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国境/再会



「シェス、何か顔色良いな! 無事で良かった、ほんとに! 無茶苦茶心配したんだぜ~。はぁ~、もう、シェス~」


 何が起きたのか全く分からないが、一つ瞬いて目を開けてみれば、シェスとソルは、小さな木の小屋の中にいた。


 小屋の中はランプの明かりで照らされて、独房の暗さに慣れていたシェスの視界を眩ませる。

 ぱちぱちと瞬いている間も、幼馴染はシェスの無事を喜び、心配したと愚痴り、シェスの顔を覗き込んだり、抱きしめたりを繰り返している。


 別れを覚悟したはずの幼馴染との感動の再会……のはずなのだが、その幼馴染がうるさすぎるので、シェスは相手を一発殴った。


「あいたぁ!」

「ソル、うるさいからちょっと黙って。というかこの状況をちゃんと説明して……」


 ソルの前だと、シェスの口調は砕けてしまう。

 頭を抱えて溜め息を吐いたシェスに、ソルは至近距離で唇を尖らせた。


「感動の再会なのにぃ……」

「それならそれらしい雰囲気を――」


 言いかけて、シェスは気付いてしまった。

 よく見えるようになった視界に、潤んだ黄金の瞳が映る。


 その涙は、シェスの与えた痛みが原因ではなくて。

 彼の心をあらわすものだった。


「……最初から、出しておいてほしい……」


 ソルの涙など、初めて見たかもしれない。


 それにつられるように、シェスにもこみ上げるものがあった。


 もう会えないかもしれないと、そう思っていた幼馴染が、今ここにいる。


 ソルがシェスを見限ることはないと信じていたけれど、それでもこうしてシェスを案じてくれる姿を目の前にして、安堵の気持ちが胸に広がる。

 一週間の孤独から解放された安心感も、シェスをいっぱいにして――。


 気付けばシェスは腕を伸ばして、自分からも幼馴染を抱きしめていた。


 シェスからの抱擁は想定外だったのか、ソルは急に黙って、先ほどまでの図々しさが嘘のように、恐る恐るシェスの背にその腕を回す。


 失ったはずの温度に、シェスはますます胸が詰まって、結局、二人で泣いてしまったのだった。








「……で、どういうこと?」


 小屋の中には、数人で食卓を囲めそうなテーブルと椅子があった。


 涙がおさまった後もソルはシェスを離したがらなかったが、無理矢理引きはがして、二人で椅子に腰かける。


「手も離してほしいんですけど?」

「シェスがまたいなくなったら嫌だから、もうずっと掴んどくの!」


 幼子のように主張されて、手だけは繋がれたままだ。

 シェスが目の前で連行されたことは、ソルにとっても相当なショックだったようである。

 仕方がないと諦めて、二つの椅子を近付けて座った。


「説明はする、けど、先に休まなくて平気?」

「大丈夫」


 ソルに顔を覗き込まれて、シェスは視線を逸らす。

 泣いた後の顔をまじまじと見られるのは、さすがにばつが悪い。


「この一週間、結構快適だったから。そんなに心配しなくていいよ」


 大丈夫だと言うのになおも気遣わしげなソルに、シェスはそう告げた。


「心配かけてたのに、こんなこと言うのもなんだけど……。仕事しなくてよくて、食事も睡眠もしっかりとれてたから、ちょっと前より元気なくらい」

「そっか……。それでちょっと、手にも弾力が」

「弾力って……。っていうか揉むな、手を」

「だってもう、枯れた小枝だったじゃん? いつポキッてなるか、ずっと気が気じゃなかったんだよ~」

「それは悪かったけど、言い方!」


 長い付き合い同士の、慣れた掛け合いだ。

 ソルはほっとしたように笑い、次いで首を捻った。


「それじゃ……、どっから話せばいいかな~」

「とりあえず、ここがどこだか教えてほしい」

「王国の最北西端。エヴァジオン家の管理下にある森小屋だから、安全安心。ちなみに、すぐそこの森を越えたら隣国に行けます」


 シェスは目を見開いた。


「さっきまで私たち、王城にいたのに?」

「そうだけど、転移の術でひょいっと」

「転移!? って、幻の術なんじゃ……」

「や、術式は確立されてたみたい。ただ膨大な魔力が必要で、複数の元素を同時に操作しないといけないから、使用者が限られてるんだってさ。エヴァジオン家が術式提供してくれた。オレなら使えるだろうからって」

