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2・宇宙(そら)の亡念 前編

 





GOTUI総本部。

 

戦乱の中、一度たりとも敵を寄せ付けなかったその司令室に萬の姿はあった。

 

総司令の椅子にあるのは天地堂 嵐。彼は片肘をついて目の前の男に言う。


「ふん、良い面構えになった」

 

直立不動で立つ萬の右頬は、赤く腫れている。入室した途端問答無用で嵐に殴られたのだ。


「気が晴れたわけじゃないが、これで勘弁しておいてやる。貴様にゃまだまだ働いてもらわねばならん」

 

言うほど鬱憤が溜まっているわけではないがとりあえずはそう言っておく。良くも悪くも自身がGOTUIにとって重要な位置を占めているとこの男は気付いていない。いや、気付いたとしても気に留めようとしないだろう。命以外の全てをないがしろにしすぎているのだこの男は。殴りつけたくらいで理解できるとは思えないが、などと考えながら嵐は内心苦笑する。

実の息子でもあるまいし、何を気にかけて……いや。


「義理の息子にはなるかもしれんしな……」

「何か不穏な事を考えていませんか総司令」

 

くつくつ怪しい含み笑いをする嵐の姿にちょっと退く萬。おおっとと呟きつつ気持ちを切り替えて、嵐は思考を切り替えた。


「貴様の身体の事は聞いている。天地堂の責任者としては放置しておきたくないが……生憎状況はそれを許してくれん」

 

半年前の侵攻以来、地球上の戦況はなんとか五分を保っているといったところだが、宇宙では徐々に圧されつつある。すでに地球外勢力は火星軌道付近まで侵攻し、現在地球近海や月軌道、コロニー群から送られた戦力を合わせてなんとか持ちこたえているといった状況だ。しかしこのままではそれも長くない。萬ほどの戦力を遊ばせている余裕はどこにもなかった。


萬は確かに危うい状況で命を保っている。しかし逆に言えば機体とのリンクが途切れない限りは無双の戦士としていられるという事である。そしてバンカイザーとのリンクは強固であり、生半可な手段ではそれを引きちぎる事はできないだろう。ほぼ唯一の手段としては、機体そのものを完全破壊してしまうしかない。

まさしく一心同体。機体の命運が尽きるとき、萬の命も潰える。だが。

 

萬はすでにその覚悟を決めていた。


「……とは言ってもそうするしか命を繋げなかったというだけの話です。要はとっととこの戦争を終わらせてしまえばいい。そうすりゃ別な解決策も見つかるでしょうよ」

 

あっさりとそんな事を言う。まずはこの戦いを終わらせる、彼はそう決意し揺るがない。それを聞いた嵐は止めるのは無理だと匙を投げている。


「まあどのみち暫くは本格的な参戦は無理だが。バンカイザーは入院中だしな」

 

現在総本部の工房に運び込まれたバンカイザーは、損傷した機体を改装中である。急ピッチで作業は進められているが、内部構造もかなり変化を起こしているため作業は思うように進まず、改装には今しばらくかかるであろう。

ゆえに、今彼ができる事は。


「当分貴様には、暫定的な指揮官として部隊を率いてもらう。なに顔見知りばっかり……というか、やいばとはずみの頭に収まってもらうだけだ」

 

嵐はそう言って資料を放る。危なげなく受け取ってそれに目を通す萬の眉が顰められた。


「……あのぼんぼんとその手下も、一緒に引き受けろ、と?」

「行き場がなくなって、全員纏めてこっちに転職を希望してる。色々問題もあるが、やつら自身はかなりガッツを見せているようだ。鍛えりゃ化けるさ、使いこなせ」

 

人の命を預ければ少しは考えるようになるだろうよと、本心は言わない。厄介事を押し付けられた、その程度に考えてくれればいい。微妙に過保護な事を考えながら嵐は言葉を続ける。


「やつらの参加を持って貴様らを暫定的に遊撃大隊として扱う。なに長い時間じゃない、“鍛えあげ、研ぎ澄まされた剣”が手元に戻るまでの仕事よ」

 

語外に本番はそこからだと臭わせておく。萬を含めた全ての戦力が整った時、狼煙は上がる。そもそも“萬が間に合わなかったとしても”事を起こす算段は整いつつあったのだ。この役目を押し付けたのはついでに近い。

