6・嵐呼ぶ炎帝、爆誕 後編
「よおおおっしゃキタああああああ!」
ルポライターの咆吼が轟く。
これ程とは思わなかった。まさかこれ程とは思わなかった。どこまで見せつけてくれるかGOTUIという組織は!
彼女は興奮と激情のまま分厚い窓をたたき割り、身を乗り出して落っこちそうな体勢で撮影を続ける。
直後彼女はスタッフからどえらい怒られた。
朱金の装甲。その上を術式回路の輝きが奔る。
超高速でのデータ交換。それによって、蘭はバンカイザーと萬の全てを知った。
「……なるほど」
僅かな寂しさを含んだ言葉。しかし次の瞬間にはそんな気配は消え失せる。
「性急に過ぎましたかしら? 我らが力見せつけるには、相手が役者不足のようですけれど」
からかうように言う視線の先には、すでに半数以下となった敵陣の姿。及び腰になっているもの、逃げ支度をしているもの。中には「てめーが自信満々に言ったんじゃねーかこのドイツ忍者!」「おめーが欲かくからだろうがこの勇者王!」などと醜い責任の擦りあいを始めている者達もいる。すでに敗北の空気は濃厚。TEIOWどころかブレイブに待機している連中でも片が付くほどに勢力を減じられていた。
だが、そうは問屋が卸さないというか、まだまだ見せ場は残されていたようだ。ウォーロックから静かに、だが鋭い警告が跳ぶ。
「It has not ended yet. The next reaction appeared to radar」
「だ、そうだ。増援か?」
「いや、これは……新手のようだぞ」
ジェスターが応えると同時に、四方の水平線のあたりで水柱が立つ。
それは、先に現れた敵陣と比べてもバラティに溢れた集団であった。
「ぐわはははは、今度こそGOTUIを平らげ世界を我がものに……」
一番目立っているのは何かこう……派手で騒がしい巨人? の集団。確か日本各所にある特殊エネルギー研究施設を狙っていた集団の幹部クラスの連中だった。たしか散々ボコられて敗退していたはずだが、まだ生きていたのか。中には確か古代の破壊神とか名乗っているヤツもいたはずだ。
次に目立っているのは金色の派手な……なんだろう、流体金属が無理矢理仏像か天使像の形を取っているかのような、わけの分からない浮遊物体。よくよく耳を澄ましてみれば、あなたはそこに……とかなんとか言う声が漏れているようにも感じる。確か人工島を本拠地とした特殊な組織が対策に当たっていたはずだが、討ち漏らしでもあったのだろうか。
そしてこれもまたわけの分からない集団。でっかい全身タイツみたいなのから鞭生やしたイカみたいなの、水晶の塊みたいなのもいれば魚みたいなのもいる。一見G型侵略ユニットかとも思えるが、良く見れば以前萬が乱入したジオフロントの組織を襲っていたアンノウンではないか。確か倒されたはずだが自身で復帰したのか誰かが再生したのだろうか。どちらにしろ迷惑な話である。
その他諸々。最初の集団以外は会話どころかまともにコミュニケーションもとれないような連中ばかり。最初の連中にしたってまともに会話が通じそうにもない。
「こりゃまたオールスターキャストというかなんというか、厄介なのばっかりじゃないか」
呆れた様子でゼンが言った。はっきり言ってボスキャラクラスの集団である。倒せない相手ではないのだが、正直厄介だなあと彼は眉を顰めた。そう言いながらも彼の口元から笑みは消えない。
