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9・獣たちの宴 後編



 



流れが変わり、地球側艦隊は一方的に押され始めた。原因は言うまでもない。悪鬼羅刹を中核とした異形の集団、それらが戦線に加わったことで戦力のバランスが崩れたのだ。

もっとも――


「――戦闘をヤツらに任せて主力は待機していく、か……ナメられているわけではないというのが口惜しくあるが」

 

歯ぎしりをしながら提督が呻く。なぜ全戦力を持って押しつぶしにこないか、その原因は至極単純。

 

“味方の援護など、彼らにとっては邪魔でしかないからだ。”

 

また一つ、艦が落ちる。全員よくやってくれていると思うが、それでも大した時間を稼ぐことすら難しい。

せめて、せめてヤツらの手の内を一つでも多く明かさねば。暗雲の中、それでもなお目から光を失わず、彼らはあがき続けた。


 








地球側艦隊にも、特殊能力者を集めた部隊くらいは存在していた。もっとも連戦に次ぐ連戦で消耗、縮小化し、現在では大隊規模までその数を減らしている。以前なら非合法な手段を使ってでも無理矢理人材を補給していたのであろうが、現状ではそれもまま成らず徐々にその規模を下手していく一方なのが現状だ。

しかしその分、現在まで生き抜いた隊員達はたたき上げの強者達であり、艦隊戦力の一角を担う存在となっていた。

が、その彼らをして苦戦を強いられる相手が存在する。


「くそ、折角回して貰った新型と構築したフォーメーションがクソの役にも立たないとはなっ!」

 

隊員の一人が歯噛みする。その間にも機体を操る手は止まらない。

ほぼ機体の限界に近い複雑怪奇な三次元機動。だがそれをもってしても目の前の敵を振り切るのは困難を極めた。

 

半径100メートルを超える巨大な円盤状の機動兵器。それは翼を開くように後方から幾重にも展開し無数の砲門を覗かせる。そして同時に空いた隙間から数十に及ぶ影が飛び出してきた。

それはアイオーンと呼ばれる特殊能力者用の機動兵器。敵側の特殊能力者部隊とその母艦か、一見そう思われたが見るものが見れば分かる。アイオーンの群れ、その虚ろな気配。そして巨大機動兵器から放たれる強大なプレッシャーと思念波。間違いない、“この一個大隊に匹敵する機動兵器群は、たった一人の人間によってコントロールされている”!


「この【メルカバー】の本質に気付いたようね。……さすが、と言うべきかしら」

 

搭乗しているというよりはコクピットに埋め込まれたような形で機体を操作しているのは、カダン傭兵団副長シャラ・シャラット。出会い頭に反応しフォーメーションを変えた敵部隊に対し、賞賛とも思える言葉を発する。しかし感心しているばかりにもいくまいと、機体にコマンドを叩き込む。

強襲揚陸艦を改装した彼女専用の機動兵器メルカバー。本来愛機であったアイオーンを思考誘導兵器としてのみ使用し、大隊規模の戦力をワンマンオペレーションにて運用可能としたそれは、強力な特殊能力者でしか扱えない代物であった。

ただそれだけであるならば、通常の特殊能力者用の兵器を巨大化させただけに過ぎない。しかしアイオーンから引き継いだ時空間制御機構と“もう一つの能力”が、この兵器を特殊能力者の天敵と言うべき存在として昇華させていた。

対峙している特殊能力者の一人が焦りの声を上げる。


「ガンスクワイヤが使えない!? “思念波のジャミングだと”!?」

 

予測はしていた。目の前の敵が対特殊能力者用の存在だと。だが地球側では直接的な妨害手段の存在しない思念波を、しかも“波長の違う多人数のものを同時に妨害する”など想像すらしていなかった。これでは思考誘導兵器はおろか、戦場の思念を読み状況を見極める、特殊能力者同士の精神感応を応用した戦術を組むなどの優位点が一切合切使えないと言うことになる。

