1・炎の皇、帰還 前編
特務機動旅団遊撃第一、第二中隊。それは特務機動旅団の中でも特殊な位置にある。
元々独立部隊としての性質が高い旅団にあって、さらに独自の権限を所有しGOTUI内に限って言えばほぼ無制限の行動が許されていた。
その存在意義はただ一つ。同じく独立権限を持つチームインペリアルのサポート及びバックアップ。
しかし――
「――そのチームインペリアルが“開店休業状態”である今、その権限を行使する事なく旅団の一部隊としての活動に専念している。現段階において言えば、未だその独立性と権限を保つ意味があるのか、はなはだ疑問だと言わざるを得ない……と」
キーボードを叩く手を止め、目元を揉みほぐしながら椅子の背に身を預ける女性が一人。
エリー・ケント。GOTUIの行動を独自に追う、フリーのルポライターである。
ふう、と深く息を吐く。思うのは、今現在の戦況。
半年前、外宇宙勢力は渾身の力を持って地球圏に再侵攻をかけた。多大なる軍勢と、多量の独自戦闘が可能な要塞型の転送装置なる代物を送り込んでの奇襲に対し、押し切られるかに見えた地球の軍勢はこれを何とか乗り切った。それは様々な要因があるが、最大の理由は“敵側の前線指揮官が重傷を負い銃後に下がらざるを得なくなってしまったから”であろう。
詳しいことはまだはっきりとしていないが、全ての指揮を任されつつ前線に赴き全てを打倒するような恐るべき人物であったらしい。だがその有能さゆえに代理となるものが存在しなかったのか、その指揮官が交代してから敵軍は精彩を欠き、前線を維持することに集中し侵攻の足を遅らせてしまった。
その隙をついて地球側の戦線は持ち直したわけだが、犠牲は少なくなかった。いくつかの拠点は失われ、太陽系内、火星付近まで敵の侵攻を許し、補給線こそ維持できたものの全戦力の実に五分の一を損失してしまう。
それは、現在正規軍の半分以上の業務を代行する勢力となったGOTUIとて例外ではない。戦力のほとんどは維持しているものの、シンボリックマシンであるTEIOWの一機は失われ、移動拠点の一つ、特務機動旅団の本拠地であった移動要塞グランノアは海の藻屑と消えた
全体的に言えば微々たる損失といえなくもない。だが。
「……影響力、という意味では結構大きかった、ようね」
エリーは呟き考え込む。
確定情報ではないが、失われたTEIOWは件の指揮官と相対し、彼の退場の代償として“消えてしまった”らしい。どうやらTEIOWの中でも特殊な位置にある存在だったらしく、他の機体、パイロットと比較しても情報の壁が厚くて消失時の詳細を掴む事ができなかった。箝口令というわけではないが、それに関してGOTUIに所属する人間の口は重い。
その上どうも、ただ失われたと言うだけではなさそうだ。
「なんというか…………“還ってくるだろう”的な、含みがあるのよねえ……」
どうにも理解に苦しむ。撃墜されてしまったというわけではなさそうだ。敵に捕らわれたとでも言うのだろうか。
ふむ、と腕を組む。情報が少ない。機密も関わっているだろうから口が堅いのは当然だけど、推論を立てられる程度の断片くらいは欲しい。もっとも推論だけで記事を書く気はなかった。そんなことは三流パルプ誌の三下にでもやらせておけばいい。
彼女が書きたいのは、真実。推論はそこに到るための道標に過ぎない。
さて、どうやって情報を集め、関係者の口を割らすか。エリーは挑み掛かるような笑みを浮かべノートパソコンを閉じる。視線をちらりとデスクの端に寄せれば、そこにはプレス用の身分証明証。あれやこれやの口車やコネを使ってやっとの事で入手した、GOTUIに立ち入りできる金印だ。
これで前線の部隊へと同行する事ができる。下手をすれば命はない。いや、高い確率で戻ってくることはないだろう。だが彼女の欲は、それでは留まらない。命をかけてでも彼女はやり遂げたいのだ。この目で見て、この耳で聞いて、この肌で感じて、全てを――“この世界の最前線で何が起こっているのか”を世界に知らしめる。ただそれだけを。