まあ本当に準備が整うまで遊ばせておくのは勿体なさ過ぎるわけだがそれはそれとして、これからの事を考えればこの男に人を率いる経験を積ませておくのも悪くはない。情と計算の兼ね合いでそう答えを導き出した嵐は迷うことなく告げる。


「チームインペリアルの再編成、全て貴様に任せる。半年さぼってた分の仕事、やってのけろ」

承知イエッサ

 

迷わず答えを返す萬の様子に満足げな頷きを見せてから、嵐は悪戯な笑みを浮かべた。


「そうそう、こいつらを連れて行くのを忘れるなよ?」

 

嵐が視線を向けた先、司令室の端にはいつの間に現れたのか三つの小柄な人影がある。


萬の視線を受けて、そいつらはにい、と口元だけで笑みを浮かべた。


 









新造万能機動母艦ブレイブ級。その一番艦であるネームシップ【ブレイブ】。それが萬が率いる事となった暫定部隊に与えられた拠点となる。

とは言ってもやる事は“チームインペリアルメンバーの回収”でしかないので、本当に仮住まいにしかならない。

おまけに乗り込むのはどいつもこいつも見知った顔で。


「正直腰が落ち着かねえ。艦長兼任とかどういう拷問だ」

 

新造艦特有の樹脂臭い空気を吸い込みながら、萬は深々と艦長席に身を沈めた。

その彼の左肩口に、ばさりと羽音を立てて孔雀のような赤い鳳が留まる。


「そう長い時間ではない。我慢するのだな」

 

成長したジェスターの使い魔形態である。こちらが本来の彼女の形だ。人の形をとるのはあくまでおまけの機能に過ぎない。


「最初からそっちでいてくれりゃあ問題は起こらなかったんだが?」

「牽制よ。所有権を主張しておかねば、後から後から飢えた獣(ヒロインこうほ)が湧いてでるのでな」

 

なんの話かと溜息を吐いて、萬は思考を切り替える。

 

半年前の侵攻の後、チームインペリアルは一端解散している。理由は“戦力不足。”これは周囲がそう判断したのではない。彼ら自身がそう主張したのだ。

強敵とは言えたった一機に圧倒された。この事実が相応に堪えたらしい。TEIOWを総本部に預けた後、彼らはそれぞれ各地に散った。己を鍛え直すために。

思った以上にプライドが高かったのかと萬は少し呆れる。が、分からないでもない。敗北が言い訳にならない立場。チームインペリアルはそういう存在となってしまったのだ。不備があるのならば徹底的にそれを消す。そのための努力を惜しんでいる場合ではない。きっとそう言う答えを導き出してしまったのだろう。


「萬様、出航準備が整いました」

「いつでも行けます。ご命令を」

 

艦長席の両側に控える二人が告げる。やれやれと億劫そうな態度を見せ、萬は身を起こす。面倒だが仕方がないと言った風情だが、その目はすでに腹を決めた漢のものだ。

おごそかとも言える口調で放たれた言葉に、迷いはない。


「第一仮設遊撃大隊旗艦ブレイブ、出航する。目標、軌道艦隊駐留ステーション」


 









漆黒の空間に、無数の閃光が奔る。

 

光の矢が駆け抜けたその後には、花火のように爆散する機動兵器の群れ。

 

その間を目にも止まらぬ速度で駆け抜けていく一つの影。

 

計六基の空間振動波推進器を翼のように振るい、右腕に装備した80ミリガトリングランチャーで弾丸を撒き散らす。放たれた弾丸は吸い込まれるように敵機に食らいつき、最小限の数でそれを葬り去る。


蹂躙。たった一機の機動兵器が、戦場をかき乱していた。


「やるねえ、流石はチームインペリアル。“はぐれの群れ”とは言え、あの数を一蹴かよ」

「ウチらホントについてきただけな。護衛にもなりゃしない」

 

戦場の後方、火花散るのがやっとの事で見て取れる位置で、一個小隊のブロウニングが待機していた。

跳ねっ返りの多いGOTUIの中でも不良小隊とか愚連隊などと散々な呼ばれ方をしている問題児たちだが、その彼女らをして舌を巻くほどの戦闘が、今繰り広げられている。


敵は無人型の機動兵器が無数。地球上に落下した大型転移ユニットから出現し続け、各所に出没するインセクトと呼ばれるタイプのものだ。そのほとんどは軍事施設や重要拠点などを中心に襲撃するが、まれにこうやって全く予想外の位置に出没するものもある。無視できればいいのだが、中にはそこらの資源や廃材を使って自己増殖するタイプもあるので、迂闊に放置しておくと大量増殖する事もあった。面倒ではあるが発見したら即座に全滅させておく必要がある。正しく害虫のごとき存在だ。