技術力の差、だけではない。目の前に存在する急ごしらえの兵器、それを駆る乗り手共々その存在自体が“特殊能力者の天敵”なのだ。嫌でもそれは理解させられた。


だが。


「……退けねえ。退くわけにはいかないだろう?」

 

とある小隊を率いる隊長格が嘯く。

叶わないからとここで退くのは容易い。

しかしそれは、自分達以外の誰かにこの敵を放り投げると言うことだ。自分達の培ってきた全てが無意味だと言っているようなものだ。

認められない。認めるわけにはいかない。認めると言うことはこの戦いで犠牲になった、そして自分達が犠牲にしてきた全てのものに対する侮辱だ。それは断じて認められない。

 

踏ん張れ。歯を食いしばれ。腹を括れ。全てを賭けてここに留まれ。ジャミングによって精神の繋がりは断たれても、皆の思いは統一されている。誰一人として戦線を離脱するようなそぶりは見せなかった。

具体的な打開策を持たず、それでもなお後退しようとしない敵陣を見据え、シャラはふんと鼻を鳴らす。


「そうでしょうとも、そうあって然るべきでしょうとも」

 

目の前の敵を愚かだと笑わない。笑えるはずもない。立場が逆であったらば、彼女も同じように立ちはだかっただろうから。

彼らとは違うであろうが、彼女もまた、退けぬ理由があるのだ。


ゆえに。


「敬意を表し、全力で相手をさせて貰いましょう」

 

こおう、と動力炉が唸りを上げる。

メルカバー本体から指令を受けたアイオーンの群れが、縦横無尽の機動をもって宇宙を駆ける。

同時に空間を埋め尽くすかのような砲撃。そして。

 

その最中で、いきなりメルカバーの本体が消えた。いや。

時空間制御を応用して、跳んだ。

 

その姿が現れるのは、回避行動で手一杯となっている特殊能力部隊の真後ろ。

理屈では分かるがあまりにも速い。いくら時空間制御機構があるにしても、その巨体を振り回すのはあまりにも無茶が過ぎた。

ゆえに、反応が遅れる。

再び全ての砲口に、光が集約していく。


「吹っ飛びなさい」

 

咆吼のごとき一斉射撃。

視界が、閃光に染まった。

 

戦場のただ中で、ひときわ大きい爆発光が広がる。


 









火星の地表は、完全に近い形で放棄されていた。

制空権もへったくれもない、侵略勢力が本格的な侵攻を開始する以前から、地球側は火星から撤退を始めていた。考えることは同じ、戦力を宇宙に引き揚げ戦線を一本化するという策。地球付近での反攻戦力が整いつつあるのに合わせ、それは実行に移された。ゆえに現在火星には戦力は残されていない。

 

ただし“有人兵器に限っての話”だが。


「おいおい、“地球側にも無人兵器がある”たあ聞いてないぞ? しかもなんだあのでかさは?」

 

降下し空になった基地を占領するだけの簡単な仕事だと聞いてみれば、とんでもない間違いだったと降下部隊の一人がぼやく。

彼方に見えるのは、全高数百メートル近い多脚砲台と空母の飛行甲板を複数組み合わせたような歩行移動要塞とでも言う代物。

移動速度はさほどでもないが、どうやらシャレにならない搭載量があるらしく、無数のミサイルや各種砲撃が雨霰と降り注いでくる。しかも強力なバリアシステムを搭載しているようで、生半可な攻撃は通用していない。

資源採掘用の巨大重機を改装した無人多脚砲台。戦艦を飛ばすのならともかくこのサイズの代物を歩き回らせる技術というものを、まだ地球人類は完全に確立していない。地球上であればその自重で動くこともままならないであろうが、重力の少ない火星であればこそ何とか動き回る事が可能な、急ごしらえでっち上げの兵器だ。

それでもその能力はトラップとして十二分な働きをしており、かてて加えて各部基地に残されていた弾道弾や大型火砲などが連動し、その働きをフォローしている。占領すべき地帯を目の前に、降下部隊は立ち往生を余儀なくされていた。