それは功名心か、あるいは自己満足か。彼女自身にも判別は付かない。ただ抑えきれない何かが彼女を突き動かす。
そろそろ時間だ。ぎりぎりまで原稿を記していたノートパソコンを少ない荷物が入った鞄に放り込み、証明証を胸ポケットに押し込んで、備え付けの家具以外には何も残っていない空っぽの部屋を後にする。すでにこの身は不退転、胸座って進むのみ。
威風堂々と彼女は歩む。目指すはGOTUIの仮駐屯基地、そこを根城にしている特務機動旅団の遊撃部隊。
そこで待ち受けているのは何か。エリーの心は彼方へと飛んでいた。
帰還した遊撃第一、第二中隊の面々は、一時の休息を取っていた。
ほぼ連日連戦で世界中を転戦している彼らに本格的な休暇というものは存在しない。普通ならば確実に労働基準法違反だが、このご時世の軍隊でそんな事を言っている余裕などあろうはずもなかった。油断すればすぐにでも戦況がひっくり返る綱渡り。隙を見せれば喰われるのだから。
そのような状況の中、特にこの二人は一時も休む様子など見せない。
「例の地帯の“歪み”が変質していると? ですが……」
「自然消滅、ではないのですか?」
僅かに不審げな表情を見せて、やいばとはずみはモニター向こうの人物に向かって問い掛けた。
「そういう考えもあるがな、それにしちゃあ変化が早すぎる。このままだと一週間後には完全消滅するだろうさ」
モニターの中で皮肉めいた笑みを浮かべているのは、GOTUI総司令にして天地堂一族の頂点に立つ男、天地堂 嵐。現在は特務機動旅団の司令代理も兼任しており、二人の直属の上司として振る舞っている。
嵐の言葉に二人は僅かながらも不安げな表情を浮かべた。可愛いものだと内心思うがそれを表情に出さず、嵐は話を続けた。
「調査の必要がある、という事さ。しかし素の調査隊を向かわせるわけにもいかん。敵さんも興味津々なのだろう、動きがある」
二人の眦が鋭くなる。
「つまり」
「我々の出番、という事ですか」
「おうよ。余計な仕事になるが……頼まれてくれるか?」
『お任せを』
二人が承諾すると同時に詳細な情報が送られてくる。もっとも彼女たちには必要なかったかも知れない。
ほぼ毎日のようにその地を確認するのが彼女等の日課になっていたのだから。
挨拶もそこそこに通信を切り、はやる心を抑えて行動を開始する。緊急性の高い任務ではない。しかし彼女等にとっては何を差し置いてでも即座に駆け付けたい事態であった。
そこに行ったから何が起きるわけでもないだろう。ただ絶望するだけかも知れない。しかし、それでも。
諸々の準備が整い遊撃第一、第二中隊が出立したのは翌日。
目指すは荒野。
半年前、紅き鬼神が姿を消した地。
正規軍の輸送機と比べしっかりと防音処理が施されたGOTUI輸送機のキャビン。そこにエリー・ケントの姿はあった。
事前に手渡されたGOTUI からの資料に目を通す。特務機動旅団遊撃第一、第二中隊の活動内容その他諸々が記されたプレス用の公開資料。事前に集めた情報よりは多くの内情が見て取れるが、それは十分なものではない。やはり実際の活動を肌で感じなければ“見えてこない。”今回は調査任務とのことだが場合によっては戦闘になるとも聞いている。であれば生のGOTUIをこの目にする機会があるかも知れない。さすがに実際戦闘になれば戦場から遠ざけられ輸送機の中に缶詰となるだろうが、それでも選るものは多いだろう。焦ることはない、まだ一歩目も踏み出していないのだから。
緊張とも高揚感ともつかない気持ちを腹の中に押し込んで、彼女は窓の外に目をやる。
「ん? あれは?」
いつの間にか平行して飛ぶ見覚えのない輸送機の姿があった。
機体の横に記されている紋章に見覚えのあったエリーは、己の記憶を掘り返す。
「……ナイトブレイドの輸送機?」
GOTUIと同じく企業の後ろ盾を持っている民間防衛組織。明確な敵、と言うわけではないが協調している間柄でもなかったはずだが、なぜここにいるのだろう。
