7・リベンジャーズハイ 前編
侵略請負人ダン・ダ・カダン復帰。そのニュースは瞬く間に侵略勢力内へと広まった。
これで勝てる。彼の逸話を知る者達はそう確信を得る。ダン・ダ・カダンが指揮を執った戦場で負けはない、今まで地球勢力を抑えきれなかったのは彼が前線から退いてリハビリに集中していたからだ。ほとんどの者はそう信じて疑わなかった。
しかし。
「このままでは勝てません」
全ての期待を裏切って、彼はこう発言した。
今後の方針を決定するために開かれた会議。居並ぶ各勢力の重鎮達はどよめいた。当然だろう、今の今まで勝利を得る事ができると信じて疑っていなかったのだ。その根拠たる張本人に絶望的な言葉を吐かれれば動揺もする。
ただ一人を除いて、だが。
「ほおう……やはり半年とは言え、貴様がいなかったのが響いてるって事かよゥ」
この男だけは余裕の態度を崩さなかった。ドコド・ン。総大将たる彼はまるで朝食のメニューが変わっていたのかと尋ねるがごとく気安い態度でダンに問うた。
その問いに対し、ダンは頭を振って否定する。
「いいえ、首領を含めた各々方、総員の働きは我が予測以上のものでした。問題は、相手の方です」
そう言って彼は、卓上に写された戦略画面に目を移す。
「彼らの成長速度は、予測を遙かに上回っています。化け物じみていると言っていい。戦略、戦術、兵力。この半年の戦いで全てが洗練されてきている。内部の反攻勢力が力を減じ、意思が統一されつつあると言うこともあるでしょうが……それを考慮に入れても速すぎる」
力強く卓を叩く。皮肉めいた笑みを浮かべながら、彼は断言した。
「認めざるを得ないでしょう。“最早彼らは、我々よりも強い”と」
しん、と場が静まりかえる。うすうすは感じていた、しかし決して認めたくなかった事実を改めて叩き付けられ動揺する重鎮達。それを尻目にドコドが再び口を開いた。
「で、どうする。白旗でも揚げるかい?」
それでも一向に構いはしないがとドコドは声に出さずにひとりごちる。“戦争での敗北は彼の敗北ではない”。むしろその後が彼の本領だ。手持ちの札にはいくらでも譲歩が引き出せるほどの余裕がある。それに彼の交渉術をもってすれば対等に近い条件で和平を結ぶことも可能だろう。敗北すれば交渉の難易度も上がるし旨みも少なくなる。それを差し引いてなお地球という星には魅力が残されていた。
もっとも他の勢力にとってはたまったものではない。彼らはドコドほどに割り切れるような考えを持っていないからだ。敗北などもってのほか。今までの苦労を水泡と化す気かとありありと不満の表情を浮かべる。このままならば離反すら辞さない覚悟であった。
皮肉めいた口元がさらに歪む。
「否。まだです。敗北を認めるのはまだ早い」
モニターの画面が勢力分布図に変わる。地球圏内の侵攻側と防衛側の戦力は、地球周辺では五分以上で防衛側に寄っており、外宇宙から火星圏までは圧倒的な差で侵攻側が抑えていた。これだけ見ると侵略勢力の圧倒的優位であるが、半年前に比べれば侵略勢力の戦力は半減しているのだ。特に乾坤一擲の勢いで地球に送り込んだ戦力の消耗が激しい。遠からず駆逐されるだろうというのがダンの見立てだった。
「しかし逆に考えれば……宇宙ならばまだ余裕がある、という事。総合的な戦力はまだこちらに優位。であるならば、ホームグラウンドに引きずり込むべきかと」
つまり再び地球上の前線を捨てるという事だ。以前同様の策を用いたが、その時と違うのは一時撤退のためではなく戦線を完全に一本化し真正面からの全面対決を行うという点。力任せの制圧に全力を注ぐダンらしからぬやり方だった。それに疑問を覚えた参列者の一人がダンに問う。
