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8・嵐吹きすさぶ時 前編


 




光の柱が立ち上る。その数三。

それを発生させているのは三体のTEIOW。

 

リンゲージドライブ。本来それはパイロットに致命的な負荷を与えるのと引き替えに機体の限界を遙かに超えた性能を“生み出す”システムである。当然ながらそれをそのまま再現したのであれば、さしもののゼンたちも耐えうることはできなかったであったろう。

だが怪我の功名と言うべきか、偶然とは言えGOTUIが設計した以上の能力を持つリンゲージドライブ――萬とジェスターが作り上げた疑似リンゲージドライブの運用データを入手すろ事ができ、それを元にリンゲージドライブは再設計、再調整され再び実装される運びとなった。効率的に、そして安全性を高め、各個人用に調整されたそれはパイロットへの負荷を最小限に抑えながら、初期設計段階と同等の性能を引き出す事を可能とした。

そして同時に、本来の機能とは別途の能力をそれぞれの個性に合わせて具現化させる。

 

三体の周囲を粉雪のような光が舞う。それは徐々に肥大化し、装甲であり増幅器である半実体化した水晶状のエネルギー体――【エナジーアーマー】へと変化していく。

 

ゼンカイザーは虹色。

 

ゲンカイザーは乳白色。

 

リンカイザーは澄んだ蒼。

 

花びらのように舞うそれらは次々に機体に装着され新たなる形を形成していった。

 

ゼンカイザーは虹色の装甲を全身に纏う。要所を覆い装甲化した残りは、両肩のシールドユニットと背中に集中し外套のごとき収束体を形作る。

 

ゲンカイザーの全身には細かなエナジーアーマーが所狭しと貼り付く。総毛立つように密植したそれは、獣が鬣を逆立てているような印象を与えた。

 

リンカイザーも基本的にはゼンカイザーとあまり変わらない。ただ余剰のエナジーアーマーは腰回りを中心に装着され、見ようによっては水晶のドレス姿のようにも見受けられる。

 

三者三様に姿を変えたTEIOWが、一斉に面を上げた。

その両眼に力強く灯が点る。


 









一見それは、ただの形態変化にしか見えなかっただろう。

だが見るものが見れば分かる。アレは今までとは全く別次元の存在だと。

 

一番最初にそれを実感したのは、トゥール・グランノアのブリッジに詰めている新任オペレーターであった。


「え? あれ?」

 

彼女は目の前のモニター表示が理解できなかった。

なぜならば各TEIOWのコンディションパラメーターを示す数値が、限界を振り切ったどころか天文学的なスケールで表示し直されたからだ。


「ちょ、これ、壊れちゃったすか?」

 

あわあわと狼狽える彼女に、隣の相方が語り掛ける。


「なにやってるのよ。マニュアルには目を通しておいたはずでしょ?」

「あんな辞書みたいなモン全部覚えられねっすよ!? 斜め読みで適当に流したに決まってるじゃねえっすか」

「あんたね……ともかくそれ、別に壊れてるわけじゃないから」

「壊れてるわけじゃないって……これどう考えても大型艦船どころか艦隊束ねた位のゲインあるっすよ?」

「だからさアレ……」

 

ちらりとモニター越しに見える光の柱を見やる相方。


「そんだけの出力があるって事でしょ」


 









複数のカメラがひっきりなしにシャッター音を立てていた。

トゥール・グランノアの展望室。そこに陣取って撮影を敢行しているのは言うまでもない、エリー・ケントその人だ。

 

引き続き取材することを許可された彼女はありったけの機材と己の技量を持って、最高の瞬間を捉えんとシャッターを切り続ける。


まったくもってGOTUIという組織はどこまで底なしなのか。次から次へと惜しみなく切り札を切り圧倒的な威をもって突き進んでいく。正しく疾風怒濤、その勢いは留まるところを知らない。一体今回はどのような戦いぶりを見せつけてくれるのか。まるでヒーローを見守る子供のような心境で、彼女は意識を目の前の光景に集中させていた。


 









三体のTEIOWが姿を変えた。それをこけおどしと思う者など誰もいない。その恐ろしさは侵略勢力にも遍く知れ渡っている。

ゆえに彼らは容赦しなかった。

 

空間転移の歪み。三機のTEIOWそれぞれの四方八方に開かれた転移ゲート。そこから飛び出してきたのは無数の大型巡航弾頭。反応弾ではないがそれに匹敵する破壊力を持つ火力を集中させた飽和攻撃。転移と同時に炸裂したそれらは、普通であれば回避も防御も不可能であった。

