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13・BURN 後編






次々と立体映像のモニターが点っていく。

それは全軍の眼前に、地球圏全てに。敵味方関わりなく通信に割り込みその光景を見せつけた。

驚く者。戦く者。絶望する者。希望を持つ者。状況を利用しようとする者。傍観する者。様々な者が様々な思いでその光景を見る。


「反爬さん! すごい勢いで株価が変動しているんですよ!? ここで動かないと出遅れることに!」


矢継ぎ早に入るメールと関係者からの泡を食った電話に対し、日本有数の投資家であるその女性は動じることなく鼻で笑った。


「はん、そんなことは小銭を稼ぎたい、はしっこそうなガキにでもやらせておけばいいのさ。あたしゃ別口で忙しいんだ、余所に当たんな」


全ての連絡を問答無用で一蹴し、彼女は画面に映るその戦いを見守る。

鬱陶しい仕事なんぞにかまけている場合ではない。なにしろ自分の孫が、地球人類の命運を賭けた一世一代の大勝負を行っている最中なのだ。唯一の肉親として、それを見守る義務がある。最低でも彼女はそう信じて疑わない。

ばぢんと煙草に火を点ける。深々と吸って、紫煙を吐き出しながら目を細めた。


「見せておやり、萬。ただの人間がどこまでやれるかを。ナメてると火傷じゃすまないってところをさ」


にい、と形作られる笑みは、萬のそれと全く同じもの。

反爬 有里華は堂々と、信念を持ってその戦いを見守る。











再び相対する二体。

見下ろす視線が、見上げる視線が交錯し、同時に壮絶な笑みを形作る。

その姿が同時にかき消えた。


空間に響き渡る衝撃波を残し、化け物二匹は駆け上がるように螺旋の軌道を描きながら、亜光速に達しようかという速度で戦場から離れていった。


「この辺は少々邪魔が多い!」

「ああ、場所を変えるぜ!」


最低でも星系の外。それくらい離れなければ危険だ。ふたりは共にそう判断したらしい。当然と言えば当然だろう。惑星をも破壊しかねないエネルギーを放ち、亜光速の領域で駆け回る戦闘兵器、そんなものの戦闘領域はそれこそ星系全域にも達しようかというほどになるであろう。とてもではないが惑星近辺で刃を交える気にはならない。


最低でも、今はまだ。


昇り詰め、離れ、そして再びの相対。合図はない、きっかけもない。そのようなものは不要。

とうの昔に戦いは再開されている!


「ファントムスクワイヤ――」

「イミテーション――」


それぞれの周囲にエネルギーの結晶体と剥がれた装甲の破片が浮かび上がる。今までならばそれはそのまま放たれていたはずだが。


「――ミラージュシフト!」

「――レギオン!」


それらは瞬く間に姿を変える。現れるのは、“無数のバンカイザーとダンカイザー”。


「まさか!」

「天地動乱撃か!?」


それを目にしたことがある将兵たちが驚愕の声を上げる。バーストモードを発動させたストームバンカイザーでしか行えないと思われていた超常の広範囲攻撃。それを単体で行使できるというのかあの化け物どもは。


「いや、萬のは……どっちかっていうと妾の領域だね」


映像だけでなく自身のセンスをも全て動員してかの戦いを見守っていた鈴が、いち早く気付いた。萬が発生させたのは実体ではない。ファントムスクワイヤを触媒に炎の精霊を憑依させ形作った、いわば炎の幻術。

その能力は実際のバンカイザーに比べればはるかに劣るが、レーダー、センサー上の反応は実物と全く同一。攻撃力を持ったブロッサムエフェクトに近い。

対するダンが生み出したのは。


「実体。自己再生を応用したコピーか」


数多のスクワイヤを制御し戦いを追うゼンが呻く。

本体をほぼそのまま再現した端末。さすがに現段階の完全再現とまでは行かないが、かつて単身で地球に殴り込みをかけたレベルのものには仕上がっている。ダン本人の思考をコピーしたそれは本体より格段に性能こそ落ちるものの、生半可な思考誘導兵器などよりはるかに驚異的であった。