エリーは首を傾げた。
「……つまり我々の担当区域に近いので、お目付役をやってこいという事なのさ」
モニターの中で軽く髪をかき上げつつ言うのは、ナイトブレイド第一大隊長、カンパリスン・アブ・ジクト。それに対して醒めた表情でやいばは言葉を返す。
「総本部に確認しました。確かにそのような要請があり、同行を許可するとの事です。戦闘になる可能性がありますが、そちらに手を貸す余裕があるとは限りません。いざというときは独自で判断して行動して頂きたい」
ばっさりと切り捨てるような言いざまに、カンパリスンは苦笑しながら肩を竦めて応えた。
「同行を許可してもらえるだけでも有り難いよ。こちらも上からの命令で仕方なしってところだからね、せいぜい邪魔をしないようにするさ」
この人も変わったな。少し離れた位置に控えているはずみはそう思う。
気障ったらしく、どこか尊大な態度は変わっていないようにも見える。しかし以前GOTUIに対してケンカをふっかけてきたような人を見下すような部分は随分と控えめになり、余裕のある態度で対応していた。話に聞けば彼の率いる部隊は後ろ盾の意志を半ば無視するような形で積極的に前線の任務に就き、それなりに成果を上げ練度も高まっているという。単なる金にものを言わせる格好だけの人間ではなくなってきたようだ。
何が彼を変えたのかと言われれば、彼女たちには一つしか思い当たらない。ほぼ間違いなくモニター向こうの彼を“思いっきりぶん殴った誰かさん”のせいだろう。
ただ一度の敗北。しかしそれは思い上がっている人間にカルチャーショックを与えるには十分なものだ。まるで冷や水をぶっかけられたような衝撃。あれを喰らって心に楔を入れられない人間などいない。
「つくづく人の運命を狂わせるのが好きな方ですな、我が君は」
声に出さずに呟く。焦がれる心は静かに熱く心の底に。しかし消え去る事はない。この命がある限り己は、己とその片割れは信じ続ける。何度絶望を目の当たりにしても諦めるつもりはない。今回はただそれを確認するための作業に過ぎない。
彼女たちはそう“自分に言い聞かせ続けている。”
歪な正三角形という、自然には絶対できない形状のクレーターが広がる。
かつて、二体の化け物が死闘を繰り広げた痕跡。その中央に、ぐにゃりと光をねじ曲げる何かが存在した。
空間の歪み。限定された空間の中で超密度のエネルギーがぶつかり合い解放された結果生まれた、世界に穿たれた風穴。そんなものが生じるほどの激戦が、ここでは繰り広げられたのだ。とても想像がつかないなと、測定機材を展開していく調査班の姿を機体から見下ろしつつターナは思う。
心にしこりのようなものは、ある。しかしそれは自分が思っている以上に軽いものだった。あれほど憎み、死に物狂いで追いかけたというのに。やはり自分は冷たい人間なのだろうか。ついそうネガティブな方向に考えてしまう。まだたった半年。その程度の時間で、彼がいない事を受け入れかけているなんて。
思慕ではなかった、と思う。しかし純粋に憎悪だけだったかと言えばそうではない。今考えれば彼を追っていたのは、自分でも分からない何かを問い質したかったからではないか。そう感じる時もあった。
「未練……なのかな」
失った時間も人も戻るわけではない。それが納得できなくて、激情のままに彼を追いかけた。しかし。
拍子抜け、というのだろうか。彼が不敵に応え、さも当たり前のように“自分に命を狙われている事を認めた”その時から、肩から力が抜けてしまったようだ。最初から分かっていた……いや、覚悟していたのだろうか。自分がいずれ目の前に立ちはだかると。だとすればまるで道化だ。裏切り裏切られが当たり前の土地で、最後まで兄の期待を裏切らなかった唯一の人間だったというのに。自分の的はずれな憎悪と、ある種の信頼はそれこそ小娘の戯言。相応に軽いものでしかなかった。そう言われているような自責の念がターナの心に暗い影を落す。
だから注意力が散漫になった。