「衛星軌道上からの支援は!?」

「こっちの降下と同時にジャミングが展開している! 残存衛星を使ったブービートラップだ! 解除するのにしばらくかかる!」

「くそっ!」

 

どうやら他の地域でも似たような状況になっており、援軍は期待できない。撤退した地球軍の最後っぺを片付ける、損害があったとしても全体からすれば微々たるもので、そもそもが制空権を取るついでのおまけみたいな任務だ。まさかこんな大規模のトラップが用意されているなどとは誰も思わない。基本的に主要惑星以外を制圧対象と考えていない侵略勢力の面々からすればなおさらだ。地球側としてはもっと大規模な部隊を送り込んで制圧し橋頭堡として火星を利用するだろうと考えてのことだったが、見当てが外れたとも言える

これはダンの立てた地球以外の惑星の制圧はほぼ断念するという計画と星系全体の制圧を順に行うだろうという地球側の予想、その意志の差が如実に表れた出来事なのだが、それを論じるのは後世の者達で今現在前線で命を張っている人間には全く意味がない。このままでは地表に降り立った人間は無駄に人死にを出す、そう言った状況であった。

 

“冷徹に考えれば無視される状況”。しかしあえてそれこに介入する存在もいる。

 

引くに引けない軍勢と心持たぬ軍勢がぶつかり合う最中。唐突に前触れもなく衛星軌道上から減速もなしに“そいつ”はぶち込んできた。

軌道上からの砲撃。地表の損害を無視した容赦ない攻撃手段。目の前に叩き込まれたそれを見て、前線の戦士達はそのように判断した。だがそれにしてはおかしい、後続がない。ただの一発ただの一撃、しかも睨み合いのど真ん中に砲撃を叩き込む意味などない。

戦線を維持する全員が固唾を飲んで見守る中、盛大に生じる噴煙の中蠢く影があった。


「改装後の馴らしにしては少々派手に過ぎたか……まあそれも一興」

 

ゆらりと、影が身を起こす。あまりにも派手、あまりにも堂々と降り立ったそれに対し、無人の兵団は容赦などしない。

それはいつか、地球上で行われた出来事とそっくりな状況。たった一つの存在に対する過剰なまでの飽和攻撃。

当然と言うべきか、その結果も同様であった。


「稚拙。あまりにも……芸がないっ!」

 

どう、と巻き起こるは竜巻。それは気圧の変化によって生じるものではなかった。

その要因は、“急激な重力偏差によるもの”。

 

全ての攻撃が、弾かれる。ねじ曲げられる。全てを天空に巻き上げながら、“そいつ”はゆっくりと、己が生み出したクレーターの縁から一歩を踏み出す。

 

巌を組み合わせたようなごつい外観。鉄塊を無秩序に組み合わせ人の形を成した、そうとしか表現できないあまりにも無骨な人型機動兵器。

そいつはのろのろと亀のような速度で面を上げ、前を見据える。その動作は緩慢に過ぎ、とてもではないが脅威とは捉えられなかった。


無論その印象は大間違いだ。


「我らが戦術の焼き直し。この短期間で仕上げたのは見事だが……それだけだ」

 

コクピットの中で嘲笑うのはヴェンヴェ・ケヴェン。その彼が駆るのは愛機ベヒモスを改装、強化した【ベヒモス改】。動力を大型戦艦クラスに匹敵する大出力のものへと換装し、フレームから装甲まで各部を強化したその機体はさらに重量を増し機動性は低下、歩行性能は最早劣悪としか言いようのない代物だった。

しかしその分装甲とダメージコントロールは向上し防御力は以前とは比較にならない。そして、唯一にして最大の武器である重力制御能力は桁外れの能力を得るに到っている。

 

ジェネレーターが唸りを上げる。それと同時に立ち上っていた竜巻が徐々に収まっていった。

いや、収まってなどいない。縮小はしている、だがそれはさらに勢いを増し機体の周囲へと集約しているのだ。

ベヒモス改がゆっくりと、天を掴むかのように右手を上げる。機体を中心に重力波が渦を巻き、新たな形を……螺旋錘を形成していく。

グラヴィトンドリル。以前は手先を中心に展開されていたそれは、機体全てを覆い尽くすような形で展開されていた。それだけならば、それだけであるならばただ出力が上がっただけでしかない。