“厄介ではある。だが、倒せない敵ではないからだ。”
新たな敵に対し、三体のTEIOWは攻撃態勢に移ろうとした。しかし。
「……新手はオレ達に任せろ。お前らはあっちの右往左往してる連中の片づけと、討ち漏らしを頼む」
萬が、チームリーダーが彼らの行動を征する。その言葉に苦笑を浮かべながら、鈴が問うてきた。
「わあ随分な自信。……やれるの?」
それに応えるのは蘭。
「当然ですわ。このストームバンカイザーなら――」
言葉は笑みを含んで、不敵。
「――あの程度の相手、バーストモードすら必要ありません」
圧倒的な自信だった。ああコイツらは負けねえ、絶対負けねえ。つーか負けるところが想像できねえ。全員が得心した。
ふ、とTEIOWの三人が同時に呼気を漏らす。折角の初陣が前座となったが、なに“見せ場はここだけではない”。この場は主役を譲る事にしよう。同時にそう考え、彼らは目の前の残党に意識を向けた。
言葉はない。だだ背中で信頼していると語る三体の姿を見て、にい、と唇を歪める萬。
「……仕掛ける。ジェスター、座標頼む。ウォーロックはバックアップ。転移で一気に敵の前に出るぞ。蘭」
「任されましたわ。あの一番五月蠅いのの前でよろしくて? 転移と同時にコントロール渡しますわ」
「了解。んじゃ、往ってみようか!」
宣言と同時に装甲表面で術式が奔る。
トゥール・グランノアから供給されるエネルギーを魔力変換し、蘭の技量によって運用する事が可能なストームフェニックスを纏った今のバンカイザーは、術式によってその全ての能力を向上させている。その能力は通常状態でも合体前のバーストモードを上回り、さらに二人のパイロット、二基の人工知能の同時運用によって戦術の幅も大幅に広がっていた。
一味も二味も違う。その事実はすぐに知れ渡る。
ぼっ、と微かな音を残してストームバンカイザーの姿が消えた。空間転移。萬一人ではほとんど使う事のなかった機能だ。
次に姿を現したのは、巨人の集団のど真ん中。
『え゛?』
現れたと同時に一番でかい相手――貝殻みたいな海洋エネルギー研究所と古代のロボットを敵に回していた、南の島っぽい名前をした自称古代神――の顔面をわしりと掴んで、そのままぎりぎりと締め上げる。
「ぬう貴様何を……あた! あだだだ! ちょ、話を聞け!」
もちろん聞いていない。
「さてウォーロックよ。今のバンカイザーって、どのくらいまで強化されているんだっけか?」
「Theoretical has tens of times strength. Because it is a numerical value by data, it is not possible to conclude it」
「そうか、だったら一度強度テストをしておかないとな」
淡々とした会話。周囲の連中は手出しができなかった。何か異様な気配、殺気とも闘志とも違う、喉元に氷の刃を押し付けられたような圧迫感が朱金の機体から放たれ、動くのが躊躇われたからだ。
ゆらりとバンカイザーの右手が振り上げられ、拳が握りしめられた。人間で言えば口の部分に当たるフェイスガードが解放され、陽炎を伴って余熱が排出される。その様子は、獲物を前にした魔獣がぬたりと笑みを浮かべたようにも見えた。
「ちょいと付き合って貰おうか。……少しは根性を見せてくれよ、か・み・さ・ま?」
がっごっどっめぎゃっばきっごずっどがっみしいっべぎぎっ!
