女もまた、自身の殻を打ち破れず苦悩する。それを見かねた彼女の母、亜衣斗が取った恐ろしく過酷な手段とは。

次回希想天鎧Sバンカイザー第四話『斬らずして斬れ』に、フルコンタクトっ!






みんなして修行する回。


徐々に増えつつある新キャラクター達に次なる出番はあるのか? つーか収集つけられるのか自分?






今回推奨BGM バトル野郎~100万人の兄貴達~。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