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喫茶店ブルーポット

喫茶店ブルーポット 3中

作者: 赤月白羽

 12月に入って、街ではサンタクロースやツリーなどの装いや催しを見かねないことがないくらいクリスマスに染まっていた。


 喫茶店ブルーポットはというと、店内はいつも通りの風景がそこにあった──つまり、客のいない閑散とした店内。


 平日ということもあるのだろうが、常連の年配客がいつものように昼からやってきて、いつものテーブル席に座り、いつものように珈琲を一杯だけ頼んで新聞を広げていた。いつもと違うのは夕方遅くまでいるその常連客も昼過ぎに帰ってしまい、それ以後客足は途絶えたままだ。


 今日のシフトは菱井と有里子だけだったのだが、大学の講義が昼で終わった翠が暇だったからと店に遊びに来てカウンターの一番奥の席でくつろいでいて、翠を客とするなら2人目の客といえるかもしれない。


 バニラキプフェルは菱井から及第点をもらえたことで後は前日と当日に作るということになり、今は有里子が珈琲を淹れる練習をしているのを眺めている。


「有里子、淹れるのうまいよねぇ」


 そう言って有里子がサイフォンで淹れる手際を褒める。


「サイフォンってセットしてフラスコからお湯が上がってきたらロウトの珈琲を混ぜるくらいしかやることないじゃない?」


不思議そうに尋ねる有里子に翠はため息をついた。


「しれっとなんてこと無さそうに言ってるけど、その加減とか火を止めるタイミングが大事なんでしょうが…私はその辺が安定しなくて諦めた」


「マスターに言われた通りにやればいいだけじゃない」


 理解できないといった顔をする有里子


「店長が合図してくれたときはちゃんと出来るのよ? でも1人でやったらどうしても適当にやっちゃってバラツキが出るのよ」


「……そんなに変わるもの?」


有里子が聞くと翠は眉を寄せる


「店長にははっきり違いがわかるの。それと今日も来ていた長老。あのおじさん、私が淹れていつもと違う味だと不機嫌な顔をすんのよ。何にも言わないのが余計に怖くって」


 年配の客が機嫌を損ねたところを見たことがない有里子には、いまいち想像がつかないらしく「ふぅん」と答えて、いま有里子が淹れた珈琲を味見する菱井を見た。


「うん、安定してうちの味を出せてるね。サイフォンは有里子くんに任せても大丈夫そうだ。忙しい時は頼むから、その時はよろしくね」


 菱井が笑いかけると有里子は「ありがとうございます」とお辞儀をし、翠はそんな有里子を嬉しそうに眺めていた。


「ミドリちゃんも、エスプレッソマシンで淹れたものはおじさん機嫌よかったろう?」


「物珍しそうに頼んで一回飲んだだけじゃないですか。あんなのはノーカンですよ」


 むくれる翠に菱井は暖かく微笑んで言った。


「ラテアートも綺麗にできるじゃないか。練習したらもっと色々なものを描けるようになるよ」


 意外な高評価を受けて翠が照れ臭そうに髪をいじっていると、店の扉が開いてドアベルが来客を告げた。


 菱井と有里子が「いらっしゃいませ」と客を迎えて仕事に移ると、翠も反射的に立ち上がって声をかけそうになってすぐにオフであったことを思い出し、そろっと腰を下ろす。


 客は上等そうな三つ揃えのスーツ姿がしっくりくる、姿勢正しく身なりの整った二十代後半の男性だった。落ち着きのある整った顔立ちで身のこなしに品の良さを感じ、接客をしていない翠は思わず男性に見惚れていた。


 男性客は店内を見回し、カウンターの中程の席に座ると有里子から受け取ったメニューを見てブレンドと特製プリンを頼んだ。注文を待つ間、男性はカウンターのショーケースに気付き、真剣な表情で並べられた装飾品を眺めていた。


 有里子が珈琲とプリンを男性の前に出すと彼はショーケースから目を離し、カップを手に取って香りを嗅ぎ、珈琲を一口服んで感心したような表情を浮かべ、次いでプリンに手を伸ばしてひと匙食べると詠嘆した。


 再び珈琲を服んでしみじみと言った。


「知人からやたらと勧められて来てみたのですが……いや、本当に美味しい。来た甲斐があります」


 男性の賞賛を受けて菱井が「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げると、再びドアベルが鳴って立花が店にやってきた。


「あれ?先輩も来てたんですね」


 立花はカウンターの男性に気づくと嬉しそうに声をかけると菱井にカプチーノを頼んだ。


「お前がしつこく勧めるから気になってな。ちょうど時間も取れたから来てみた」


 男性は立花を一瞥するとそっけない口調で答え、隣に座ってニコニコと笑いかける立花を気にする様子もなくゆっくりとプリンを食し、男性の態度に気にする様子もなく立花は話し続ける。


「それで、どうです?けっこういけるでしょ」


「そうだな、とても気に入った」


 立花の方へ視線を向けようとせず、平坦な口調で短く感想を述べると、立花は自分が褒められたように嬉しそうに頷いた。


「でしょ?珈琲や甘いものにうるさい先輩でもここは気にいると思ってました。ショーケースのジュエリーはもう見ました?」


 立花が尋ねると男性はふわりと笑顔を浮かべ、プリンの容器を置くと再びショーケースの装飾品を眺めた。


「ああ、どれも素晴らしいな──これらは、あなたが?」


 男性は菱井を見て尋ねた。


「えぇ。素人の横好きで気ままに作ったものを飾らせていただいてます」


「そうですか……シンプルなものでも細部まで丁寧に仕上げられて、肌に触れる部分は特に着け心地を考えられている。技量だけでなく、身につけた方への配慮も伺える素晴らしい作品ですね──販売はなさっているんですか?」