殴打。目にも止まらぬ問答無用の殴打。
反撃する暇など与えなかった。ましてや命乞いなど論外。ただひたすらに、殴りつける。
やがて堅い物を殴る音が、湿った水音のような、泥をこねるような音へと変わり、それからしばらくして、やっとの事でバンカイザーは殴るのを止めた。
その全身は何かどす黒い赤で染め上げられ、手にぶら下げている“モノ”にはお子様を配慮してかモザイクがかかっている。
「ちっ、もう終わりか。これじゃテストにならんぞ」
仮にも神を自称していた相手に対してこの言いざまである。まあ萬の場合は自称神様などと名乗る相手をしばき倒した経験など異世界で売るほどやってきたのだからさもありなん。自身の身体と機体をずたぼろにしてその全てに紆余曲折を経て勝利してきたのだ。であれば今の恵まれた状況で、負ける要因など何一つない。
そう、一応人類を苦しめてきた強大な存在をして圧倒された威圧感の正体。“萬とジェスターにとって、彼らは脅威ではないのだ”。ただの片付けるべき、ゴミ以下の存在。その程度の認識であった。そしてその認識は、蘭とウォーロックも賛同している。
「まあまあ、所詮は太古の骨董品。我らの期待するような力量はなかったという事ですわ」
モザイクの塊をぽいっと放るバンカイザー。どす黒く染まった頭部をゆっくり巡らし、モニターアイをぎいんと光らせる。
そうさせながら、蘭は華も綻ぶ笑顔で残酷に言い放った。
「まだ“殴る相手”には事欠きませんもの。心ゆくまでテストいたしましょう」
ぬたり。大将軍とか大元帥とか大王とか名乗っている連中が、ひききっと硬直した。
やる気だ。こいつら心ゆくまで自分達を殴りまくる気だ。
動けない。反応できない。まさしく、蛇に睨まれたカエル。圧倒的な威圧感――絶対的な強者を前にして、彼らは恐怖に身を震わせることすらできなかった。
数分後。
多量の“モザイクの塊”が海中に没した。
確実に止めをさせたかどうかまでは分からない。しかし例え生き延びられたとしても再起は不可能に近いだろう。トラウマが刻まれたどころの話ではない、正直まともに人格が保てるかどうかすらも怪しい。人類に類する知性体であれば、キモが冷えるような数分間であった。
そう、“まともにコミュニケーションが取れる知性体であれば”十分な恫喝となっただろう。
――あなたはそこに……
「っ! 精神干渉! ジェスター、防壁!」
音声ではなく直接脳内に語り掛けてくるような感覚。それを感じた萬は咄嗟にジェスターへと指示を飛ばし、精神への干渉を遮断する防御術式を張り巡らす。
視線を巡らせばビカビカ光る仏像の親玉の姿が。そればかりではない。お話が通じなさそうな残りの方々が、全てバンカイザーに向かって迫ってきている。
言葉は通じない。ましてや目の前の存在がどう言ったものであるか理解しているのかどうかも分からない。しかし。
「こちらを脅威と判断したようですわね。……彼らの一部とはコミュニケーションが取れたという前例もあるようですが」
蘭の言葉に、萬はふんと鼻を鳴らす。
「だかろといって、この期に及んで仲良くなりに来ましたってわけじゃあるまい」
指の関節をならすかのように、バンカイザーの手が開閉をくりかえす。
「確かアレは、物理的に接触しても“侵食”してくるんだったか?」
「think it is good in the recognition though it is not accurate」
「なら触れなきゃいいんだろ。モードグングニルアクティブ、ボルケーノスマッシャー!」
言うが早いか両腿のブラスターエッジを引き抜き接合、長銃となったそれを無造作にびかびかやってるヤツに向け引き金を引く。
熱線の奔流が一気に迫る。だが生半可な防御フィールドであればそれごと本体を焼き尽くすはずの高熱は――
「へえ、防いだ。……いや、“空間ごとねじ曲げた”か」
――命中する直前で、あらぬ方向へと反れる。目標にそんな能力があったのか一瞬思い出せなかったが、できるのであればあったという事なのだろう。以前バンカイザーが使ったのと同じ芸だが、移動しながらと言うのであればこちらの方が洗練されていると言える。
