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13・BURN 前編



混乱を極めるかと思われていた戦場が、ゆっくりと停滞を始めた。


ドコドの一方的な宣言以降、何かアナウンスがあったわけではない。しかし少しずつ砲火の数が減り、二つの勢力は睨み合いへと移行する。


ドコドの宣言が効いたのであろうか。否。

停滞を生み出しているのは、たった二機の機体が発しているプレッシャーであった。


宇宙そらを埋め尽くす艦隊を背後に起つ漆黒。

古今無双の艦隊の中央に起つ朱金。

先に動きを見せたのは、朱金。


「……蘭」

「心得ていますわ」


萬が静かに呼びかけ、蘭がそれに応える。

舳先からふわりと浮き上がったストームバンカイザー。その機体が、突如分解を始める。

分かたれるパーツ。それが再びより合わさって形作られるのは黄金の鳳凰、ストームフェニックス。


残されるのは、紅い鬼神。その背中に向かって蘭は穏やかな声で告げる。


「御武運を」

「ああ」


短く応える萬。そしてバンカイザーは巡航形態に変形すると、勢いよく飛び出していく。

それを待っていたかのように蘭に向かって問いかけの通信が次々と入る。なぜ圧倒的な戦闘能力を持つストームバンカイザーであの強敵に立ち向かわないのか、と。

応える蘭は、穏やかに微笑みながらこう言った。


「この戦い、負けられぬ戦いですが勝てるとは限りません。わたくしと萬が一度に倒れてしまえば最早あの敵を留める者など皆無。万が一に対して備えを怠るわけには参りませんわ」


それにと、蘭は瞳に少し寂しげな色を浮かべて告げる。


「殿方の意地の張り合いに出しゃばるほど、野暮ではありませんもの」











正面から向かってくるただ一機を確認して、ダンは笑み“らしき”表情を深める。


「全艦、全兵は現状の維持を。手出しは無用に願います」


一方的に告げ、スロットルを開けた。漆黒の魔神はそれに応え、最大加速で駆け出す。

以前より一回り大きくなったように見えるダンカイザーは、どうやら可変能力を失っているようだ。しかし以前なら駆動するたびにどこかが破損したりオイルを吹き出したりしていたが、現在はそのような様子は見られず正常に駆動しているように見受けられる。


真っ直ぐに駆け抜け、相対する二つの軍勢の中間地点近くで停止。その眼前に飛来したバンカイザーも変形して足を停める。

互いが砂粒のような大きさで確認できる位置。しかし宇宙空間では目と鼻の先だ。

しばらくそのまま睨み合いを続ける二体。先に口火を切ったのはダン。


「ヴェンヴェ。ニキ。……我が半身とも呼べる部下たちを倒し、我が片腕シャラにも深手を負わせてくれたか。まずは見事と言っておこう」


静かな言葉。しかしそこに込められた意志はどろどろと熱い。


「その上泉のように湧き出る策と戦力。私の予測を上回るとはね。……まさか敗北を覚悟する日が来るとは思わなかったよ」


くく、と笑みを漏らす。そんなダンの言葉に対して萬は鼻を鳴らし、呆れたような口調でこう返した。


「何を白々しく言ってやがる。アンタ……」


一息ついてから、断言。


「“最初から一人で全部ぶっ潰すつもりだったろうが”」


その言葉を、その意味を。理解できた者が何人いただろうか。

くつくつと煮えたぎるような笑みが止む。泥のような静寂が僅かな時間続き――


「……くはっ」


――着火する。


「くは、くはははははははははは!」


猛るような哄笑。狂気がぶわりと撒き散らされていく。


この戦いが始まる前から理解していた。いや、一度瀕死に追い込まれたときから分かっていた。“指揮官としての自分は、敗北するであろう”と。

だがしかし、だからこそ滾る。一介の戦士として、一人の兵として、“ただ一人それほどの強敵を相手にどこまで戦い抜けるか”。その事に思い当たったとき、身震いするほどの快楽がダンの身を駆け抜けた。