幻と偽物の軍勢が一挙に衝突。炎が吹き飛ばされコピーが焼き尽くされる。それぞれの主が意志を忠実に実行したものたちは、宇宙に無数の破壊光を生み出す。美しくも壮絶なその光景。しかし宇宙そらを埋め尽くさんとするその全てが――


目眩ましにすぎない。


炎の幻影が消えたその背後。無数のファントムスクワイヤによって形成された長大な銃身バレルの中央にあるのは、莫大なエネルギーが充填されたグングニルを構えたバンカイザー。


「プロミネンスブラスト!」


射線上にある全てを焼き尽くさんとする焔の奔流。ボルケーノスマッシャーをイレーザーブラストの要領でさらに増幅強化した広域殲滅法撃、プロミネンスブラスト。

迫るそれを前に、ダンは八重歯をむき出す。


「ノヴァインパクト!」


真っ向から疑似ブラックホールを叩き付ける。プロミネンスブラストのエネルギーを吸収し、それは容易く存在限界を超えた。

発生するのは小規模の超新星爆発ノヴァ。それはコロニーレーザーをも超える破壊の奔流を容易く吹き飛ばす。その爆炎の中から、再び複数に分裂したバンカイザーが。


「二度ネタとは芸のない!」

「いや、あれは……」


待機したままの敵兵たちが唸る。そう、それはさきの幻術とは違う。極小規模の時空間制御と連続した空間転移を駆使しての“分身”。萬に弦と同じことをする技量はない、だが同様の効果を生む手段ならある。

四方から襲い来る“本物の”バンカイザー。しかしその攻撃は。

振るわれた“四本のマチェットブレード”で受け流された。


「“四本腕”かよ!」


新たに生じた二本の腕を見て舌打ちをする萬。その言葉にダンはこう返した。


「いいや……“四十二本”だよ!」


ごばりとダンカイザーの両肩から背中から、一斉に得物を持った腕が生じる。それらは周囲に開いた転移ゲートに向かって一斉に攻撃を叩き込んだ。

四方八方から次々に転移ゲート越しの攻撃を叩き込まれる。それらを避け捌きながら萬は吐き捨てた。


「阿修羅じゃなくて千手観音たあな! 地球文化に染まりすぎじゃねえかあ!?」


その言葉に澄ました顔で答えるダン。


「敵を知り己を知ればなんとやら、だよ。昔の人はいいことを言った!」

「地球人じゃねえかそれ!」


言い合いをしながらも電光の速度で飛び交い、斬り結ぶ。常人には軌跡しか見えないその領域の中、萬は冷静に相手の能力を看破していく。


「強化した自己再生を応用し、常時自身の機能を作り替えるか。可変能力を失った対価にしちゃあ派手すぎる」


どれほど高性能であろうとも、数多の戦術を駆使するダンが扱うともなれば自ずと限界が生じる。ならば常に状況に応じた最適な形へと自己を作り替え対応すればいい。ダンカイザーの自己改良機構はそのような結論を出し、そのように機体を作り替えた。結果ダンカイザーは、ダンの持つ全ての能力を余すことなく発揮させることが可能となった。それだけではない、ダンが思い描き、機体の性能やその他の理由で結局は断念せざるを得なかった戦術、戦法すらも体現できる。それは地球側全戦力と比較しても劣ることのない脅威として成り立たせているのだ。

それはその自称の通り現代に蘇った魔王アークエネミー。まさにワンマンアーミー。たった一人で地球戦力全てを制しようというのも案外妄言ではない。


「だがな……負けられないんだよこっちも!」


咆吼し、至高の化け物に食らいつく。空間を埋め尽くす弾雨をかわし、なおも攻め込むバンカイザーの姿に、ダンは脅威と歓喜を覚えずにはいられない。


「ここまで辿り着いたか、そしてまだ上があるのか!」


萬の強さ。それは機体の性能ではない、積み上げてきたものではない。いや無論それもある。重要なのはそこではないのだ。

一言で言えば、“不屈”。いくつもの敗北、いくつもの絶望。それを重ねてなお折れぬ意志。それは生来のものではなく、望んで鍛えあげたものではない。ただひたすらに生き延びるために思考を重ね、己の根幹に従い石にかじりつきながら堪え乗り越えてきた、その積み重ね。