むろん、そこで終わろうはずがない。


「“反重力場”機体下方に展開」

 

マイクロブラックホール並みの質量を得ているはずのベヒモス改が、ふわりと浮き上がる。重力場と反重力場。本来ならば相反するそれを同時展開するなどという非常識極まりないことを、この機体はやってのけるのだ。

叩き込まれる無数の攻撃を弾き飛ばしながら、巨体は悠々と天に舞う。そして。

 

前触れもなく、超高速で大型多脚砲台にむかって突撃する。

 

重力偏向、そして重力場同士の反発力。それを利用した加速能力。多分に直線的な機動力しか得ることができないが、その速度は理論上亜高速にまで達する。マイクロブラックホール並の質量を持つ存在がそんな速度で飛び込んできたらどうなるか。

 

見た目は軽く、あまりにもあっさりと、重力の魔神は巨大な構造物を貫く。

 

遅れて轟音、そして衝撃。

 

ソニックブームどころではない、空間を揺るがす衝撃を叩き込まれ中枢部が崩壊する。そして、爆散。さらに突撃の勢いはそこで留まらず、ベヒモス改は後方に控える基地にも己自身を叩き込んだ。

衝撃と爆発物の誘爆。それは基地一帯を吹き飛ばしてなお余る破壊を生み出す。

ほんの一時であまりにもあっさりと、降下部隊の足を止めていた戦力は消し飛び、苦戦を強いられていた者達は爆風を堪えながらただ唖然とするより他なかった。

 

噴煙立ち上る中、ゆらりと動く影。


「“試し斬り”は好調、良い仕上がりだ」

 

薄汚れはしたが傷一つない、重力の魔神がその姿を現わす。

兵士達はその姿に頼もしさを覚えると同時にどこか薄ら寒い雰囲気も感じていた。

 

この後、地球側の残した無人兵器群は、その事ごとくを喪失する。

たった一機でそれを成し遂げた魔神は、天を仰ぎただ待つ。


 









戦場の端。大方の目の届きそうにない場所から。

少しずつ、少しずつ。侵食していくものがある。

 

マズルフラッシュ。振動推進器が放つ独特の光。

いち早く異常に気付き駆け付けた小隊を待っていたのは、地獄であった。


「くそ、どこだ、どこにいる!」

「無駄弾を撃つな! レーダーにも捉えられない相手に当たるものか!」

 

円陣を組み周囲を索敵。焦る一人が四方に向けて威嚇射撃を行うが手応えはない。より多くの戦闘データを得て後方に送るため、地球艦隊側はありったけの偵察機を出撃させ外縁部から戦況の観察を行っていた。そのいくつかから連絡が途絶え、異常を悟った彼らが一番近い現場に赴いたのだが。


「どこから撃ってきた? ……狙撃、じゃない。もっと近い。それに……この攻撃は」

 

努めて冷静さを保とうとしている小隊長。周囲に気を配りながらも、同時に僚機とのリンクで得られた情報に目を通す。

偵察機の残骸が漂う空域にたどり着いてみれば、突然の不意打ち。しかし敵の姿は捉えられない。損傷の様子からすると、実体弾でも光学兵器でもない。強いて言えば、削岩機で削り取られたかのようなダメージを負っている。奇妙な反応を感じて咄嗟に散開しなければやられていた。直撃すれば一撃で機動兵器など消し飛ぶ。そんな攻撃だった。

その正体は大体分かっている。損傷の具合、そして直前で察知した反応――“空間が歪む反応”。恐らく相手は――


「――“空間振動波を武器にしている”、か。その上で索敵に引っ掛からない、と」

 

冷や汗を流しながら、小隊長は考えを巡らせる。先ほどの攻撃範囲。それから予測されるのは相手がこちらの出力を上回っている事。振動波の発振位置から推測するにかなりの巨体を誇るか、機動力を有するかしている事。レーダーには全く反応しない事。波状の攻めがない所を見ると単体か小隊規模である事。今分かるのはこの程度の情報だ。