やったか。前線の指揮官達は誰もがそう思った。あれだけの攻撃を不意打ちされれば、さしもののTEIOWもひとたまりもあるまい。そう考えてもおかしくはないだろう。

 

もちろんそんなに上手い事いくわけがなかった。

 

爆煙立ちこめる中、突如飛び出してくる無数の影。刃のような形状を…した虹色の影は、自らの意志を持つように四方を駆け抜け包囲網を形成していた敵陣に襲い掛かる。

ファントムスクワイヤ。エナジーアーマーが変化した自律誘導兵器。それは包囲網を食い破ったのち、未だたなびく爆煙の周囲へと再び集結し周囲を警戒するように滞空した。

爆煙が、晴れる。そこから現れるのは虹色の装甲を纏った機体。


「さて、往こうか」

 

うっすらと笑みを浮かべながら面を上げるゼン。その瞳には、闇夜のように暗い輝きが宿っている。

天空にて駆け出すゼンカイザー。それを追うように滞空していたファントムスクワイヤも同時に動き出した。


「パターンだ! 軌道パターンを割り出せ!」

 

敵指揮官の一人が周囲に呼びかける。


「外見に惑わされるな! いかに突拍子もなく見えてもあれは思考誘導兵器にすぎない! 必ず本体のフォローをするように動……」

 

最後まで言い終える事なくその指揮官は撃墜される。しかし言わんとしている事は皆に知れた。つまりゼンカイザーの行動をみれば誘導兵器の動きも知れるという事。そう判断した彼らは無数の無人兵器とそして幾人かの兵を囮とし、その行動パターンを割り出そうと試みる。

しかし。


「ば、馬鹿な!? 行動パターンが読めない! “すべてのユニットが全く別の動きをする”だとお!?」

 

爆炎の中に消える驚愕の声。そう、ゼンカイザーが従えるファントムスクワイヤ、そのすべてがてんでバラバラに動きパターンが読みとれない。全くと言っていいほど法則性がないのだ。

 

当然であろう。実のところゼンは、ファントムスクワイヤを“従えてなどいない”のだから。

 

以前ゼンが己が身に取り込んだ同族たちの残留思念。それは消えてしまったわけではなく、ゼンの身体を触媒に未だ現世に留まっていた。それらを解放し、ファントムスクワイヤに“取り憑かせて”人工知能と同等以上の自立性を確保する。魔術的、霊的機能を極限まで増幅された今のゼンカイザーには、それが可能だ。

もっともそのとんでもない能力と引き替えにゼンの精神には相応の負荷がかかり、一歩間違えれば残留思念に引き込まれて発狂する危険性もあったが、今のゼンならばそれに耐えうる。


「大体、以前の萬に比べれば、そよ風みたいなもんだろ?」

 

誰に言うともなく呟く。実際彼はわずかに眉をひそめているだけで、それほどの負荷がかかっているようには見えない。

実際にはどうだかはわからないが。


「負荷許容範囲。出力安定。思ったより無理はないですね。でも油断は禁物ですよ?」

 

ワイズから警告の声が飛ぶ。ゼンは苦笑を浮かべ、分かっていると短く返した。そうしながら彼は油断なく戦況をみる。

有人兵器は以前に比べその数を大幅に減らしているはずだが、それでも相当数が配備されている。しかも揃いも揃ってすべてが決死の覚悟で食らいついてきていた。ほとんど特攻と言っていい。上層部から切り捨てられたのか、それとも自ら志願したのか。どちらにしろ死兵の類、ある意味常識を逸する。

だが、“すでに死んでいるもの”を上回るほどではない。そして、常識を逸した“程度”ではゼンカイザーに、ゼン・セットという男には届かない。

それでも敵は諦めず、足掻くことををやめない。


「ふん、機動性の高い機体にバリアシールド、あの黒いヤツを量産化したか?」

 

見覚えのない機動兵器が押っ取り刀で駆けつけてきた。かつて死闘を繰り広げたTEIOWもどき、それを彷彿とさせる姿と能力を持った機体、それが複数、ファントムスクワイヤの猛攻をくぐり抜けてゼンカイザーに襲いかかろうとする。

