12・争乱、終息 後編
刃を振るえば、全く別の方向から斬撃が跳んでくる。耳障りな金属音を響かせてそれを受け止めるリンカイザー。コクピットの中では、鈴が鼻を鳴らしていた。
「全ての放出系、射撃系は自身に返ってくる。移動も同様。完全に閉じ込められてるねえ」
「……然り」
ふむふむと頷く鈴。彼女からすればこういった手段は想定外。確かに有効であるが、それでも盲点であった。
倒さず封じる、それは言ってみれば問題の先送りに等しい。そのような手段を取るという発想が鈴にはない。そこを突かれたと言うことなのか。
「勝てないならば勝たなくても良いか。……萬みたいな発想だね」
確かに似てはいる。だが根本的なところで違っているとも思う。
萬の場合は生き残ることを最優先にし、条件反射的に格好悪いことと感じる事態を忌避している。実の所敵の生死、勝敗の行方などは二の次だ。状況的に負けられないから勝ってきた。対して件の特殊戦闘ユニットは、ともかく目的を果たすことを最優先とし、それが叶わなければ別の手段を持って似たような結果に導かんとした。自身の存在すらも道具とみなしている……ように思えるが。
「なーんかどっか……」
「……いかがしますか、主」
ウィズダムの声に我を取り戻す。どうやら思ったよりも考え込んでいたようだ。
いけないいけないと意識を切り替え、この空間から脱出する方策を練る。
「時間に余裕があるわけじゃあないけれど、そう慌てる必要もないよ。“空域を内側に向かって閉じる”なんていう芸当、上手い手のように見えて結構無理がありそうだからね。いくつか思い付く手もある」
「……通用しますか?」
ウィズダムの問いに、鈴はにいっと笑って応えた。
「届くまで、足掻いてみるだけだよ」
“結界”は順調に作動している。その様子にニキは“胸をなで下ろしていた”。
これで当面の脅威は去った。ならばここは最低限の監視に留め、自身は任務を続けるべきだ。そう判断した彼は霧状の躯を圧縮し元の形態へ。自身の一部を監視のために切り離し、そしてその場を去ろうとする。
だが――
「――!?」
振り返ったところで、動けなくなった。異常か、自身の機能をチェック、各部を走査。しかし異常は見つからない。
一体何が起こったのか理解できない。自身の機能に問題はない。問題はないはずなのだ。ならばなぜ動けない!?
焦りつつ振り返る。結界の様子は変わりない。何らかの対応策があったとしても、即座にどうなるものでもないのだから。だというのにどうして、目が離せないのだ?
“不安”。ニキを揺るがしているものは、一般的にそう呼ばれる。
本能に近いレベルで理解しているのだ。たとえ理屈の上で完全に押さえられるとしても、実際に張り巡らせた罠にかかっていたとしても。
TEIOWは、自分達の怨敵は。
それをあっさり食い破りかねない化け物だという事を。
結界は順調に作動している。
だがニキには、それがとても頼りないように見えた。
閉鎖された空間の中で、リンカイザーは静かに漂っている。
両手を腰の得物の柄にかけたまま、完全に脱力しているようだ。
コクピットの中で鈴は静かに息を整えている。目を閉じ、一見眠りについているようにも見えるが、もちろんそんなはずはない。深く、静かに、意識を集中させている。
「……ふっ!」
鋭い呼気。そして目にも止まらぬ電磁抜刀。
二連撃。一つ目の太刀で飛翔する衝撃波を放ち、返す刀でそれに斬りつける。空間を歪め断層を生み出す斬撃を、同様の力で撃ち落とす。当たり前のようにとんでもないことをさらりとやってのけた鈴であったが。
「やっぱり僅かにタイムラグがでるか。……それに」
ちらりと刀身に目をやる。先程から幾度か同様の“試し斬り”を行っているのだが、どうにも彼女自身の満足行く結果が得られていないようだ。それに……。
ぴしり、と刀身から微かな音が響く。
ほんの僅か、極小規模の話ではあったが。
斬空刀の刀身に亀裂が生じていた。
空間の断層を空間の断層にて迎撃する。その行動は思った以上に刀身への負荷がかかるらしい。数回。一本の斬空刀が耐えられるのはその程度だ。
リンカイザーが装備している斬空刀は予備も含めて20本。自身の機能と同様の時空間干渉系防御、攻撃に相対しない限りは一軍を斬り捨ててなお余る。しかし、自身の攻撃を自身で斬り捨てるなどという状況は考慮に入っていない。いや、普通に敵からの攻撃としてなら受け流すなどして大した問題にならないだろう。問題は“自身の太刀筋が、全く予想外の方向から襲ってくる”と言う点である。
