回想/幼馴染
シェスが神殿を自分の居場所と思い定めた理由は、もう一つある。
もしかすると、それが最大の理由かもしれないなどとも、思う。
幼馴染の、ソル。
彼がいたから、シェスはますます、神殿へ行きたいという思いを強くしたのだ。
ソルとの出会いは、シェスが十歳の時。
神殿に向かう途中、馬車が盗賊に襲われるという事件が起こった際のこと。
恐ろしい出来事ではあったのだが、賊たちは気付くと全員倒れていたので、シェスに恐怖心は然程残っていない。
その賊たちに混ざって倒れていたのがソルで、盗賊たちに誘拐されてきたのだろうと推測されていた。
推測で終わってしまったのは、ソルにこれまでの記憶が全くなかったからだ。
「ソル、って呼ばれていたような気がする……」
それ以外は、何も分からない。
彼はそう、質問した大人たちに曖昧に告げたのである。
ソルは、輝くような金髪金瞳の、目が眩むほどの美少年だった。
賊たちが誘拐するのも当然と納得してしまう神々しい容貌で、どこか儚げに笑う様は、それを見た者の心を打った。
大人たちは誘拐のショックで記憶を失ったであろう彼の身を哀れみ、両親の元へ戻してやらなくてはと動いた。
けれど、彼の保護者は一向に見つからない。
捜索願が出される様子もなく、そのままソルは神殿に預けられることとなった。
賊と共に倒れていたソルを保護したのはシェスだ。
シェスが責任をもってソルの面倒をみたかったのだが、ティエル家当主がそれを許すはずもなかった。
その代わりにと、シェスはせっせと神殿に通いソルの世話を焼いた。
記憶を失くしたという彼は、子どもでも知っているような常識さえ忘れ去っていたので、シェスがそれを補い、支えられたらと考えたのだ。
そうこうする内に、ソルは神殿に馴染んでいく。
ソルは最初こそ庇護欲をそそる儚げな様子を見せていたが、それは本当に最初だけだった。
元来の彼は、ポジティブの塊だったようだ。
記憶喪失のことを受け入れてしまうと、溢れる元気で跳ね回るように日々を過ごしていた。
時々元気が良すぎる時があって、神官たちに窘められることもしばしばだったくらいである。
シェスも「うるさい、落ち着いて」としょっちゅう口にしていたが、彼の太陽のような笑顔にはいつも元気を分けてもらっていた。
「恩義は返さないとなー」
そうして落ち着いてくると、今度はソルの方がシェスの世話を焼くことも多くなった。
ソルはとにかく器用な性質で、何でもかんでもすぐに身につけてしまったのだ。
シェスが四苦八苦することを容易くやってのけてしまうので複雑な気持ちにもなったけれど、彼と共に過ごす時間はとても楽しかった。
それに、倒れた彼を拾ったのがシェスと聞いたからか、彼は最初からシェスに対して距離が近かったけれど、神殿に慣れた後もシェスから距離を置くそぶりを見せなかったので、シェスは何だか嬉しかったのだ。
「学院には、オレも行くから。一緒に頑張ろうな」
王立学院に通う時も、不安な顔を隠せなかったシェスに、ソルは励ますように笑ってくれた。
記憶がないために年齢も分からないソルだが、仮にシェスと同い年ということにしていて、同時に通うことになったのだ。
彼は神殿騎士を目指しており、座学も実技も優秀だったため、王立学院への入学を許されたのである。
騎士と聖女では受ける科目が重ならないことも多かったので、授業はあまり一緒にならなかったけれど、昼食は共にとることが多く、放課後は図書館で並んで勉強をして、会わない日がないほどだった。
ソルがいてくれなければ、シェスは学院で完全に孤立して、卒業の前に心が挫けてしまっていたかもしれない。
実のところ、シェスが睨まれたのはソルと一緒にいることも原因だったろう。
神々しい美少年は、神々しい美青年への成長途中で、シェスはそれに不相応だったから。
気付いてはいたが、幼馴染を避けることなどできずに、シェスは嫉妬の視線を甘んじて受け続けたのである。
そんなシェスへの敵意にソルが気付かない、などということはなかった。
いまだ恩人と思ってくれているのか、シェスに対し、彼はかなり過保護だった。
「はあ? あいつら×××して、〇〇〇して、――してやろうか?」
「ぎゃー!! なんちゅうことを、口に出すんだお前は……!」
神殿には様々な子どもが集まる。
その中で育った彼は、下町の悪い言葉もすっかり覚えてしまっていた。
ついでにシェスも、そんな幼馴染に影響されて、素の口調は貴族令嬢とは思えないものとなっていた。男らしくあろうとした期間があったことも、それに拍車をかけてしまったのだろう。
それはともかくとして。
シェスは必死でソルを止めた。
彼が自分のために怒ってくれることはとても嬉しかったのだが、彼が有言実行したとしたら……学院の生徒のほとんどが消えてしまう。
それを確信できるくらいには、シェスはソルがとてつもなく規格外に強いことを知っていたのだ。
だからシェスはソルを宥めなければならなかった。
シェスの学院での三年間は、勉学と、冷遇と、幼馴染の鎮静で成り立っていたと言っても過言ではないだろう。
それでも気付かない内に、ソルが裏で手を回したこともあったのではないかと、彼女は疑っていた。
無邪気な笑顔で誤魔化されがちだが、彼はかなり頭が切れて、こうと決めたことはどんなことでもやってしまうようなところがある。
シェスが止めたから、必要以上のことはしていないと思うけれども、何となく思い当たることがあった。
――いつでも私は、そうやってソルに守られてばかり……。