どうする、と小隊長は考える。敵の手の内は読めない。そんな相手と戦うのは愚の骨頂と言わざるを得ないが、さりとてこのまますんなりと返してくれるはずもない。最低でも相手がどの程度のスペックを持つか分からなければ逃げることもおぼつかないのだ。であるならば。


「仕掛ける、か。……フォロー頼む。しくじったら逃げるぞ」

「え? た、隊長?」

 

一方的に宣言。戸惑う部下を尻目に、小隊長はスロットルを開ける。複雑な機動を取りながら宙を駆け、偵察機の残骸に向かって飛ぶ。

目的は偵察機のレコーダー。それを回収する……と見せかけて敵の出方を探る腹だ。

偵察機を潰し情報の漏洩を防ぐ、そういう目的であるならば必ずアクションがあるはずだ。偵察機の残骸を餌に戦力を呼びつけるのも同様。どちらにしろこの動きは無視できないはず。それが小隊長の目論見であった。

速度を殺さぬまま、レコーダーが搭載されている部位へとワイヤーアンカーを射出。熟練の漁師のように狙い違わず目的部位を回収し離脱――


「!!」

 

――しようとしたところで反応。全力で機体を翻す。

フレームが軋み、レコーダーを回収するはずだったワイヤーが引きちぎれる。見えざる攻撃を奇跡的とも言える機動で回避しつつ、小隊長は通信機にがなり立てた。


「観測データを飛ばせ! コイツを放っておくわけには……」

 

最後まで言い切る前に、小隊長の機体が砕けた。

爆発。それを確認するより先に小隊の残りは全速力でその場を離脱する。それぞれが別の方向へと向かって。

駆け抜けながら、小隊長の行動によって微かに得られたデータを全て、あらゆる方法によって味方へと放つ。

 

――兎たち。哀れな哀れな兎たち――

 

ぞくりと、小隊員たちに悪寒が走った。

通信が入ったわけではない。だが確かに。

 

“その台詞は耳に届いた”。


「空間振動波! コイツっ!」

 

一人が振り返りながら銃を向ける。それはあまりにも、致命的な隙。


「がっ!」

 

トリガーを引くことも許されず、砂の城を崩すかのように砕かれる機体。しかし残りの機体はその行動によって貴重な一瞬と情報を得る。


「見たな」

「ああ、送ったさ」

 

残りの二人が、にいっと笑みを交わす。

覚悟を決めた、男の笑みだった。

 

僅かな時間ながらも最後の最後まで抵抗する。その心意気は叶えられ、僅かながらも貴重な情報が艦隊にもたらされた。


そのような些末ごとを“ソイツ”は気にしない。

ただひたすらに、愚直に、確実に。己の役目を果たすだけ。

 

闇に紛れ、少しずつ戦力を削り、恐怖を与え冷静さを奪う。

それがソイツに与えられた役目。

 

ずるりと闇が凝結を始める。

影のような薄さで展開し“周辺の空域を覆っていた”液体金属が、フォログラムのカモフラージュを解いて一塊りに集まる。形成されるのはのっぺりと凹凸のない人型をした特殊情報戦略戦闘ユニット、ニキ・ニーン。

状況は予定通り。少しずつ情報を与え、少しずつ敵をおびき寄せ、確実に葬り去る。そうすることによってただでさえ余裕をなくしていく敵に、さらなる恐慌を与え判断力を鈍らせる。即効性のある手段ではないがそれは遅効性の毒のように、ボディブロウのようにじわじわと効いてくるに違いない。

 

そう、己の役目は影で良い。真正面から戦う必要はない。

 

ちり、とメモリーのどこかで青き戦神の姿がよぎったが、ニキはそれを無視した。

最低でも、そのつもりだった。


 









三割が、落ちた。

 