「それよりも君のお得意の手を用いればいいのではないかね? 地球側の態勢がGOTUIよりとなった今ならば、かの組織をカダン傭兵団の手腕にて討ち取れば天秤は傾くだろう」
言うとおりだろう。実質的に現在の地球側戦力を支えているのはGOTUIだ。そこさえ抑えてしまえばという考えは子供でも思い付く。過去のカダン傭兵団であれば無理矢理にでも中枢へと強襲し叩き潰さんとしたであろう。
それで抑えられれば誰も苦労しない。
「無駄に終わるでしょう。かの組織には我らカダン傭兵団に匹敵する化け物が……最低でも四匹存在する。せいぜいが相打ち、そうなれば戦局がどうなるか……言うまでもない話だと思いますが?」
自分の復帰が一月……いや、半月も早ければ状況は違っていたろうがと、ダンは判断する。
本来であれば異常なまでの復帰速度だった。地球外勢力の技術を持ってしても、“半身が吹っ飛ぶような損傷”を治療し完治させるには相応の時間がかかる。だがダンは身体の一部を人工物に置き換えたとはいえ、高々数ヶ月でリハビリを完了し以前と同等以上の領域にまで持ってきた。
執念、怨念。いや身に余る狂気をもってそれを成し遂げはしたが、しかし地球人類の成長と……“あの男”の帰還には追い付けなかった。前線を預かる指揮官としては口惜しいどころではすまない。
もちろん狂人ダン・ダ・カダンとしては願ってもない状況だったが、さすがにそれは口に出さない。
「ともかく最早二面作戦を展開する意味も余裕もありません。地球に赴いている兵力を退かせ火星戦線に移し、一つ一つ確実に落していくべきです。圧倒的な戦力にて粘り強く侵攻していく。これがこれからの基本方針。そう肝に銘じて頂きたい」
つまりは真っ向からの消耗戦。無駄な損耗を良しとしないダンの流儀に反するが、こちらの優位点は物量だけだ。勝ち目はそれだけしかないと集った者達も悟る。
ドコドの方はと見れば、ただ黙って大きく頷くだけ。ダンに指揮を任せた以上その方針に口出しをするつもりはない。それに消耗戦となればある意味彼の独壇場だ。様々な手管とコネを使い銀河全域から人材資材をかき集め投入するなどお手の物。久々の、随分久々の本気を出す必要があるようだと、内心高揚感を抑えきれない。
ドコドもまた、ダンとは違った形の酔狂人。彼は彼の形でこの戦に全力を尽くすと改めて誓った。
皮肉なことに地球人類のねばり強さが彼らの本性に火をつけた。手に入れた強さは相乗効果のように敵の強さをも引き出しつつある。
人類の窮地はまだ終わりを見せない。
ざす、と人波が一糸乱れず整列する。
トゥール・グランノアの甲板上。下手な運動公園よりも遙かに広いその場所に、特務機動旅団の総員が集っていた。
壮観なるその光景を満足げに見下ろして、演説台に立った天地堂 嵐は大きく頷く。
「諸君、まずは今日この日まで戦い抜いてきた事に、賞賛と感謝を。よくやってくれた」
芝居がかってはいるが偽りなく本心からの言葉だった。彼らの獅子奮迅のおかげで地球圏はその勢力を保ち続けている。その功績はチームインペリアルの物より遙かに高い。
「これより我々は、地球人類は侵略者に対する反撃を行う。それに合わせて諸君らは再編成を行われることとなった」
寝耳に水……ではない。以前から計画されていたことだ。チームインペリアルの復帰によって戦力に余裕が生まれ、それを行う機会が訪れた。そう理解した面々は瞳に力強い光を湛え、話に聞き入る。
「しばらくの間諸君らには前線を離れて貰うこととなるが……なに少しの間だ。その間は最強の看板を背負う者達が穴を埋めてくれるだろう。そして……」
にい、と笑う。