「ライオット4、いつまでぼーっと突っ立ってる! そっちは終わっただろうが報告まだかよ!」
通信機から飛び込んできたライオット1の声にはたと我を取り戻す。慌ててモニターに目をやれば調査班は設営を終了し次の調査機器を設営するために移動を開始しようとしていた。
「す、すいません。ライオット4よりリーダー、現地点でのセッティングは終了、次の地点に移動します」
「了解、しっかりしてくれよ?」
「はい! すいません!」
泡を食って返事を返しつつ、ターナは機体を次のポイントへ移動させようとした。
その直前で、レーダーに感。
「! 空間転移反応! 敵襲か!」
リンクシステムが自動的に僚機全てに情報を転送し、即座に戦闘態勢に移行。調査班は作業を中断して後退を開始、最初から想定されていただけあってスムーズに準備が整う。
空間の歪みが生じているのが原因でこのクレーターの周囲では空間転移などを使うのが難しい。だが敵は――外宇宙侵略勢力の軍勢は、星系外から地球の大気圏上層部に直接兵力を転送させるなどという離れ技をやってのけた実績がある。そして反応が現れた以上、“できる”という事だ。そういった方面の技術はやはり地球側の数段先を行っている。
だがそれだけで勝敗が決まるわけではない。地球人類とて幾たびもの戦火を乗り越えてきたのだ。舐めてもらっては困る。
ターナは、いや、彼女だけでなく全員が意識を切り替えた。
「さすがGOTUI、大層なお出迎えだ」
手勢と共に転移を完了してみれば、いきなり砲火の雨霰。それをかいくぐりながら指揮を執る男は感嘆の声を上げる。
地球圏に対し攻勢に出て、その後膠着状態に陥ったところで増員として雇われた傭兵の一人。個人戦等能力も指揮能力もそこそこのものがあったので前線指揮官として採用され、今に至っている人物だ。野心も上昇志向もあり、積極的にミッションをこなし成果も順調に上げている。GOTUIとも幾度かやり合っているが、敗退こそすれ落されたり全滅したりした事はない、相応のやり手であった。
この男、外宇宙勢力に多い地球人類を舐めきったような思考をもっていないというのが強みである。事前に情報を集め吟味し、敗北から学ぶ事を怠らない。ゆえにある程度地球側――GOTUIの事情に詳しい。
「次元に穴を開けるほどの空間の歪み、やはり相当気になっていたと見える」
地球側が異世界に通じる次元跳躍技術を保有し、補給線を確保しているのは分かっている。だったらこの場の空間の歪みを加工して新たな跳躍門を確保するのではないか。男はそう睨み以前から網を張っていたのだ。
案の定歪みに変動が見られたタイミングでGOTUIは現れた。己の推測が正しいかどうかは分からないがGOTUIがここを重要視しているのは明白。できれば指揮を執る人間を捕らえ情報を得たいところだ。そうすれば、勢力内での己の株も上がるというもの。
「鬼の居ぬ間……ってわけじゃないが、“あの男”が復帰する前に少しでも手柄を上げさせてもらう! “デストロイ・ユニット”を前に!」
男の指示に従い有人機は後退し、代わりに前へと出るものがある。昆虫とも甲殻類ともつかない形状の自律稼働型の機動兵器。鈍重そうな外観を裏切り意外な速度で駆けるそれらは、装甲の隙間から不気味な燐光を放ちながら宙へと飛んだ。
そして鋼鉄のダニどもは、ひときわ強く発光して“その姿を突如消した。”
「! 全機散開! “跳んで”くるぞ!」
短く警告を放つと同時に、やいばは機体を翻して回避行動を取った。それに従いランダムだが他の機体を遮らない呼吸のあったタイミングで全ての機体がその場を飛び退く。僅かに遅れて陣地の直上、目と鼻の先の上空に、次々と自律兵器の姿が現れる。
着地と同時に周囲へと向かって無差別に攻撃を開始する自律兵器――デストロイ・ユニット。空間跳躍の技術、そしてそれに対応するノウハウをGOTUIが持っていなければ混乱の中勝負はついていただろう。しかし。