特別なものなどなにもなかった。ただ諦めなかった。どれほどの状況に叩き込まれようともそれらをすり抜け、己の血肉とし、成長を続けた。成し遂げられたのは彼が特別だったからではない。


「これが、これこそが“地球人類の有り様! その本質!”」


そう、数多の勢力に攻め込まれ、叩きのめされ、それでもなお倒れずここまで到った地球人類。その有り様を体現しているのが八戸出 萬という存在だ。たった一人で人類全ての生き様を体現する。なるほど強いはずだ、ここまで到れるはずだ。彼は正しく、地球人類そのものと同等。それほどのものを背負っている。

自覚はないだろう。そんなつもりもないだろう。しかしそれは人類全てに言えること。ここまで到るつもりもなく、これ程脅威となるつもりもなかった。ただ必要だから、そうでないとこの先に進めないから。だからここまで上り詰めた。ゆえに強い。そうなるのが必然なのだ。


「皮肉とも言えるな。……我々の存在そのものが地球人類を鍛えていたようなものなのだからな!」

「……そうかもな。だが……知ったこっちゃねえ!」


全方位から叩き込まれたあらゆる攻撃を回避し切り払い撃ち落す。


「勝つしかなかった、負けられなかった。だからどれほどの苦難があろうとも乗り越えてきた! 相手が誰であろうと関係ない、ただなすべき事を成してきた結果だ!」


切り込んできたダンカイザーの刃を、火花を散らしながら弾き、それにと続け吠える。


「ここで倒れたら、また幾人もの“オレ”が生まれ、幾人もの人間が泣く! それは、それだけはっ! 許すわけにはいかねえんだよ!!」


あの悲しみを、あの苦しみを、繰り返させるわけにはいかない。あんなものは自分一人で十分だ。だから終わらせる。それが長き苦難を乗り越えこの世界に舞い戻ってきた、萬の新たなる存在意義。その意志は鍛えあげられた刃のようにしなやかで堅く、恒星の如く熱い。

その熱さを、ダン・ダ・カダンは鼻で笑い飛ばす。


「強い言葉だ。……だがね、口では何とでも言える。言葉だけでは、意志だけでは、私は止められん!」


無数の弾雨を、瞬時に連続して展開した隔絶空間障壁で弾き飛ばす。


「どれほど強い心も、どれほど高い志も! 雪崩や津波のごとき力の前ではただ無力! 虚しく響いて押し流されるだけだ!」


それを見てきた。それを成してきた。修羅道を積み重ねてダンという存在はここにある。彼の真実はただ一つ。


「“剛力!” それこそが、それのみが! この私を押し留める唯一の手段! 言葉だけではなくそれを示してみろ、八戸出 萬!!」


争いのみに生きてきた男の言葉はどこまでもシビア。怒濤の剣戟と弾丸、それと共に叩き付けられる意志を、真っ向から切り払って返す。


「見せてやるぜダン・ダ・カダン! 負けるわけにはいかないのなら……後は勝つしかないんだからな!」


無数の攻撃、無数の迎撃。互いに激しく攻撃を相殺しあい、二つの戦鬼は駆けめぐる。まだ上がある。もっと上に行ける。互いが互いを乗り越えようと、果てなく高みへと昇っていく。最早軌跡を追うこともおぼつかない。ゼンとワイズが画像を処理しスローの映像を同時に流さなければ誰にも戦いを追うことなどできなかっただろう。速度だけでも人外の領域。すでに彼らは限界をはるかに超え、まだその向こう側に行こうとしている。

力も、意志も。互いが譲らない、一歩たりとも退かない、意地の張り合い。なるほど蘭の言葉は的を射ている。力も意志も五分ならば、後は意地だけが勝負を決めるのかも知れなかった。