「諸君らが再び戦場に立つとき、それが決戦の時となろう。諸君らは我らが切り札、最後の最後に敵の喉頸をかき斬る刃となって貰う。美味しいところを総ざらいだ、わくわくするだろう?」
微かに失笑が漏れた。それは逆に言えば一番激しい戦闘に投入すると言っているようなものだった。しかし誰の顔にも恐れはない。艱難辛苦を乗り切り修羅場を潜った彼らもまた、一騎当千と呼ぶに相応しい強者。いまさら決戦“程度”でビビるような根性は持ち合わせていない。
すう、と嵐の顔が真剣な物となった。
「この後すぐに再編成とそれに伴う完熟訓練を開始する。総員、己を研ぎ澄ませ」
返事は、一糸乱れぬ敬礼として返された。
「それでオレたちは早速のお仕事、と」
「ええ、特務機動旅団を一時戦列から外した以上、その分の穴は埋めてもらわねば」
新設された専用の作戦司令室。そこにチームインペリアルと蘭たちは集っていた。
モニターに映る地球圏の戦況は刻一刻と変化を続けている。見る者が見れば、それはある時期から変化を始めていたと分かる。
「チームインペリアルの、TEIOWの復帰。そしてGOTUIの新型戦闘母艦の登場とくれば……各方面に影響を与えるのは必須、か」
「そりゃああれだけ派手に“宣伝”したんや、当然やろ」
数日前に突如復帰し迫り来る敵をなぎ払ったGOTUI最大の戦力。その復活劇は確かに各方面に影響を与えた。防衛側は勢いづき、活性化。逆に侵略側はただでさえ手こずっていた相手が盛り返したことでその勢力を押し返されていた。かてて加えて。
「地球内部の反攻勢力がこの間のでほとんどツブされちゃったからねえ。後顧の憂いもなくなったとなれば、前進の勢いも増すよねそりゃあ」
うんうんと頷く鈴。TEIOW復帰の情報を流し各反攻勢力を集めたのは宣伝ついでにあわよくばとの考えがあったからなのだが、予想以上の戦力が集いさらにそれを撃破できたのは嬉しい誤算であった。
後は地球外勢力との対峙。苦労は今までの比ではないが、これを撃破しなければ地球人類に未来はない。
「しかし蘭、いくらTEIOWが以前よりも強化されたからと言って……コイツはちょっと無謀に過ぎないか? “たったの4機で、地球上の残存勢力全てを相手にしよう”なんざ」
問いかけとは裏腹に自信に満ち溢れた態度で言う萬。無謀とは口にしているが不可能とは思っていない。それぐらいの力が今のチームインペリアルにはある。しかしそれ以上に蘭には何か考えがあるのだろうと彼は考えていた。このどっかねじの外れたお姫様は無茶苦茶なことは言っても不可能なことは言わない。その程度には信用している。
「ついこの間までならそんな事は考えなかったでしょうね。しかし……状況が変わりました」
澄ました顔で紅茶を口にする蘭。その側に控えるはずみが端末を操作すると、立体映像のモニターが次々と展開する。
「今朝方各戦線から送られた映像と、調査報告ですわ。これを見れば一目瞭然でしょう」
それに目を通した各々の視線が鋭い物へと変わる。
「有人型の兵器の数が減ってきているな。その分無人兵器を前面に押し出してきているようだが」
「前に萬がやりあった新型とか混じっとるけど……やり方が積極的ではないわな」
勢いに押されていると言うだけではなさそうだ。活気がないと言うか攻め入る意志が薄く思える。となれば考えられるのは。
「撤退、かな? やっぱ押し込みきれなかったのは痛かったようだね」
「しかもTEIOWが前線から姿を消しているのに、ね。このままだと消耗する一方だと考えたんじゃない?」
地球上の戦線を放棄。そして戦力を宇宙に戻し一本化する算段なのだろう。萬達はそう判断した。そしてその判断は蘭と同一の物である。
「となれば恐らく物量による真っ向勝負を挑んでくるつもりでしょう。地上の戦力は最早そのための時間稼ぎと考えて差し支えありません」
