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国境/手紙



 遠い目のまま、シェスはどこか虚ろに呟く。


「……国を捨てて行こうとするような人間なのに……」

「捨てて行こうとしてくれてたんだ?」


 ソルの言葉には喜びが滲んでいた。

 シェスはのろのろと幼馴染の方に視線を戻す。


「今夜……、お前が来なくても、牢を抜け出すつもりだったんだ。術で鍵を開けて、姿を隠して……、王城を出たら、一番近い国境の街まで飛んで、そこから国境を越えようって……」

「今のシェスなら全然できそう。間に合って良かったよ、置いてかれても、追いかけてたけどさ」


 ソル、とシェスはもの言いたげに呼びかけようとして、けれど「それに」と続けたソルの方が早かった。


「嫌がるシェスを無理やり連れてくのは、あんまりやりたくなかったから。シェスがやる気になってくれてて、嬉しい」

「そういやお前、最初に攫うとかなんとか言ってたっけ……」

「うん、そういうつもりだった。シェスはだって、優しすぎるから。だから、たとえ冤罪を着せられても、国のために残りたがるかもって、そう思ったんだ」

「私はそんなに優しくないよ……」

「なーに言ってんの。今まで自分には厳しくってさ。他人にばっかり優しくして……。だから今度は、シェスが自分に優しくする番、ってことだろー」


 ソルが握った手をあやすように優しく揺らすので、シェスはもう一度泣きたくなった。


「本当にいいのかな……。大聖女かもしれない私が、そうしても……」

「いいに決まってるじゃん。どっちにしたって、どうせオレが攫うんだしね」

「ばか言って……」

「それに、オレ以外にもシェスの後押しする人たちはいっぱいいるし。まあ大体、エヴァジオン家の人たちだけど……。これは証拠ね。さっき言ってた手紙。アミ姉さんと、神官長と、それから弟くんからも」

「えっ!?」


 シェスに告げながら、ソルは空いた手を伸ばし、テーブルの上に置いてあった鞄を引っ張っていた。

 鞄の中には当面の生活に必要なものが揃えられている。

 これもシェスとソル、二人のためにエヴァジオン家が用意したものだ。


 その鞄の中から手紙を何通か取り出し、ソルはシェスに差し出す。

 この時だけはシェスの手を離して、ソルは彼女が手紙を読むのを見守った。


 わずかに震える手で、シェスはそっと封を開け、手紙を広げる。


 アミティエと神官長サジェスの手紙には、まず謝罪がつらつらと並べられていた。

 シェスを守れず、悔やんでも悔やみきれないといった文章だ。


 万が一のことを考慮してだろう、エヴァジオン家と王家の事情について具体的には書かれていない。

 だが、ソルに言伝した通りであるので、エヴァジオン家への気遣いは不要であると、シェスの罪悪感をなくそうとする思いやりがそこにはあった。


 それから、シェスを利用するような形になってしまい申し訳ないともう一度謝罪があり、さらにシェスの背中を押すような内容が続く。


「エヴァジオン家として、国民のためにできることはしていくってあるけど……、何か聞いてる?」

「うん。エヴァジオン家が回してた仕事の引継ぎも中途半端にはしないし、希望する国民はエヴァジオン家が責任持って連れて行くってさ」

「それって人口流出……」

「うん、でも、それがこの国のためなんだ。もう多分、結界は今のままの大きさを保持できない。聖女はそのままだから年単位で安全は確保されるはずだけど……、増幅の力がなくなったなら、国土を縮小するしかなくなる」

「そう、だよね……」


 大聖女を失うとは、そういうことだ。

 分かってはいたが、シェスは重い気持ちで俯いた。


「シェスが気にすることじゃないよ。その道を選んだのは王家なんだからさ」

「そうなんだけど……。普通に暮らしている人たちは何か悪いことをしたわけでもないし……」

「そうやってまた他人の心配ばっかする」

「私が心配してるのは自分のことなんだよ。保身なの。責められるのが嫌で、怯えてるだけ」

「でもそれだけじゃないの、知ってるよ」


 黄金の瞳が優しく細まる。

 その瞳に見つめられると、さらなる反論の言葉は口にできなくなった。


「……それに、何年後かには、要石による結界は必要なくなってるはずだから。シェスは本当に気にしなくていいんだ」

「どういうこと?」

「エヴァジオン家がこれから拠点にしようとしてるのが、大陸東のフレド国なんだけど……。そこじゃ前々から聖女に頼らない結界の開発を進めてて、エヴァジオン家は協力関係にあるんだって。で、それがもう実用段階にこぎつけそう、ってとこらしいんだ」

「マジか……」


 驚きすぎて、言葉がますます令嬢らしさをなくす。


「マジのマジなんだって。すごいよな」

「うん。歴史の転換点だよ……」

「な。だから、シェスはもう、国に縛られなくていいんだ。好き勝手に生きていい」


 力強く断言されて、シェスはまた涙を堪えなければならなくなった。

 一度泣いてしまったせいだろうか、涙腺が緩くなっていて困る、と喉の奥に涙の気配を追いやりながら、シェスは思う。


「アミ姉さんたちも、そう書いてるだろ? それに、弟くんも」


 シェスはもう一度手元の手紙に目を落とした。


 ソルの言う通りだ。

 アミティエも、サジェスも、シェスが縛られず自由に生きていくことを、シェスの幸せを願っていると、そうしたためてくれていた。


 それから、ジェネルエスも。


 もう一通の封筒を開けて、今度こそシェスの頬に涙が伝った。

 弟からの手紙には恨み言の一つもなく、シェスを信じていること、無事と幸せを祈っていると、そう綴られていた。


 そして、三人の手紙の最後には、表現こそ違うけれども、同じ――再会を約束する言葉があって。

 シェスの涙は、また止まらなくなってしまったのだった。




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