両の銃口が吠えた。大気を揺るがす制射が真正面から、そして空間を渡って四方から襲撃者たちに叩き付けられる。しかしかなり強力なバリアシールドをを装備しているのか、はじき飛ばされはするものの有効なダメージを与えているようには見えない。いや、わざとはじき飛ばされて受けるダメージを抑えているのか。機体もそうだが乗り手の技能もそれなりに高い。

バニシングバンカーが当たれば一撃で度とせるであろうが、高機動戦闘の最中ビーム剣の類よりもリーチが短く扱いづらいバニシングバンカーを当てるのは至難の業だ。


「自分たちじゃなければね!」

 

どう、と複合推進器が噴かされる音。それが襲撃者たちに感知された時には、すでに間合いが詰まりゼンカイザーの姿は眼前にあった。

左右のシールドユニットが稼働、先端部にクローが展開しバニシングバンカーシステムが起動。それぞれが敵機を捕らえ間髪入れずに閃光の杭がバリアシールドごと機体を打ち貫く。


「取った!」

 

二体を犠牲にしてゼンカイザーの足を止める。その目論見は果たされ襲撃者たちは一瞬の機会を得た。

かに見えた。


「甘いよ」

 

ばきりと外套状になったエナジーアーマーが切り離される。そして飛翔を開始。ファントムスクワイヤの増殖にて迎撃を行うつもりにも見えた。


「だがあの誘導兵器の火力ではこちらのバリアは貫けん!」

 

その判断は残念ながら大はずれだ。

飛翔しながら新たに放たれたファントムスクワイヤは縦方向に展開し、そして空間を跳んだ。現れたのは、襲撃者たちが駆け抜けようとしていた予想軌道上。

咄嗟に機体を操り離脱する襲撃者たち。だが少数が逃げ損ねファントムスクワイヤ に正面から食いつかれる。

 

途端に迸る閃光。

それは間違いなくバニシングバンカーの、対消滅の輝きだった。

 

シールドごとあっさり打ち抜かれる新型機。それと同時にすべてのエネルギーを使い果たしたファントムスクワイヤはかき消える。

元々ファントムスクワイヤは高密度の半実体化したエネルギー体である。それが内包するエネルギーは膨大。そのエネルギーを術式によって変換すれば――


「――バニシングバンカーも再現できるって事さ! おまけにリンゲージドライブが発動している以上エネルギーの供給は無制限、弾切れはない!」

 

再び外套状にエナジーアーマーが形成され、切り離される。

自立稼働するファントムスクワイヤとバニシングバンカーとなるもう一種を従えたその姿は戦場の皇帝と呼ばれるにふさわしい。いや、むしろ城塞。これを突破するのは苦難どころではなかった。

 

襲撃者たちの背中を、じんわりといやな汗が流れる。


 









外部からの増援は、完全に足止めされていた。

たった一機の蒼き戦神、その存在によって。

 

閃光のように駆け抜け、両の刃を振るう。ただそれだけの行動。ただそれだけで、群雲のごとく押し寄せる軍勢を押しとどめる。

予測が、行動が、技が、すべてが速い。認識が追いつかないほどの速度で振るわれる剣は、次から次へと敵を葬り去ってゆく。


「口で言うほど簡単な話じゃないけどね~」

 

軽く口の端を歪め、鈴は淡々と機体を操る。単純作業とも思えるが、無人兵器群を中核とした増援部隊は以前に比べ練度を高めているようにも見えた。ソフト的にもハード的にもバージョンアップを重ねてきているのだろう。それが証拠に。


「【ブロッサム】が通じないとは思わなかったよ」

 

リンカイザー特有の、鈴だからこそ使用可能な術式特殊効果機能。無数の花びらのようなそれによりジャミングと索敵、戦況把握を目的としたそれが、ジャマーとしての効果を果たしていない。敵は惑わされず真っ直ぐにリンカイザーめがけて襲いかかるか、出し抜いて味方の援護に回ろうとするかしている。

戦況は、五分。リンカイザーが一方的に押しているが、敵増援は無尽蔵とも思える機動兵器を投入し攻勢をゆるめない。苦戦とまでは言えない、しかし。


「厄介は厄介。この間の連中よりは歯ごたえあるのはいいけどっ!」

 

足止めができているのであれば役割は十二分に果たしていると鈴は冷静に考えるが、それでよしとはしない。数に任せているとはいえ、こいつらはTEIOWに、しかもリンゲージドライブが発動した状態で食らいついてきている。油断をすれば餌食になるのは自分だと彼女は油断の一つもなく戦場を駆ける。


「“細工”は流々、でももうちょっとかかるね!」

「……増援、追加。また新型」

 