 

彼女等を含む軌道上哨戒部隊の任務の一つがそれらを処理する事だった。

 

普段なら小隊規模で当たる任務。だが先程から戦場を駆けめぐっている機体は、たった一機で、さらにごく短時間で目標を駆逐しつつある。

 

トリコロールに塗り上げられた機体。ガトリングランチャーと多目的シールドユニットのみの武装。刃のようなスラスターを振り回し激しく舞うように敵を葬り去るブロウニング。

 

自分達の機体と寸分違わぬはずなのになんであんな事ができるのだろう。考え込む不良小隊。もちろん本当は答えなど分かっている。

 

彼がスペシャルだからだ。それ以上の理由はない。

 

ほどなくして戦闘は淡々と終了する。決定事項、ルーチンワーク。そうとしか言いようのない、“凄いが機械的な作業”が今日も終わりを告げた。言いようのない、なにかこう胸の奥に澱のように積もる正体不明な気持ちを抱き抱えながら、先行して母艦に帰投した不良小隊の面々は機体を降りる。

分厚い隔壁が閉じてしばらく。格納庫内の機密が安定したのを見計らって、それぞれパイロットスーツのヘルメットを外した。現れる顔はどれもこれも結構若く、また見た目も悪くはない。別に外観と年齢が入隊基準になっているわけではないのだが、なぜだかGOTUIに集う連中は全体的にレベルが高かった。その分どっかおかしい……個性的な人材が集まっているのかも知れないが、それはさておき。


「おつかれさんした~、いつもすみませんねウチらの仕事押し付けちゃって」

 

小隊長がトリコロールの機体から降りてきた人物に軽く声を掛ける。ひらひらと手を振ってそれに応えた派手なパイロットスーツのその人物は、ヘルメットを外しながら気さくな調子で言った。


「こっちこそ仕事横取りして悪いね。勘を取り戻したくてつい出しゃばってしまうよ」

 

つい、と伊達眼鏡をかけつつにこりと笑いかけるのは、ゼン・セット。現在GOTUI総本部から出向という形で軌道上哨戒部隊に籍を置いている彼は、不良小隊と行動を共にし淡々と地味な仕事を片づける日々を送っていた。


地上や宇宙の最前線でなくなぜこのような地味な箇所を出向場所に選んだのか、小隊の面子にはさっぱり分からない。何か意味があるのかそれともなんの意味もないのか。ゼンの考えは理解の範疇にある。

まあおかげで自分達は仕事が楽になってるわけだがと、感謝半分くらいの気持ちをもって小隊長はゼンに言った。


「こっちはこれから12時間の休息入りますけどそちらは? なんでしたらメシでもどーすか?」

 

おーたいちょーえらいと隊員たちが喜色の声を上げるのを聞いて、ゼンは頷く。


「いいねえ、一緒させてもらおうか。こっちは6時間だからアルコールはダメだけど」

 

ゼンの台詞に、小隊長は少しだけ怪訝そうな顔になった。


「またすか? こっち来てから24時間はおろか12時間の休息もろくに取ってないような気がしますけど?」

 

前線ではないのだから一応の勤務サイクルというものはある。しかしゼンはそれを完全無視とは言わないまでも、普通に考えればオーバーワーク気味のスケジュールを組んで行動している。不快というか不安というか、再び胸の中にわだかまるものを感じた隊長――だけではなく不良小隊全員の視線を受けて、ゼンはたははと誤魔化すような笑いを浮かべる。


「一応さ、“修行”って事だからね。多少は無茶もするさ」

 

メシでも食って一眠りすりゃ十分と、小隊を促して歩き出すゼン。不信感を表したままの彼女たちの様子に苦笑を浮かべながら、彼は一瞬だけ目を鋭くさせ、心の中で台詞を続けた。


「――“足りない”んだよ、この程度じゃ」


 









人類が重力の楔から解き放たれる手段を得てから、宇宙開発は急速に発展した。余力のある国家、あるいは企業体などが次々とその方面に手を出していったのは様々な理由があるが結局のところエネルギーと資源確保が最大の理由となるだろう。

 