「ただ空間を閉鎖させただけじゃない。転移点を幾つも重ね合わせてランダムな方向から元の位置に戻している。ミラーハウスみたいだね」
「……構造把握は、不可能に近いかと」
「だから自分の攻撃が全方位のどこから襲ってくるか分からない。おかげで合わせるタイミングが僅かにずれて“狙い通り”には行かない、と。……ふむふむ、普通だったらここでお手上げと言ったところなんだろうけど、ねえ」
にい、と不敵な笑みがこぼれる。“大体分かった”。後はどう対処するかだけだ。
萬は精霊たちを制御しながら、蘭は矢継ぎ早に術を放ちながら、戦況を睨み続けている。
勿論いうまでもなく理解はしていた。このままでは負けるだろうと。
そして前線を支えているかなりの人間が、それに気付いているだろうと。
「分かってて保たせてくれているってのは、有り難いよな」
「ええ」
いやな汗をかきながらも不敵な笑みを崩さない萬。蘭は表情をこわばらせながらも、目を逸らそうとしない。ここで焦って動きを見せれば思うつぼだ。彼方で仁王立ちになっている宿敵はそれを見逃さないだろう。
今は耐えろ、動くべき時は必ず来る。二人は自身にそう言い聞かせひたすらに堪える。
それでも完全に焦燥感を殺せなかったらしく、萬は固い声で人工知能たちに問い掛けた。
「はっちゃけしま……特務機動旅団とインペリアルの面子はどうなっている?」
「A storm brigade is carrying out one's commission well. At present, there is no damage」
「それは何よりだ。よくやってくれてるよ」
「However, the other party is defending firmly and it is difficult to attack it. tiredness seems to have accumulated. Please think also about the thing that retreats once」
「でもここで退くわけにはいきませんわよ。彼らが戦線を支える大きな力となっているのは確かなのですから」
「左様。今この時は無理を通すときよ。……チームインペリアルも敵主力と交戦中、恐らくは中核クラスのスーパーエースどもだ。簡単に決着は付きそうにない」
この時点ではまだゼンも弦もケリをつけてはいない。そして鈴もまた。
無事に勝利を収められると考えるのは甘い。ただでさえ勝負は水物。かてて加えてTEIOWを押さえられるような化け者達が相手だ。よくて相打ちと覚悟を決めておかねばならないだろう。
信頼していないのではない、“そう覚悟を決めなければならないほどの状況”なのだ。
だからこそ彼らは堪え、待つ。
動くべき時を。問答無用の大逆転を決められるその時を。
両の手に二刀。
その柄尻を腰に提げられた予備の二刀のものと合わせ、引き抜く。現れるのは双刃刀が一対。
ゆるゆると確かめられるように旋回させる。同時に全身の各所に仕込まれた斬空刀が起動。淡い燐光を放ち始めた。
ざあ、と機体の周囲を花びらが舞う。ブロッサムエフェクト。当然ながらそれは敵の攪乱を目的としたものではない。何せこの場にはリンカイザーしか存在しないのだから。
再び静かに呼吸を繰り返す鈴。しかし今度は緊張の色が見て取れる。うっすらと汗をかき、頬が僅かに紅潮している。見ようによっては妖艶な美しさにも思えた。
「……展開完了。計算上は全域を補う事が可能です」
淡々としているがやはりどこか緊張を含んだ口調で告げるウィズダム。理屈の上では上手く行く可能性が高いと分かっていても、大博打には違いない。普通の人工知能なら気後れなどという感情からは無縁だろうが、生憎と彼女らは無駄に高性能に過ぎた。余分な性能、人によっては弊害とも感じるだろう。
しかし“だからこそ信じられる”と鈴は思う。
ただ無機的に計算するだけの代物では、計算上の可能性だけしか見えない。それでは高みに至れない。可能性の低いことはできないことだと判断すると言うことなのだから。TEIOWは“その上”を行くためのもの。であるならばただの人工知能であっては困る。人と同様に学び、成長して行かねばならない。
迷うと言うことは思案すると言うことだ。これでいいのか、もっと良い手段はないのか。今考えられる最善を上回るものはないのかと。だからこれでいい。こうでなければならない。