ウィズダムの声もどこか精彩を欠いているようだ。疲れたのか飽きたのか、まあ多分後者であろうが。


「一つ斬ったら倍か。ネズミ算よりひどい……ねっ!」

 

突如リンカイザーが太刀筋を変え、虚空を一閃する。派手な音を立てて散る火花。その光景を遙か彼方で驚愕しながら見るものがいた。


「げ、狙撃を弾きやがった! この距離だぞ!?」

 

戦場より遙か彼方。成層圏に達しようかという上空で翼を広げる影がある。

高高度からの狙撃を専門とする特殊任務専用機。それが数機、戦場を囲むように配置されていたのだ。

領域が広大なので今まで配置に手間取っていたが、一度ポジションを取ってしまえば簿一方的に敵へピンポイントなダメージを与えられる虎の子の部隊である。

しかし。


「あの化け物、こっちが見えているのか!? さっきから微妙に間合いをはずしているぞ」

 

ただ速いだけではない。動きのリズムやパターンを微妙にずらし狙いを定めにくくしている。どう考えても狙撃を意識しているとしか思えなかった。実際に放たれたビームをはじいている事から間違いないと確信する。

そもそも高機動戦闘中に狙撃を食らうなどあろうはずがない。彼ら狙撃専門特殊部隊はそれを逆手に取り機動力の高い相手を狙い撃てるよう訓練を重ねてきた。その戦法を確立してからこれまで落とせなかった相手はいない。


「そうだ、我々には積み重ねてきたものがある! それにヤツは長距離攻撃用の武装を持たない。ほかの部隊と連携し攻め続ければ勝機はある!」

 

気を取り直し再び銃を構える特殊部隊の面々。確かにこのままであれば、リンカイザーは一方的な攻撃に晒される事となる。彼らを討つため主戦場を離れれば敵は仲間の元へ一気に押し寄せようとするだろう。エナジーアーマーの防御力は絶大だが、それは無敵を意味しない。一方的な攻撃に晒され続ければどうなるかは明白だ。

だが鈴は余裕を崩さない。


「一撃必倒といかなかったのが徒になったね、もう見えてるよ!」

 

すでに狙撃手たちの位置は割り出した。狙われていると分かったのであれば位置を特定する事はたやすい。だが長距離攻撃武装を持たないリンカイザーでどうやって対処するのか。


「タイミングはシビアだけど、やってやれない事はないんだね」

「……ブロッサム、再展開」

 

リンカイザーの周囲に再び光の花びらが舞う。効き目が薄いと分かっていても散布し続けていたブロッサムを再度放出したのだ。しかし今までであれば戦域全体に散らすように散布されていたそれが、今度は機体の周囲で渦を巻くようにして展開されていた。


「ジャミングエフェクトの一種か、だその程度では!」

 

かまわず、撃つ。時間差で放つ事によって回避しにくくし命中率を上げる。一撃必倒とはいかないがこれを続ければ。その目論見はたやすく砕かれる。


「“返す”よ」

 

真っ直ぐ機体を打たんとしていたビームは、光の花びらに遮られる。いや、“吸い込まれる。”そして。


「んなっ!?」

 

“別のブロッサムからはき出され、狙撃手たちへと打ち返された。”


「ワームホール! 空間転移の亜種だと!?」

 

辛くも自身が放ったビームを回避しながら目を見開く狙撃手たち。ただの特殊効果ではない。あの花びらのように見えるあれはそれぞれが空間的につながっているのか。


「気づいたようだね。でも、もう遅い!」

「……全域にブロッサムの展開を確認。行けます」

 

剣を納刀。身を縮めるように抜刀の構えを取るリンカイザー。


「飛燕斬空刀、散――」

 

目にもとまらぬ居合の一閃。それと同時に。

“戦域にあまねく広がっていたすべてのブロッサムが、斬撃となった。”

 

以前のそれとは違う高密度の実体化術式であるブロッサム。それは己を構成するすべてのエネルギーと引き替えに、空間の断裂――斬空刀の一撃を再現する。数多の軍勢がひしめく戦場全域でそれが起これば、すなわち一刀にて一軍を絶つ。これこそが散の終局形態。対軍術式剣技――


「――【斬軍の太刀】」

 

