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朝日/出立



――シェスがいる……。


 一通り話を終え、これからの話をしながら、ソルとシェスは朝日を待っていた。


 取り戻した幼馴染――想い人の横顔を見つめ、ソルは感無量になる。


 先程シェスに苛立ちをぶつけてしまったけれど、彼女を失った一週間は、本当につらいものだった。

 シェスの命さえ危ぶまれる状況で、平静を保つなど無理な話だったのだ。


――アミ姉さんと二人で当たり散らしてたことは、シェスには秘密にしておこう……。


 最終的にソルはエヴァジオン家に拘束されていた。

 仕方のない措置だったと納得しており、恨みはない。


 それに、ソルは隠されている必要があったのだ。

 シェスを独房から出した後、エヴァジオン家に罪が着せられないように。

 エヴァジオン家から消えた人物がいると、思わせないように。


 それはエヴァジオン家を守るためであり、巡り巡ってシェスに辿り着かせないためでもあった。


 念のため、シェスの幼馴染であり神殿騎士であったソルの身代わりを、エヴァジオン家の誰かが務めてくれている。

 ここしばらくソルはずっとフードを被っていたし、王立学院時代に友人らしい友人は作らなかったので、味方以外は身代わりに気付かないはずだった。

 アミティエは「あなたの顔の代わりは誰にとっても荷が重すぎますが、まあ何とかしましょう」と苦笑していたが、彼女が請け負ったからには上手くやってくれるだろう。


――シェスだけが追われる身になるのはヤだけど、エヴァジオン家に何かあったらシェスが傷つくから、仕方ない……。


 シェスはずっと、傷ついて傷ついて生きてきた。

 だからもう、彼女を悲しませるようなことを、ソルは許さない。


 理不尽にシェスを虐げた王家に、本当はソルが復讐したかったのだけれど――。

 ソルがシェスを連れていく代わりに、アミティエにその役目は託してきた。


「ご安心ください。確かに王家は女神様の血を引いておりますが、女神様ご自身ではない。容赦は致しませんので。永く永く、苦しんでいただきます」


 ぞっとするような微笑で、アミティエはそう約束した。

 王家には今後、苦難のみが与えられるのだろう。


 アミティエの報復がなくとも、シェスという大聖女を失った時点で、彼らは危地に立っているのだ。


 結界はいずれ綻び、国民からは怨嗟の声が上がる。 

 王家は全ての罪をシェスに着せようとするだろう。

 そうすれば国民の不満も最初はシェスに向く。

 しかし結局、対策を講じなければならないのは王家だ。


 いずれは彼らの矛盾、過ちに誰かが気付くであろうし、そうでなくてもエヴァジオン家がシェスへの冤罪をそのままにしておかない。

 そのエヴァジオン家も、王家の行いにより国から去っていくのだ。

 真実が明らかになった時――、国民からの突き上げは相当に厳しいものとなるに違いなかった。


 やがて、そんな渦中のどこか。聖女だけで結界を維持するために、国土は縮小される。

 最初に消えるのは、きっとあの、最北の町だ。


――彼らの崩壊の始まりまで、あと少し。


 シェスの不在を知った王家は、どれほど慌てふためくだろう。

 そこからは坂道を転がるように、落ちていくだけだ。


――シェスが苦しんだ以上に、苦しみ続ければいい。


 輝くような容貌の下に、そんな重く昏い感情を隠して、ソルは窓の外に視線を移す。


 早く太陽に顔を出してほしかった。


 こんな国に、シェスを少しでも長くいさせたくなくて。

 新しい日々を、シェスと始めたくて。






 空に注目していたソルは、その色がわずかに青味を帯びたことを認め、一つ忘れていたことを思い出した。


「そう言えば、アミ姉さんからシェスの服を預かってたんだ。出発前に着替えないとな」

「何から何まで、ありがたいな……」


 鞄から取り出されたシャツとスカートに、シェスは顔を綻ばせる。


 シェスはここ一年、聖女用の白いワンピースしか身に着けることがなかった。今着ているのもそれだ。このままでは多少なりとも町で目立ってしまうだろう。


 代わりに用意された衣服たちは可愛らしく、かつ動きやすそうで、シェスはアミティエの心遣いを嬉しく思った。


「……あ、そうだ。ハサミとかある?」

「ん? 裁縫用のやつとかならあったかな……。なんで?」

「いや、着替えの前に、髪切りたいなって思って」


 シェスの言葉に、ソルは衝撃を受けた。


「え……、なんで?」

「これから、冒険者、っていうのになるなら邪魔かなって」