「えぇ、宝飾店でもないのに価格を表示するのも無粋かと思いまして、価格は台座の裏側に。お陰様で気に入ってくださる方もおられて、いくつか購入していただいています──そうだ、立花さん。ご注文いただいていたものは指定された期日にお渡しできますので、その時にまたお越しください」


 菱井の言葉を聞き咎めて男性が意外そうに立花を見る。


「なんだお前、こちらで何か作っていただいてたのか」


「いや、うちでは頼みにくいし、店長さんに作って欲しかったんで──そうだ、折角だから先輩も何か購入してみては?」


 立花に言われて男性はちょっと考えて頷いた。


「──そうだな。どうせなら普段身につけられるものにしようか」


「あ、じゃあ僕が選んでいいですか。──あ、これなんか先輩に似合いそうですね」


 男性の答えを待たずに立花は嬉しそうにショーケースの装身具を物色すると、真ん中あたりに飾られていたネクタイピンを指差した。幅5mmほどのネクタイピンには、中央からやや外側に丸い猫目石が嵌められており、浅く控えめな彫刻の施され銀色に輝いていた。男性は苦笑すると、立花の指差すネクタイピンを見て頷いた。


「あぁ、それか。確かに俺もいいと思ってた──これをいただけないだろうか」


 菱井が台座を裏返して価格を見せると男性は確認して頷く。そして男性が有里子と飲食の料金も合わせて支払いの手続きを済ませている間に、菱井はネクタイピンを梱包して男性に手渡した。


 その後、男性は時計を確認して珈琲を飲み干し、菱井に礼を言って慌ただしく店を出た。


 店を出ていく男性に「おつかれさま」と声をかけながら目で追っていた立花は、男性の姿が見えなくなるとホッとため息を吐きカプチーノを啜った。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 その後、菱井と軽く話をして立花も帰っていった夜の19時。立花の姿が見えなくなった途端、翠が前のめりで菱井に尋ねた。


「店長!立花さんってなにやってる人なんですか!?」


「ちょっと落ち着こうかミドリちゃん。突然どうしたのさ」


 菱井がどこか面白がるように翠を宥めると、翠は興奮気味に言った。


「いや、立花さんのことっていうより今の人っ、なに?めっちゃカッコいい!」


「あぁ、何やってる人なんだろうね?立花さんが輸入会社に勤めてるらしいから、その関係者かもしれないね」


「何?翠はあの人みたいなのが好みなんだ?」


 翠の反応をなおも面白がりながら菱井が言うと、洗い物を終えた有里子も加わって翠を茶化す。


「そりゃあね。やっぱどっかのイケメンみたいにユルい顔より、断然キリッとしたハンサムでしょ」


 腕を組んで自らの発言に納得するようにうんうん頷く翠に菱井は「私のことではないよね?」と苦笑し、有里子は微かに頬を膨らませた。


 2人の反応にはお構いなしに翠は話し続ける。


「でもなー、先に狙っている人がいるとあっちゃあ諦めるしかないよねぇ」


「先に狙ってる人って?」


 わざとらしくため息をついて首を振る翠に有里子が不思議そうに尋ねると「聞きたい?」と勿体ぶる翠。


「それはねぇ……立花さん。あれは、あの人に惚れてるね」


 それを聞いて有里子はますます不思議そうな顔になり、菱井も首を捻る。2人の反応を見て翠は得意げにに技手の人差し指を立てて2人に話した。


「わっかんないかなぁ〜、立花さんがカウンターのあの人に話しかけてた時の様子。心トキメかせてすごくはしゃいで、まるで愛する人と一緒の時間を過ごせて心躍る感じだったでしょ」


「そう?オススメした店に来てもらえたことが嬉しいって感じだったけど?」


 有里子の指摘に緑の動きが一瞬止まって再び話始めた。


「…そして立花さんの、あの人を熱っぽく見つめる目は恋してる証拠」


「いや?至って普通だったと思うけれど。まぁミドリちゃんの言葉を借りるなら、キリッとしてかっこいい憧れの先輩と話ができて嬉しい、というのはあるかもしれないね」


 菱井の言葉に、翠は先ほどよりも長く硬直していた。


「………あの人のためにネクタイピンを選んであげてた」


「だから、それもオススメの店に来てもらった嬉しさからの流れで選んであげてただけなんじゃないの?」


 有里子の指摘を受けて言葉に詰まり、しきりと指を動かしながら言葉を捻出しようとする翠を菱井と有里子はすました顔で見つめていたが、やがて菱井が労わるような目で翠に声をかけた。


「ミドリちゃんはすごく想像力が豊かなんだね。もしかして男性の同性愛モノが好きなのかな?」


「マスター、今はBL、ボーイズラブっていうんですよ。そっかぁ、翠はBL大好きだったかぁ…今まで気づかなくってごめんね?けど、仕事中は妄想も程々にしとこうね」


「〜〜!」


 有里子の憐れむように嗜められて、翠は耳まで赤面しながら言葉にならないうめき声を発するのだった。


───────────────────────────────────────────


今回のジュエリー・アクセサリー


キャッツアイのネクタイピン


地金:ステンレス(プラチナメッキ)


石:キャッツアイ(ラウンド・カボション)



またのお越しをお待ちしております

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