消耗しながらも果敢に襲いかかっていた軍勢が、一斉に爆散した。炎に照り返される中、紫に染まったリンカイザーが悠々と刀を納める。

美しくも恐ろしい戦姫の姿を、主戦場から離れていたおかげで斬撃から免れた狙撃手たちは唖然と見ていた。

勝てない、勝てるわけがない。あれに比べれば反応弾の方がましだ。おびえを隠そうともしないで隊長が吠えたてる。


「くそったれ全機状況放棄! とんずら決るぞ相手なんかしていられるか!」

「し、しかしあれを押さえられなければ我が軍は!」

「押さえられねえだろうが! どう足掻いても無駄死にだ!」

 

ちくしょう、ちくしょうと泣きわめきながら這々の体で逃げ出す狙撃者たち。

結果的に彼らの判断は英断だったといえる。

生き残ったのは彼らを含め、矢も楯もたまらず逃げ出した者たちだけだったのだから。


 









今作戦の中核は、この男である。


「おおおおおるあああああ!」

 

咆哮とともに重力と闘気の嵐が戦場を蹂躙する。その最中を荒々しく舞い踊るように進むのはゲンカイザー。二人の仲間が掃討してなお、数多の敵が弦たちの行く手を阻む。

その原因は眼前に立ちふさがる、敵陣の中核大型転移ユニット。戦闘開始から全力全開でフル稼働し、無制限とも思える兵器群をはき出していた。

 

ゲンカイザーもまた、数多の敵を纏めてちぎり投げ粉砕してゆく。しかしその行動には限りがないようにも見えた。並の人間であれば、とうの昔に心が萎え、折れてしまうような作業の繰り返し。しかしもちろん爾来 弦には当てはまらない。


「おらおらおら! その程度では止められへんぞ!」

 

犬歯を剥き出し獣のように吠えたてながら機体を舞わせる弦。時をかけられないのは分かっている。だが限りなく湧いてでる敵陣を相手取りながらも彼の心に焦りはない。猛々しく熱く振る舞っていても心は驚くほど穏やかで冷静だった。嵐のように駆け抜けながらもその動きはしなやかで無駄が見られない。

激流のごとく荒々しくありながら、清水のごとく澄んでいる。ある種の悟りの域。今の彼はそこにある。


「大将! 飛ばしすぎ、飛ばしすぎっすよお!」

「まだや! まだこっからやでえ!」

 

ハーミットの警告もどこ吹く風。弦は恐らく人生でも最高のレベルで“ノって”いる。慢心ではない。全身を、そして機体を駆けめぐる気の流れがセンサーよりも遙かに正確に機体と己のコンディションを伝えてくる。それから感じ取れるのはこれ以上ないくらいの絶好調。冗談抜きで一週間ほどぶっ続けで戦えそうだ。


「とまれいつまでも調子にのっとるわけにもいかんか!」

 

どがむと震脚が大地にクレーターを穿つ。そこを中心に闘気と重力波が螺旋状に放出された。


「六孔颪、連撃でいくで!」

 

世界が揺るがされる。無数の敵が木の葉のように吹き飛ばされ粉砕された。

転移ユニットまでの空間が完全に開ける。

 

そのタイミングは、転移ユニット側でも待ちかねていたものだった。

 

全ての砲口が、ゲンカイザーに向かって吠えたてる。

数多の敵は全て布石、必要だったのは何の障害もなくゲンカイザーに攻撃を届かせる間合いとタイミング。“それをゲンカイザー自身に創らせたのだ。”

爾来 弦の行動パターンであればそうする。その行動を読み切った侵略勢力側の作戦勝ちといってもよかった。“ここまでは。”弦の特殊技能である硬気功、それすらも織り込み済みで、それを打ち破ると見積もられた火力を一瞬のタイミングで叩き込む。逆に言えばそのタイミングに賭けるしかなかったとも言える。

果たしてその賭けは。


「これだけの火力を集中すれば……いや、油断するなよ!」

 

生き残った指揮官の一人が注意を喚起する。その危惧は当然ながら的中している。

立ちこめる噴煙が、いきなり晴れる。吹きすさぶ疾風の最中現れるのは、もちろん無傷のゲンカイザー。


「やはりかっ! 想定以上の防御力!」

 

口惜しげに言い放つ指揮官の声に応えるかのように、弦は口を開く。


「まあ単純に防御したんとちゃうけどな。……鍛え方が違うわい」

 

真正面からの過剰な火力をただ受け止めたのではなく、“最小限のものをタイミングを合わせて払いのけた”のだ。ミサイルや弾丸だけならともかくビームやレーザーなどほぼ光速に匹敵する攻撃を払いのけてみせるというのはやはり化け物の領域である。言ってみれば濁流を切り分けたようなものだ 。

