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独房/回想



「こんなにのんびりしたの、いつぶりだろう……」


 掠れた呟きが、独房にぽつりと落ちた。 


 声の主は、ベッドに転がり、エメラルドグリーンの瞳で天井を見つめている。

 投げ出されたその体は、あまりにも痩せ細っていた。


 シェス――シェディエスは、一応、ティエル子爵家の令嬢で、聖女でもあるのだけれど、とてもそうは見えない不健康な細さだ。

 赤色の混じる亜麻色の髪も艶を失っている。


 この一年、毎日必死で聖女としての務めを果たしてきた。

 無理をしすぎたのだ。

 無理をしなければならない状況に、追い込まれていたのだ。


 酷い毎日だった。


 冤罪で独房に入れられているという、今のこの状況も。

 あまりにも、理不尽だ。


 シェスは溜め息を吐き、再び脳裏に繰り返す。

 この一年ほどの、彼女を追い詰めるばかりだった日々を――。








 試験結果に疑義がある。


 そう言われたのは、王立学院の、卒業試験の最終日。


 卒業試験の内容は所属する科によって異なるが、聖女候補にはその神聖力を計る試験が課される。

 その試験で不正をしたと、シェスは試験担当教官から完全に疑いの目で見られていた。


 次代大聖女とも目される公爵令嬢、ラヴィソン・ビスコクトーよりも高い数値を出したからという、それだけの理由で。


 まさかの疑いをかけられ、茫然としながらもシェスは潔白を主張した。

 主張と言っても、心臓が嫌な音を立てて、手足が震えて、首を必死に横に振るしかできなかったのだけれど。


 そもそも試験前に、力を増幅するようなものを身に着けていないか、そういった薬を摂取していないか等、しっかりと検査されている。

 厳正なそれを、潜り抜けるのは不可能だ。


 もしそれが可能だったとしたら、学院の管理体制も問題視されることになる。


 最終的には、やはり試験前の検査を掻い潜るのは無理だという結論が出て、シェスが再検査を受けて何も出なかったことで、試験担当教官の疑義は退けられた。


 それなのに――疑い自体はなくならなかったのだ。


 公爵令嬢ラヴィソンを超える力を持つ聖女などいないという思い込みから、多くがシェスに猜疑の目を向けた。


 ラヴィソンは王太子の婚約者であり、才色兼備と名高く、神聖力も強いと、幼い頃より多くの人々から期待されてきた女性だ。

 そんな彼女より強い力を、冴えない子爵令嬢が持っているなど、受け入れ難かったのだろう。


 その気持ちは理解できる。

 しかし、だからといって一足飛びにシェスを悪者にするのはどうなのか。


――まあ、私も、最後の最後でやらかしちゃったよな……。


 ほどほど手加減したつもりだったのに、とシェスは己の掌を見つめる。


 そう、不正どころか、シェスは全力ですらなかったのだ。


 神聖力の計測は卒業試験だけでなく定期試験でも行われるのだが、シェスは最初の試験を除く計測で、ほどほどの結果になるように調整をしていた。


 仕方がなかったのだ、とシェスは胸の内で誰にともなく言い訳する。


 彼女の最初の試験結果は、学院の聖女候補の中で二番目という数値で。

 それが、新入生の子爵令嬢風情が生意気だという反感に繋がってしまったから。


 おかげで在学中、シェスは学院で遠巻きにされ続けた。

 試験二回目から手加減するようにしたので、厳しい視線は徐々に減り、直接的な嫌がらせなどはなかったけれど。


 あの程度の令嬢には、まぐれでもありえないことだったと。

 そんな風に、陰で嘲笑する人はいた。


 神聖力の数値は安定するまで時間のかかる者が多いので、シェスの手加減に誰も気付かず、嘲笑で済んだことは幸いではあったのだろう。


 けれど、シェスの神経は図太くはできていなかったので、悪意に晒され続ける日々はつらいものだった。


――それに、本当に国のことを思うなら……、彼らの反応こそ、ありえない――。


 かねてより、聖女の総数とそれぞれの神聖力は徐々に減少傾向となっており、問題視されているのだ。

 強い力を持った聖女が増えることは、本来歓迎すべきことであるはずだった。


――そりゃあ、だからといってちやほやされたりでもしたら、それはそれで身の置き場がなかっただろうけど……。


 ただ()()に過ごせれば、シェスはそれだけで良かったのに。


 疑いの目を向けられながら学院を卒業し、聖女と認められてからの任地での日々は、過酷なものだった。




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