ふ、と鈴が笑みを浮かべる。博打は博打、彼女自身にも不安はある。だが乗り越えなければ窮地を脱する事はできないだろう。できなければば僅かながらも味方の力は削がれる。
自分が勝負の行方を左右するなどとうぬぼれてはいないが、今は正しく猫の手も借りたいような状況。こんな所でいつまでも引きこもっている場合ではないのだ。
ならば、やってのける。
鈴は目を見開いた。
「飛燕斬空刀、散――」
幻影の花びらが、一瞬にして斬撃と化し飛翔する。
向かう先は“全方位”。
この空間での転移はランダムではあるが、別々の方向に跳ばしたものが重なる事はない。つまり全方位に放ったものは、全方位から返ってくる。
どこから跳んでくるか分からないから、タイミングが合わないのだ。ならば“全ての方向に向かって全てを斬ればいい”。極端どころではない、無茶苦茶な発想であった。
しかし鈴は、リンカイザーならば、それを成し遂げることが可能。
全身計20の斬空刀が唸る。
空間の断層を受け止めるのではない。“空間の断層をさらに斬る”。ただでさえ負荷のかかっていた空間の構成、それがこの一斉斬撃によって致命的な崩壊を迎えた。
空間因子の完全崩壊。理論上はディランダルが起こす現象と同一のものであった。が、剣線上の限定された領域でのみ発動するディランダルのそれと違い、太刀筋の全て、しかも全方位に向かって発生したそれは限定的とは言え時空間の崩壊を招く。通常空間であるならば次元の風穴が空くのだろうが。
この閉じられた領域では、次元の風穴が空く前に“不自然にねじ曲がった空間そのものが崩壊を始める”。
ばきりと何かが砕ける音。手応えを感じ、鈴の笑みが深まった。
「――【斬界の太刀】」
一瞬にして、閉鎖空間を展開しているユニット群がスパークを放ち、機能を停止する。
わだかまる闇。そこにばきりと亀裂が奔った。
崩壊、粉砕。
ガラスのように砕け、即座に雪解けのように元の形を取り戻す空間。その中央にあるのは蒼の戦神。
ばかなと言う思いと、やはりかという思い。相反する思考がニキの中を駆けめぐっていた。
確かに空間そのものを粉砕する事が可能であれば脱出できる可能性はあった。しかしそれは、TEIOWをもってしてもかなり低い可能性でしかなかったはず。だが今目の前にヤツが存在しているということは、やってのけたと言うことなのだろう。
「…………化け物が」
我知らず、口汚い言葉を吐く。最早余計なことに思考を振り分けている場合ではない。どう対策すればと高速で思案し始めたニキは“あること”に気付く。
リンカイザーが装備している武器、斬空刀。全身に備えられているその全てに。
亀裂が入り、あるいは欠け、砕けていた。
常識を越えた行動、それにはやはり無理があったのか。代償としてリンカイザーは唯一の武器を全て失うこととなったようだ。
勝機。それを見逃すニキではない。
己の躯を最大拡張。ありったけのジャンクを集め、全ての機能を全開にして新たな体を作り出し、組み上げていく。
考え得る全ての機能、武装を寄り合わせ生まれる禍々しき鋼鉄の龍。咆吼と共に全ての武装を展開し打撃を食らわせる。不意打ち――になるなどとは思わない。どうせこれは本命ではないのだ。
「……使わせて、もらう」
ぎぱり。龍の顎が大きく開いた。
そこに見えるのは鋭い輝きを宿す牙の群れ。いや……。
全身から同様の刃が一斉に生じる。
斬空刀を完全に再現することは、狂技術者ツツ・ラ・ツラヤの技量をもってしても不可能であった。しかし、“不完全なものであれば再現は可能”なのだ。
ただの一、二撃。それだけで砕け散るまがい物。だがその一撃に関してのみならば、本物と同様。さっきまでのリンカイザーであれば通用しなかったであろうが、全ての斬空刀を失った今それを防ぐ手段はない。己の機能を最大限に生かし、空間転移と予想が困難な慣性無視の機動をもって襲い掛かる。
全ての射撃兵器を舞うような機動で回避するリンカイザー。しかし予想外の速度と機動で迫る龍からは逃げ切れない。振り切ること叶わず、ついには回り込まれ逃げ道を塞がれた。
隙を逃さず巻き付くように斬りかかる。獲った。冷静さを保っていると“自負している”ニキをして確信させたその攻撃は――
あっさりと、リンカイザーをすり抜けた。
「!?」