化石燃料は枯渇の危機を迎え、各種鉱物も掘り尽くしたとまではいかないが埋蔵量の限界が叫ばれている状況の中、無尽蔵とも言える地球外の資源に手が届く算段がついたとなれば、あとは競争が始まるのは自然な流れ。新たなるフロンティア、無限の宝箱に各勢力はこぞって寄り集まり、資材を、人をつぎ込んで宇宙へと乗り出した。もののついでに人口の何割かをコロニーや小惑星、月や他の惑星へとおっぽり出し、いくつかの問題を解決したように見せかけて更なる問題を生み出しながらも、宇宙への進出は順風満帆に進んでいくかと思われた。

 

その目論見は、侵略者たちの出現によってブレーキをかけられる。

 

宇宙開発に更なる拍車をかけるため計画されていた軌道エレベーターとオービタルリングの建造は無期限中断。外宇宙への移民計画は白紙に戻され、外宇宙航法の有力候補と考えられていた超空間跳躍法は軍事転用を最優先された。月面や火星は植民地というより前線基地としての役割が大きくなり、軌道エレベーターの起点と考えられていた宇宙ステーション群は軍事基地へと転換される。まず何よりも先に目の前の障害を排除するために軍事優先。今羽ばたこうとしていた人類はそれより先にまず嘴と爪を振るう事を覚えざるを得なかった。

 

ゆえにとは言わないが、最低でも宇宙空間の軍事施設において、現在位未だに日常生活様式は宇宙移民開始当初とあまり大差がない。


「ようはご飯が味気ないと思うんだよね。いや自分こっちのほうが慣れてんだけど、一度地上(した)の味を覚えちゃうとさ」

 

レトルトパックのソフト麺をくるくるとフォークに巻き付けて、ゼンは愚痴る。

えらく長いご高説を口にしたかと思えば結局そこかいと不良小隊の面々は呆れた表情を浮かべるが、誰も否定の言葉を発しない。内心同調しているから。


軍事レーションの中でも長期行動用の宇宙食は最悪の部類に入る。できるだけ少ない容積に詰め込めるだけ詰め込まれたカロリー、飛び散るのを防ぐように工夫されたゼリー状のスープ、とにかく満足感を満たすためだけに付けられた濃い味。あと誰だジェット焼売とか考えたヤツ。

不味いとは言わないが決して日常生活では食べたいと思えない代物。宇宙食とはその代名詞とも言えた。誰だって寒天状のおでんを常食にしたいとは思わないだろう。

 

うん確かにと納得しかけて、小隊長ははたと気付く。違う、なんかえらい話が飛んだけど今話題にしていたのはそこじゃない。とりあえず煮こごり状のおでんをまぐまぐと噛み砕いて飲み干して、深呼吸してから彼女はどかんとテーブルを叩いた。


「大変同意したい意見なんですけれど、問題はそこじゃないっしょ! ウチらが聞きたいのは、なんでアンタが“単独で長期哨戒”に出ようとしてるかってところです!」

 

休息のスケジュールが今まで通りだったから危うく見過ごすところであったゼンの行動予定。それによれば彼は短時間の休息を取った後、単独行動で数日間哨戒空域へと赴くという。

無謀とか言う話ではない。基本的に宇宙空間での長期単独行動は厳禁であるというのが常識だ。もし彼がTEIOWをもってここに赴いているのであれば止めはしない。だが彼が使おうとしているのは自分達と全く同じノーマルのブロウニング。当然だがその性能は熟知している。どれだけ乗り手が凄まじくともその性能には限界があるのだ。重ねて言うが無謀とか言う話ではない。自殺行為だ。

小隊長の剣幕に対し、ゼンはのらりくらりと言った反応で言葉を返す。


「だから修行だって言ったろ? イイ感じで勘も戻ってきたし、そろそろ次の段階に移るってだけの話じゃないか」

 

己を窮地に落して鍛えるとでも言うのか。時代錯誤も甚だしいと小隊の面子は揃って考え直すよう説得するが、飄々と受け流しつつもゼンはがんとして受け入れようとしない。しばらく行動を共にして分かったが、この男かなり頑固なところがある。普段はともかく一度こうだと決めたらてこでも動かない。通常のミッションならそれで問題が出るどころかお釣りが来るほどの結果を出してくるが、流石に今回は無茶苦茶だ。あまりにも無謀が過ぎる。

とは言ってもどうやってこの男を説得したらいいものだろうか。普通なら諫められる立場にある彼女等の言葉はそもそも説得力に欠ける。ゼンを引き留める上手い手はないかとひそひそ話し合った末、不良小隊は一斉にぽんと手を打ちながらこう言った。