「あるいは進化したとでもいうのか? やれやれ、再生したものは弱体化するという礼儀を無視するとは、空気の読めぬヤツだ」
「倒されてないヤツなのも知れんぜ。この様子だと他の連中も似たり寄ったりかもな」
ジェスターの言葉に軽口を返し、苦労させてくれるぜと全く苦にも思っていない不敵な表情で言う萬。その口が、次の指示を飛ばす。
「モードデュランダル、アクティブ」
一度分離した銃剣が、今度は背越しに接合し一体化する。現れるのは両刃の剣。それは一回り小型化していたが、以前よりも性能を上げた空間破砕剣、【デュランダルⅡ】。
能力的には強度が上がり性能が向上しただけであるが、問題は獲物の方ではない。萬の左頬、そこに術式の文様が浮かび上がり、機体の装甲表面を同様のものが駆けめぐる。
「ジェスター、バックアップ頼む! 術式起動、精霊召喚、ブレード展開! 迸れ、イフリートエクスキュージョナー!」
がきりと刀身が展開。その先端から怒濤の勢いで焔が湧き出てきた。
青白きそれは、限りなく薄くそして長々と伸び、全長数㎞にも及ぶ刀身を形成する。インフェルノナパームの術式をボルケーノスマッシャーと同様の手段で増幅、集約して長大な剣と化す。術式燃焼剣、イフリートエクスキュージョナー。
直接斬りつけると侵食される危険があるのであれば、例え空間そのものを焼き尽くすレーヴァンテインをもってしても危険が残る。だがこれならば。
咆吼とともに、それは一閃される。
「ぜえ、りゃああああああ!」
大気を灼きながら振るわれるそれは、ほぼ無抵抗のような目標を両断するようにも見えたが。
「やはり、といったところですわね」
目標に届く寸前で、その刀身はねじ曲げられる。耳障りな音を立てる空間の歪みがある限りいかなる技も通じない――
「――などと思われたら、困るな」
轟、と刀身を形成する焔が輝きを増す。それはじりじりとねじ曲げられた周囲を、“湾曲された空間そのものを燃やしていく”。
「生憎こいつぁ、“本物の炎の王の加護付き”だ! 小細工が通用すると思うなよ!」
結果的に、それはレーヴァンテインと同様の効果をもたらす。込められた炎の王の意志が、プライドが、それ以下の結果をもたらすことなど許さない。
「―――! ――――――!!」
声なき絶叫が響く。
あっさりと、絶対的と思われた防御を容易く貫いて、焔の刃は仏像っぽいものを両断した。そのまま勢い余って二つ三つ、似たような連中を巻き込んでぶった斬る。
一閃した姿勢でバンカイザーは一瞬留まる。そこに向かって機を窺っていたのか、一斉にビームとか荷電粒子とか不可視光線とかその他諸々とかの射撃が打ち込まれた。
「笑わせますわね」
「Such an act is meaningless」
美しき魔道の姫とその従者が不敵に笑い、シャレにならないほどの高速、高密度の防御術式が幾層も展開され、全ての攻撃を退ける。
「この程度? この程度が人類を脅かし超越者の力とでもいうのですか? ……馬鹿にしていますの!?」
高揚しているのか、珍しく蘭は感情を顕わにする。
「我らが、天地堂が収集した知識、技術。その全てを集約したのがこのストームバンカイザー。なまなかな力で倒せると思って貰っては困りますわ!」
吠えると同時に術式を展開。巨大な魔法陣がバンカイザーの周囲に浮かび上がる。
「龍吼破だけがわたくしの芸ではなくてよ! 轟け雷、戦神の槌となりて我が敵を打ち据えよ! 【怒槌】!」
視界がプラズマの閃光によって埋め尽くされる。落雷を数百本纏めて束ねたようなその攻撃術式は、神の使いの名を付けられた生体兵器らしきモノに向かって叩き付けられた。
絶対何たら領域とか名付けられた異相差空間障壁がそれを受け止める。空間そのものに干渉するか同様のフィールドで中和するしかないその障壁は打ち込まれた打撃を確かに受け止めはした。しかし、その衝撃までは打ち消せない。
まさしくハンマーでぶっ叩かれたかのように障壁ごと吹き飛ばされ、海面に叩き付けられる神の使い。それを見下して、天地堂 蘭は高々に吠える。