攻める攻める攻める、そして全てを弾き飛ばす。

技を極め、速さを極め、高みを乗り越え続け、そして。


『っ!!』


停滞。


瞬時に全てが凍り付いた。


ブラスターエッジが、スラッグガンが。交差して構えられ互いを真っ向からポイントしている。

アクション映画のワンシーンのごとき状況。二匹の化け物がニヤリと笑う。


そして同時に躊躇無く引き金が引かれた。

同時に打ち抜かれる。しかし双方共に――


残像。


無数の対峙、そして躊躇わずトリガー。数多の閃光が撃ち貫くのは全て残像。

空間を爆発光が埋め尽くし、その合間を駆け抜けて二体は再び疾走を開始する。

終わらない。まだまだ高みへと昇っていく。











火星の大地。傷付き立ちつくす白き機体にも、その光景は送り込まれている。


「大将……見えるっすか? あれが、あの史上最高の戦いが。…………ねえ、大将?」


静かに、優しく、相棒の声がコクピット内に響く。

それを受け取るべき人物は、シートに深く身を預け俯いたままだ。

だがその口元は――


確かに笑みを形作っていた。











機能の大半がダウンし、モニターのみに灯が点るコクピット。

震える手が機体の機能を回復しようと足掻くが、それは全て無駄に終わっている。

だがそれでも、諦めない。足掻く手は血まみれ。己の命が削られていくのが分かっていてなお、シャラ・シャラットは歯を食いしばって動こうとする。


「まだ……わたしは……っ!」


血塗られた手が伸び、血糊が球になって飛び散った。

だけど画面の彼方に移る戦い、そこに手は届かない。


「くやしいなあ。

…………くやしい、なあ…………」


届かない。届いてもきっと、役に立たない。

それでも。


何もできない、ただ見ているだけの自分が、ただただ恨めしかった。











GOTUIを、特務機動旅団を監察する任から離れたその男の元にも、空前絶後の決戦の様子は伝えられている。


「意地でも前線まで赴くべきだったのだろうなこれは」


画面越しというのが口惜しい。いや、前線に赴いていたとしても、結局は画面越しに見やるだけだったろう。だがそれでも、少しでも近くでこの戦いを見守りたいというのはわがままなのだろうか。

きっとそうなのだろう、ただの感傷に過ぎない。だとしても。


「これでこの戦争の帰趨が決するとなれば、居合わせたいと思うものだ」


少しの後悔と絶大な期待、それを胸に秘めてジェフリー・マクラウドは彼方から戦いの行く末を見守る。

何一つ見逃さないように。











戦いに関わるもの。関わらないもの。

是非もなく区別もなく、その映像を目にしている全ての人間が、瞬きも惜しむように注視している。


鼓動が跳ね上がっていく。











映し出される映像は、最早断片的なものでしかない。

しかしそれでもなお、互いに一歩たりとも退かぬ至高を超えた激突が見て取れる。


剣戟が火花を散らす。

マズルフラッシュが空間を灼く。


無数の従者が、無数の分身が、駆ける。その全てが打ち砕かれ、貫かれ、かき消える。

爆発の合間をバンカイザーが駆けた。速度ではない、意識の合間を縫うような機動。それは不完全ではあったが、確かに殺刃剣技の歩法、霞そのもの。学んだわけではない、至高の化け物の隙をつこうとすれば“同じ結論”に到ったというだけ。しかしそれも空間転移と時空間制御を巧みに使った回避で避けられた。

お返しとばかりに無数の転移ゲートが開く。突き出される砲塔に得物。だが今度はその全てが実体ではない。ファントムスクワイヤほどの偽装はできないがホログラムを使ったダミーと、コピー機能を使った外観だけのデコイ。本命は完全に死角から。砲口が吠える前に、その全てに対してあらゆる攻撃が叩き込まれる。

爆炎を縫って切り裂き、斬りつける。得物が弾き飛ばされバンカイザーの拳が振り上げられた。そこにはまばゆいばかりのエネルギーの塊。白き鬼神の必殺攻撃を予測したダンは同様の攻撃で相殺しようとして――その場から飛び退く。

一瞬前までダンカイザーが存在した空間を、回転するデュランダルが通り過ぎる。空間をねじ曲げてブーメランのように使ったらしい。回避されたことに動揺するでもなくあっさりと大剣を回収して回避。空間を渡って突き出された重力の螺旋錘が虚空を裂く。

大剣と銃剣、長銃。ブラスターエッジの3つの形態を巧みに使い分け、さらにもう一本の大剣レーヴァンテインと組み合わせ変幻自在の攻め込みを見せるバンカイザー。その存在自体が無制限に変化し縦横無尽の戦いを見せるダンカイザー。一歩も譲らず、一歩も退かず。


銃口が砲口が切っ先が刀身が鎬が返しが柄が拳が腕が肘が肩が膝が足が踵が角が突起が翼が。


撃ち合い打ち合い咆吼し合い斬り結び受け流し撃ち込みかわし逸らし叩き付け殴り蹴りぶつかり投げ払いしのぎ組み合い掴み頭突き肘鉄裏拳膝蹴り掌底!