「おー……」


 あんぐりとシェスは幼馴染を見やった。

 膨大な魔力と複雑な操作が必要な転移をやってのけた本人は、けろりとしている。


「すごいな、ソル……。回復しとく?」

「んー、大丈夫そう。朝までには完全回復するっしょ」


 無理をしている様子はまるでないので、シェスはほっと胸を撫で下ろした。


「それにさ、オレ、この程度じゃシェスに甘えらんないよ。今回の件、すごかったのはエヴァジオン家で、オレは何にもできなかったもん」

「いや、王城の牢に忍び込んで転移の術使っただけで相当な大活躍……」


 唇を尖らせたソルにツッコミを入れてから、シェスははっとする。


「っていうかあの牢、封じがあったはずなんだけど……。それに、エヴァジオン家は今回どこまで噛んでる?」

「全部だよ~。最初から最後までエヴァジオン家の計画通り。あ、もちろん、シェスが捕まった後からの話」

「全部……」


 それでは、反逆になってしまう――。

 青ざめたシェスの手を、もう少しだけ強く握って、ソルは続けた。


「シェスが連れて行かれて……、オレもマジ切れだったけど、アミ姉さんも大激怒で……、もう、とにかくヤバかったんだ。エヴァジオン家は国を滅ぼす勢いのアミ姉さんを宥めてたけど、シェスを解放することについては反対するどころか積極的で、結果一週間かからずに作戦立てて、実行ってなったわけ」

「国を滅ぼす勢いのアミさん……」


 先程とは違った理由でシェスは青くなる。

 この一週間の、誰をも氷の彫像にしかねない様子のアミティエを思い出せば、ソルもそれ以上触れる気になれなかった。

 とはいえソル自身、他人のことは言えないのだけれど。


「ま、ある程度端折って言うと、エヴァジオン家は王城にかなり密偵を潜入させてて、その辺を総動員したみたい。当主が王家を引き付けて、シェスの周りにはエヴァジオン家の関係者しか近付けないようにして、その間に王城の情報を全部集めて、いつどの隠し通路使うのかとか、そういうの決めてった感じ? 牢にあった仕掛けも直前に無力化してくれてたんだよ」

「なるほど……。それでお前、床下から出てきて、すぐさま転移ができたのか」

「そうそう。隠し通路とか、本当にあるんだなって思ったよ」


 隠し通路のこともそうだが、エヴァジオン家の密偵という単語もなかなか衝撃的なものだ。

 シェスは一つ溜め息を吐いた。


「なんか……、思ってたよりずっと、エヴァジオン家に迷惑かけちゃってたんだな……」

「迷惑なんかじゃないよ。そもそも迷惑かけてきたのは王家の方だし。それに、エヴァジオン家は元々王国を出るつもりで準備をしてて、シェスのことは……、不謹慎だけど、良いきっかけだったって。だから気にするなって。アミ姉さんとか、神官長とかから伝言と、手紙も預かってる」

「えっ!?」


 次から次に、驚きの言葉が出てくる。


「元々って……、」

「数代前の王様の時から、このままじゃ駄目だって判断してたみたいで」


 エヴァジオン家は、憂いていた。


 王家は女神の末であり、それを誇りに思うのは当然と言っていいだろう。

 しかし、王家の選民意識は代々強くなっており、「我らは女神に選ばれた」と他国に対しても傲慢さを見せるようになっていた。

 瘴気に苦しむ他国への聖女の派遣を、大したことのない理由で断ったこともあったほどだ。


 このままでは、女神の想いが踏みにじられてしまう――。


 エヴァジオン家は、それを危惧した。


 女神の願いは、ローワ王国が守られることではない。

 この世界の人々が、瘴気に苦しまず幸せに暮らすことだった。


 エヴァジオン家はその願いを実現するための存在だ。

 このままローワ王国に留まっていては女神の願いを叶えることはできない、と徐々に国を出る準備を進めていたところで、今回のシェスの冤罪事件が起こったのである。


 エヴァジオン家は激高すると共に、冷静に判断した。

 これは国を出る好機である、と。


「だから――贖罪のために国を出るとかって発言になったのか」

「あれ? 知ってた?」


 遠耳の術で得た情報を補足され、シェスは納得の声を上げた。

 それに、ソルは首を傾げる。


「あっと、実は、牢の封じの仕掛け、私には効かなくて……。情報収集はある程度できてたんだ」

「そっか、大聖女だもんな」

「その現実は、まだそこまで呑み込めてないけど……」

「そんなシェスにお伝えします。シェスが大聖女判定を受けた最後の一人で、天井まで光ったのはシェスだけだそうです」

「ちなみにラヴィソン様は……」

「床は全部光ったみたい」

「……そっか……」


 分かってはいた。そうなのだろうと、一応受け入れてはいたのだ。

 しかし、改めてその現実を突きつけられ、シェスは遠い目になるのだった。




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