圧倒的な力。たかだか大隊規模の戦力が、一方的に大艦隊を蹂躙していく光景は悲惨を通り越して滑稽と言うしかない。旗艦ですらすでに傷だらけ。次は我が身でもおかしくはない。提督は微かに自嘲の笑みを浮かべモニター越しに遙か彼方を睨み付ける。

 

艦隊の真正面、彼方の虚空に堂々と仁王立つ一体の機動兵器。

 

漆黒に黄金の装飾。以前のデータで見たときと比べ四肢が一回りほど太くなり、各部はより鋭角的なデザインへと変更されている。恐らく見た目だけではあるまい。その能力も以前とは比べものにならないはずだ。

推測だらけなのは、未だにかの機体が動きを見せないからだ。己の出るまでもないと、恐らくはそう判断してこちらが壊滅するのをただ待っているのだろう。

 

ぎ、と提督は歯を噛み鳴らす。そして制帽を目深に被り直し、静かに、だが力を込めて命じた。


「機関を臨界まで回せ。いざとなれば、突っ込む」

「しかし提督! ……いえ、了解しました」

 

具申しようとした艦長であったが、他に有効な手段もないとなれば退くしかない。たとえそれすらも無駄に終わると推測できてもだ。

来るべき時はそう遠くなく訪れる、だがただ黙って朽ち果てると思うな。目にもの見せてやるさと旗艦乗員の全てが覚悟を決めた。

 

その覚悟は、結局の所無駄に終わる。


「! 後方に感! 大規模な空間変調! これは……ゲートです! 大規模な空間転移ゲートが艦隊後方に展開していきます!」

 

背後に回り込まれたか。いよいよ痺れを切らせて一気に叩き潰すつもりになったのかもしれない。反転するよりは前に出て少しでも損害をと算段し始めた提督の耳に予想外の言葉が飛び込んでくる。


「反応が……これは! み、味方です! 地球近海で再編成された主力艦隊が来ました!」

 

次々と空間の裂け目から姿を現わす艦の群れ。その中央に位置し威風堂々と乗り込んできたのは全長50㎞を超える白亜の巨大戦艦、トゥール・グランノア。

せまる侵略勢力に比べその数は少なく、頼りなく見える。だがしかし、紛れもなく精鋭中の精鋭。苦闘の末地球圏から全ての敵戦力を駆逐した強者の集団だ。

 

その中央。トゥール・グランノアの舳先に佇む影がある。

 

次元の彼方に吹き飛ばされ、だが帰還を果たした不屈の象徴。

 

炎の鬼神、バンカイザー。

 

背後から旗印たる存在を満足げに眺めつつ、総指揮官の席に座するのはGOTUIの主力総司令、天地堂 嵐。


「さあて居並ぶ方々よ。セオリー破りで申し訳ないが、いきなり最終決戦といこうか!」

 

その姿を、そして現れた艦隊を見据え、漆黒の魔神を駆る男、ダン・ダ・カダンは凄絶な笑みを浮かべる。


「重力バランスが複雑な星系内での大規模空間転移……恒星間航行に必要な技術、星の海への足がかりを手に入れたかGOTUI! いや……地球人類よ!」

 

大仰に、漆黒が――ダンカイザーが両腕を開く。それはまるで愛しき宿敵を抱くかのごとく。    


「ようこそ遙かなる銀河の領域へ! だがその道、穏やかなるものだと思って貰っては困る。……押し通るのであれば、我らがお相手しよう!」

 

決戦の火ぶたは、ここに切って落された。











次回予告っ! 






掟破りの逆侵攻によって始まった決戦。

ゼンカイザーが。

ゲンカイザーが。

リンカイザーが。

それぞれの宿敵と相対するために跳ぶ。

命の火花を散らす、その戦いの行方は果たして。

次回希想天鎧Sバンカイザー第十話『激突、開催』に、フルコンタクトっ!








プライベートでぐだぐだあって投稿が遅れました申し訳ない。

その分クオリティーが……ちっとも上がっていませんどうしたモンでしょ。


いよいよ決戦です。さてどう戦い抜くかな?






今回推奨BGM、タチムカウ。

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