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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

処刑人ちゃんと不死身くん

作者: めたぶる

 かの国の中央にそびえ立つ巨大な塔。それは国の象徴であり人々から『処刑塔』と呼ばれ、国中から集められた犯罪者を秘密裏に処理している処刑人たちの住処でもあった。

 そしてその仄暗い闇の中で一人の少女は、四肢を鎖で繋がれた男を恨みがましい目で睨みつけていた。


 そっと、少女の小柄な体に見合った、慎ましい唇が微かに震えながら開かれる。


「なぁんで死なないのよぉぉぉ!!!」


 窓も無く外界から閉ざされた薄暗い石室で、少女は地団太を踏みながらうぎゃうぎゃと騒いだ。その原因は極めて単純だが実に不可思議なことに、処刑を命じられた罪人がどうやったって死なないのだ。


 もうかれこれ三時間。塔の中でも優秀だと認められている彼女が、半ば意地になって手を尽くすものの一向に通用する気配がない。日頃私はエリートなのよと周りの処刑人たちに胸を張っていた少女の自尊心は、もうどこにも見当たらない。


「あー、何かごめん……ね?」


 散々首に縄を刃を、心臓に杭を、脳天に鎌の切先を受けた男は、そんな少女の癇癪に苦笑いを浮かべ申し訳なさそうな声を出した。そしてそれが余計に少女の激情を逆撫でた様で、顔を怒りで真っ赤にしながら再び叫んだ。


「なによなによ何なのよアンタ!! どうなってんのよその身体!!」


 別にその肌に刃が通らない訳ではない。寧ろ通るからこそまざまざとその異常性を見せつけられるのだ。首を吊ってもケロリとし、心臓に杭を打っても欠伸をし、脳天に鎌を叩き込めば良い腕だねぇなどとのたまう。


 ならばこれならどうだと普段使わない重苦しい処刑刀で首を叩き切れば、落ちた頭が灰となり体側の断面からにょきりと生えてきた。

 血や臓物などとうに見飽きた少女も、流石にこれにはぴゃっと年齢相応な悲鳴を上げた。


 どうやら男の身体は一定以上の損壊を修復するらしく、最終的に灰になるまで燃やしてもその灰の中から生まれてきた時には既に彼女の心は折れていた。


「もうダメよ……お終いよぉ……」


 灰から生まれ佇む男が、蹲ってハラハラと涙を零す少女を見下ろし頬を掻く。彼の顔は生来のお人好しそうな造形が気不味そうに歪んでいた。


「えっと、何をそんなに悲観しているんだい?」

「何って、アンタが死なないから私が死ぬのよ! どうしてくれんのよぉ!」


 未だ止まらぬ涙を溢れさせながら、キッと目尻を吊り上げ叫ぶ少女。その言葉の意味がよく分からないと、男は首を傾げた。


「何で僕が死なないと君が死ぬんだい?」

「……ココでは処刑は絶対なの。処刑の失敗はありえない、あるのだとしたらその処刑人が罪人に情を持ったという事になるわ。罪人にほだされる処刑人は……もう罪人と変わらない。処刑対象よ」


 珍しいことではあるが、処刑塔の歴史の中で罪人を殺せなかった処刑人が罪人諸共消される事態は何件かあった。だがそれはあくまで罪人に手を下せなかったというものであり、殺しても死にませんでしたというものは無い。

 異常事態ではあるが、こと伝統と規則を重んじる処刑塔で例外は無い。殺せぬのなら死、それが少女の末路だ。


 少女は自らの逃れられぬ運命に頭を抱えて嘆いた。どうすればいい、まだ死にたくない。散々手ずから処してきた罪人らと同じ道を辿りたくない。そんな思いがぐるぐると少女の脳裏に渦巻く。


 さらに考える。処刑塔の上役に訴えるのはどうだろうか、何なら目の前で八方を尽くしてこの男を処刑して見せようかと。そうすればいかにこの罪人が死なぬかを証明できるのではないかと。

 そしてそれは男も同じようなことを思い付いたようで、少女に提案した。

 しかしそれは他ならぬ少女自身が否定した。


「……ダメよ。処刑は誰にも見せてはならないの。死して罪を赦された人の魂は辱めてはいけない……最期の見送り人である処刑者以外に晒してはいけないのよ」


 そう言う規則だから。そう教えられ、そう信じているから。少女は少しの諦観を滲ませてフッと呟き、笑った。それは随分と儚げな笑みだった。

 彼女ら処刑人は、他者に処刑の様をどの様な理屈や理由があっても見せない。見せてはいけないのだ。その規則を破った者は……やはり処刑の場に送られる。


「いい? アンタの不死を証明しても証明しなくとも、私が処刑されることに変わりはないわ。あぁでも、上役の頭は固いけど馬鹿じゃないから、証明できれば不死者に対する規則は何かしら考えるでしょうね」