指揮官として策にも戦いにも一切の手を抜いていない。だが最終的に真正面からの力押しを選択したのは、軍勢としての勝敗が決したとき、“地球の全戦力と真正面から相対することができるから”だ。

ドコドが24時間の猶予を与えたのも、そもそもはこのため。納得しきれない部下たちの行動を容認すると言うのも確かにあるが、それ以上にこの狂人が全力で戦うためのお膳立てを整えんがためである。それに気付いた者達は戦慄を覚えずにはいられなかった。


「楽しい。……ああ楽しい」


狂気を撒き散らしながら、ダンは無邪気に笑う。これ程の敵と相対するというのが楽しい。自身の狂気を理解する事ができる者が立ち塞がるというのが面白い。なにより――


“こんな狂人を目の前にして、気負うこともなく揺るぐこともなく、自然体で立つ存在がある”という事が嬉しい!


神というモノが存在するのであれば、ダンは全身全霊でこの“幸福”を与えてくれたことに対し感謝を捧げていただろう。その代わりに彼はわくわくと心底楽しそうに、萬へと語り掛ける。


「素晴らしい。やはり君は……最高だ。私の望んだ、いや、それ以上の宿敵!」


だがねと、ダンは芝居がかった調子で挑発の言葉を口にした。


「君に私が倒せるかな? 倒せなければ……私は地球を滅ぼすぞ? 確実に」


大言壮語ではない。最低でもダン本人はそう確信していたし、彼の力を知る者たちもそれを疑っていない。そんな言葉に対して萬は再び鼻を鳴らすと、いささか憮然とした感じでこんな台詞を口にする。


「アンタこそ、オレを倒さなきゃ地球の端っこにすら手は届かんぜ? できんのかよ」


萬が口にしたのでなければ大法螺、はったりの類だ。いや以前の萬であれば確実にはったりであっただろう。


しかし今ここに立つ漢は。八戸出 萬は。

数多の死地を紅き鬼神と共に駆け抜けた、人類史上最強のつわものと言っても過言ではない。


ダンは目を見開いた。そして――


「それでこそ! それでこそだ! 流石は八戸出 萬! 流石は我が宿敵!!」


――嗤う。わらう。ワラウ。歓喜と狂気を撒き散らしながら笑う。ひとしきり笑い、彼は不意に真剣な表情を形作った。

そして萬も、視線を鋭いものへと変える。


「この歓喜、総じて表現する術を私は一つしか知らない」

「一々芝居がかってるねえ。要するに言葉は無用ってヤツだろ?」


ダンカイザーが放つ気配が膨れあがる。バンカイザーの動力が回転数を上げ、甲高い音を立て始める。

マントのような漆黒の翼が広がる。紅き装甲の各部が解放された。


『さあ、始めようか』


漆黒は羽ばたき、深紅は全身から青白き炎を発しながら駆ける。


空間が震えた。

真っ向からの衝突。それが空間そのものを揺るがしたのだ。


この戦争における事実上の最終決戦。

その火ぶたが、今切られた。











斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る。

撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ撃つ。


二人がまず選択したのは、真っ向からの壮絶な叩き合いである。

技も戦術もなにもない、単純な力のぶつかり合い。叩き込めるだけの攻撃を叩き込み、叩き込まれるだけの攻撃を全て回避し捌き切り払い撃ち落とし逸らす。

互いに一発たりと掠りさえしない。同時に相手への命中打もない。

技量は互角。ただし――


「こっちゃあズルしまくりなんだけどなあ!」

「それで互角とは、相も変わらず化け物だな!」


半身に術式回路の輝きを宿した萬とその相棒が吠える。

パイロットである萬自身を術式とナノマシンの効力により強化しまくり、その上成長したジェスターの補助が入ったバンカイザーのスペックは、安定度や何やらを考慮に入れればバーストモードでも以前のリンゲージドライブ発動状態を上回っている。それと互角と言うことは、ダンとその愛機もまた以前を上回っているということだ。