なればこそと、蘭は言葉を続けた。
「向こうにとっては黄金にも等しい時間。それをくれたやるわけには参りませんわ。地上の残存勢力、それを一気に平らげましょう」
にい、と笑う。
相手も恐らくこちらの行動を予測しているだろう。だからといって打てる手はさほど多くない。お互いどれだけ相手を出し抜けるか……というよりどれだけ早く行動できるか。それにかかっている。
昔こういう事を言った人間がいた。剣は遅巧よりも速拙を尊ぶとかなんとか。正に今回はそれを競う形となる。どれだけの戦力を無事に引き上げるか、この時点でどれだけの戦力を削れるか。そう言った勝負だ。
先手はすでに取られている。指揮官クラスの有人機から姿を消したと言うことはそう言うことだ。しかし、まだ全てを引き上げたわけでもあるまい。ならば。
「片っ端から、だな」
「ええ、今回のミッションに置いて、全ての装備、技能の使用を許可しますわ。機密保持などに気を使わなくてもよろしくてよ」
出し惜しみはなしだと、そう言い放つ。戦略レベルで考えれば、物量に劣る地球側が不利。であるならば、短期の決戦に勝機を見出すしかない。力を抑えるなど愚の骨頂。息切れが始まる前に、綱渡りの上を全速力で駆け抜けるしかないのだ。
その圧倒的な力に対し、GOTUIを――地球人類を包む状況は未だ厳しい。手加減をしている余裕などないも同然だった。
だが彼らは不敵に笑う。GOTUIだけではなく地球側戦力の中核である彼らは最早敗北する事を許されない。普通であれば相応のプレッシャーを感じるところであろうが、生憎チームインペリアルに真っ当な神経を持つ人間など存在しない。艱難辛苦、総じて叩き潰す。例え相手が神だろうが悪魔だろうが一片たりとも容赦をしない鬼神の眷属だ。ゆえにどれだけの物が立ち塞がろうとも、彼らは笑って往く。
「全ての装備、技能って事は……“アレ”使っても良い、って事だよな、司令」
「もちろん。皆さんも知りたいでしょう? “今の自分が、どこまでできるか”」
意味深な蘭の応えに、満足そうに目を細めるゼン。必要な答えは得た。ならば後は全力を尽くすのみ。
皆そう感じたのだろう、一斉に頷きあった。
「ミッションプランは? やはりそれぞれ単独行動が基本かな?」
鈴が問えばその通りと蘭は返す。
「もっともわたくしと萬は行動を共にいたしますけれど。合体的な都合がありますし」
「妙に含みを持たせた言い方はやめてくんないかな……それはそれとしてさあ」
意味深な視線で見やる蘭の態度に、萬はいやな汗を流しながら言う。
合体物のお約束として、なぜか最初は分離した状態で出撃するという話がある。ご多分に漏れずバンカイザーもそれに倣うのだが、分離したまま運用するのは頭数を増やすって事以外の利点がないのではなかろうかと萬は密かに思っている。その上で別行動しないのであれば意味は全くないと言っていい。別に合体すると燃費が悪くなるとか言うわけでもないのだ。バンカイザーは一種の半永久動力だしストームフェニックスは事実上無制限にエネルギーの供給を受けられるのだし。
とか言って見たらこう返された。
「構造限界とか色々ありますのよ? 屁理屈は」
「自分で屁理屈とか言っちゃったよこの人……」
趣味でやってますと白状したような物だ。まあ合体しなくともそれぞれシャレにならない強さを持つのだ。無闇に力を誇示しないという意味では合体を控える意味もある……のかも知れない。
「かまわないが、ね。……“アレ”を試す状況になる、ってのもぞっとせんし」