『色仕掛けか』

「OK君らが自分の事をどう見てるかよく分かった」

 

額に青筋が立った良い笑顔で言うゼン。確かに自分はよく女の子に声を掛けていたし不良小隊の面々も飲みに誘ったりしてたけど別に常識の範疇だよなそれと、内心ちょっと憤慨している。

まあなく子もビビる不良小隊にコナかけるなんぞよっぽどの人間じゃないとやらないから相当の女好きと思われているのだが、もちろんそんな事など分かるはずもない。ゼンにとっては不良小隊の面子も一般人の範疇でしかないのだから。


「でもたいちょー、色仕掛けって具体的にどうすんの?」

「む、そりゃその、アレだ。みんなで寝室に連れ込んで拉致監禁」

「いや監禁すんなよ。もちっとこうソフトにだな」

「……脱がす?」

「逆だ逆」

「……着せる!?」

「そっちかよ」

「落ち着け、自分が男と付き合ってたときのことをよく考えろ」

「あ、アタシない」

「ウチも」

「……未経験だ」

「を~い!?」

「そう言う隊長はどうなのさ」

「え゛? お、オレか!? そりゃあその……凄いぞ!?」

「ぐ、具体的には!? 具体的にはどーなんでしょーかたいちょーどの! 今後の参考にぜひとも詳細をお聞かせ願いたいと具申します!」

「こ、コレは興味本位ではなくその、あくまで参考意見として……聞かせやがりなさい」

「右に同じく」

「え、えェ!? 、いやその、アレはうん、アレなんだよ。こう、ノリと勢いとってかだなあ……」

 

ある意味一般人以下だった。

 

だめだこりゃと密かに肩を竦め、こっそり片付けていた食事のトレイをそっとカウンターへと返す。そして勝手に話が盛り上がっている不良中隊を尻目にゼンは食堂から抜け出た。 重力区画のシリンダーの回転に逆らうように床を蹴りながら自室へと向かう。今から睡眠を取れば3時間くらいは寝られるだろう。装備などのセッティングはすでに整備に任せてある。出撃間際になってまで止めに来る事もないだろう彼女らは。そこまでの義理は、ない。

自然と自嘲じみた笑みがゼンの唇に浮かぶ。その笑みの意味が分かるのは、ゼン本人だけだった。


 









【合羽】と称されるGOTUI製人型機動兵器用の長距離巡航用のユニットがある。

 

正式にはオーバークルーズドシステム。広範囲レーダー、センサー群と簡素な居住区画、そして大型推進器にプロぺラントユニットが一体となって機体上部に被さる、はっきり言ってそれ単体で小型巡航船の役割を持つ追加装備だ。

合羽を纏うと言うよりは小型連絡船ランチに手足が生えたような格好となったブロウニングのコクピット内で、ゼンは出撃前のチェックを行っている。

 

いつもながら整備に不備はない。宇宙空間での整備ミスはちょっとした事で重大な事故を招きかねないので当然と言えば当然だし、それより何より自動化が進んでシステマチックになった現代ではミスそのものが起こる要素がかなり軽減されている。それが分かっていても全てのチェック要項に目を通さずにいられないのは宇宙に暮らす人間の性だ。装甲一つ隔てた外は死の世界。その事実を理解しきっているからだろう。

航行予定は3日。この巡視艦の航路に合わせ大回りで回遊し、再びランデブーする予定だ。性能的にはともかく色々な都合上それ以上の時間は割けない。

 

杓子定規で余裕のない生活を送っているなあと感じる。

 

宇宙に来て能力的な勘は取り戻してきたと思う。だがそれは、様々な事象に護られた、“安全圏内”での事だ。単なる訓練ならそれで良い。一か八かの極限の状況で鍛えあげれば強くなるかも知れないが、それで兵が死んでしまっては話にならない。しかしそれはただの兵の話。それ以上の存在ならばもっと違うやり方を選択しなくては上には上がれないのだ。

火星あたりの前線、という線も考えた。だが何か、もう一つ違うのだ。ただがむしゃらに戦うだけではない、今までとは違う領域へたどり着くための“何か。”ゼンが求めているのはそれだ。


「ここなら……と考えたんだけどなあ」

 

かつて己が軍の“備品”であったころに活動していた、地球近隣の空域。ある意味故郷といえるこの場でなら、己を見直すきっかけが掴めるかとも思っていたのだが。

 