紛う事なき戦の天才。萬の数年間を、リハビリ込みの半年間で補ってしまっている。だがそのダンにしても、相対する者の強さに驚愕を覚えずにはいられない。


「以前とは比べものにならない技量! 死地を乗り越え、化け物の領域に踏み込んだか!」


かつての萬と比べてはるかに洗練された戦い方。極限まで無駄を削ぎ落とされた、精密射撃の弾幕とも言うべき攻勢。無茶に無理を重ねていた面影はあれど、全てが昇華されている。それでいてこちらの予測をことごとく裏切ろうとし、裏をかこうとする欲も垣間見えていた。

一瞬の油断が確実に命を削る。正しく死力を尽くして戦うに相応しい敵だ。


ブラスターエッジとマチェットブレードが火花を散らし、互いの銃口が吠えたくる。目で追うのがやっとの剣戟は空間を歪め始め、そして。

突如激しく互いを弾き飛ばした。


「ボルケーノスマッシャー!」

「グラビディバレット!」


距離を置いた瞬時に接合された長銃と銃身が展開したスラッグガンが構えられ、放たれた。

空を焼き尽くす焔と超密度の重力塊が正面からぶつかり合い、大爆発を起こす。その爆煙は瞬時に切り裂かれ、電光の速度で飛び込んできた二体は再び斬り結ぶ。


バンカイザーの左手にあるのは引き抜いたレーヴァンテイン。空間を灼く焔を発しながら真っ向から斬りかかる。

防御と受け流しはない、萬はそう見ていた。これまでの戦いのデータを目の前の敵が目にしていないはずはない。ならばこの剣がどのような存在か理解しているだろう。当たれば必殺……とはいかないだろうが、大きなダメージを喰らうのは必至。であれば回避に集中するであろうから、ある程度の流れは作れるはず。

そう目論んでいた本人も、そうそう上手くはいかないだろうと思ってはいたが。


「なっ!?」


まさか“真正面から受け止められる”とは思っていなかった。


禍々しい形状をしているマチェットブレード。レーヴァンテインの刃はその刀身の中程まで食い込んでいる。空間そのものすら灼く炎は発したまま、実際接触部分は燃焼しているようだが……そこから先に刃が進まない。


「くっ!」


一瞬の隙をついて向けられる銃口をグングニルの銃身で払い、刃を無理矢理引き抜いて後退する。ぶわりと背中に汗をかきながら萬は苦々しげに言った。


「自壊術式をどうしたのかと思ってたが……あんにゃろう、“自己再生が自壊を上回って”やがんな!?」


ただ機体が肥大化したのではない。本来であれば駆動するたびに自壊するよう仕組まれた機体を再生しながら無理矢理動かしているダンカイザーの再生能力。それが強化されているのだ。

前もって異空間に貯蔵されていた素材だけでなく、周囲のエネルギーや微細物質をも取り込んでの再生。事実上無制限と言っても良いそれは、まともな手段ではダメージを与えることすらままならない。装甲を貫通する前に再生が始まってしまうのだ。携える得物も同様、いかなレーヴァンテインといえど、灼き折る速度より再生速度が上回っていればどうにもならなかった。

ならば。


「こいつはどうだよ! スピリットスクワイヤ!」


火の粉が弾け、数多の精霊が召喚された。それらは己の意志で、複雑な軌道を描きダンカイザーへと襲い掛かる。

再生能力を上回る破壊力を叩き込む。燃焼という概念そのものが具現化した存在である精霊ならば、その威力は十二分。

しかしダンは揺るがない。犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべ、余裕の態度で反応する。


「往け」


べり、とダンカイザーの各部装甲が剥がれた。

それは無数に分裂し肥大化し、襲い来る精霊の群れに対して挑み掛かる。


激突の寸前――

黒き従者たちが自爆。しかもそれはただの爆発ではない。


自身の一部を純エネルギー化する疑似反応弾。ニキが用いたその機能により、炎の精霊たちは諸共吹っ飛ばされる。“爆発によって炎を吹き飛ばす”。かつて萬が使った手段を応用したのだ。