空間転移ではない。幻像でもない。確かにそこに、目の前に、実体として存在したものが幽鬼のごとく揺らめき消え失せる。何事か理解できないニキは、泡を食って周囲を索敵。
「残念。妾の命に届くには、足りない」
いた、己の背後。いつの間に移動したかは知らないがそれにかまっている余裕はない。外見から予想される構造をまるっきり無視して、不気味とも思える動きで再び襲い掛かるが。
「あるものをあるように使っているだけ。さっきの閉鎖空間の方がまだ芸がある」
やはりすり抜け、いつの間にか移動している。ニキの感覚は通常のレーダー、センサーなどより格段に優れている。そんな彼の感覚をもってしてもこの場に存在するリンカイザーは実物としか判断できなかった。
霊子情報化。鈴が編み出しリンカイザーでしか行使できない秘術。瞬時にして実体を情報体に置き換えるその技術を解析する事は、ニキにとっては不可能に近い。ただでさえ魔道の技術は解析がおぼついていない状況。そのうえ特殊すぎるほぼ独自の術式ともなれば、解析するのはそれこそ数年単位の時間がかかるだろう。
だが、“ニキが敗北する理由は、そこではない”。
「切り札が敵を倒す物ではなく封じる技術。つまり“倒す自信がない”。戦術そのものが“攻勢ではなく受け身”。最初から、“倒せないと諦めている”」
「……っ!」
躍起になったかのように襲い掛かる。しかしその全てが、無駄。
あからさまに乱れが生じ動きに、鈴は苦笑を浮かべる。
「至極単純なことだよ。“キミは妾に恐怖している”。そして……」
「……っああ!!」
咆吼。黙れと、それ以上戯れ言を語るなと猛る。しかしそれは柳に風。
「恐怖が心を曇らせた。それを乗り越えもせず、飲み込みもせず、ただ義務感だけで立ち向かって勝てる相手だとでも思われていたのかな?」
全てをすり抜け太陽を背にするリンカイザー。そこで新たな動きが生じた。
全身を纏うエナジーアーマー、それが次々と離脱し、一つに纏まってゆく。
現れるのは、水晶を寄り合わせた大太刀。集めた全てのエナジーアーマーに鈴独自の術式発動体としての能力を持たせた一刀。神をも断つと豪語するその銘は【斬神刀】。
刀身を水平に、腕を交差するように眼前で構える。鈴の瞳が薄く、半眼となった。
「冥土の土産に覚えておくと良い。戦いってのはね……ビビった方の負けなんだよ」
「あああああああああ!!」
形振り構わず飛び込んでくる龍をすり抜けながら、一閃。
「虚無虚空の一刀。【魂斬り、斬神の太刀】」
ただの一刀。ただの一撃。しかし。
何かが、決定的な何かが断たれた。そう感じると同時にニキは自身の肉体が――否、自身の存在が崩れて行くのを感じた。
動かそうとする端から、見ようとする先から、感覚が消失していく。足掻こうにもその意志が、力が消える。消え去ってしまう。
「我が一刀に、断てぬもの、なし」
最後にその声を知覚して、藻掻くことも叶わずに、ニキ・ニーンは――
「……無念……っ!」
――ただ一言を残して、全ての機能を停止した。
ぱしゃり。どこかの影で、その音が響いたのを聞きとがめたのは一人だけだった。
振り返れば、水たまりのように床に広がる流体金属。それを見てツツ・ラ・ツラヤは悟る。
「そうか、逝きよったか……」
弔いの言葉も涙もなく。
彼はただ、懐から取りだした煙草に火を点け、深々と吸った。
息を吐く。全身から汗が噴き出る。
霊子情報化の連発。鈴の才とリンカイザーの性能をもってしても、それには莫大な負荷がかかった。おかげで鈴の魔力は底を付き、精神力も限界を迎えつつある。機体もセーフティが働き、リンゲージドライブが強制解除された。
くらりと目眩が鈴を襲う。このまま意識を失い銃後に下がれば、一時の休息も得られるだろう。だが鈴はそれを良しとしない。良しとしない理由がある。
「……格好悪いところは見せられないんだよね」
気力を振り絞り、不敵に笑みを浮かべる。その背後に。
突如無数の魔法陣が現れた。
ゲートの術式。だがそれは単なる空間転移ではない。“異世界からの転移門だ”。
空間を割るように、ゲートから無数の影が現れる。異形の宇宙戦艦群。その真っ直中、真っ先に飛び出してきたひときわ巨大な艦からオープン回線で全域に向かい通信が放たれた。
「ふははははは! 異世界の盟友たちよ待たせたのである! 余剰戦力を集めるのにちと手間取ったが、その分精鋭を集めて参ったわ!」
立体映像にでかでかと映るのは、豪奢な鎧を身に纏い仮面を被った偉丈夫。その人物に向かって、嵐は語り掛けた。
