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上屋敷緋色は死亡した

 緋色(ひいろ)は幼女とも言える頃から、死に焦がれていた。

 終わりたい衝動がひたすらに強かった。

 けれど、家族を悲しませたいわけではなかった。


 緋色は小さな頃から、いかにして早く、穏便に死ぬかを考えていた。


 自殺は論外。禍根が残る。

 事故死は無理。加害者が哀れ。

 病死は不可能。身体は丈夫だ。


 緋色はずっと考えていた。どうやって死ねば、家族は悲しみに明け暮れないのだろう。

 結論が出たのは十二歳の時。自分の家は、医療従事者が多い一族だということに気がついたときだった。


 ──私も人を助けよう。

 ──人を助けて、助けて、助け続けて、評価を高めて。

 ──いつか、無茶無謀極まりない救助要請が来たら、そのどさくさに紛れて死のう。


 そうして緋色は、医療従事探索者への道を歩み始めた。

 世界中、あらゆる場所に存在する迷宮。そこに出現する魔物が地上に溢れないよう、駆除をする探索者。その探索者の治療を、迷宮内部で行う医療者。


 戦闘能力と医療魔術、医学知識を高いレベルで求められるエリートだ。女という身もあり、壁は狭く、高かったが、緋色は死に物狂いの努力の果てに、十七歳という年齢で、世界最年少記録を打ち立てて免許を得た。


 上屋敷(かみやしき)緋色(ひいろ)、十九歳。

 最年少の医療従事探索者。日本が誇る天才。血濡れの救い手。


 十二歳の自分が出した結論に沿って、緋色は法定休日以外のすべての時間を、迷宮内部での人命救助に捧げた。

 免許取得から二年。ある冬の夜に、政府機関から、世界でも屈指の難易度と記録された迷宮での人命救助を依頼された。自らにも命の危険が及ぶ依頼を、緋色は一も二もなく受諾した。


 やっと、死へ届くのだと歓喜して。





 黄泉国(よもつくに)。それが日本で最も危険な迷宮の名前。

 強大な魔物が雨後の筍のごとく生息しているだけではない。黄泉国に満ちる濃密な魔素は人体を犯し、弱い耐性しか持たない人間なら死に至らしめることもある。


 足を踏み入れる者すら選別する死の迷宮。そこでの魔物駆除を請け負う英雄たちですら対処できない迷宮直下大地震が起こり、重傷者が多数発生してしまった。

 負傷者を連れての脱出は難しい。ならば医療者を派遣するしかない。そうして白羽の矢が立ったのが緋色だったのだ。


「──上屋敷さん、上屋敷さん! 起きてください!」

「ん、ぁ……ああ、ごめん。寝てた」


 負傷者のもとには辿り着いた。治療は終わり、探索者たちもほとんどを逃がした。残っているのは緋色と、一人無傷で地震後の混乱を凌いでいた女だけ。

 気付かぬ間に背負われていた緋色は、声に促されて目を覚ます。鈍痛を感じて、その源である腹を見ると、臓物が飛び出していた。


「ああ、そっか。裂かれたんだった」

「すみません、痛み止めくらいしかできなくて。上屋敷さんも、絶対に連れ帰りますから」

「いや、いいよ。私はここに残る」

「……え」


 女は顔を蒼白にして、足を止める。

 緋色はその隙に背中から降りると、震える足で強引に立ち上がった。


「どうせ保たない。死体を連れ帰るくらいなら、あなたの生存確率を上げてくれ」

「っ……そんな、そんなこと言われても! あなたはあたしたちを救ってくれた! なのに、あなただけ置いていくなんて──」


 女の唇に人差し指を当てる。

 沈黙を促すジェスチャー。緋色は無表情だった顔に微笑みを作って、幼い頃からの衝動を、生まれて初めて口にする。


「内緒だよ。私はずっと、死にたかったんだ」

「……上屋敷、さん。なにを」

「下手な死に方だと、家族をずっと苦しめるからね。誇りに思ってくれるような場所をずっと求めていたんだ」


 腹を裂かれたのは純粋な力不足。救護中に襲われて、対処が間に合わなかっただけのこと。

 救助者たちに本心を見抜かれる恐れがあったから、わざと攻撃を受けるつもりはなかった。だからこそ、この黄泉国は緋色にとって、実に都合が良い舞台だったのだ。


「私は善人じゃない。死ぬためにここへ来たんだ」


 ホルスターから注射器を取り出して、静脈に刺す。

 中の液体は賦活の魔薬剤。女に追いつかれないために必要だった。


「それじゃあね。今の話は墓まで持っていってほしい」


 走り出す。

 暗い暗い、ヒカリゴケだけが光源の迷宮の中。

 やがて緋色は魔物に行き合い、内臓を零した身体で敵うはずもなく、その生涯を終えた。





「──生き返っちまったなあ、お嬢ちゃん!」


 ケタケタと、地の底に響く笑い声。

 意味を成さなくなったはずの脳髄に、不快な声が反響する。


「よく来たなぁ! ここは死にたがりにとっての地獄だぜ?」


 そう。私はやっぱり地獄に堕ちたのか。

 緋色は納得と共に、ほんの一時だけ目を閉じた。

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