神懸かりというのも生温い技能。だが当然そこでは終わらない。


「ほいたら、魅せようか。……この爾来 弦が得た、究極至高の一撃ちゅうヤツをのお」

 

はったりではないと誰もが感付く。かつて弦が転移ユニットと相対したとき、正面からその防御を撃ち貫く事は叶わなかった。幾度もの攻撃を重ね多重のフィールドを弱め、その間隙を縫って内部に侵入し破壊工作を行ったのだ。それはそれで凄まじい技量であるが、結局一基を倒すのに手間取り敵の侵攻を防ぎきれなかったという事実がある。最低でも弦はそう信じて疑わなかった。

だからこそ彼は、転移ユニットを正面から打倒する力を、技を求めたのだ。

 

それは、すでに叶っている。


「ふううん!」

 

気合いと共にどご、と大地が捲れ上がる。だがその場にゲンカイザーの姿はない。

ノーモーションから最速で駆け出したのだ。それに周囲が気付いたときにはもう遅い。すでにゲンカイザーは転移ユニットの眼前に迫っている。

砲撃も増援も間に合わない。指揮を執っていた人間よりも速くそう判断した転移ユニットの防衛機構にできたのは、最大出力で多重の防御フィールドを展開する事だけだった。

 

どんっ、と大気が歪む。ゲンカイザーが踏み込んだ途端これまでにないレベルで闘気が立ち上り重力場が展開されたのだ。その力を真っ向からぶつける気か。しかしただぶつけただけならば簡単に多重防御フィールドは破れない。ならば必ず隙ができるはずだ。そこを叩く。一瞬にしてそこまで判断した指揮官の一人は確かに優秀だったのだろう。

問題はそんな思惑が通じる相手ではなかったという事だ。

 

唐突に、そう本当に唐突に、沸き上がっていた闘気と重力波が時計の針を戻すかのように収まり消えていく。


『……は?』

 

その場で生き残っていた全ての兵が、唖然とした声を上げた。一体何のつもりか。なぜわざわざ折角得たエネルギーを霧散させるような真似をする? 何かのトラブルか、それとも技の不発か。迎撃することも忘れ呆ける周囲。しかしもちろん――


「!? なんだ? ”エネルギーの反応が消えていない”!?」

 

――ゲンカイザーがそんなに甘いはずがない。

 

見た目全てのエネルギー放出現象は消えている。しかし各センサーは確かに莫大なエネルギーの反応を捉えたままだ。“ならばそのエネルギーは今どこにあるのだ”?


「おおっ!」

 

弦が吠えると同時に振り上げられるゲンカイザーの右腕。その掌に見えるのは、砂粒よりも小さい“異様な輝きを秘めた何か。”

広範囲に渡って空間を歪める重力波、そして龍脈から吸い上げられたものと合わさり無制限に増幅される闘気。それらを術式と重力制御と操気の技をもってして“極限まで0に近い空間に押し込めれば。そしてそれを叩き付ければ。”

 

莫大なエネルギーを秘めたそれは、徹甲弾のように多重フィールドを貫き内部に浸透する。そして、機体の制御から離れたそれは、“フィールド内で一気に解放される。”

爆発など生温い。分厚い装甲を無視して、いや、装甲そのものに浸透して一気に広がる衝撃。無秩序かつ暴力的なそれは、全高数㎞にも及ぶ巨大構造物を内部からずたずたに蹂躙し機能停止に落とし込むには十分以上の破壊力を発揮した。

びくりと震える転移ユニット。一瞬の静寂の後、その各部から炎や小爆発、黒煙などが吹き出す。そして、ゆっくりと傾いでいった。

 

弦が編み出しTEIOW用にアレンジされたその技。あらゆる防御を貫き内部から目標を破壊する対城塞級必滅奥義――


「――これぞ我が新たなる牙……【神砕】」

 

無双なる力、ここに示されん。


 









7分28秒。TEIOWがリンゲージドライブを発動してから転移ユニットを砕き敵陣を無力化するのに要した時間である。

反撃の火ぶたはこうして切られ、GOTUIはその勢いを減じぬまま進撃を続けていく。

 

阻むものを全て蹴散らし圧倒的な力で駆け抜ける彼ら。その姿に地球解放は問題なく果たされるだろうと人々は希望を抱いた。

 

しかし。







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