「やっと来たか。間に合わなくなって全滅かとひやひやしたぞ?」
その言葉に仮面の男はにやりと笑みを見せる。
「かような場合には全滅と引き替えに敵に致命打を与える算段であったろう。まあ余と余が率いる軍勢が推参した以上、そのような真似はさせぬのであるがな!」
地球の全戦力をもってしても侵略戦力の軍勢とははるかに開きがある。それは最初から分かっていた。ならば“余所から足らない戦力を補えばいい”。異世界への援軍要請。それは決戦にあたり必然のことであった。
だが異世界群の勢力も、自身の守りをおろそかにするわけにはいかない。主力を動かすと言うわけにはいかなかった。ゆえに動かされたのは正規軍ではなく普段動かない、動く必要のない余剰の戦力。
例えば王族の親衛隊とか引退した古強者とか王族本人とか。
「さあ、有象無象は道を開けるがいいのである! 久々の戦場であるから手加減はできぬゆえ、立ち塞がるのであればこの余、【仮面の国王陛下】の太刀の錆となると知れ!」
いろいろツッコミたくなるような事を高らかに宣言する。傍らにはちゃっかりと王妃の王冠を被った魔道士姿の仮面の女性とか、、大太刀提げた着物の仮面とかが控えていたりする。
そんな旗艦の舳先に降り立ち、疲労や損耗を押し隠して、鈴は高らかに告げた。
「というわけでここからが本番。反撃開始といくよ!」
ほんの僅か。たかだか数万に満たない増援艦隊。しかしその参戦は天秤の傾きを決定的な物に変える。
味方の損耗が僅かに増え、敵の損耗が僅かに減った。ただそれだけ。だがこのまま戦いを続ければ、そのわずかな差は大きな開きとなるだろう。その上新たに参戦したのは“GOTUIのような混じり物とは違う、純粋な異世界技術を行使する者達”。その能力を推し量るのは不可能に近い。ましてやGOTUIを通じてこちらの情報を得ているだろう相手に比べ、こちらは相手の情報を全く持たない。その事実はもう、致命的と言ってもよかった。
く、と呼気を漏らすダン。その彼に通信が入る。
「……負けたか?」
いつも通りの調子で問うのはドコド。目を伏せたままのダンは、それに淡々と応えた。
「……負け、ですね」
一言。それは将として、事実上の敗北宣言であった。
その事実に動ずることなく、ドコドは短く告げる。
「そうか。ならば“手筈通り”にやる。よいな?」
「……痛み入ります」
ダンの頷きを最後に通信は途絶えた。肩が震えている。それは敗北の屈辱に身を震わせているのかとも思えたが。
くか、と口が三日月の形に裂ける。
ドコド・ンの宣言は、戦っている全ての者の度肝を抜いた。
「全将兵に告げる。これより地球時間で24時間後、我は“停戦交渉”の準備に入る。その時が来たら、直ちに全ての戦闘行為を停止せよ」
戦いながらも唖然とする兵たち。それを睥睨するように見回して、ドコドは不敵な笑みを形作った。
「ただし、それまではこのドコド・ンの名において“ありとあらゆる行為を許可する”。逃げるもよし、私怨を晴すもよし、再起を誓って我が元から去るもよし。……無論、この我の首を狙ってきても構わんぞ? 叩き潰すが」
楽しげに言って足を組む。敗軍の将と言うにはあまりにも堂々としすぎていた。それもそのはず、彼の“本当の戦い”はこれからなのだ。戦場のことはすでに手放すことに決め、次の戦いに向けて心を躍らせている。
無責任といえるかも知れない。しかしこれ以上続けても敗北するのは必至だと彼は見た。ならば早々に戦場から手を引き、戦力が温存されている内に次の手を打つ。時間の猶予を与えたのは部下たちの心情をそれなりにくんでいるからだ。24時間以内に納得のいく結果を出して見せろ、そう言っている。場合によっては先の言葉も撤回する用意があった。
この宣言により、戦場は混沌の坩堝に叩き込まれるかとも思われた。だが。
赤と黒。
二つの色が、戦場を蹂躙する。
次回予告っ!
生きるために戦い抜いてきた。
戦いこそが生きる道だった。
戦場で研ぎ澄まされた二つの命が鎬を削る。
宇宙をも震撼させる戦いの行方はいずこか。
次回希想天鎧Sバンカイザー第十三話『BURN』に、フルコンタクトっ!
やっとの事でここまで辿り着きました。
ここからが、折り返し地点となります。
一気に坂道を下るような疾風怒濤の展開に……なったらいいなあと思いたい今日この頃。どうなりますやら。
今回推奨戦闘BGM、ガン×ソードオープニングテーマ。
決着時、『覚悟完了』。