一般刑事・加地の地道な証明
「色々調べてみましたが……これが一番現実的かと。」
「何……? わかったのか」
「はい。まず事件の概要をおさらいしておきましょう。午後零時ごろ近隣住民から、当該家屋が燃えているという通報を受けました。家は全焼。家主は死亡しています。」
加地は付箋に『火事』と書いて、窓の真ん中に貼る。
「うん、不思議なのは、事件当時周りに人っ子一人いなかったこと」
「はい。火のない所に煙どころか大火事だし、その発火原因は玄関先だった。」
加地は『発火(玄関先)』と書いた付箋を『火事』のすぐ下に貼る。
「それはでも、誰かがつけたんでしょ。どうにかして火種を放り込んで」
「えーと、どうにかして放火したってところは合ってますけど」
加地は付箋を二つ取り、『大きな家』『庭師』と書く。
「ひとまず家主とあの家についてまとめておきましょう。あの家は一人暮らしだけども、割と裕福な家で、庭師を雇っていた。そうですよね」
「ああ、周辺住民への聞き込みでは」
いいおじさんなのだと、高校生が言っていた。
「うん、地域でもよく知られてること。まずはそれが一つ。あの家は裕福で建屋も大きく、掃除にも苦労しそうです。特に周りの目隠しになりそうな木は、手入れがしんどいでしょう。ちょっと調べたんですが、外に水道の元栓があって、色んなところに蛇口がありました。恐らく手入れの利便性を図ったものですね」
加地は『大きな家』を『火事』の左上離れたところに貼る。『庭師』は『大きな家』の下に。そして次の付箋を無造作に取る。
「そして毎晩イルミネーションを点ける家だった」
加地は付箋に『イルミネーション』と書き込む。
「うん」
今度はママ友パパ友である。子どもたちがよく見に行きたいとせがむのだと言っていた。
加地は『イルミネーション』を『大きな家』の横に貼る。
「あのイルミネーション、決まって午後八時について、十二時に消えるそうです。」
今度は『プログラム』と書く。『イルミネーション』の付箋の上にズラして貼る。
「すこし調べてみたんですが、時間を指定して電源を管理する装置があるそうです。ある時間になると点いて、ある時間になると消える、みたいな。業務用らしいですが、まぁ、持っててもおかしくないですよね」
「うん」
「そしてその電源は水道と同じく外にありました。……それじゃ次です。」
加地は『大きな家』から離れたところに、『真夏日』と書いた付箋を貼る。
「事件当日はめちゃくちゃ暑い日でした。37度とかでしたっけ。どうでもいいんですけど真夏日ってことだけ確認しときます。尋常じゃなく暑いもんだから、誰もその家の近くの路地を通ることがなかった。もちろん夜も熱帯夜で暑かった。」
今度は『誰も外に出ない』を『真夏日』の横に貼った。
「でも一人だけ例外がいる。庭師です。彼は毎日庭の手入れのためにあの家へ通っています。」
加地はボールペンの先で『庭師』を指し示す。
「いや、あの庭師は初めに捜査線上から消えたろ。彼は自宅近くのコンビニにいた事が監視カメラに映ってるからアリバイがあるし、事件については何も知らないって言ってたろ」
「はい、もし仮にそれが本当だったとしたら、不審火ってことでこの事件は終わりですね」
「なら、そうではないと?」
「分かりません、まだ。今証明するとこです」
続いて加地は『ゴミの日』と書いた付箋を作る。
「その日はゴミの日だったんですけど。事件当日のゴミ収集の担当者からこんな証言がありました。『あの家はひと月おきに新聞を出すんだけど、その日は出てなかった』。実際、あの家は新聞を取ってます。門のところに新聞受けがかかってました。」
次は『新聞』。『大きな家』と『火事』の間当たりに貼り付ける。
「ちなみに言っときますが、付近の防犯カメラの映像を見ましたが、このゴミ収集車に特に不審な動きはありませんでした。そもそも敷地内にすら入ってませんね。何かを投げたり誰かに渡したりする動きもなかったので、このゴミ収集車は白です。」
「となると本格的に、この庭師がやったかどうかで決まるわけだな」
「はい。で、決定的な証拠が最後にひとつ。発火原因になった軒先に、電線がぐるぐる巻きになっていたそうです。」
加地は『電線』を『イルミネーション』の下に貼った。
「発火原因は電気コードの異常発熱です」
「そんなに熱持つもんなのか? 電気コードって。いや確かに持つけど、そんな火がつくほど……」
「まぁ確かにそうですけど、ゴムがドロドロに溶けるくらいの熱を持たせることだって出来ますよ、充分な大電源があれば。あとは恐らく、火がつく仕掛けがあったんですよ。新聞って燃えやすいでしょ」
「新聞を火種にしたってことか!?」
「そういうことです。」
「でも、スプリンクラーあったぞあの家。なんで機能せず……」
「スプリンクラーが止まってた。それだけですよ。家の調査をした時に、水道の元栓が閉まってました。普通開けっぱのはずなのに閉まってるってことは誰かが閉めたってこと。」
「でもそれを家主本人が閉めるはずは無い、自殺でも考えない限り……?」
「はい。だから必然、家に深く関与していて、その日家にいた人、あの庭師が怪しくなるわけです。ちなみに家主の自殺願望などは?」
「聞き込みなどではそういった話は出なかった」
「やっぱり庭師が怪しいですね。僕の結論はこうです」
そういって、『発火』の付箋を『新聞』と『イルミネーション』の間に挟んで、二つをつなげる。
「彼は庭の剪定がてら、家じゅうのイルミネーションを外した。事件当日はめちゃめちゃ暑い日でした。周辺住民も家から出ないくらい。もちろん家主も家から出ずに涼しい家の中でテレビを楽しんでた。その間に、家主がとっていた新聞――もちろん、捨てるために外に出しておいたものです――と、イルミネーションで仕掛けを作った。イルミネーションをぐるぐる巻きにして、新聞をかぶせて偽装した。イルミネーションはプログラミングされた大電源を利用して、時間でつく仕掛けです。夜八時ごろ、その電源がオンになる。イルミネーションが通電して、熱を持ち始める。新聞がその熱でやがて発火して、火が付いた。火は瞬く間に燃え広がって、家を燃やした。スプリンクラーが作動しなかったは、大元の栓を閉じていたから。こうして、火のない所に煙が立った。大元の水道栓、大電源、ごみの処理。これだけ家の事情に詳しいのは」
「……庭師しかいない。」
「推理終了です、補足しておくと、庭師の彼が帰宅したのは六時半頃。家主にご飯作ってたみたいですね。多分水を使うものは全部やってから元栓を閉めたんでしょう。家主さん、ちらっと聞いたところ夜更かしさんだったらしいですし、きっと風呂に入るのも遅かったんでしょう。その頃には大火事、というわけです」
その後、庭師の男は捕まった。彼によると、自分の仕事は庭の掃除だけのはずなのに、ごみを捨てたり庭以外の掃除も押し付けられたりしていたのだという。挙句の果てには家事全般を世話する事になっていたらしい。
再三抗議したそうだが、家主は取り合ってくれなかったらしい。そこで、どうにかして嫌がらせをする方法を考えていたところ、この手口を思いついたらしい。
まさか全焼するとは思っていなかった、とのこと。
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