声に出さずに安堵の溜息を吐く。ストームバンカイザーの能力ならば、想像を超えるようなとんでもない手段を取る事も不可能ではない。しかし必要もないのにそんな力を振るうつもりなど萬にはなかった。
できれば未来永劫使いたくないものだがと考えながら、萬はミーティングの会話に耳を傾ける。
もちろん萬だって分かっていた。
そう言う手段に限って使う羽目になるのだと。
軽快にキーボードが叩かれ、文章が仕上がっていく。一心不乱にレポートを書きこんでた手が、ふと止まった。
息を吐きながら椅子の背もたれに身体を預ける。さっきまで心と身体を支配していた熱が、潮が引くように醒めていた。気を抜いたのではない。取材中の興奮が抜けるまで勢いで文章を書きまくりクールダウン、冷静になってから修正を行っていくと言うのが彼女――エリーのスタイルだった。
自身の書いた文章を流し読みしながら、じんわりと考える。ここに来てGOTUIは活気づき反攻の準備を着々と整えつつある。そのきっかけとなったのはやはりあの紅いTEIOWのパイロット、その帰還だろう。まだ人類が未到達であった異世界群を時間と空間を超えて放浪していたという話だが、それが事実だとすれば色々と前代未聞かつ大問題のような気がする。現在戦時中なのでそう騒ぎにはなっていないが、状況が落ち着けば各方面が大騒動になる事は想像に難くない。
「それもこれも、戦争が終わったらの話か……」
軍事専門のルポライターであるエリーの目から見て、現在の戦況は五分五分がいい所だと感じる。技術の進歩、そして戦術、兵の質。そう言った部分では地球側に軍配が上がるが、基本的な技術力や物量においては宇宙侵略勢力側が上だ。正直真正面からぶつかって勝てる要因は……TEIOWに頼る比率が多いように思う。
それも相手が“常識的な手段を持って相対する”としての話だ。もしも相手が形振り構わない手段、例えば地球全土を焦土と化すような非人道的な手を打たれたりすればバランスは大きく崩れる。幸いにして敵は人材も資源の一つと考えているような節があるので今のところそのような手段に踏み切る様子はないが、状況などいくらでも変わるのだ。果たして最悪の状況に陥った場合対処できるのか。そこがエリーにとっての微かな不安要素であった。
感情的にはそんな不安なんぞ吹き飛ばしてくれそうな連中であるが、実際の所はどうなのか。そこはまだ判断が付かない。
「お手並み拝見、といったところかしらね」
背中を丸め肘を突き、組んだ手の上に顎を載せて考え込む。
まあどのみち、いずれ分かることだろう。“望むと望むまいと最悪の状況は訪れるのだろうから”。
エリー・ケント。
この手の勘は外した事のない女である。
「そう言うわけで、皆の命を貰う」
淡々と、なんでもないことを言うかのようにとんでもない台詞を口にするダン。
しかし彼の前に立つ者達は、平然とした態度としていた。
「もとよりこの命、首魁に預けております。我が命刃となし存分に振るいなされ」
魔人ダン・ダ・カダンが右腕、ヴェンヴェ・ケヴェンが当然のごとく言い放つ。
「……承知」
ダンの忠実な従僕、ニキ・ニーンはただ一言をもって全てを承諾した。
「………………」
はあ、と溜息が漏れる。相変わらず唐突で有無を言わせぬ強引さだ。言ったところで聞きはしない。
表面上は以前と変わりなく思えるが、その瞳を見れば以前より遙かに濃く澱んだ狂気が見て取れる。それに気付いたならば、並の人間は退き距離を置こうとするだろう。
しかし世の中には例外というものがある。例えばその狂気の色に惹かれてしまうだとか、同じ狂気が己の中にも息づいていると気付いてしまうだとか。そう言う人間だったことが運の尽きだったのだろう。
シャラ・シャラットは再び深々と溜息を吐いて、頭を振りながら言う。