 ローワ王国にはないが、他国には魔獣討伐やその他様々な仕事を請け負う冒険者と呼ばれる職業がある。

 二人は当面、冒険者をやりつつ他国を巡り、ローワ王国の追手から逃れようと話をしていた。


 追手がかからない、ということはないだろう。

 王家はシェスを断罪せずにはいられないだろうし、シェスが力を奪ったなどと考えているのなら、取り戻そうとするはずだから。


 だが、神殿や王立学院での学びと、この一年の経験を生かせば、二人ならやっていけるはずだった。


 シェスは国を出た時点で神聖力が失われてしまったらと心配していたが、ソルはそれについては楽観的だ。

 これ以上シェスが奪われることを、女神様だって許さないだろうと、そんな確信があった。


「こんなにパッサパサになっちゃってるし……」

「う~」

「……そんな悲壮な顔する?」

「だってオレ、シェスの髪いじるの楽しみにしてたんだよー」


 嘆くソルに、シェスは理解不能と言わんばかりの表情を浮かべる。

 ハサミを受け取ろうと手を伸ばしたシェスだったが、ソルはそれを拒んだ。


「やるならオレが切ります。なんか危なっかしい気がする」

「腹は立つけど否定できない」


 自分の髪を切るなどしたことのないシェスは、素直にソルに任せることにした。

 嘆きながらもソルは、シェスの希望通りにハサミを握る。


 優しい朝焼けのようなシェスの髪がソルの気に入りの一つでもあるので、本当に悲しく思った。


 ローワ王国では、女性は髪を長く伸ばすものという慣習がある。

 王家その他の連中がシェスからそんな普通さえ奪うのだと考えると、憎悪が煮えたぎるようだ。


 そんなソルの内心を知らず、シェスは無防備に彼に首元を晒す。

 こういう時、シェスからの信頼を感じてしまって、ソルは堪らない気持ちになるのだった。


「学院の時から手入れが面倒くさかったから、すっきりするな」

「悪戦苦闘してたもんね……。でも、手入れならオレがするのにな~」

「しつこい」


 早くしろと目で訴えられたので、ソルは大人しく従うことにする。


「……どのくらい切る?」

「とりあえず肩の辺りくらいで揃えてもらおうかな……」

「分かった」


 ソルは真剣な顔で、シェスの髪を切り落としていった。

 それはまるで、災厄を断ち切る儀式のようでもあり――。

 床に落ちていく髪が、多くを捨てていくシェスの覚悟のあらわれのようでもあって、ソルの胸の方が痛んだ。


「……終わったよ」

「どう? 変じゃない?」

「似合ってるよ。短いのも可愛い。でも、惜しい……」

「そんなに?」


 頬のこけた今のシェスをそんな風に言うのは、ソルくらいのものだろう。

 躊躇のない褒め言葉にシェスは照れたが、苦渋の表情を崩さないソルに苦笑してしまう。


「だけどさ、こういうの、出発、って感じで……。何か、ちょっと、わくわくしない?」

「……うん」


 珍しく前向きなシェスの言葉に、ソルは優しく目を細めたのだった。




 それから二人は、てきぱきと準備を進めた。

 小屋に痕跡を残していくわけにはいかないので、二人でよくよく確認をする。


 そうこうしている内に、朝日は姿を見せ始めていた。


「シェス、行こう」

「うん――」


 ソルがドアを開け放ち、シェスがそれに続く。

 途端、外に出た二人に優しい風が吹きつけて、朝日と共に旅立ちを祝うようだった。


 二人は手を繋ぎ、迷いなく森の中の道へと進んでいく。

 生まれ育った国から、その外へ。

 災難に満ちた日々から、幸福の日々へ――。




 こうして、二つの影がローワ王国から離れていった。

 以後、王国の歴史に大聖女という存在が現れることはなくなるのだが――。

 それはまだ、誰も知らないこと。


 そして、王国を出る今の二人には、知る必要もないことだった。




「シェス! これから、楽しみなことばっかだな!」


 未来への恐怖と不安を強く覚え、顔を強張らせて進むシェスに、未来への希望を抱えたソルがはしゃいだように告げる。


「……お前のそのポジティブさ、分けてほしいよ……」

「めっちゃ分けるよ! むっちゃちゅーする?」

「……遠慮しとく……」


 ソルは、嬉しそうに、楽しそうに笑いながらシェスの手を引いて。

 きらきらとした笑顔につられるように、いつしかシェスも笑っていた――。











最後の大聖女の災難   おわり

最後の大聖女の幸福 へ つづく





 




ここまでお読みくださり、ありがとうございました!


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