「さすが、やる!」


とっておきではないが、それでも対処の難しい手段をあっさりと無効化するその機転、能力。立場も忘れて思わず賞賛する萬。

無論すでに、次なる手は用意している。


「イフリートエクスキュージョナー!」


爆煙を切り裂く炎の剣。精霊王の加護を受けたそれがダンカイザーへと迫った。


「くっ!」


さしもののダンカイザーもこれの直撃を食らえば無事ではすまない。慣性制御と重力波推進を使い変幻自在の機動で回避行動を取る。

再び開く距離。間髪入れずに次の行動に移る二体。


魔力誘導弾(マジックミサイル)超過重複発動(オーバーフラクタル)!」

「グラビディ・クラスター!」


天を埋め尽くす魔力塊と、重力の塊。それらは一斉に互いを殲滅せんと挑み掛かった。

無数の衝突、そして爆発。閃光が宇宙そらを埋め尽くす。その中で――


『おお!』


――破壊の空間をものともせず、二匹の化け物が咆吼と共に駆ける。

容赦のない激突が、再び空間を揺るがした。











「お願いします! 何か機動兵器を、でなければ戦闘機とか偵察機とかでもかまいません! 貸して下さい!」


鬼気迫った表情で懇願してくるのはエリー・ケント。山ほど背負った撮影機材と彼女の気迫に気圧されながら、整備隊の隊長は応えを返す。


「無理ですって、今空いている機体なんざどこにもありやせんぜ。そりゃ直接戦闘している機体は減りやしたが、戦いそのものが終結しているわけじゃない。いつ動いてもおかしくない状況です。そんな中戦力を裂くわけにも、素人をほっぽり出すわけにもいかんのですよ」

「でも私は――」


言いかけて強く頭を振る。


「――この戦場に集うもの。……いいえ、それどころか人類全てに、あの戦いを見せる必要があるんです! あれは、あれこそが! この戦争の全てを凝縮した一戦なんですよ!? 見なければ損をするとか言う問題じゃない、“この戦争に関わった全ての存在はあの戦いを見守る義務がある”! ですから、お願いです! 宇宙服と作業用のポッドでもかまわないですから!」