「ブリッド1より全機! 対応パターンC‐16! 近接装備はブレード1について後退した有人部隊を叩け! 中距離は私について無人機を片付ける! 砲戦は後退、援護とバックスの護衛、そして状況観察! レーダーから目を離すな、ヤツらのパターンを割り出せ!」
戦乱を生き抜いてきたのは伊達ではない。突飛な状況に離れている。その上で遊撃第一、第二中隊は余所ではやらない、小隊単位を状況に応じてバラし、各員の能力に応じてフォーメーションを組み替えるという戦法を用いる。さじ加減が難しく混乱をよびそうな手法であったが、それを可能とする技量がこの部隊にはあった。
「はは、見事と言うしかない対応の早さだ!」
嘲るでなく純粋な感嘆の声を上げ、突撃してくるブロウニングの群れに銃撃を放ちながら男は笑う。
銃撃をかわし、弾き、速度を弛めずに突き進むブロウニング。真っ向から相手をしていたのではとてもじゃないがその勢いを止められない。そのような凄味がある。
ならば、真っ向から相手をしないのが正解だ。
男が指示を送れば、再びデストロイ・ユニットが姿を現し、有人機の壁になるように立ち塞がる。
一斉射撃。だが空間を埋め尽くすような弾雨をかいくぐって、GOTUIの精鋭たちはその懐に飛び込んだ。
「この程度で止まるわけには……っ!」
ぞくり。今まさに打ちかかろうとしていたやいばの背中に悪寒が奔る。
振り下ろす大剣の軌道を強引に修正。眼前の地面に打ち付け衝撃によってブレーキをかけ、そのまま全速で後退。その直後だった。
前触れもなく、突然デストロイ・ユニットが自爆する。
攻撃を叩き込む寸前という無防備なタイミング。装甲や部品が散弾となり襲撃者たちを襲う。さしものの強者どももこれを回避するのは困難であった。
「やってくれるよっ!」
まともに爆発に飲み込まれ吹っ飛ばされたフェイが機体を立て直しながら悪態をつく。アラートが唸りコンディションを示すモニターには赤や黄色の表示が一斉に点灯するが、致命傷ではない。しかしこれを何度か喰らえばどうなるかは分かり切っている。
背後でも次々とランダムにデストロイ・ユニットが自爆を行い混乱を招く。これでは下手に接近する事ができないが、向こうは空間を跳躍してくるから場所は選び放題。コストと消耗を度外視した、前代未聞の戦術だ。使い捨ての無人兵器だからこその手段。理には適っているとは言え、思い付いたからと即座に打てる手ではない。相手は相当の手練れのようだ。
「しかし種は割れた。いつまでも手品が通用すると思うな」
舞うように機体を駆りながら、四方に現れるデストロイ・ユニットの奇襲をかいくぐるユージンが不敵に呟く。
その言葉には多分に強がりが混ざっている。状況はどう考えても不利、追い込まれるのも時間の問題だ。しかしそこで諦めるものなどこの部隊には誰一人としていない。機体は動く、意志は尽きていない。ならばまだ戦える。虎視眈々と隙を伺い、弾雨の中で牙と爪を研ぎ澄ませ。諦めなければ機会は訪れる。“そうやって生き延びてきたヤツ”を、彼らはよく知っていた。
「なめんな、俺たちゃ頑固な汚れよりしぶてえぞ!」
両手で構えたビームランチャーで撫で斬るようにデストロイ・ユニットを吹っ飛ばしつつライアンは吠える。
当たれば壊せる。攻撃は通用するのだ。だったら勝てない道理はない。こちらが倒れる前に相手を倒すか退かせれば勝ちだ。その前にこちらが後退すればとも考えたが、向こうに勢いから見ると確実にこちらを潰しにかかっている。そう簡単には逃がしてくれそうもない。ならばとことんやり合うまでだ。
腹を決めた彼らは凄まじいまでのねばり強さを見せる。そしてそれはGOTUIの面々だけではない。
「高度を取ります! 揺れるからシートに……」
「あたしはいいから仕事しておいて下さい! ブン屋はこういう性分なんです!」
「……ハイスミマセン」
忠告に来た乗員に向かって 歯を剥き出しながら吠え立ててから、エリーは再び分厚い窓に貼り付いてシャッターを切る。今まで見たこともない凄まじい戦い。敵は容赦なく特攻を仕掛けそれに怯まずGOTUIは果敢に反撃する。どちらも一歩たりとも退く様子はなく終わりは見えない。