「覚悟も信念もない存在が、わたくしを、我々を討ち取れるとでも思って!?」
その言葉に、不敵な笑みを浮かべた萬が次ぐ。
「こちとら自称神とか言ってる連中をしばき倒しまくってきたんだぜ? 今更使いっぱごときがオレを、オレたちを倒せるとでも思ったか!?」
腰部フレームが稼働。レーヴァンテインが引き抜かれる。
手には二剣。左には空間を砕き炎の王の加護を受けた一刀、右には空間を灼きあらゆる物を断つ一刀。
二剣を携えるその周囲には、再び展開する無数の魔法陣。龍吼破が、怒槌が、その他諸々のありったけの術式が読み込まれ励起、込められたエネルギーがオーバーフローし放電現象が起こっている。解き放たれれば、戦略核にも匹敵する破壊の嵐が巻き起こるであろう。
機体の中で、二人が獣のような笑みを浮かべ嗤う。
そして咆吼とともにバンカイザーは嵐を率いて駆け出した。
この時の戦いを、後にエリー・ケントはこう記している。
その戦いは、我々が想像していたよりも遙かに野蛮で、原始的に思えた。
蹂躙。一方的に振るわれる暴力。
神々の使いと名付けられた者達が、そうでなくとも強大な力を誇り人類に対して理不尽な力を振るってきた者達が、たった一体の機動兵器に狩られてゆく。
全ての攻撃が通じない。全ての防御が役に立たない。人類が今まで受けてきた仕打ち、それがそっくりそのまま叩き返される。なるほど、理不尽を叩き潰す大理不尽。そう嘯くのは伊達ではなかったらしい。
血にまみれ、咆吼しながら肉を裂き、荒々しく敵を葬り去っていくその姿は地獄の鬼のごとく。もし彼らに心があったならば、とうの昔に戦意を失っていてもおかしくはなかった。だが彼らは退かない、下がらない。野生動物ですら敗北を悟れば逃亡を選ぶというのに、やはりただの兵器、ただの自動機械であったということなのだろうか。
最早彼らは脅威ではない。そうしたのは、朱金の装甲を纏った嵐従える者。戦場の王。彼らの力が、そう感じさせてくれるのだ。
人類はこれ程のモノを生み出すまでに到った。ならば負けない。絶対に負けない。目の前の光景はそう信じるに十分値する。
その姿は恐ろしい。だが同時に、気高く、美しく、そして……。
とてつもなく、格好良く見えた。
全ての敵は、掃討された。
分離し、ブレイブの甲板上に着艦する二体の機動兵器。そのコクピットからそれぞれの乗り手が降り立つ。
歓声を上げながら駆け寄る仲間。その中で一組の男女は互いの姿を確認し歩み寄る。
ほどなく手も届くような位置に到る二人。
ふ、と互いが柔らかい笑みを浮かべる。そして――
「半年間もふらふらあちこちほっつき歩いてるんじゃありませんわよ!!」
――思いっきり振りかぶった蘭の拳が、咆吼と共に萬の顔面に叩き込まれた。
駆け寄ろうとしていた全員が、その場で凍る。ぽかんと口を開け目は点。そりゃそうだ、死地を経て再会した主人公を全力全開でぶん殴るヒロインなんかいるか。
が、対する主人公も負けてはいない。
殴りつけられ思いっきり仰け反った姿勢で踏み止まって――
「半年間も死んだふりしてたお前が言うな!!」
――上空から振り下ろすような拳骨を蘭の頭に叩き込み、彼女をしばき倒した。
かくんとギャラリー達の顎が落ちる。まあ当然だろう、普通主人公がヒロインに対して行う行動ではない。
凍り付いた空気の中、がばりと身を起こした蘭は、再び殴りかかりながら食って掛かった。
「わたくしの行動はそれなりの計算と計略があってのことですわ! なに無計画に敵将に挑んで吹っ飛ばされてますの! あなたが死にかける必要なんてなかったのに!」
弾幕のような拳を捌きながら、萬も反論する。
「お前こそ色々不安だったんだろうが“無理矢理生体強化して成長する”事ぁなかっただろうよ! 人のこと言えないくらいの無茶しやがって!」
ばしん、と蘭の拳が受け止められる。放った本人は目を丸くして、どこか不安げな様子で問い掛ける。
「えっと……天地堂にリンクしても分からないよう、細工していたはずですのよ? なんで……」