「いやしかし……」


気持ちは分かるがどうにもできない。ほとほと困り果てた作業隊長を救ったのは、突如開いたホログラフモニターからの声だった。


「ガンスクワイヤの砲台があったはずですわ。それを使わせなさい」

「司令!」


厳しい顔の蘭。その言葉に抗議するような声を上げる隊長。


「非常用のマニュアルコントロールならばその人でも何とかなるでしょう。性能的にとても追従できるとは思えませんが、なにもしないよりはマシです」

「ですが……」

「感謝します! 案内を――」

「……おおっと、だったら自分も一枚噛まして貰いましょうか」


早速動き出そうとしたエリーの足が止まる。会話に割って入ったのはゼン・セット。疲労の色が濃く息も絶え絶えといった風情だが、その瞳にはまだ力強い色が宿っている。


「無事でしたか。首尾は?」

「敵主力の一角と交戦。相手は大破、後退したようだが詳細は不明。こっちもダメージ食らって自己修復中。だが……」


蘭の問いに淀みなく答え、にやりと笑みを浮かべるゼン。


「ガンスクワイヤ、ファントムスクワイヤのコントロールに問題なし。自分ならあの二人を追える。……映像中継、やれるけど?」


その言葉を聞いた女性二人の判断は早かった。


『お願いします』


揃って頭を下げる二人に対して、ゼンは満足げに頷いた。


「ブリッジの通信セクションに映像を回す。急げよ?」

「はい!」


大荷物を背負ったまま駆け出していくエリーを見送って、ゼンは口の端を歪めたまま蘭に問うた。


「これでいいのかい?」

「ええ、渡りに船でしたわ彼女の行動は」


彼方の戦場を見詰めたまま、蘭は言う。


「我々にはあの戦いを見守る義務がある、確かにその通り。……それぐらいしか、できないでしょうから」











「くく……良い感じで盛り上がってきたじゃないか」


満面の邪悪な笑みで、楽しげに言い放つダン。

再び距離を取った二体。そこでダンカイザーは新たなる動きに出る。


「ウォーミングアップはこの辺にしておこうか。そろそろ……全力で行かせてもらう!」

「む!?」


萬は異変を察知し眉を顰める。ダンカイザーの気配が膨れあがり、その周囲から“一切のエネルギー反応が消えて失せる”。


「光すらもねじ曲げ吸収する。……ブラックホール、いやそんな生易しいものじゃない!」


にい、と歯をむき出す。絞り出すような声が響いた。


「システムノストフェラトゥ、リミットブレイク。フルポテンシャル」


ばきり。戒めの鎖がちぎれたような、何かを封じ込めたタガが外れたような、そんな音。

同時にダンカイザーの機体が膨張を始め、装甲が砕け捲れ上がる。

危険を感じた萬はありったけの精霊と攻撃術式を用意。一斉に放つと同時に突撃を敢行し、ダンカイザーを押さえようとするが。


「くっ!」


無数の重力弾。空間転移し出現したそれに阻まれ後退せざるを得ない。その間にもダンカイザーの変化は続く。

四肢が、テールスタビライザーが膨れあがり、歪に形を変える。翼が禍々しく歪み、さらに大きさを増す。全身の各所から刃とも砲身ともつかないものが生え、放電を開始した。


重力弾の爆発によって発生した煙が晴れる。そこに現れるのは、全身にプラズマの紫電を纏った一匹の龍。


「神も悪鬼も逸脱し、天をも食らいて我道を昇る――」


システムノストフェラトゥの全能力を解放し、ダンの全力を出せるよう自己改造したダンカイザーの最“狂”形態。






「―― 紳 鬼 逸 天、


【ダンカイザー・アークエネミー】。


……全てを叩き潰して罷り通る」






天をも砕けよとばかりに咆吼する魔龍。その姿がかき消える。


「空間転移か! だが出現の反応を辿れば!」


周囲の反応に目を走らせれば、全方位に無数の転移反応が。一番でかいヤツだと当たりを付け反応しようとするが。


「い゛ィ!?」


全ての転移ゲートから、四肢と砲口が突き出される。

萬が以前行った技術の応用。自身の周囲に空間転移ゲートを展開し機体各部を切り離すが如く転移させる手段。それを使って全方位から攻撃を掛ける算段だ。瞬時にそれを悟った萬はランダムに回避行動を取り攻撃の網から逃れようとした。しかしその眼前に現れるのはダンカイザーの本体。大きく開かれた口に莫大な量のエネルギー反応を湛え、今にもそれを解き放たんとする寸前だった。


「しまっ……」


放たれるのは重力波砲グラビディショックカノン。破壊力こそ低いが強力な重力波は、範囲内にある全てのものを押し流す。さしもののバンカイザーも不意打ちでそれを食らえば短い時間とは言え逆らえない。木の葉のように吹っ飛ばされる。


押し流された先には火星の衛星、フォボスの姿。

重力の波に押し流されるまま、バンカイザーは強かに大地へと叩き付けられた。











「く、やはりバーストモードでは一押し足りない!」


怒濤の勢いでブリッジに駆け上がり通信セクションを占拠したエリーが、歯噛みしながら言う。

あらゆる方向から捉えられる戦いの様子。その戦況はダンカイザーがその本性を現わした瞬間から芳しくない。アレに対抗するにはやはりストームバンカイザーか、あるいは……。


「リンゲージドライブ。けれどもあれは」


大体の所は彼女も耳にしている。バンカイザーのリンゲージドライブは本来のものより強力ではあるが、それを使うには萬の命そのものを削るような負荷がかかると。であればそれを使うより再び合体して挑んだ方が。当然のことを彼女は考えるが。