猛々しい意志。何が彼らをここまで駆り立てるのか。その全てを己の心とカメラに焼き付ける勢いでエリーはシャターを切り続ける。これが、この光景が。血みどろで凄惨で荒々しいこの光景こそが世界の最前線。地球人類が己を貫くためのデッドライン。余すところなくそれを見据えろ、そして遍く伝えるのだ。取り憑かれたような思いで彼女は全ての光景を捉えんと瞬きも惜しんで戦場に視線を巡らす。
それは眼前に突如デストロイ・ユニットの姿が現れても変わらなかった。
防衛網の僅かな隙をつき、転移してきた一機。動揺する様子すら見せず、命が尽きる最期の一瞬まで シャッターを切り続ける覚悟のエリーの目の前で、ユニットは装甲の隙間から燐光を放ち――
――いきなり飛来した金色の何かに刺し貫かれて吹っ飛ばされ、地面に落下して爆発四散した。
「ふっ、上からは手出しせず後退しろと言われたが……」
輸送機を護るように割って入ったのは、黄金の翼を翻す派手な機体、メタトロン。それを駆るのはもちろんこの男、カンパリスン・アブ・ジクト。
「義を見てせざるは何とやら、ってね。それに何よりこう言うのを見過ごしておくのは……」
ヘルメット越しに髪をかき上げるような仕草を見せるカンパリスン。もっともその仕草を見るものも言葉を聞くものもない。はたからみればただぼさっと機体が突っ立ているだけだ。
当然隙だらけで、それを逃すようなロジックは無人兵器に搭載されていない。
「前ー!!」
あまりのあほさ加減に取材を忘れてエリーが叫ぶが聞こえるはずもなく、メタトロンの眼前に再びの転移。避ける間もなく組み付こうとしていたユニットは、先ほどの焼き直しのように横合いから乱入した何かに吹っ飛ばされた。
「ぼさっとしてんじゃないよぼんぼん! あんたの手下は真面目にやってんだちゃんと働け!」
スラスターを吹かし次々とデストロイ・ユニットを上空から仕留めていくのはターナ。狙い撃ちにされる危険を冒して攪乱と情報収集を行う彼女の目は血走っている。モニター越しにそれを見たカンパリスンは盛大にビビった。
「ああああ、も、申し訳ない。その、あれだ……」
「ごたごた言ってんな! あんたも飛べるんなら手伝え!」
「いえそのボクは別系統の組織でしかも大隊長で……」
「手伝え」
「い、イエスマムっ!」
勢いで屈服させカンパリスンを従えるターナ。戦況は相変わらず。今は猫の手も借りたい。こんなんでも使えるものは使う。でなければ、生き残れない。
そう、戦況は変わらない。相変わらずGOTUI側の不利。ユニットは無制限に湧き出てくるのかと思わせるほどに次々と補充され、少しずつだがダメージを与え戦力を削っていく。しかし誰も怯まない、下がらない。はてなき猛攻を、歯を食いしばり眦を上げて持ちこたえる。
「ここまでくれば突き崩せると思ったが……よく保つ。なぜだ?」
指揮を執る男は眉を顰める。士気も練度も高いがそれだけでは説明のつかない気迫。未だに優位を保っているのになぜか追い込まれているような錯覚すら覚える。だがそれに飲まれるわけにはいかない。折角のチャンスなのだ。是が非でも押し切る。彼はありったけの戦力を注ぐ事に決めた。
ますます激しくなる勢い。それでもまだ一人とて倒れない。痛みを堪え、流れる血を拭い去って突き進む。
恐怖が、絶望が心を蝕もうとする。もういいだろう、こんないやな事からはとっとと逃げ出してしまえ。早く楽になってしまえばいい。甘美とも思える誘惑が囁いてくる。
だがそれに屈するわけにはいかない。そうだ、“あの男”ならこう言う時、こう考えて、こう吠え立てて、突き進んだはずだ!
『格好悪いだろ! そういうのっ!』
奇しくも思いはただ一つ。それだけで、その意地だけで彼らは理不尽に立ち向かっていく。 そんな、愚直だが全てを貫き通すかのような思いに応えるかのように。
ごおん……と、何かを殴りつけるような轟音が響いた。
遙かな地下。封じられた格納庫の片隅で。
どくりと何かが鳴動した。