臥っ!互っ!怒っ!伎っ!斬っ!!吟っ!!刃戯っ!!厳っ!巌っ!!巖っ!!!翫っ!!!!


まだ先がある。まだ続く。まだ昇っていく。











ついには全てのものがこの闘争に釘付けとなる。


「お……」


手が握りしめられる。喉が鳴る。

視線を逸らせるわけがない。それほどの闘争。史上かつて無い、命の削り合い。

神話すらも超えるやも知れぬ、未踏域での決戦。


「おお……」


声が上がる。唸り声か、歓声か、あるいはその両方か。戦場の端から、街角から、あらゆる場所から。

声が上がり始める。


『おおお……』


幾つも幾つも。大きくなり、合わさり、うねりとなって響き渡る。

立ち上がる。大きく口が開く。拳が振り上げられる。


『おおおおおおおおお!!』


心の赴くままに、魂が命じるままに。

響き渡る声は、世界を振るわせ始めた。


鼓動が上がる。

もう止まらない。











敵味方区別無く、魂の鼓動が響き渡る。それを心地よく感じながら、蘭はそっと呟いた。


「……聞こえますか、萬。この声が、この鼓動が。

……貴方が生んだのです。…………貴方が、最初に響かせたのです」


そう、この鼓動は、熱さは。夕暮れの公園で埃と誇りにまみれた、あの少年が見せつけたそれと同じものだ。

全てはそこから始まった。全てがそこから変わっていった。

ならばこの戦いは必然。全てを始めたのが彼ならば、全てを締めくくるのもまた彼。そう言う定めだったのではない。そう“成った”。誰が決めたのでもなく、まるで収まるべきものがすとんと収まったかのように、自然に。


蘭は胸元で両の手を握りしめる。祈るように、大切なものを抱えるかのように。一瞬たりとも目を逸らさず、彼女は小さく、だが力強く言う。


「この声に応えて下さい。そして魅せて下さい。……貴方の鼓動を、魂の輝きを!」











『お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っっっっ!!!!』


ぎゃりりりりりり、と激しく火花を散らして噛み合う複数の刃。咆吼を放ちながら押し込み合う二体は一歩も退かず。その力の均衡はやがて。

弾ける。

残光を残し、互いの背後に抜ける。同時に反転、最早幾度目になるか分からない対峙。

しかしそれもそろそろ終わりだ。二人は共にそう感じていた。


「……聞こえるかい? あの声が」


半身に術式の輝きを宿した萬が問う。肉が焦げ、神経が焼き切れる端から再生。その繰り返し。最早限界などはるか昔に超えている。それでもなお、その瞳にはぎらぎらとした闘志が宿っていた。


「……ああ、聞こえるさ」


眼窩が落ちくぼんだダンが応える。伊達男を気取っていた様相などどこにも残さず、血と汗にまみれた彼もまた限界などはるか彼方。その目はやはりまだ死んでいない。


届いている。二人の耳にも届いている。あのうねりが、響きが。

全く同じものを耳にして、その感性は全く違う反応を生む。


「楽しいなあ。…………ああ、本当に楽しいなあ」


ダンは笑った。

禍々しく、そしてどこまでも無邪気に。


こんな身勝手な意志が、わがままが、それでもなお人々の心を揺り動かした。

その事実がただただ愉快で、楽しい。

戦いを求め、戦いに酔い、その果てに至ってこの反応。

人の本質は闘争を求めざるをえないものなのか。そう感じられるこの状況は、酷く悲しく。だからこそ尊いと想う。


修羅道の果て。その境地に到ったかのような彼に対し、萬は酷く醒めていて。


「そうかよ。…………オレは、怖いがね」


ただ淡々と応える。


押し寄せる感情が、背負うものが。己が立ち向かうことが、立ち向かう相手が。

愛されることが、愛することが。


全てが、怖い。


だがそれでも。

怯えても、立ち止まっても、後退りしても。


己の目は前を向くようにしかできていない。


逸らすのも閉じるのも簡単だ。だが見えてしまった。

その先に、後少し先に届きそうな光が。


異なる想いが、だが同時に同じ言葉を生む。


『だから――』


あの想いに、あの鼓動に、応えないのは。

“そう言う結果は!”