蘭は動かない。


「司令、まさかこのまま見守っているつもり?」


異世界艦隊の先頭に陣取っている鈴が、通信回線を開いて蘭に問い掛ける。蘭は厳しい表情のまま頷いた。


「言ったはずですわ。殿方の意地の張り合いに出しゃばるほど野暮ではない、と」

「……リンゲージドライブ、使うよ? 萬は」


鈴の声は僅かに固い。自身もリンゲージドライブを使ったから分かる。調整されていたからこそ負荷などほとんどかからなかったが、あれが未調整であったなら長時間耐えられる自信はない。

そして……バンカイザーのリンゲージドライブシステムは調整されていない。“調整できなかった”というのが正解ではある。

暴走した自己再生による機体の変質と複雑怪奇に重ねられた数多の術式。GOTUIが誇る技術陣をもってしても内部の本格的な調整は不可能に近かったのだ。

このままリンゲージドライブを使わせればどうなるか。それは想像に難くないと鈴は語外に言っている。だがしかし。


「使うでしょうね。ですが心配は無用ですわ」


きっぱりと言い放つ。


蘭は知っている。彼女は最初にストームバンカイザーへの合体を行ったおり全てのデータを直接見た。バンカイザーが数多の戦いを経てどのように変質してきたかを。

機体だけではない。制御AIであるジェスターも、そして萬本人も。


かつてと同じ存在では、ない。


「彼らはすでに到達していますわ。我々が想像するより、はるかな高みに」


蘭は確信を込めて言い放つ。

その言葉はすぐに証明された。











穿たれたクレーターの中央。爆煙の中からバンカイザーはゆらりと身を起こす。


「とんでもねえなおい。さすがにシャレになってねえぞありゃあ」

「推定出力の5%も出さずにあれか。本気で惑星ごとき吹き飛ばせそうだな」


愚痴りながら機体をチェック。ダメージはほぼ0、無視して差し支えない。しかし瞬間とはいえ手も足も出なかった。スピードも、パワーも。いやさ全てが今のバンカイザーとは比べものにならない。で、あるならば。


「やるしかない、って事だよな」

「最初から分かっていたことだ。出し惜しみなしでいこうぞ」


ふ、と二人は同時に笑みを浮かべる。


「それもそうか。……全てを出し尽くす。悪いな、無理させるぞ」


萬の言葉に不敵な笑みが深まる気配がした。


「構うものかよ。最後の最後まで共にゆこう。……この役目ができるのは我だけよ。誰にも、譲らん」


自分の周りにはいい女ばかりが集まると、萬は内心苦笑する。その期待に応えないのはやはり――


「――格好悪いだろ! そういうの!!」


思い新たに、吠える! それに応え機体が全ての力を解き放つ。


「コード、ファイナライズ! リンゲージドライブ、フルコンタクトっ!」


炎が奔った。


舞い踊るそれは集約し密度を上げ、結晶体を形作る。だが以前のように紅く燐光を放っていたりはしない。力強い、青白き光。爛々と輝きながらそれは機体各部へと貼り付いていく。

以前より大きく、鋭く。鋭角さと雄々しさを増し、戦国武将のような角飾りを備えた頭部を上げる。


現れるのは史上最強。


人類英知の結晶。無数の戦いにより研ぎ澄まされた刃。 

目の前に立ち塞がる全てを打倒する、閃光の破壊紳!


「理不尽あればそれをも砕き、絶望あらば踏み付け超える」


謳うようの萬の声。それをジェスターが次ぐ。


「例え血反吐を吐き出そうと、歯を食いしばり前へと進む」


機体の瞳に強く光が点り、二人の声が唱和する。


『希望と想いを胸に秘め、天舞う鎧を我らは纏う! 』


6対12枚の翼が翻り、それは天地遍く響き渡れと見得を切る!






『 希 想 天 鎧!


スペクトラム()・バンカイザー】!


今ここに、大・光・臨っっ!!!』








 


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