「それじゃあ……あー、そっか」

「そう、それが成されるのは私が死んでからよ。規則を新しく作るのに時間がかかるし、証明するには結局処刑を見せなきゃいけない」


 どれだけ考えても、思い付く末路は死のみ。これはもう万策尽きたと言わんばかりに、少女は五体を床に投げ捨てた。そしてそれを男は何かを思案しながら見つめている。


「はぁ……最後の晩餐は何にしようかしら……なんて」

「ねぇ」

「……何よ」


 どんよりと沈んだ顔で床に沈んでいた少女に、ふと男の声がかかる。その声に少女は不貞腐れた様に返事した。


「君、名前は?」

「……シスラケ」


 何とも状況にそぐわない呑気な質問に、少女……シスラケは呆れを滲ませた声色で名を言う。そこには意図を探るのも面倒だと言わんばかりの覇気の無さがありありと見てとれた。

 男はシスラケの返答に、そうかそうかと朗らかな笑みを浮かべ口を開く。


「よし、じゃあシスラケちゃん」

「何よ急に、馴れ馴れしいわね」


「逃げちゃおうか」


 瞬間、時が止まった。

 シスラケはつっけんどんな物言いも忘れ、今男が何を言ったのか嚥下できずパクパクと音もなく口を開閉する。そして男は、シスラケが何かを言う前にさらに言葉を重ねた。


「どこか遠い場所にさ、逃げちゃおうよ。どうせここにいても処刑されちゃうんでしょ? さっきから死にたくないって言ってたし、だったらもう逃げちゃうしかないでしょ」

「ちょ、ちょっと待ってよ! なんでいきなり……ってか私を、というかどうやって逃げるのよ!」


 シスラケは大いに混乱し、しどろもどろになりながらも必死に言葉を紡ぐ。そのあまりの思考の渋滞に、彼女は自らから出た言葉の半分も認識できていない。

 男は人の良さそうな顔に軽薄な笑みを浮かべ、楽観的……悪く言えばのんきな声色で諭す様に言葉を続ける。


「違う違う、シスラケちゃん。君が気にするのはそんなことじゃなく、返答も的外れだ」


 ピッと人差し指を立て、シスラケの眼前に付きつける。


「何故こんな提案をするだとか、どうやって逃げるかなんてのは関係ない。ただ君がここですべき選択は、僕の手を取るかどうか……たったそれだけのことだよ」


 付きつけた指を解き、手を差し伸べる形で留める。それはまさしく悪魔の誘いの様で、無意識にシスラケは喉を鳴らした。

 確かに現実的に、このままでは間違いなくシスラケは処刑される。赦されるなど万に一つもない。それはこの処刑塔で生まれ育った彼女自身が一番よく分かっていることだった。


 はたして逃げてもいいのだろうか。逃げられるのだろうか。


 ダメだと、運命と規則を受け入れろと叫ぶ処刑人としての自分。嫌だ、死にたくないと泣く少女としての自分。

 暗く深い穴に落ちていくだけかの様な先ほどまでの現状に、光明が差したからこそ混乱が生じた。このまま落ちるべきか、光に手を伸ばすべきか。


「……っ……~!」


 声にならぬシスラケの苦悶。人生において最も大きな選択を、突如として迫られれば誰だってそうなるだろう。何しろ自分の命が掛かっているのだ。迷わないわけがない。


 しかし、男はシスラケの選択を待たなかった。差し出した手はそのまま座り込んだままの彼女の腕を取り、立ち上がらせる。


「死ぬのはいつだって出来るよ。だから自分が満足するまで生きなきゃ……あぁ、僕が言っても説得力ないかな?」


 ちょっと、とシスラケが声を上げてもどこ吹く風と無視し、男は処刑室の壁を見やる。廊下側とは反対……外壁の方向だ。


「遠い昔に聞いたんだ。誰に聞いたのかはもう忘れちゃったけど、声だけは思い出せる。処刑人は処刑塔の中で生まれて、外を知らずに死ぬ。今しがたそれを思い出したよ。さぁシスラケちゃん、外を存分に楽しもう」


 シスラケの腕を引いて抱きとめる。初めて異性に密着したシスラケは目を白黒……顔を真っ赤という三色に彩り混乱が加速する。有り体に言えば、急変する展開に完全に置いてけぼりだった。


「さ、運命から逃れて自由の旅に出発進行だ!」


 男はシスラケを腕でしっかりと身体に固定し、外壁側に突進する。何の捻りもない、力任せだ。そのようなものでしっかりとした石積みの塔の壁を破るなど……とシスラケの思考はそこで止まった。


「はぁー?!」


 予想に反して、男の身体は壁を打ち破った。もちろん二人はそのまま中空に放り出され、自由落下を開始する。これによりシスラケの意思に関わらず、彼女を縛る見えない鎖は強制的に断ち切られることとなる。


「アンタ無茶苦茶よぉぉーー!!!」

「おぉ、元気が復活したねぇ」


 男は呑気な声色を崩さず、目下三十メートルほどの落下から着地し、人目に付く前に走り出す。もちろん小脇にはシスラケが挟まったままだ。


「さ、まずは国を出ようか」


 シスラケの返事を待たぬまま、二人は塔からどんどん離れていく。そうして小さくなっていく生まれ故郷を彼女は呆然と眺めながら、二人は街道へと突き進んでいくのだった。



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