『――格好悪いだろ! 負けるのはっっ!!!』


魂の咆吼。同時に全てを解き放つ。


「エナジーアーマー全解放。制御術式100%励起。魔眼ツクヨミ全力覚醒」


エナジーアーマーを形成する全てのエネルギーが、機動と攻撃力の増強に回される。萬の全身を術式回路の輝きが覆い尽くし、その左目が、紅から白金へと変わる。


「ブラスターエッジ、レーヴァンテイン、シークレットモード起動。ファイナルフォーム【バルムンク】」


レーヴァンテインの刀身が大きく展開し、その狭間にブラスターエッジがはまり込む。刀身が一体化、現れるのは長大な大剣。二種の空間破壊系切断兵器を共振させ、強度の低下と引き替えにその破壊力を際限なく上昇させる、大型ブラックホールすらも叩き斬る一撃必殺型空間滅殺剣。バルムンク。


全ての力を解き放たれた魔眼ツクヨミは、全ての状況予測、その情報を萬の脳に際限なく流し込む。天地堂からもたらされるものと合わせれば、ほぼ完全な未来予測が可能となる。

だがそれだけでは勝てない。なぜならば予測される未来の中には“敗北の可能性”も含まれており、しかもそれは決して低くない。

であるならば必要なのは。


“全ての敗北の可能性を超えること”。


全ての可能性を凌駕した領域、そこを見出し全ての力を練り上げた一撃を叩き込む。それが萬の見出した、絶対勝利への道筋!


「グラビディフィールドジェネレーター重複形成、共振開始」


ばきりと音を立てて再びダンカイザーの機体に無数の腕が生える。が、今までとは様子が違う。

生じた腕が全て、右半身へと集約していく。それは寄り集まり、やがて一つの巨大な腕を形成する。明らかに指の本数が多いその手が大きく開かれた。その指の先にもまた小さな手が生じている。不気味な形状のその手、その掌に不気味な光が宿った。

そこから生じる小さく黒い無数の粒、マイクロブラックホール。数えるのもばからしいそれらは、掌の中央に向かって集められた。

限定された空間の中でぶつかり合い消滅するブラックホール。その破壊力は空間の構成をも崩し、次元をも歪める。それをさらに突き崩していけば。


ぼす、っと世界に風穴が空く。


無限に落ち込む空間の穴をも崩壊させ、生じるのは次元的なマイナスの領域、虚数空間。理論上にしか存在せず、触れれば瞬時に全てを崩壊させるそれを維持することができるのは、事実上無制限の再生能力を持つダンカイザーのみ。


「これが、宇宙生誕ビックバンに匹敵する――」


閃光を放つ剣が高く掲げられ――


「これが、宇宙終局に匹敵する――」


闇を湛えし腕が、弓の如く大きく引かれ――


『――一撃だ!』


――構えられる。






「天地開闢――」


天を覆い尽くすかのように、光の翼が広がる。放たれるのは萬戦にして萬勝。






「ワールドエンド――」


世界を砕かんとばかりに龍が吠える。放たれるのは終焉にして終演。






疾駆。






「――真羅、萬勝おおおおおおおおお!!!!!」

「――カーテンコールっっっ!!!!!」






全てを超える、真っ向勝負!






『いっっっっ、けえええええええええええええ!!!!!!!!!!』






全ての想いを背負って、二つの意志がぶつかる。

閃光が、銀河を裂いた。






そして、全てが光に飲み込まれていく。












やっと更新することができました。

引っ越しとか風邪とかがありましたが、なによりも難産。どうやって決着をつけようかと苦闘の挙げ句がこの形に。いかがだったでしょうか?


いよいよ次でフィナーレ。さて皆どういうエンディングを迎えるのでしょう?






今回推奨戦闘BGM、あなたがこの戦いを彩るに相応しいと思った曲。




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