確かに多少の無理をおしたおかげで勘は磨かれた。しかしそれだけでは足りない。化け物と呼ばれる領域すら超える。その目標には全く届いていない。

なればこその無謀とも言える単独行動。だがそれでもたどり着けるとは思えなかった。

 

後もう一押し。たったそれだけなのだ。しかしその薄皮一枚の向こう側に手が届かない。どのようにすればそこへたどり着けるかが見えなかった。それでも。


「やらないよりは、やってみるさ」

 

ともかく思い付いたことを片っ端からやってみる。今はそれが必要なのだとゼンは強く感じていた。

それが只の勘なのか、能力者として何かを感知したのかまでは分からない。心の底から湧き出る何かが、ゼンを圧し動かしている。それに逆らわず、彼は思うがまま窮地へと飛び込んでいく。


「ゼン・セット。ブロウニングオーバークルーズ、出る!」

 

全てを振り切って、ゼンは漆黒の宇宙そらへと飛び出る。


 









そしてゼンは、3日経っても帰ってこなかった。


 









ブレイブとその哨戒母艦が合流したのは、ゼンが行方不明になった翌日であった。

 

不機嫌そうな態度で事情を説明する不良小隊の面々を前に、萬は深々と溜息を吐く。

何かあるだろうとは思っていたが早速か。まあ、連絡が付かない程度は想定内なので別に驚きはしない。ただ予想通り手間がかかるなあと憂鬱になっただけである。


「それで、いかがいたしましょうか萬様」

「思うにゼン様の巡回予定コースを遡っての捜索が順当な手段かと」

 

流れるように具申する従者二人の意見を吟味する。確かに人手もあるし、合流予定空域で哨戒母艦を待機させておいての捜索がセオリーではある。しかし。


「予想通りとは言えゼンが行方不明になるような事態だ。何かあるな。光学、電子索敵は?」

「空域の状態が悪く、滞っております。古戦場ゆえ未だ各種妨害が生きている可能性もあえりますな。デブリや破棄施設の数も分かっているだけで相当な数が」

「残留思念も多く魔道、霊的走査も難航しています。やはり直接赴くしかないようですね」

 

どうやら藪をつつきにいかなければならないらしい。面倒だがしかし、やらなければならないだろう。


「あ、あの、司令代理」

「……ナンデゴザイマショウ」

 

呼ばれ慣れない呼称に対してぎくしゃくしながら返事を返す萬。問い掛けたのは不良小隊の小隊長であった。彼女は少し緊張した面持ちで萬にこう言う。


「ウチら……いえ、我々も捜索任務に参加されてもらえないでしょうか。ゼン・セットにはそれなりに恩があります。少しでもそれを返しておきたい」

「……へえ」

 

少し面白そうな顔をして、萬は感嘆の声を上げた。

 

萬が思うに、ゼン・セットという人間はどこか一歩他人から退いたところがあるように見えていた。

それはきっと、他人の心情が何となくでも分かってしまうからこその行動なのだろう。“どのような場においても中心からは外れてしまう。”異能であるがゆえの本能的な処世術を我知らず発揮してしまうのだ。

ならば本来、“他人に恩義など感じさせないよう行動してしまう”はずだったのだが……どうやら彼も、変革を迎えつつあるらしい。羨望と嫉妬が混じった心持ちで、萬は我知らず口を開いていた。


「さすがって事かよ。……こっちが数年四苦八苦してたってのに」

「はい?」

「いや、なんでもない。悪いけどアンタらの申し出は却下だ。母艦を空にするってのはさすがに拙い。その代わりといっちゃあなんだが……」

 

にい、と萬は意地の悪い笑みを浮かべた。


「思う存分奢ってもらうんだな。オレが許す。そんくらいしてやったってバチは当たらねえだろ?」

 

やっはーお墨付きィと上がる歓声を背に、萬たちは哨戒母艦のブリーフィングルームを後にする。

振り返ることもせず、視線を前に向けたまま、萬は傍らに付き従う小柄な影に語り掛けた。


「つー事でだ、頼りにしてるぜ。相方への道案内よろしくな」

 

生きの良い返事を受けて、萬は頷く。問題はない。あったとしても叩き潰す。それが俺たちだ、チームインペリアルだ。その思いを確たるものにして。

 

確信を胸にブレイブは往く。その先、暗礁空域にあるゼンはといえば――











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