か細い問いに対して、萬は鼻で嗤いながら己の左目を示しつつ応える。
「生憎この目は特性でな、普通の人間にゃあ見えないモノも、“見たくないモノ”も見えちまうんだよ。大体そんだけ立派に成長してりゃあ何かあるって分かるだろうさ」
その言葉と、瞳の中に一瞬見えた複雑な色に得心し、蘭は少し俯きながら言う。
「……色々、ありましたのね」
「ああ、それなりにな」
ふ、と鈴の拳から力が抜ける。構えを解いた彼女はそのまま――
萬の胸に顔を埋めるように抱きついた。
「……あ、え~っと……」
「何も言わないでしばらくこうさせなさい。命令です」
どうしたものだか分からない萬は、色々と諦めて両手を挙げた。こっぱずかしいが仕方がない。自分がこの女を含めた周囲に迷惑をかけまくった事は分かっている。これぐらいの羞恥は耐えて然るべきだろう。
「……あと言い忘れてましたわ。…………お帰りなさい」
「…………ただいま」
ほわんと空気が和らいだ。それを見せつけられた周囲の人間は……どぱーっと砂を吐いている。その背後で、そっと背を向ける人間が一人。
「…………それと、何か新しい女性関係が構築されているようですけれど、その辺のことについてちょっとお話を聞かせて頂けますかしら?」
「うおいていていて!? ちょ、サバ折りは勘弁背骨が、背骨がみしみしと!」
そうか、あいつが帰ってきたときにああする事ができなかった時点で“終わっていたんだ”。得心と喪失感、それが胸の内を支配する。
密かにその場を離れ、艦内に消える影に気付いたのは一人だけだった。
そっと艦内の目立たない箇所に足を踏み入れたカンパリスンは、壁に向かって項垂れているターナの姿を見つける。
声を掛けたものだかどうしたものだか。意外と女性関係に疎いと最近自覚したカンパリスンには、ちょっと荷がかちすぎる空気だ。まあともかく慰めるなり何なりとターナに近寄ろうとした彼は――
「へあ?」
――突然肩のあたりを掴まれて、力任せに顔面から壁に押し付けられた。
「ぶぎゅっ!? な、なにを!?」
「うるさい黙れ何も言うな」
抗議の声を上げようとするが、押し殺したかのようなターナの声に威圧されて口を閉じる。
そして背中にごつりと衝撃。一瞬息が詰まるが押し付けられたのがターナの頭だと悟ると苦痛を堪えた。
暫しの沈黙。そして、微かな嗚咽が響く。
さすがのカンパリスンも、ここで何かが言えるほど図太くも空気が読めなくもない。
暗い、戦闘艦の端っこで。
ターナ・トゥースの“初恋”は終わりを告げた。
モニターに映るのは現在の戦況。
本来の予定より遙かに遅れている。いや、最早停滞していると言っても過言ではない状況だった。
モニターを見詰める面々の顔は厳しい。これ程までに抵抗が激しいとは計算外……とまでは言わないが、予想を大きく上回っている事には変わりがなかった。
見通しが甘かったのかと歯噛みする面々その背後から、微かな金属音が響いてくる。
「……なかなかに、厳しい状況のようですね」
きしりと響くのは、鋼鉄製の義手が握りしめられる音。
コートを翻し、ゆらりと入室する人物。以前より鋭くなった目、以前と変わらぬ不敵な笑み。その顔の左半分は酷い火傷の跡が残っている。しかしそれを隠すどころか、むしろ堂々と誇っているようにも見えた。
きしりと再び左の義手を軋ませ、男は楽しさを堪えきれない様子で言う。
「やりがいのある仕事になりそうだ」
その人の姿をした獣が、嗤う。
怨敵ダン・ダ・カダン、復帰。
次回予告っ!
ついに現れた最強の中の最強、それを旗印に人類の大反攻が始まる。
だが、怨敵もまた復帰し、策謀を持ってそれに応じた。
果たして人類は蒼き星をその手に取り戻す事ができるのか。
次回希想天鎧Sバンカイザー第七話『リベンジャーズハイ』に、フルコンタクトっ!
お約束の後半パワーアップはこんな形に。
やっと看板に偽りがなくなりました。
ウォーロックの台詞は翻訳サイトを使って変換しております。
再度変換するととんちんかんな台詞になってしまうやもしれませんが、そのへんはノリと勢いで補って頂きたい。
今回推奨BGM、希望のウタ。