「今更、でしょう。ダンに救われてからこのかた、命をかけなかった事など一度もなかったと記憶していますが?」
「それは承諾と取っていいのかな?」
「お好きに。多分ダンの考えた通りであっていると思いますから」
素直でない物言いだが、言いたいことは伝わったようだ。ダンはくすりと笑み浮かべてから、幹部達の後ろに向かって視線を巡らせる。
そこに控えるのは数多の異星人達。ヒューマノイドばかりではない、それこそ多種多様な種族が一堂に会していた。その数数十名。
決して多人数ではない。しかしこれが銀河に名を馳せ数多の勢力を叩き潰したカダン傭兵団、その全構成員であった。幹部連ほどの非常識な強さは持っていない。しかし他の組織であれば十二分にエースを張れる猛者ばかりだ。今までそれぞれ各方面で散り散りになって活動していたのだが、ダンの復帰に伴って全員招聘されたのである。
どいつもこいつも不敵な表情を浮かべ(都合により表情の分からないヤツもいるが)、挑むような視線でダンを見ている。自信と信頼。その双方が込められた視線。祖手を真っ向からぶち当て、不敵なヤツらは口を揃えた。
『上等! 我らはすでに覚悟完了してますぜ!』
良い返事だとダンは嗤う。どいつもこいつも酔狂なことだ。こんな狂人に、それだと分かっててついてくるなどそれこそ狂ってる。行く先は地獄しかないと言うのに。
だがそれが心地良い。コイツらはダン・ダ・カダンという人間に惚れ込んでいるだけではない、“ダンに付いていけばとびきりの地獄が味わえるから”付いてくるのだ。
その命、存分に使わせて貰おう。ダンは凄絶な笑顔で命を下す。
「よろしい。では存分に地獄を味わおう。我らカダン傭兵団の力、存分に示すとしよう。……往くとしようか、諸君」
部下に檄を飛ばした後、再び作戦会議を開くためドコドの元に赴くダン。
「やはり地上に残る人間もでましたか。二度目の後退ともなれば、意に添えぬと考えるのも止む形無し、か」
地上戦力を整理するに当たって、後退の拒否を具申する者達が少なからずいた。最早後がないと思っているのだろう。それは事実に近いが、ここで命を投げ出すこともなかろうと思う。
しかしダンはそれを止めようとはしなかった。
「覚悟の上というのであれば、それに殉じて貰いましょうか。……シャラ、“例のコード”を前線指揮官に教えておいてくれないか? 多分必要になる」
「あれをですか? 確かに使えば地球側にダメージを、悪くしても混乱させる事ができるでしょうけれど……確実に地表は汚染されますよ?」
今更だとは思いつつも、侵略の本義から外れ“惑星環境を悪化させるような手段”を使わせるのに抵抗を覚えるシャラ。当然だがダンは気にも留めない。
「どうせ向こうさんが何とかしようとするだろう。手を煩わせれば儲けものさ。その隙に我々は火星周辺を抑える」
ぎらりと瞳を輝かせるダン。
「地表は抑えなくても良い。周辺空域と制空権の6割も抑えられれば十分だ。主戦場は宇宙になる。広域に艦隊を展開し、面で責め立てる」
火星そのものを手中に収める気はなく、あくまで戦場の一端と考えていた。重力が地球より小さいからと言って一端地上に降りれば戦力を引き上げるのに手間がかかる。あくまでメインの目標は地球であるのならば、他の惑星に手間をかける必要はないと言うのがダンの考えだ。
今までにない、石橋を叩くような慎重さ。同時に容赦なく外道な手段を取る冷徹さ。猛ってはいる。狂気を隠そうともしていない。しかしだからこその冷静さ。これもまたダンの本性、その一面である。
背筋がぞくりとするような感覚。恐ろしいのか、頼もしいのか。シャラには判別がつかなかった。
準備は着々と進む。
決戦の時は、近い。